3646話
「取りあえず、セトが頼めばいいというのは理解出来たわ」
「ああ。それは問題ない。それに……多分ないとは思うが、部屋が一杯だった場合は庭もあるから、そこで野営をさせてもいい。冒険者なら、野営をしたりするの珍しくはないだろう? 寧ろモンスターとかの心配をしなくてもいい分、かなり楽になる」
「それもそうね」
レイの言葉に納得するフランシスだったが、イステルとしては微妙な表情だ。
これが例えばダンジョンの中、あるいは依頼で街の外にいるのなら、野営というのも納得出来る。
だが……何故街中で野営をする必要があるのか。
それが一種の訓練であると知っていても、街中での野営となると微妙な気持ちになってしまう。
ただ、イステルがそのように思っても、今回の件の責任者のレイや、冒険者育成校を任されているフランシスの間で話が決まってしまえば、どうしようもないのだが。
「なら……この件はレイの責任で実行に移すということでいい?」
「まぁ、やれと言われればやるが……ただ、誰を連れていくのかというのは、学校側で選んでくれ。それとギルムで何が起きても全てが自己責任というのを納得した生徒だけを連れていくということで」
今は多くの人が集まっているギルムだが、辺境であるのは間違いない。
ギルムの外にでれば、それこそいつ高ランクモンスターと遭遇するのか分からない。
これがダンジョンなら、浅い階層には基本的に弱いモンスターしかいない。
その為、実力の低い冒険者であっても浅い階層であれば問題なく活動出来る。
しかしギルムの場合、それこそギルムの近くであってもいきなり高ランクモンスターが出ることがある。
ダンジョンでもイレギュラーがあるので、そういう意味では絶対に安全という訳ではない。
ないのだが、それでもやはりギルムの方が高ランクモンスターと遭遇する可能性が高い。
また、ギルムは多くの裏の組織も存在している。
レイの関係者と知れば手を出すような者も少ないが、それでも中にはレイという触れてはいけない存在について甘く見ていたり、自分ならレイを相手にしてもどうにか出来るという自信を持つ者が生徒達にちょっかいを出す可能性は十分にあった。
それ以外にも、ギルムには貴族街があり、そこには貴族が多数住んでいる。
基本的にギルムに来る貴族は特権意識がそこまで高くない貴族だが、全員がそうではない。
そのような貴族と問題を起こすという可能性は十分にあった。
他にも色々と……それこそ数え切れない危険がギルムにはある。
その為、もし冒険者育成校の生徒達がギルムに行くとしても、レイが目を離したから被害を受けたと言われても、レイとしては困る。
その為、何かあっても最低限自分だけで解決が出来るような者達、その上で何があってもレイのせいにはしないという自己責任を了承出来る者でなければ、レイとしてはギルムに連れていくのは遠慮したい。
そう説明すると、フランシスはすぐに頷く。
「そうね。レイが連れていくからといって、全てをレイに甘えるのはどうかと思うわ。その辺は徹底させましょう」
フランシスのその言葉に、レイは安堵する。
自分の口が滑ったことから事態は進んでしまったが、取りあえず面倒は避けられそうだと思ったのだ。
二人の話を聞いていたイステルも、ギルムに行けるというのが本格的に決まっている以上、不満はない。
黙って様子を見守っている。
「それで、レイ。肝心の人数だけど……何人くらいなら連れていけるのかしら?」
「そうだな。実際にセトに乗って移動する訳じゃなくて、セト籠というマジックアイテムがあるんだが、それに入った者達をセトが運ぶといった感じになるから、どうしても人数は限定される。……大体八人くらい、少し窮屈でもよければ、十人はいける。幸い、荷物に関しては俺がミスティリングに収納すれば問題はないし」
もし荷物も持っていくとなると、それこそ八人どころか五人くらいになるだろう。
荷物の量によっては、もっと数が少なくなってもおかしくはない。
そういう意味では、レイがミスティリングを持っていたのはこの場にいる誰にとっても幸運だったのだろう。
「八人から十人。……移動する途中で休憩したりはするのですか?」
「そうだな。急いでいる時なら、セトに乗ったまま食事をすることもあるけど、特に問題がない場合は途中で降りてゆっくりと食事をしたりする」
「そうなると、多少狭くても我慢出来るわね。これが誰かを護衛して運ぶのならともかく、今回はあくまでも冒険者として運ばれるのだから、多少の窮屈さを我慢するのも訓練の一つとして考えれば……悪くないわ」
