3636話
カクヨムにて14話先行投稿していますので、続きを早く読みたい方は以下のURLからどうぞ。
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また、カクヨムサポーターズパスポートにでサポートをしてくれた方には毎週日曜日にサポーター限定の番外編を公開中です。
セトが走り続けること、十分程。
レイの目の前には地下に続く階段があった。
馬よりも速く走るセトが走って十分となると、セトが全速力ではなかったとはいえ、かなりの距離を走ったことになる。
(一階でこれだけ広いとなると、深い階層になればもっと広くなるのか? もしくは、狭くなっていくのか。……出来れば後者の方がいいな)
階層が広いということは、階段を見つけるのがそれだけ大変ということになる。
そう考えると、レイとしては階層は狭い方がいい。
……もっとも、階層が広ければマジックアイテムを入手出来る可能性が上がるということでもあるので、その場合は階層が広い方がいいと思うのがレイなのだが。
寧ろマジックアイテムを入手する為なら、広ければ広い程にいいとすら思ってしまう。
「レイ? どうしたんだ、階段をじっと見て」
レイの後ろに乗っていたハルエスが、ようやく落ち着いたのか、セトから降りてしっかりと地面に足をつけながら、そう聞いてくる。
「いや、マジックアイテムとかを入手出来るのは何階くらいかと思ってな」
「どういうマジックアイテムにもよるかだけど、ポーション……かなり効果の低いポーションとかなら、三階とか四階でも入手出来たりするらしいぞ」
「そういうのはちょっとな」
レイが欲しているのは、あくまでも実戦で使えるようなポーションだ。
例えば、ポーションであっても骨折が一瞬にして治ったり、切断された手足をくっつけられたり、もしくは致命傷を瞬く間に治したり……そんなポーションなら、是非欲しいと思う。
ただ、効果の低いポーションは特に欲しいとは思わない。
(いやまぁ、あればあったでそれなりに便利ではあるんだろうけど)
レイのミスティリングには、結構な数のポーションが収納されている。
その大半が相応に効果が高いポーションだったが、中にはそこまで効果の高くないポーションもある。
そのようなポーションは、ちょっとした傷……例えばかすり傷や打撲といったような、戦闘をする上で大きな影響はないものの、それでも傷がない方がいいような時に使うのに便利だった。
その程度の傷を治療するのに、まさか金貨数枚のポーションを使う訳にもいかないだろう。
「ポーションか。出来ればもっと効果が高い、それこそ致命傷とかも即座に治療可能なポーションなら欲しいんだけどな」
「……そんなポーションなら、誰でも欲しいと思うけど」
レイの言葉を聞いたハルエスは、呆れたようにそう言う。
実際、そのようなポーションを貰えるのなら、ハルエスも欲しい。
「なら、もっと深い階層に行けるように頑張るんだな。……俺も教官の仕事がある程度落ち着いたら、セトと一緒にダンジョンに潜ってそういうお宝を探す筈だし」
「けど、この草原を見れば分かると思うけど、ダンジョンは一階層がかなり広い。そう簡単に最前線には追いつけないと思うけど」
「その辺は地図を貰うから大丈夫だ」
「……地図? 誰から?」
「秘密だ」
レイが地図を貰うのは、マティソンからだ。……正確にはマティソンのパーティが作った地図となる。
最前線にまではまだ到着していないが、それでもかなりの実力を持つマティソン達のパーティは、いわゆる攻略組と呼ぶのに相応しいだけ深く潜っている。
そんなマティソン達が作った地図だけに、かなりの価値があるのは間違いない。
それこそ、もしその地図を売ったりすれば、かなりの金額になるのは確実だろう。
当然ながら、レイにはその地図を売るつもりはない。
あくまでも自分が使う為に……少しでも早くダンジョンの最前線に行くのに使うつもりだった。
「何でだよ。誰から地図を貰ったのか、教えてくれてもいいだろ?」
「あのな……地図を俺にくれるのは、俺を信じてのことだ。そうやって信じられたのを無視してどうこう出来ると思うか?」
「それは……」
レイの言葉に、渋々だがハルエスも納得した様子を見せる。
実際には地図はまだ貰ってないし、もし地図を貰ってもその地図の代価としてマティソン達のパーティが苦戦した時に手助けをするということになっているのだが。
レイにしてみれば、マティソンとの取引はそう悪くなかったと思う。
