3637話
声……いや、悲鳴の聞こえてきた方に視線を向けると、かなり遠くではあるが、先程の悲鳴を上げたのだろう者を見つけることが出来た。
三人の冒険者と思しき者達が、何かに追われている。
その何かを見定めようと、レイがよく見ると、そこには多少の差異はあれども、二mから三m程の大きさの人型の何かが悲鳴を上げた者達を追っている光景だった。
それがゴーレムだろうというのは、一階でハルエスの話を聞いたレイにはすぐに分かった。
ただ……そのゴーレムの数が、二十……いや、三十匹近くもいるとなれば、話は別だったが。
二階はまだ浅い階層なので、一階程ではないにしろ、それなりの数の冒険者がいる。
だが、その冒険者達もゴーレムのあまりの多さに驚いたのか、あるいはその数には勝ち目がないと判断したのか、追われている冒険者達を助ける様子がない。
冒険者としては、他人よりも自分が、あるいは自分の仲間達が大事だと判断したのだろう。
実際、その判断はそう間違ってはいない。
そもそも、あれだけのモンスターに追われるといったのは、普通に考えて有り得ない。
つまり、追われている冒険者達が何かをやらかしたのだろうというのは、容易に想像出来た。
「さて」
そんな状況を確認しつつ、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出し、一歩踏み出す。
「え? あ……ちょっ、レイ!?」
レイの進む方向が悲鳴を上げている冒険者達……正確には、その冒険者達を追っているゴーレムの群れだと判断したハルエスは、咄嗟にレイを引き留める。
ハルエスにしてみれば、まさかここで自分からあれだけ大量のゴーレムを倒す為に行動に出るとは思ってもいなかったのだろう。
「あのままにしておく訳にはいかないだろう? それに、この程度の敵にどうにかなる程、深紅の異名は甘くない。……セト、お前は後ろから頼む」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らすと、数歩の助走と共に翼を羽ばたかせて飛び立つ。
階段の近くにいた冒険者達は、セトの姿に目を奪われる。
レイはそんな周囲の様子を気にせず、武器を手に走り始めた。
最初はゆっくりと、そして次第に速度を上げていく。
すると、デスサイズや黄昏の槍という大きな武器を持っていることから、ゴーレムの群れに襲われている者達もレイの存在に気が付く。
自分達から逃げるのではなく、自分達のいる方に向かってやって来るのだ。
他の見ているだけの冒険者達とは違い、自分達を助けてくれる為に行動しているのだと理解したのだろう。
「おーい、おーい、助けてくれぇっ!」
先頭を走る、長剣を持つ男が必死にその長剣を振ってレイに助けを求める。
「追ってきているゴーレムは俺が引き受ける! お前達はそのまま走り続けろ!」
叫んでいる間も、レイは走る足を止めない。
追われている冒険者達との距離は瞬く間に縮まる。
そしてすれ違い……
「ごめん、頼む!」
長剣を持った男が、すれ違う瞬間にそう叫ぶ。
追われている冒険者達にしてみれば、自分達の不始末をレイに……見知らぬ相手に押し付けるのを不満に思ったのだろう。
もっとも、レイにしてみればそこまで責任を感じることはないと思うのだが。
何しろ、レイがこうしてゴーレムの群れとの戦いを進んで引き受けたのは、この小型のゴーレムが未知のモンスターの可能性があるかもしれないと思ったからなのだから。
これまでレイは、モンスターとしてのゴーレムを倒した経験がある。
そうである以上、このゴーレムの魔石を魔獣術で使えるかどうかは正直なところ微妙だとは思う。
思うのだが、小型のゴーレムである以上は別のモンスターという扱いになるのではないかと思えた。
絶対にそうなるという確信がある訳ではない。
そうなればいいとは思うが、同時に可能性は低いだろうとも思っていた。
言ってみれば、駄目元に近い一面がある。
「出来れば未知のモンスターであってくれよ……飛斬!」
冒険者達とすれ違い、ゴーレムの群れとある程度近付いたところで、レイはデスサイズを振るって斬撃を飛ばす。
