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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3640/3865

3640話

「ふぅ、腹八分ってところか」

「何だよ、それ」


 レイの言葉に、ハルエスは不思議そうにレイに尋ねる。


「あれ? この辺りだとこういう言い方はしないか? 満腹になるちょっと手前といったところだ」

「……あれだけ食べたのに、まだ満腹にならないのか?」


 ハルエスは信じられないといった様子でレイを見る。

 最初の串焼きや、魚のスープを飲んでからも、多くの屋台に寄っては料理を購入して食べまくった。

 実際、ハルエスは途中でもう腹一杯になって、後半は何も食べていなかったくらいだ。

 ハルエスにしてみれば、セトならその身体の大きさから、これだけ食べられるのは理解出来る。

 だが、レイは小柄だ。

 それこそハルエスと比べても小柄なのは間違いなかった。

 なのに、レイはそんなハルエスよりも明らかに多く食べており、それでいながらまだ満腹ではないと言うのだ。


「まぁ、俺はちょっと特殊だからな」

「……異名持ちのランクA冒険者って、皆そういう感じなのか?」

「うーん、どうだろうな。その辺は人によって違うし」


 レイは自分が色々な意味で特殊なのを理解している。

 そんな自分を基準に考えてもいいのだろうかと思ってしまったらしい。

 実際、もし他の異名持ちやランクA冒険者がレイを基準に考えると言われれば、ふざけるなと叫ぶ者が多数だろう。

 あるいは、レイを基準とする時点で怖いや悲しいと思うか。

 勿論、中にはそれでも構わないと思う者もいるだろうが。


「だよな。……もしかしたら、あれだけ食べるのが普通なのかと思った」

「俺が言うのもなんだけど、食べる量を増やすのは冒険者として悪くないぞ。激しい運動をしても、それで十分に食べないと、身体が鍛えられるどころか痩せていくし。それに怪我をした時とかも、怪我の治療に必要な栄養を補給するという意味でも、食べる量は多い方がいい」