その言葉には少し何かを言いたそうにするイステル。
貴族出身のイステルにしてみれば、男と至近距離のままで長時間……というのはあまり好ましいことではない。
もっとも、それはあくまでも貴族としての認識で、冒険者としてはそのくらいのことには慣れないといけないと思えば、結局何も言えなくなったが。
「まぁ、その辺についてはそっちに任せる。どういう基準で何人生徒を選ぶのか、あるいは教官や教師も連れて行くのなら、その分人数を減らす必要があるだろうけど」
「分かりました。……ちなみに、いつくらいにギルムに行くことを考えているのですか? それまでに決める必要があるでしょうし」
「いつくらいにか。まだ正確には決めてないが、恐らく夏くらいにとは思っている」
「夏ですか。では、それを目安に決めておきましょう。それで、ギルムにはどれくらいの間?」
「そっちもまだ決めてはいないけど、数日ってことはないと思う」
数日を掛けてギルムまで帰るのだから、最低でも十日……もしくは二十日くらいはいてもいいとレイは考える。
レイが元々ガンダルシアに来たのは、クリスタルドラゴンの件でだ。
布告について知った上で接触してくる者がいたから、それが面倒になっての行動だった。
だからこそ、夏くらいまで時間が経過すれば、その辺についてはしっかりと周知されるだろうとは思っている。
もっともこれはあくまでもレイの予想であって、実際にそうなるのかどうかは分からない。
もしかしたら、ギルムに戻ってもその辺は全く何も変わっていない可能性は否定出来なかった。
「そうですか。では、ある程度の余裕は見ておくようにしましょう。授業を休んでいく訳ですから、戻ってきたら追加の授業も必要になるでしょうし」
模擬戦の方は特に問題はないものの、教師からの授業……いわゆる座学となれば、その授業を受けていない場合、全く分からなくなる。
その授業については追加の授業、つまり補習をすることで対処をするとフランシスは言う。
「その辺は俺には関係ないから、適当にやってくれ」
それはレイが模擬戦の教官だからこその言葉だろう。
もしレイが実際に選ぶ側になっていれば、それこそどうやってギルムに行く生徒を選ぶのか、頭を悩ませる筈だ。
何しろ下手な人物を送れば、最悪ガンダルシアの……いや、グワッシュ国の恥となる。
そして実力不足の者を送れば、ギルムで何かあった時に生き残ることは難しい。
つまり、成績優秀で性格に問題のない者を送る必要があるのだ。
そういう意味では、同行させる大人もしっかりと選ぶ必要がある。
もしギルムに行って、グワッシュ国の貴族の血筋だからといったことで傲慢に振る舞い、問題を起こしたらどうなるか。
普通に考えれば、グワッシュ国の上位……宗主国とも呼ぶべきミレアーナ王国でそのようなことをする者がいるとは思えない。
思えないが、貴族の血筋というのに必要以上に誇りを持ってる者達……具体的にはアルカイデやその取り巻き達のことを思えば、もしかしたら……そうフランシスが思ってもおかしくはなかった。
そういう意味では、アルカイデやその取り巻きがギルムに行くことはないだろう。
もっとも、ギルムに行くにはセト籠に乗って移動する必要がある。
つまり、レイに頼るということになるのだ。
そうである以上、レイと敵対的なアルカイデ達が選ばれることは、最初からないのだろうが。
「そうね。……私達だけで生徒を全部選ぶというのは、それはそれで不味いかしら」
「は? 何でだ?」
不意にフランシスが口にした言葉に、レイはそう尋ねる。
レイにしてみれば、今回の一件で行く生徒を選ぶのは学校側に任せておきたい。
自分がそれに関わると、それこそ多くの者達が接触してくるだろうと、そう思えるのだ。
なら、最初から自分はそれに関わらない方がいい。
そのように思うのは、レイにとっては自然な流れだった。
「レイの力があってこそ、ギルムに行けるのよ? なら、そのレイが一人くらいは特別に生徒を選ぶといったことにしておかないと、外聞が悪いのよ」
「……外聞が悪いからといって、俺に面倒を押し付けるのはどうかと思うんだが」
「でも、レイも誰か見込みのある人で、私達に選ばれなかった人は連れていきたいと思わない?」
「それは……」
改めてそう言われれば、レイもそうかも? と思わないでもない。
実際にそのような人物がいるかと言われれば……
(ハルエスか?)