放たれた斬撃は、真っ直ぐに飛んでいき……泥のゴーレムの群れの中でも、先頭を走る数匹の胴体を切断し、それでも斬撃の威力が弱まることはなく、その後ろにいる泥のゴーレムを数匹切断する。
ピタリ、と。
何故か不意に泥のゴーレムの動きが止まる。
先程までは逃げていた冒険者達を追っていたのだが、そんなのはもう忘れたと言わんばかりに動きを止め……その視線はレイに向けられた。
(何だ? もしかして、攻撃された奴を攻撃するのか? ……ある意味、穢れと同じだな)
そんな風に思いつつ、取りあえずこれで泥のゴーレムが先程の冒険者達を追うことはなくなったと安堵しつつ、それでも念の為にデスサイズの石突きを地面に突き立てる。
「地形操作」
スキルを発動し、泥のゴーレムと自分を含めた周囲を覆うように壁を作る。
ただし、その壁は六m程……泥のゴーレムの倍程の大きさしかない。
レベル六の地形操作は最大十m程の壁を作ることが出来るが、今はそこまで必要はないだろうと判断してのことだった。
何しろここはダンジョンの中だ。
地形操作とかを使っても特に問題はないと思うが、それはあくまでも予想だ。
なら、念の為にあまり問題にならないように地形操作を使っておこうと思っての行動だった。
……もっとも、もしこの程度でどうにも出来ず、それこそ最大限に能力を発揮しなければならない敵が現れたら、レイも加減とかは考えず、全開でスキルを使っていただろうが。
「さて、取りあえずこれで問題はないと」
壁で覆った以上、泥のゴーレムがここから出ることは出来ない。
結構な数のゴーレムがいるので、好き勝手に動かれると、レイとしても倒すのに時間が掛かりそうだったので、こういう手段に出たのだ。
「後は……」
そこで言葉を切ったレイは、視線を上に向ける。
レイからの指示により、上空からゴーレムの群れの背後に回り込んでいたセトがそこにはいた。
「グルルルルゥ!」
急降下しながら、アイスアローを放つセト。
ファイアブレスでなかったのは、敵が泥のゴーレムだけに、炎よりも物理的なダメージの方がいいと判断したからだろう。
また、ウィンドアローでなかったのも同じ理由。
質量を持つということであればアースアローもあったが、アースアローのレベルはまだ三で、何より泥のゴーレムに対してアースアローは効果が薄いと判断したのだろう。
物理的な攻撃力という意味では水球もあるが、水球は威力が高いがアロー系のスキルと比べると、どうしても速度に劣る。
そんな訳で、遠距離から大量の敵を攻撃するという意味でセトが選んだのが、アイスアローだった。
八十本の氷の矢が、一斉に放たれる。
一本ずつが、岩であれば破壊出来るだけの威力を持つ氷の矢だ。
当然ながら、一本が泥のゴーレムに命中すると、その身体を容易に砕く。
これでもっと高ランクのゴーレムであれば、あるいは破壊された身体を再生して繋ぎ合わせるといったことも出来たかもしれないが、所詮は二階に現れるゴーレムだ。
大量に出現したので襲われた冒険者達も逃げるしかなかったが、もし一匹程度……いや、二匹や三匹なら、先程レイ達がすれ違ったパーティもそこまで必死になって逃げることはなかっただろう。
何らかのイレギュラーにより、実は二階どころか十階くらいに現れるモンスターであれば、話は別だったが。
「さて……丁度いいから、魔石を使ってみるか」
レイは周囲の様子を確認する。
デスサイズの地形操作によって、現在レイのいる場所は完全に封鎖されている。
……もっとも、地形操作で作ったのはあくまでも壁だけだ。
何らかの手段で登るなり飛ぶなりして、壁を乗り越えるなり、上空から壁の中を見ることが出来る者がいれば、レイもそこまで安心出来なかっただろうが……ここは二階である以上、ここで活動している冒険者は基本的に低ランクだ。
勿論、何らかの理由で高ランク冒険者がいる可能性もある。
ただ、レイがざっと確認した時にはそんな腕利きはいなかった。
レイにも実力を隠し通せるような者がいれば、話は別だが。
そんな訳で、恐らく大丈夫だろうと判断し……崩れた泥のゴーレムの残骸を探し、魔石を見つける。
「グルルゥ」
