0364話
バイコーンの解体作業をしてから2日。その日の昼過ぎ、レイはギルドへと向かってセトと共に大通りを歩いていた。
向かっている理由は単純で、前日にギルドから連絡が来た為だ。それも、ランクアップ試験の結果を発表するので翌日の午後にギルドへと出向くように、と。
以前の、ランクDになった時のランクアップ試験では、試験終了日の翌日には既に合否が発表されていた。だが、今回のランクBへのランクアップ試験では、その合否の発表まで5日の時間が空いたのだ。
それはランクBと言う、凄腕や一流と評される存在に関してのものである以上、ある意味でしょうがないのだろう。
「ふぅ、ランクBか。実力に関しては問題無いと思うんだが、そうなると、それ以外の場所がどう判断されるかだよな」
「グルルルゥ」
レイなら大丈夫、と喉を鳴らすセトの頭を撫で、持っていた串焼きへと噛ぶりつく。
噛んだ瞬間、香ばしいタレの香りが口一杯に溢れ、やがて肉の味が後を追うように口の中に広がる。
周囲には夏の暑さで食欲が減退しているような者達もいるのだが、レイはそんなのは関係無いとばかりに屋台で食べ物を買ってはセトと分けながら大通りを進んで行く。
「おう、レイ。セトも。今日はどうしたんだ? 何か食べてくか?」
「悪いけどそろそろ時間切れだ。ギルドに呼ばれているから、急がないとな」
サンドイッチを売っている屋台の店主にそう告げつつも、ハムと野菜のサンドイッチを購入。
周囲でレイの様子を眺めていた者達は言動の矛盾について多少思うところがあったものの、特に何を言うでもなく流しているのだった。
そんな風に、急いでいるといいつつも屋台や店で軽く――あくまでもレイの認識で――食事を済ませつつ大通りを進み、やがてギルドへと到着する。
「グルルルルゥ」
いつも通り従魔用のスペースに寝転がったセトから激励の声を受け、ギルドへと入って行くレイ。
その瞬間、昼間だというのにいつもより多くの冒険者がギルドの中にいることに気が付く。同時に、ギルドに併設している酒場の方にも通常より多くの客が入っていた。
何が原因なのかは、小さく耳を澄ませばすぐに理解出来る。
「戦闘力だけで考えれば、本命はレイ、対抗はロブレってところだろ」
「けど、ランクBだしな。戦闘力以外にも色々と必要になってくる。そっちで考えると、シュティーとかいうのが常識人っぽいぞ?」
「オンズとかいう奴はどうだ?」
「そいつ、誰なんだよ? こう見えても結構長いことこの街にいるけど、オンズなんて奴は見たことがないぞ?」
「僕もオンズさんとかいう人は見たことないかも。ただ、僕の場合は全体の能力バランスで見てシュティーさんに賭けてるから、それ程心配はしてないけど」
「ばっか。お前、本命なんて殆ど儲け無いだろうに。俺は大穴でオンズとかいうおっさんに賭けたぞ」
「……お前、それこそ何を考えてるんだよ。見たことも聞いたことも無い奴だぞ? どんな能力を持ってるのかすら分からないのに、よくそんな大穴に賭ける気になったな。しかも、あの年齢でようやくランクアップ試験に参加したんだぞ? それだけで他の奴等よりも不利なのは事実だろ」
「ふふんっ、だからこそだよ。男はいざって時にはこうやって大きく賭けなきゃな。ちなみに俺の賭け金はこの前の依頼の報酬として貰った銀貨3枚だ」
「馬鹿だ、馬鹿がここにいる」
周囲から聞こえて来るそんな話声を聞いていたレイだが、やがてカウンターの方へと向かう。するとギルドに入って来た時から声を掛けようと狙っていたケニーが、隣で書類整理をしているレノラをそのままにレイへと向かって手を振る。
「いらっしゃい、レイ君。ランクアップ試験に参加した人はもう皆会議室に集まってるわよ。レイ君が最後なんて珍しいわね。やっぱり緊張して眠れなかったとか? 実は私も昨日の夜はなかなか眠れなかったのよね」
「いや、何でケニーが眠れないのよ。レイさんのランクアップ試験に関係ないでしょ。あ、レイさん。こんにちは。ケニーも言ってましたけど、もう皆さん集まってますので、時間まではもう少しありますが早めに会議室に向かった方がいいですよ」
「そこはほら、あれよ。レイ君がランクBになるかどうか心配だったから」
「だから……ああ、もういいわよ」
そんないつもの2人のやり取りに小さく笑みを浮かべ、礼を言ってから2階へと向かう。
