3650話
「ここが三階か」
そう言いつつ、レイは周囲を見る。
二階は結局、特に何も問題らしい問題もなく、無事に三階に続く階段を見つけることが出来た。
そのお陰で、レイ達はこうしてあっさりと三階にやって来たのだが……
「何で草原? いやまぁ、ダンジョンである以上、ここで何を言っても無意味だろうけど」
一階が草原、二階が荒れ地、そして三階が再び草原。
そのことに多少思うところはあったレイだったが、それでも今こうして目の前に草原が広がっている以上は、ここでレイが不満や不思議、もしくは不安……そのように思っても意味はない。
ダンジョンはこういう場所であると認識するしかないのだから。
「グルルゥ?」
レイと同じく周囲の様子を見ていたセトが、どうするの? と喉を鳴らす。
そんなセトに、レイもどうするべきかと考える。
一階と比べると、二階で活動している冒険者の数は減っていた。
そして三階は二階と比べてもかなり数が減っている。
勿論、それはあくまでも二階に比べればの話で、こうして見回すだけでそれなりの人数がいるのは事実だが……それでも、やはりかなり冒険者は少ない。
(こうなると、冒険者の多くが移動する方向に一緒に行って、あっさりと階段を見つける……というのは少し難しいだろうな)
やってやれないことはないだろうが、それでも他の冒険者達から一体何なんだ? と疑問を抱かれることになる。
偶然同じ方向に向かってるだけだと言い張ってもいいのだが、それはそれで不味いのも事実。
やはりここは、何か別の手段……具体的には、自分達の力で階段のある場所を見つける方が、面倒は少ない。
「それに、未知のモンスターを見つけられるかもしれないし」
「グルゥ!」
レイの呟きを聞いたのだろう。
セトが嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにとっても、未知のモンスターを見つけるというのはダンジョンを攻略する上で大きな意味を持つのだろう。
(とはいえ、あの泥のゴーレムのように、浅い階層では弱いモンスターが大半だから、それこそ希少種とかでもいない限り、魔獣術でスキルを習得出来たりはしないだろうけど)
これまでの経験から、弱いモンスター……低ランクモンスターを相手にした場合、魔獣術が発動しにくいというのははっきりとしている。
勿論、それはあくまでも傾向であって、場合によっては明らかに低ランクモンスターなのに、何故か魔獣術が発動したということもあるので、絶対ではない。
あくまでもそういう傾向があるというだけだ。
そういう意味では、低ランクモンスターだろうが何だろうが、未知のモンスターであれば倒すべきという認識がレイの中にはある。
(冬に行った廃墟みたいなことは、そうそうないだろうし)
本来なら、魔獣術というのは一種類のモンスターについて一度しか使えない。
しかし、冬にいった廃墟では何度でも使えたのだ。
結局今のところ、何が理由でそのような現象が起きたのかは分からない。
レイとしては、地下にあった研究室と思しき場所から、あの廃墟で行われていた何らかの研究が理由だと思っているのだが。
ただ、レイが調べた限りでは何の手掛かりもないので、後はダスカーが専門家を派遣して調べて貰うだけだ。
もし……本当にもしもの話だが、その研究によって魔獣術に使える魔石を同じ種類のモンスターから何度でも使えるのなら、それはレイにとって非常に大きな意味を持つ。
ただし、そうなったらそうなったで、ダスカーに何故そのような研究家をレイが欲しているのかを話す必要があり、最低でも魔獣術については知らせる必要があるだろう。
(まぁ、ダスカー様なら問題はないと思うけど)
何だかんだと、レイもそれなりにダスカーとの付き合いは長い。
そうである以上、ダスカーにはもし魔獣術について話しても、それを悪用するようなことはないだろうと思えるくらいの信頼はある。
そんな風に思っていると……
「うおっ!」
走っていたセトが急に止まる。
いつもであれば、レイの負担にならないように少しずつ速度を落としていくのだが、そんなセトが急停止をしたのだ。
レイは考えごとをしていたこともあり、セトの背中から慣性に従って前方に飛んでいく。
「グルルゥ!?」
そんなレイの姿を見たセトが、慌てたように鳴き声を上げる。
だが、レイはそんなセトの心配をよそに、空中で身を捻って地面に……草原の上に着地する。
「っと」
「グルルゥ!」
レイが着地したのを見たセトが、安堵した様子で喉を鳴らして近付く。
そしてレイの側までやってくると、セトはレイに顔を擦りつける。
「気にするなって。俺が考えごとをしていたのが悪いんだから。……とはいえ、一体何で急に止まったんだ?」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは甘えるのを止めてとある一方向に視線を向ける。