魔石を手にしたレイの側に、上空からセトが降りてくる。
レイはミスティリングの中から流水の短剣を取り出し、それで魔石を洗うとセトに渡す。
「グルゥ!」
セトは嬉しそうに喉を鳴らすと、クチバシで魔石を咥えて飲み込み……
「グルルルゥ……」
脳裏にアナウンスメッセージが響かないのを残念に思った様子で喉を鳴らす。
「あまり気にするな。今までに使った魔石だったかもしれないし、そうじゃなくても二階にいるモンスターの魔石なんだから、スキルの習得や強化は元々無理だったかもしれない」
「グルゥ」
レイの言葉に完全に納得した様子ではなかったが、それでも残念そうな様子ではなくなり、レイにも試してみてと視線を向ける。
セトの視線に押されるように、レイは近くにあった泥のゴーレムの魔石を拾い、それを空中に放り投げるとデスサイズを振り……
「……うん。こっちも駄目だったな」
セトが無理だったことから、半ば予想出来てはいたことだったが、泥のゴーレムの魔石を使ってもお馴染みのアナウンスメッセージがレイの脳裏に響くことはなかった。
それが残念ではあったものの、レイにしてみればこれは半ば予想出来ていたことだ。
そうである以上、露骨に残念がるようなことはせずデスサイズの石突きを地面に突き刺し……
「地形操作」
再度スキルを使い、壁となっていた地面を中に戻す。
「って、うわ……また随分と人が集まっているな」
土の壁を消すと、その周囲には結構な数の冒険者達が集まっていた。
その多くが武器を構え、もし泥のゴーレムが出て来たら即座に対処出来るようにしていたが、土の壁が消えて、そこに泥のゴーレムがいないことに安堵した様子を見せる。
もっとも、その中には泥のゴーレムがいなくなったことで安心しながらも、グリフォンのセトがいたことで慌てる者達もそれなりにいたが。
幸いなことに、既にレイがガンダルシアに来ているというのはそれなりに有名な話だ。
それなりの規模の迷宮都市だとはいえ、それでも深紅の異名を持つレイの存在は、それだけで大きな噂になる。
もっとも、それは同時にダンジョンを攻略する為にやって来たのではなく、冒険者育成校の教官としてやって来たという情報についても話は知られており、レイにその自覚はなかったものの、結果として冒険者育成校に入学を希望する者が増えていた。
もし冒険者育成校に入学すれば、レイと模擬戦を行える。
それは冒険者にとって……特に実力が伸び悩んでいる者にとっては、大きな魅力に思えたのだろう。
実際、一階や二階どころではなく、本来なら冒険者育成校に通わなくてもいい、十階前後を活動している冒険者ですら、レイとの模擬戦を目当てに冒険者育成校に入りたいと希望したくらいなのだから。
もっとも、冒険者育成校はあくまでも未熟な冒険者であったり、冒険者になったばかりの者達を対象にした学校だ。
十階付近で活動している冒険者を入学させる訳にもいかず、断られたのだが。
(あ、ハルエスのお陰でもあるのか)
視線の先で、ハルエスが何人かの冒険者に話をしているのが見えた。
恐らくレイが土の壁を作った後で、ハルエスがこれがレイの仕業であると、そしてセトの存在についても話したのだろう。
レイにとっては、面倒がなくなるという意味で助かる行為ではあった。
(まぁ、ハルエスにしても何も親切心からだけで説明したとかじゃないとは思うけど)
現状においてどこのパーティにも入れて貰えず、ソロで活動しているハルエスだ。
この機会に顔見知りを多く作っておけば、今は無理でも将来的にはパーティに入れて貰える可能性は十分にある。
ハルエスにしてみれば、それを狙っての行動だったのだろう。
そんな風に思っていると、ハルエスがレイの視線に気が付いたのか、話していた相手に頭を下げてからレイのいる方にやって来る。
「レイ、多分大丈夫だとは思っていたけど、本当に大丈夫だったみたいだな」
「その聞き方はどうなんだ?」
レイは若干の呆れと共に、ハルエスに向かってそう言う。
もっともハルエスにしてみれば、レイの実力は知らないものの、噂の一割……いや、それ以下でも本当であれば、泥のゴーレムの群れであっても、負けるようなことはないと思っていたが。