「レイ君、合格したら一緒にお祝いしようねー」
ケニーのそんな誘いの声と、それを聞いた男の冒険者達から向けられる嫉妬の視線を浴びながら。
「随分とゆっくりだったな。よっぽど自信があると見える」
会議室の中に入ったレイを出迎えたのは、ロブレのそんな声だった。
何故かレイを見据える視線には若干の険が籠もっている。
「それでも時間に間に合ったんだから、問題は無いだろ?」
2日前にバイコーンの解体作業をした時はここまで敵対的では無かったのに……そんな思いで返事をし、オンズの側に座るレイ。
まさかレイも、ロブレが獣人族特有の耳の良さでケニーからデートの誘いを受けていたのを聞き、それで嫉妬していたとは思いも寄らなかった。
勿論、ロブレにしてもシュティーという恋人がいる以上、本気でケニーとどうこうなりたいと思っている訳では無い。だが、それでもケニーのような美人に好意を寄せられているレイに対して嫉妬するというのは、男として当然のことだった。
……自分の隣で、そんなロブレの心の内の全てを見抜くかのような視線を向けているシュティーの存在に気が付かないままに。
そんな、ある意味で恋の鞘当てとも言えるようなやり取りに気が付いた様子も無く、椅子に座ったレイはオンズへと視線を向ける。
「何だかんだあったけど、こうして一緒に行動するのも今日が最後だな」
レイの言葉に、オンズは無言で頷く。
ランクアップ試験の試験官として他の街から派遣されて来たオンズだったが、それでもレイ達と共に行動している間は楽しく過ごすことが出来ていた。その為、騙していることに対して感じるものが無いでもなかったが。
「……来たな」
そんな風に4人で会話をしながら時間を潰していると、やがてロブレが会議室に近付いてくる足音に気が付き呟く。
その瞬間、これまでは曲がりなりにも和やかな雰囲気だった会議室の中が、次第に緊張した空気に包まれる。
ロブレ、シュティー、レイ。この3人は誰もが自分はランクBに相応しい実力を持っていると思っている。だが、そう思っていても簡単にランクアップ出来るのなら、これ程までにランクB冒険者の数が少ないということはないのだ。
それを知っているが故に、会議室に緊張が満ち……
「どうやら全員集まっているようだな」
レジデンスが会議室の中に入って一瞥し、呟く。
中に入ってきたレジデンスの後には、レイ達も既に見慣れたマルカ、コアン、アルニヒト、オルキデの4人が入ってくる。
やはりこの4人も今回は試験官としての一面を持っている為に共に来たのだろうというのは、この場にいる全員が理解していた。
そんなレイ達の前で、早速とばかりにレジデンスが口を開く。
「さて、ここで長々と話すのも何だから早速だがランクアップ試験に関する合否を発表する。合格者は……シュティーとレイ。不合格者はロブレとなる」
「俺が不合格!?」
あっさりと告げられたその言葉に、まず最初に反応したのは当然と言うべきかロブレだった。
自分の実力に自信があっただけに、そう口に出すのはある意味で当然だったのだろう。
「……そうだ。お前の場合は戦闘力に関してはかろうじて合格ラインに達していたが、それ以外の要素で不合格と判断せざるを得なかった」
「待ってくれよ! それ以外の要素って何だよ!?」
「まず性格だ。向こう気が強いのは悪いことじゃないが、それを抑えることが出来ない。アルニヒト様に関しても、性格が合わないというのはともかく殆ど無視していたな? 少なくても依頼者に対する態度では無いだろう。他にもバイコーンの分け前をどうするかの話し合いの時に、真っ先に自分の利益になるようにしようとした。あるいは面接の時にもバイコーンの件で相談を持ちかけたマルカ様よりも、アルニヒト様の方を疑っているようなことを言っていた。他にも色々と細かいところはあるが、簡単に説明すればそういうことだ」
「……」
レジデンスの言葉を聞きつつ、ギリッと歯を噛み締める音が周囲へと響く。
「それでは次に……」
ロブレの件に関してはこれでいいと判断したのだろう。次の話に移ろうとしたレジデンスだったが……
「ちょっと待って下さい、少し質問があるのですが」
「ロブレの試験結果に関してなら、既にギルド上層部で話し合って決まったことだ。覆すことは出来ないぞ」