元々レイとそれなりに付き合いのある生徒そのものが少ない。
そんな中でレイが思い浮かぶ相手となると、ハルエスだけだ。
ポーターとしてはともかく、弓の才能はそれなりにある。
その弓の才能を磨いていけば、ポーター兼弓術士といった形で優秀な冒険者になる可能性は十分にあった。
だが、才能があってもまだハルエスは下位のクラスにいる。
普通に考えれば、とてもではないがギルムに向かう生徒の選抜に合格するとは思えなかった。
……もっとも、ハルエスが本当にそこまでする価値のある才能の持ち主なのかどうかは、ここではすぐに分からないが。
今が春である以上、実際にギルムに行くまで……夏までの間に、ハルエスがレイに期待させる何かを見せれば、もしかしたらレイもハルエスを選ぶかもしれない。
あるいは、ハルエス以外で将来を期待出来る人材がいたら、そちらを連れていく可能性もあるが。
「俺が選ぶ一人だけど、もし選ばなかった場合はどうなる?」
「その場合は、一人少ない状態でギルムに行くことになるでしょうね。もっともレイの話を聞く限りでは、セト籠だったかしら。その広さから人数は少ない方がゆっくりと出来るんでしょうけど」
「俺が選ばなかったら、その代わりにそっちが誰か別の奴を選ぶとかは……」
「ないわね」
レイに最後まで言わせず、そう断言する。
フランシスにしてみれば、もしここでレイが選ばないのなら自分達で選ぶといったことを口にした場合、レイが安易に自分は選ばないという選択をすると予想したのだろう。
だからこそ、ここで最初からレイが選ぶ分は一人だと決めておき、もしレイが選ばなかったら、それはそれで仕方がない。
そのように判断することにしたのだろう。
「そうなると……いやまぁ、話は分かった。もし選抜される中には入れないけど、何か光る才能がある奴がいたら、そいつを推薦するよ。もっとも、そういうことになれば、そいつは色々と面倒に巻き込まれるかもしれないけど」
レイは恐らく……ではなく、確実にそうなるだろうと予想出来る。
何しろ、レイは自分がガンダルシアに来てからの短期間でかなり名前が広まったのを知っている。
そんな自分が推薦する相手だ。
もし他の生徒達……特に選抜に漏れた生徒達がそれを知れば、一体どのように思うのかは想像するまでもない。
もっとも、冒険者育成校というのはあくまでも相応の実力を持った冒険者になる為の場所だ。
平等といった言葉とはほど遠い場所にあるのも事実。
そういう意味では、運であったり、人との繋がりであったりが大きく影響することも珍しくはない。
「ええ、それで構わないわ。レイのことだから問題ないと思うけど、妙な安請け合いとかはしないでちょうだいね」
「俺が興味のあるマジックアイテムをくれるのなら、検討くらいはしてもいいけどな」
レイの言葉を聞いたイステルは、思わず睨み付ける。
賄賂……もしくは贈り物によって、レイがそんな行動をするのは、イステルにとって我慢出来なかったのだろう。
しかし、フランシスはそんなイステルを見て面白そうに笑みを浮かべつつ口を開く。
「あら、イステル。今の話を聞いていなかったの? あくまでもレイは検討すると言っているだけで、受け入れるとは言っていないのよ?」
「……え?」
その言葉に意表を突かれた様子のイステル。
レイはそんなイステルを見ながら、真面目な表情で言う。
「検討をするだけで、ギルムに連れていくとは言っていないな。もっとも、本当に何らかの見るべきところがあるのなら話は別だけど」




