3638話
本来なら、レイは二階をちょっと見て、すぐに一階に戻り、ダンジョンから出るつもりだった。
だが、二階に降りた途端にいきなり泥のゴーレムの群れに追われている冒険者を助けることになり、すぐに戻るという訳にはいかなくなった。
「その……助かりました。ありがとうございます」
レイはハルエスと話していると、近付いて来た冒険者達にそう声を掛けられ、頭を下げられる。
その言葉で、レイは目の前の冒険者達が泥のゴーレムの群れに追われていた者達だったと思い出す。
レイにしてみれば、追われていた冒険者達を助けるというよりも、未知のモンスターの魔石を求めての行動だった。
そういう意味では、別にこの冒険者達だから助けた訳ではなく、半ば自分の欲望の為といった方が正しい。
だからといって、わざわざ感謝をしている相手に向かってそのようなことを言うつもりはなかったが。
「気にするな。助けられたから助けただけだ。……けど、何であんなに大量の泥のゴーレムに追われていたんだ?」
「いや、何でと言われても……特に何かをしたりはしてません。……だよな?」
レイと話している男の言葉に、パーティメンバーもそれに同意するように頷く。
本当に、特に何もそれらしい行動をした覚えはないのだろう。
「となると、単純に不運だっただけか? もしくは、気が付いていないだけで、実は何らかの行動をしていたとか」
そう聞くレイだったが、男は首を横に振る。
本人には特に何かをしたつもりがない以上、自分達でも気が付かないうちに何か行動をしていたのではないかと聞かれても、すぐに答えられる筈もない。
「そうか。まぁ、次からは気を付けるんだな。……具体的に何について気を付ければいいのかは分からないけど」
別にレイも、この一件を必ずしも自分で解決したいと思っている訳ではない。
それどころか、自分がダンジョンに潜るとすればマティソン達のパーティから貰う予定の地図を使うのだから、この二階はすぐに通りすぎる。
だからこそ、もしこの二階で何らかの問題が起こってるとしても、それはこの二階で活動している冒険者達が解決すべきことだと考えていた。
「そうですね。次からは気を付けます。もしくは、あれだけの敵を相手にしても対処出来るように鍛えたいと思います」
今回は逃げるしか出来なかった。
だが、次に同じようなことがあったら、逃げずに自分達で敵を全て倒す……あるいは倒せなくても、援軍がくるまで持ち堪えられるようになりたい。
そう言う冒険者の男に、レイは頑張れと声を掛けるのだった。
「うーん、それにしても……」
「どうした?」
二階での騒動が終わった後、レイ達はすぐに一階に戻った。
ハルエスは泥のゴーレムの魔石を拾わなくてもいいのかと言ったのだが、魔獣術を試してみたレイにしてみれば、わざわざ低ランクモンスターの魔石を拾っても意味はないので、欲しい者達に譲ると口にし、その場を立ち去った。
そうしてダンジョンを出ようと歩いていると、不意にハルエスがそんな風に言う。
それを疑問に思って尋ねるレイに、ハルエスは首を横に振る。
「いや、改めてレイって凄いんだと思ったんだよ。もし俺があんなに大量の泥のゴーレムと遭遇したら、恐らく……いや、絶対に勝つのは無理だろうし」
「それはそうだろう。そもそも、ハルエスは今まで純粋なポーターだったんだ。そうである以上、いきなりあれだけの数を相手にするのは無理だ。それに……弓はかなり便利な武器だが、泥のゴーレムを相手にするのは相性が悪いだろうし」
もっと強力な弓を使っているのなら、あるいは一撃で泥のゴーレムという名前通り、その身体を構成している泥を破壊することが出来るかもしれない。
だが、ハルエスの持つ弓の威力はそこまで強力な訳ではない。
それこそゴブリンといった敵なら容易に倒せるだろうが、泥のゴーレムを相手にした場合、その身体に矢が突き刺さるだけで、倒すことは出来ない。
勿論、何らかの偶然で泥のゴーレムの身体にある魔石を破壊出来たら、話は別だったが。
「うーん……じゃあ、別の武器にした方がいいのか?」