そんなセトの視線を追ったレイだったが、その先にあるのは草原だけで、特に何かがあるようには思えない。
「セト?」
その光景を疑問に思って尋ねるレイだったが、セトはそんなレイの言葉を聞いても、とある一方向から視線を外さない。
そんなセトの様子を見れば、何かがそこにはあるのだろうというのはレイにも容易に想像出来た。
想像出来たものの、レイが見てもやっぱり特に何かがあるようには思えないのも事実。
(セトがこういう風にしている以上、絶対に何かがあるとは思うんだけど)
そう思い、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
武器を構えても、やはり特に何も起きない。
「……飛斬!」
生えている草の高さは、みる限りでは最も高い場所でもレイの膝まで届くかどうかといった程度でしかない。
だが、それはつまりそのくらいの大きさのモンスターであれば、草の中に隠れられるということを意味している。
だからこそ、レイはそのような場所をなくそうと飛斬を放った。
飛ぶ斬撃は、地面から少し高い部分を移動していく。
当然ながらかなり無理のある高さからのスキルの発動である以上、その威力は万全ではない。
しかし、それでも生えている草を切断するには十分な威力を持っていた。
「シャアアアア!」
「っと!」
レイの行動によって切断されていった草。
しかし、その斬撃が一定の場所まで届いた瞬間、不意にそんな鳴き声を上げながら何かが襲い掛かってきた。
空中を跳んで襲い掛かってきた存在を見て、レイは納得する。
そのモンスターは、まさに草で出来た四つ足の獣といった形をしていたのだ。
猫科なのか犬科なのかもはっきりしない、それこそ草で出来た四つ足の獣型と評するしかない存在。
そんなモンスターの攻撃によって、レイは何故自分が相手の姿を見つけることが出来なかったのかを理解する。
一種の擬態に近い状態でいたのだろう。
レイがもっと注意深く見ていれば、あるいは相手の姿を見つけることも出来たかもしれない。
だが、レイはそのようなことをしなかった。
その為、草で出来た身体を持つモンスターについて、しっかりと把握することは出来なかったのだろう。
「けど、見つかってはな!」
その言葉と共に、左手に持つ黄昏の槍による突きを放つ。
放たれた突きは見事に草の獣の身体を貫通し……
「って、おい! マジか!?」
あまりの手応えのなさに驚いたレイは、ほとんど反射的に跳び退る。
そうしながら、左手で持つ槍を大きく振るう。
すると槍に貫かれていた草の獣は、槍から抜けて飛んでいく。
そんな草の獣の姿を警戒しつつ、レイは黄昏の槍の穂先を見るが、穂先には血や体液の一滴も付着していない。
それはつまり、先程の突きが全く通じていなかったということを意味している。
「グルルルゥ!」
吹き飛ばされ、レイから距離を取った草の獣に襲い掛かるセト。
振るわれる前足の一撃が、草の獣の胴体を破壊するが……
「駄目か」
吹き飛ぶのは草だけ。
草の獣は、身体の一部を失った状態で逃げ出すが……
「させるか!」
地面を蹴って、レイは黄昏の槍を投擲する。
先程の一撃もそうだったが、今回の一撃も草で出来た身体を破壊するだけで、その動きを止めることは出来ない。
ただ……身体の一部を失うということは、動きにくくなるということを意味している。
ダメージそのものはないが、身体のバランスを失えば、動けなくなる……とは限らないが、それでも動きにくくなるのは間違いない。
万全の状態で動くことが出来ない以上、当然ながら走る速度も遅くなる。
そうなれば、セトから逃げることなど出来る筈もなく……
「グルルルルルゥ!」
そんな草の獣に向かい、王の威圧を使うセト。
その雄叫びを聞いた瞬間、草の獣は動きを止めた。
王の威圧がまともに効いた形だ。
それを見たセトは、即座に近付いて前足の一撃を振るう。
その一撃は草の獣の身体を破壊するには十分だったが、それでも死んだかどうかはレイにも分からない。
ただし、四つ足で立ち続けているのは事実。
……ただ、セトが続けて放つ攻撃によって足が一本、また一本と破壊されていき、やがて立っていられなくなった草の獣が地面に倒れる。
そんな草の獣を見たセトは、一度攻撃を止めてじっと観察するように見る。
レイもまた、武器を構えてセトの見ている場所から視線を逸らさない。
レイにしてみれば、草のモンスターに全く気が付くことはなかった。
それに気が付いたのは、セトのお陰だ。
ましてや、身体を黄昏の槍で貫いても、血の一滴も出ない。
それどころか、セトの一撃で身体の一部を失っても、それは同様だった。
一体何がどうなってそのようなことになったのか。
(というか、ここまで隠密性の高いモンスターがいるのは……どうなんだ? まだ三階だよな?)