「俺、これでも一応他の人よりは食べることが出来るんだけど」

「なら、そこで頑張ってもっと食べるようにするんだな。……お、果実水だ」


 話している途中で、レイはふと果実水を出している屋台を見つけ、嬉しそうに言う。


「うげ、まだ食う……いや、飲むのかよ」

「甘いものは別腹ってよく言うだろ?」

「……言うけど、それって女が言うような奴じゃないか?」


 呆れつつも、ハルエスも多少は喉が渇いているのか、レイやセトと共に果実水を売っている屋台に向かう。

 その屋台の店主は、満面の笑みでレイ達を待っていた。

 レイ達が色々な屋台でかなりの量を購入しているのは、ここからでも見えていた。

 だからこそ、自分の屋台にこうしてやって来たので、自分の屋台でもそれなりの量を買ってくれるのではないかと期待しているのだろう。


「取りあえず一杯ずつ貰えるか? ああ、心配するな。どういう味なのかを確認してから、購入しようと思っているだけだ」


 店主が残念そうな顔をしたのを見ると、そうレイは付け足す。

 その言葉に店主は嬉しそうな様子で果実水をレイ達に出すのだが……


「うーん……」


 レイの反応は決して好意的なものではない。


「その……どこか気に入らないところでも?」


 恐る恐るといった様子で、店主がレイに尋ねる。

 そうしながらもレイの連れのハルエスに視線を向けると、こちらは特に何も不満そうな様子はない。

 セトの方は大きめの皿――レイが出した物――に入っている果実水を飲んでいるが、こちらは生憎と店主の目からは喜んでいるのかどうか、分からなかった。


「率直な意見が聞きたいか? それとも、ふんわりとした意見を聞きたいか?」

「……率直な意見で頼む」


 店主にしてみれば、自分の売っている果実水にはそれなりに自信があった。

 実際、この屋台街でもトップクラス……というのは少し大袈裟だが、それなりの売り上げだったのだ。

 だからこそ、相応に自信があってレイ達に出したのに、それを不満に思われた。

 そうなると、一体何故そのように思ったのか、その理由を聞きたいと思うのはそうおかしな話ではない。


「まず、温い。これが一番の欠点だな。ギルムで同じような果実水を飲んだことがあるけど、それは冷たくて美味かった」

「それは……いや、今の季節で冷たい果実水を売るなんて、どう考えても無理だろ」

「その辺はマジックアイテムだな」

「一体どのくらい掛かるんだよ」


 冒険者でも何でもない屋台の店主は、そう簡単に高価なマジックアイテムを購入することは出来ない。

 もしマジックアイテムを購入するのなら……それこそ、レイの認識だと日本人が高級車を購入するくらいの決断が必要になるだろう。

 屋台の店主としては、そう簡単に決断出来る買い物ではない。


「ハルエス、ダンジョンがあるということは、ガンダルシアにはそれなりに錬金術師がいるんじゃないのか?」


 辺境のギルムや、ミレアーナ王国の迷宮都市エグジルのように希少な素材のある場所には自然と錬金術師が多くなる。

 また、それらとは少し違うが、ベスティア帝国は錬金術師の育成を積極的に行っている為、帝都にも多くの錬金術師がおり、マジックアイテムを売っている店も多かった。

 それらのことを考えると、迷宮都市のガンダルシアにも錬金術師が集まっていてもおかしくはないとレイには思えた。

 勿論、このガンダルシアのあるグワッシュ国は、ミレアーナ王国やベスティア帝国のような大国ではない。

 それどころか、ミレアーナ王国の保護国の一つでしかなかった。

 そう考えるとレイが例えとし考えた場所と比べると錬金術師の数は少なくなるだろうが、それでも相応に錬金術師が集まってきてもおかしくはない。

 そして錬金術師が多く集まれば、当然のように多数のマジックアイテムが売りに出されることになる。

 そうなれば、冷蔵用のマジックアイテムというのもそれなりに需要があるのではないか。

 そうレイは思うのだが、尋ねたハルエスは難しい表情を浮かべる。


「その……錬金術師がそれなりに多いってのは間違いない。それこそ、多分グワッシュ国の中ではガンダルシア以上に錬金術師のいる街や村はないと思う。けど……それでも、簡単に購入出来る程、マジックアイテムを作れるくらいの人数がいるかと言われれば……」


 そこで言葉を止めたハルエスが首を横に振る。

 それを見れば、ハルエスが何を言いたいのかはレイにも容易に想像出来た。


「ダンジョンなら希少な素材はかなりあると思うんだけどな」

「……言いにくいけど、ダンジョンの攻略があまり進んでないからだよ」


 その言葉通り、言いにくそうにハルエスが言う。

 ハルエスの言葉に、なるほどとレイは納得する。


(そう言えば、それが理由にあって冒険者育成校が作られて、しかも俺が教官として派遣されることになったんだったな)


 レイは改めて自分がここにいる理由を理解する。

 もっとも、だからといってレイが教官としての仕事に熱心になるかと言われれば、それは微妙なところだが。

 レイを呼んだ人物が何を思ってそのようなことをしたのかは分からない。

 だが、レイにしてみればギルムでのクリスタルドラゴンの騒動が面倒で、そして迷宮都市に行ける……それもエグジルではない別の場所にある迷宮都市に行けるということで、やって来ただけだ。

 マティソンと同じく、どちらかといえば教官よりも冒険者としての活動に重きを置いているタイプだ。


(もっとも、俺がダンジョンの攻略を進めれば、それによって希少な素材も多く流れて、錬金術師も増える……かもしれない。まぁ、素材を流すのは多分俺じゃないけど)


 レイの場合は、何らかの素材を入手しても自分の為に使うべく、ミスティリングに収納しておくことが多い。

 勿論それは、レイが自分でマジックアイテムを作るという訳ではなく、レイがこういうマジックアイテムを作って欲しいと錬金術師に頼んだ時に使うという意味だが。

 だが、レイがダンジョンの攻略を進めれば、それによって他のパーティもより深い階層に進むことが出来るようになる可能性が高い。

 そういう意味では、レイがダンジョンの攻略を進めると、より深い階層の素材が市場に流れるということを意味している。


「取りあえず冷蔵用のマジックアイテムについては、売ってるのを見つけたら購入した方がいい。あるいは、錬金術師に知り合いがいるのなら注文するというのもありだ」


 ダンジョンの素材について少し考えたレイだったが、今はまず果実水を売っていた相手との話だと思い直し、そう言う。

 もっとも、レイにそう言われても屋台の店主はそう簡単に決断は出来なかった。


「分かった。検討しておく。他には何かあるのか?」

「果実水に入れる果汁はもっと増やした方がいい。今はちょっと水の方が多い……つまり、薄い」

「それは……え? 俺はこのくらいの方が好みなんだけど」


 まさかそのようなことを言われるとは思わなかったのだろう。

 店主は本気で驚いた様子を見せる。


(あ、別にあれは利益の為にそうしている訳じゃなかったのか)