「それを決めるのは、俺じゃなくてハルエスだ。ハルエスがいいと思ったら、弓以外の武器にしてもいいと思う。……もっとも、個人的にはハルエスには弓の才能があるし、遠距離から攻撃出来るという意味でも、弓の方がいいとは思うけど」
「弓……か」
レイの言葉に、ハルエスは歩きながら自分の持つ弓に目を向ける。
自分に弓の才能があるかどうかは分からない。
分からないが、それでも弓をそれなりに使えるのは事実。
それを才能と言われれば、間違いなく才能なのだろう。
だが……それでも、ハルエスは自分が弓を使えばいいのか、あるいは他の武器にするべきなのか、迷う。
もしハルエスが弓を使う前に他の武器を使っていれば、それによって自分が弓に対して強い才能を持ってると理解出来ただろう。
だが、ハルエスは最初からレイの提案に従う形で弓を使っていた。
なので、弓を使えることがあるいは普通だと認識してしまったのだろう。
「まぁ、今のハルエスはまだ学生なんだ。折角学校に通ってるんだから、弓に限らず他にも色々な武器を試してみたらどうだ? そうすれば、もしかしたら弓以上に向いている武器を見つけられるかもしれないぞ」
「……分かった。明日から色々と試してみるよ」
そうして会話をしながらレイ達は進み続け……やがて、地上に続く階段を見つける。
「さて、初のダンジョン探索はこれで終わりだ」
「そうだな。……まさかあんな騒動に巻き込まれるとは思わなかったけど」
地上に続く階段を見たハルエスは、しみじみと呟く。
レイにしてみれば、あの程度の騒動は騒動ではない……というのは少し大袈裟かもしれないが、そこまで珍しいものでないことは事実。
寧ろあの程度ですんだというのがレイにとっては助かることだった。
そう言うと、ハルエスは呆れというより絶望に近い表情でレイを見る。
あんなトラブルと頻繁に遭遇するというのは、ハルエスから見ても出来れば遠慮したいことだった。
「レイはよく無事だな」
「慣れだよ、慣れ。俺にとってはこの程度のことは慣れているし。……ちなみにハルエスも俺と同じように色々な面倒に巻き込まれれば、強くなれるかもしれないぞ?」
「いや、それは……ちょっと違うだろう? というか、それはあくまでも面倒に巻き込まれて強くなれたらの話だよな? もし俺がそういうのに巻き込まれたら、すぐに死んでしまうような気がする」
「そこを頑張って生き延びるんだよ。俺が冒険者になったばかりの頃は、いきなりオークキングと戦ったりとかしたんだぞ?」
その言葉は少し大袈裟だった。
そもそも、オークキングと戦った件は、オークの集落を潰すという依頼があり、それにレイも参加した結果の出来事だ。
勿論、オークの集落である以上、オークキングと遭遇しないという可能性もあったが、レイは魔獣術の件もあって自分からオークキングを捜していた。
そのような状況を考えると、レイの場合は自分からトラブルに関わっていると言われても否定は出来ない。
「オークキングって……嘘だろ。普通に死ぬぞ」
ハルエスにしてみれば、多少弓が使えるようになったところで、オークキングと戦って勝利出来るとは思えない。
それこそ遠距離から攻撃をしても、自分の射った矢をあっさりと回避されるか、叩き落とされるか、もしくは手で鷲掴みにされてもおかしくはない。
「まぁ、色々とあったからこその、今の俺だ。お前も強くなりたいのなら、そういう目に遭うことを覚悟しておいた方がいいな」
「うげぇ……」
レイの言葉に、心の底から嫌そうな様子のハルエス。
レイと同じくらい……とまではいかずとも、それに近い実力は欲しい。
今は無理でも、将来的には。
そんな風に思っていたハルエスだったが、だからといってオークキングと戦うようなことを何度も繰り返したいとは思わない。
それで生き残れる確証があるのならともかく、自力でどうにかしないといけないのだから。
「やっぱり俺は少しずつ強くなっていくよ」
「そうか? 俺としてはどっちでもいいんだが。……まぁ、お前がそれでいいのなら、それはそれで構わないけど。さて、階段だ。取りあえず初めてのダンジョンという事では、そう悪くない結果だっただろう」
「いや、泥のゴーレムがいた時点で、悪くない結果とかそういうのじゃないと思うんだが」