一階や二階のモンスターと比べると、明らかに強さ……いや、隠密性が高い。
一体何がどうなってそのようなことになったのか、レイには分からなかった。
だが、目の前にそのようなモンスターがいる以上、それに相応しい対応をする必要があるのも事実。
そんな風に思っていると、レイが自分達のいる方に近付いてくる四人の冒険者の姿に気が付く。
「おーい、そこで何をやってるんだ? あんた、深紅のレイだよな?」
その声に敵意の類がないのを確認したレイは、ひとまず安堵する。
もしかしたら、何らかの企みがあって近付いて来た相手ではないのかと一瞬思ってしまったのだ。
もっとも、自分の感情を隠して接触してくることが出来るような者もいるので、絶対に安心することは出来ないのだが。
そのような相手がいたら、その時はその時だろうと判断し……
「ああ、ちょっと妙なモンスターを見つけてな。草で出来た獣型のモンスターなんだか、知ってるか?」
この階層にいる以上、自分よりもこの階層に出てくるモンスターについては詳しいだろう。
そう思って尋ねるレイ。
すると四人組の冒険者のうち、レイに声を掛けてきた男が……いや、他の三人も驚きの表情を浮かべる。
「おい、それって……ウィードアニマルじゃないか?」
「ウィードアニマル?」
「そうだよ、幻のモンスターとも呼ばれているモンスターだ」
「……そんなモンスターが、三階にいるのか? 幻のモンスターとか呼ばれるのなら、それこそもっと深い階層にいるのが普通じゃないか?」
「あー……いや、違う。なぁ?」
レイの言葉に、男は何と説明すればいいのか迷ったらしく、仲間に……自分よりも説明上手な仲間に声を掛ける。
説明を任された仲間の男は、何でこんなところで自分に代わるんだと話を振った男を恨めしげな視線で一瞥してから、レイに向かって口を開く。
「その、ウィードアニマルは純粋な強さという点では、そこまで強くないんです。ただ、レイさんが戦ったのなら分かるように、身体が草で出来ているので。そしてこの三階は一階と同じく草原で、ウィードアニマルは隠密行動が得意……となれば、大体話は分かると思いますけど」
「この三階は、ウィードアニマルにとってはこれ以上ない場所という訳だ」
レイの言葉に、説明をした男はその通りですといったように頷く。
「そんな訳で、ウィードアニマルの存在は把握されていますが、実際に倒したという話はそこまで聞きません。ウィードアニマルが何らかの有益な素材でも落とせば話は別なのですが、その身体を構成する草は特に何らかの希少な効果がある薬草とか、そういうのではないですしね」
「つまり、倒すだけ無駄と?」
「魔石は少し高く買い取って貰えますが、ウィードアニマルを見つけて倒すよりも、もっと見つかりやすいモンスターを複数倒せば、実入りはそっちの方がいいですし」
その言葉に、倒すだけ無駄なモンスターと思いつつも、魔獣術的にはそれなりに美味しいだろうと自分に言い聞かせるのだった。