「いえ、そうではなく」
一瞬、恋人の方へと心配そうな視線を向けたシュティーだったが、すぐにその視線はオンズへと向けられる。そう、合格でも不合格でも名前を告げられなかった寡黙な男へと。
「ああ、そう言えばお前等にはまだ話して無かったか。オンズは試験参加者じゃない、試験官だ」
「……え?」
唖然とした表情をオンズへと向けるシュティー。それはたった今試験の失格を告げられたロブレも驚愕のあまり試験結果を忘れてしまう程の衝撃を与える。
レイも同様に、隣に座っているオンズへと視線を向け、驚きの表情を浮かべていた。
「……」
3人の驚愕の視線を受け止め、無言で頷くオンズ。
その様子に何か言おうと口を開こうとしたロブレだったが、結局何を言うでもなく沈黙する。
ただし、その表情には先程までの試験結果に対する憤りは消えていた。あまりの驚きにそれどころでは無くなったのだろう。
「オンズは、今回の試験の為に他のギルドから来て貰った冒険者だ。こう見えてランクBの冒険者だぞ」
「え? だって、ギルドカードには……ああ、なるほど」
呟き、すぐに理解するシュティー。ギルドからの試験官の依頼なのだから、偽物のギルドカードを作るのもそう難しく無いのだろうと思い至ったのだ。
「理解したようだな。では次。シュティーは戦闘力に関しては正直ランクBとしては若干物足りない。だが、弓術士であるということを考えると、何とか及第点と言ったところか。礼儀に関しては文句無くこの中では最高得点。……もっとも、ロブレとレイが礼儀に関しては低すぎたというのもあるんだが。他にもバイコーンの群れを皆で分ける時にオンズのフォローがあったことを主張していたり、昼食時に作った料理の腕も悪くは無かった。面接の時、オルキデ様から持ちかけられた裏取引についての内容を俺に告げるのに若干時間が掛かった点はマイナスだったが、それにしても明確に駄目な訳では無い。ただ、ランクBになったからには国からの依頼や貴族からの依頼で緊急の判断が求められる時もある。即断即決……とまでは言わないが、より素早く判断するようにしろ。それと、ランクBとしてやっていくのなら、もう少し訓練して戦闘力を上げた方がいいだろうな」
「はい、肝に銘じます」
長々としたレジデンスの言葉に、大人しく頷くシュティー。
それを見て満足そうに頷いたレジデンスは、最後にレイへと視線を向ける。
「レイ、まずお前の戦闘力については文句無しだ。いや、正直ランクBとしての能力を逸脱していると言ってもいいだろう。もっとも、異名持ちである以上、そのくらいは当然かもしれないが」
その言葉に、マルカを初めとした貴族達が同意だという表情で頷く。
オンズもまた同様に、無言ではあるが頷いていた。
「そして、バイコーンに関しても半分以上をお前とセトが倒したにも関わらず、パーティ全員に平等に行き渡るように提案した。この点も評価出来る。次に決断力。アルニヒト様から持ちかけられた裏取引についても、面接の時にすぐ話したな。これも評価出来る。それとこっちはついでだが、料理を作った時に出された水は貴族が飲んでも……いや、それどころか王族が飲んでもおかしく無い程の味だった」
流水の短剣によって作り出された水の味を思い出しているのだろう。その場にいた全員が幸福に包まれたかのような表情を浮かべる。
「他にもあの時は禁止したが、お前にはアイテムボックスがある。料理を含めて物資の輸送が可能という点でも有利なのは間違い無い」
ここまではベタ褒め。レイ自身も、それを聞いていた者達もレイがランクBになるのは確実と思われた。
だが……
「しかし、貴族に対する礼儀。ここで大きく点を落とす。マルカ様とは友誼を結んでいるとは言っても、他の貴族の前ではそれに応じた態度を取るべきだし、アルニヒト様、オルキデ様とは初対面である以上はそれなりの対応をするべきだろう」
「妾はそれ程気にする必要は無いと思うのじゃがな」
「マルカ様、それでは貴族としての示しがつきません」
マルカの言葉に、小さく首を振るレジデンス。
そのまま、再びレイの方へと顔を向けて口を開く。
「だが、レイ自身の能力を総合的に考えるとランクCにいるのはおかしい。……よって、限定的なランクB冒険者として扱うことになった」
会議室の中にレジデンスの言葉が響く。