レイの言葉に納得出来ない様子を見せるハルエスだったが、レイにしてみれば、あの程度はトラブルらしいトラブルではない。
そんなレイの言葉に同意するように、セトが喉を鳴らす。
(こういう感じだから、高ランク冒険者になれるんだろうな)
レイの様子を見ながら、ハルエスはそんな風に思う。
今の自分では、とてもではないが無理だろうと思いながら。
そうしてダンジョンから出ると、ハルエスはレイに視線を向けてくる。
「これでダンジョンから出たけど、これからどうする?」
「どうするって言っても……具体的にはどういう意味でだ? 特に何かやるべきことはないと思うけど。それとも、何かやるべきことがあるのか? 例えば、ダンジョンからギルドに戻ってきたら報告するとか」
このダンジョンは……いや、この迷宮都市のあるグワッシュ国は、ミレアーナ王国の保護国の一つだ。
それはつまり国としての規模も大分小さいということを意味してる。
そうなると、当然ながら冒険者の数も質もどうしてもミレアーナ王国に劣る。
実際、その為にダンジョンの攻略が進まず、冒険者育成校を作ることになったのだから。
そのような迷宮都市だからこそ、ダンジョンに入る前と出た後には報告をする必要があるのではないかと、そうレイは思ったのだ。
……もっとも、入る前にギルドに報告をした覚えはレイにもなかったが。
ただ、もしかしたらレイが来る前にハルエスが報告をしてあったという可能性もあった。
しかし、ハルエスはそんなレイの言葉に首を横に振る。
「いや、そういうのじゃない。……ほら、ダンジョンから無事に戻ったんだし、酒場で飲むとか」
「ああ、そういうのか」
ハルエスの言葉はレイにも納得しやすかった。
レイの拠点のギルムにおいても、依頼を無事に終わらせた冒険者達が宴会をするというのは何度も見たし、レイが参加したこともあるのだから。
「ハルエスの言いたいことは分かったけど、今回はダンジョンの一階と二階をちょっと見てみただけだろう?」
「いや、泥のゴーレムを大量に倒したんだし、十分に活躍してるとは思うけど」
レイにとってはそこまで誇るようなことではなく、それこそ朝飯前の出来事……あるいはよくある出来事といった感じだったが、それはあくまでもレイにとってだ。
特殊な……色々な意味で特殊なレイだけに、そのような経験が頻繁にあってもおかしくはない。
恐らくハルエスがその辺をレイに突っ込めば、それこそ冬にはスノウオークのスタンピードを自分とヴィヘラ、セトだけで止めたと話すだろう。
スノウオークは冬特有の……それでいて、目撃されるのがかなり珍しいモンスターだ。
そんなスノウオークと比べれば、泥のゴーレムが十匹、二十匹……百匹、二百匹、場合によっては千匹以上いても、相手にもならない。
「それでも十分な活躍だったって。……それに、弓を試させて貰った件もあるし、礼を言いたいんだよ」
「そこまで言うのなら、どこかいい店はあるか? ちなみに俺は酒を飲めない……訳じゃないが、美味いとは思えないから、酒が充実してるよりも料理の美味い店の方がいいな。それにセトが店の中には入れないと思うけど、店の外でセトにも料理を出してくれるような場所がいい」
「え? うーん……そうだな。セトの件以外はそれなりに店を知ってるんだけど、セトが一緒となるとちょっと難しいな」
「グルルゥ」
ハルエスの言葉に、セトが残念そうにしながら喉を鳴らす。
その円らな瞳で見つめられたハルエスは、困った様子でセトに向かって口を開く。
「セトが従魔として問題がないのは、これまでの経験から俺は知っている。けど、それを知ってるのは俺や、セトに接したことのある者達だけだろう?」
「グルゥ……」
セトもハルエスの言葉に否とは言えない。
実際にセトを初めて見た門番がセトが村に入るのを拒否したということが、これまで何度もあったからだ。
そうである以上、まだガンダルシアに来たばかりのセトが自分を怖がらないで欲しいというのが無理だというのは、セトにも十分に理解出来たのだ。
「なら……そうだな。屋台が多くある場所とかはないか? そういう場所ならセトも一緒に食べられるだろう?」
そう言うレイの言葉に、ハルエスは少し考えた後で頷くのだった。