 店主の様子に、レイはそう思う。


「その辺は今言ったように好みもあるんだろうけど……俺は果汁の量が少なくて、少し薄く感じた。まぁ、水代わりに飲むのならそういう方がいいって意見もあるけど」


 レイが日本にいる時に飲んでいたスポーツドリンクにも、基本的には同じ味だが味の濃いものと薄いもので別々の名前――正確には濃い方の名前に少し付け足して――で売っているというのがあった。

 レイとしては、濃い方のスポーツ飲料が好きだったが、友人の中には薄い方を好きという者もおり、その辺りは好みの差となる。

 この果実水についても、店主は別に少しでも利益を多くしようとして薄めに作っている訳ではなく、純粋に自分が美味いと思う濃度で出しているのだろう。


「そういうことなら、俺もそこまで突っ込めないな。ただ、あくまでも商品として売ってるのなら、自分の好みだけではなく客の好みについても考えた方がいい」

「……そう言ってもな。自分が美味いと納得出来ない果実水を売ろうとは思えないな」

「例えば、薄いのと濃いのを両方出したらどうだ? 値段は果実を多く使う分だけ、濃い方を少し高くするとかして。それなら客の方で薄い方と濃い方を選べるし、売り上げも上がると思う」

「薄い……薄いなぁ。……本当に薄いと思うのか?」

「何度も言うようだが、その辺は好みの差だ。俺は濃い方が好みというだけで、中にはお前みたいに薄い方を好む奴もいると思う」


 そんなレイの言葉に、店主は少し考え……やがて頷く。


「分かった。試してみる」


 店主にしてみれば、冷蔵用のマジックアイテムを購入出来ない以上、他の方法で売り上げが伸びるのならそれをやらないという手段はない。

 また、そこまで費用が掛からないというのも大きいだろう。

 問題なのは、どのくらいの濃さにすればいいのか。

 その際のコスト的な問題だろう。


(その辺は、自分でどうにか対処するしかないけどな)


 結局のところ、その方法は個人によって違う。

 なら、レイがここでどうこうと言うよりは、店主に任せた方がいい。

 本職なのだから、最終的に美味い……レイの好みとなる果実水を用意してくれるだろう。

 そんな風に思っていると……


「グルゥ」


 黙ってレイと店主の話を聞いていたセトが、お腹減ったと喉を鳴らす。

 この果実水の屋台に来るまで、散々食べたのだが。

 セトだから仕方がないと判断しつつ、次にどの屋台に行くべきかと周囲にある屋台を見回す。


「って、おい! レイ!?」


 もう腹一杯で、それこそパンの一切れを食べるのも難しいハルエスが、レイとセトの様子を見て、そう叫ぶ。

 まさか果実水を飲んだ後で、また何かを食べようとしているとは思わなかったのだろう。

 鍋をやってシメの雑炊を食べた後で、再びまた別の新しい鍋を注文する……そんなことをしているように見えるレイに、ハルエスは慌てて叫ぶ。


「腹一杯なら、別にハルエスは無理に食べなくてもいいぞ? 冒険者は食べられる時に食べておくというのはよく言われるが、無理に食べる必要はないんだし」

「……食う」


 レイは無理をするなと言いたかったのだが、その言葉を聞いたハルエスは自分に対する挑戦と認識したらしい。

 悲壮なまでの決意を固め、やる気満々……いや、やる気がない状態から、自分の中にあるやる気を無理矢理捻り出したかのように、自分も食うと宣言する。

 レイにしてみれば、まだ腹八分……いや、果実水の屋台で話をして多少時間が経過したので、腹六分といったところまで余裕はあるので、問題はないのだが。


「まぁ……その、分かった。じゃあ、ハルエスの分も買うから、打ち上げの続きだ」


 これはもう打ち上げではなく、フードファイト的な何かなのでは?

 そんな風に思いつつ、レイは再び美味そうな料理を出す屋台を探すのだった。

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