いや、寧ろ自分にとっては利益の方が大きいとすら思う。
勿論、それはレイだけがそう思っているのではなく、マティソンもまたいざという時にレイに助けて貰える以上、悪くない取引だと思っているのだろうが。
何しろ、マティソン達にしてみれば地図を写せばそれだけでいい。
地図を作るのに必要だった労力的な問題はあるが、一度出来てしまえばその地図を写すというのは、そう難しいことではないのだから。
もっとも、地図を作る時の労力を考えれば、そう簡単に地図を渡そうとは思わないかもしれないが……その辺は、人それぞれだろう。
「そんな訳で、地図を誰から譲って貰うのかは言えない。……もっとも、一階や二階ならともかく、三階、四階、五階、六階といった階層になれば、当然ながらハルエス達のような冒険者育成校の生徒達にはあまり意味がない……どころか、無理をさせるという意味では百害あって一利なしだ」
地図があれば、最短で次の階層に続く階段に向かうことが出来る。
そういう意味では地図があると攻略が楽になるが、それはつまり本来その階層を攻略出来る実力を持っていないのに、その階層に挑戦するといったことをしかねない。
そういう意味では、レイが口にしたように百害あって一利なしだろう。
「それは……だけど、レイも分かるだろう? 地図があったら、見てみたいんだよ」
「その気持ちは分からないでもないけど、それならハルエスが自分で深い階層に潜っている冒険者達と交渉して地図を見せて貰うんだな。もっとも、それを受け入れる奴はいないと思うし、受け入れられるのなら、それはそれで問題だとは思うけど」
レイの言葉に、ハルエスは不満そうな様子を見せつつも黙り込む。
ここで自分が何を言っても、とてもではないがレイが話を聞いてくれるとは思わなかったのだろう。
そして、見たいのなら自分で交渉をすればいいと、そう口にしたのも、ハルエスが黙る切っ掛けとなった。
(あれ、ちょっと不味かったか? 明日にでもマティソンに言っておいた方がいいかもしれないな)
ちょっと頭の回る者なら、レイが誰から地図を入手したのかというのを予想するのは難しくはないだろう。
何しろ、レイがガンダルシアに来てから、まだそんなに時間が経っていないのだ。
そうなると、ダンジョンの攻略をしている腕利き達と出会う機会そのものがそう多くはない。
勿論、レイはギルドにも顔を出しているので、その時に攻略組の冒険者と遭遇していてもおかしくはないが、それでもやはり一番可能性があるのはマティソンなのだ。
ハルエスがそこに気が付いたら、マティソンに自分にも地図を見せて欲しいと頼んでもおかしくはなかった。
……そんな要望をマティソンが聞くとは思えないが、それでも言われた時にすぐ断る為に、話を通しておいた方がいいのは間違いなかった。
「取りあえず、階段を降りてみるか」
「え? 二階に行くのか?」
「ちょっとだけ、試しにな。別に二階を攻略しようとは思わないから安心しろ」
レイの言葉に、ハルエスは当然といった様子を見せる。
ハルエスとしては、あくまでも一階の草原を案内するつもりで、今日は一緒に来たのだ。
だというのに、そこでいきなり二階に行くといったことを言われれば、心の準備は出来ていない。
しかし、すぐにハルエスは自分の考えを改める。
本来なら、今の自分はソロで、弓も……才能はともかく、まだ習い始めたばかりだ。
そんな自分が二階の荒れ地に行くのは、本来ならかなり難しい。
だが、レイと一緒に行くのなら、それこそどのような敵が出てきても安心して行動出来るのだ。
だからこそ、レイが二階に行きたいと言ったのは、自分にとってもチャンスなのでは? と思い……
「分かった。じゃあ、行ってみよう。ただ、二階にはゴーレムが出たりするから、気を付けてくれよ。ゴーレムが相手じゃ、俺の弓は殆ど意味がないし」
「ゴーレムが出るのか。それはまた、二階から随分と強いモンスターが出るんだな」
そうレイが言ったのは、やはりゴーレム産業が盛んな街のエグジニスについての印象が強かったからだろう。
だが、そんなレイの言葉にハルエスは不思議そうに口を開く。
「いや……えっと、別にそこまで強くないぞ?」
「うん? ゴーレムだろう? かなり巨大な奴」
その説明に、ようやくハルエスはレイが勘違いしていることを理解し、首を横に振る。
「いや、違う。レイが言ってるようなゴーレムもこのダンジョンでは出るけど、さすがに二階で出ない。もっと深い階層でなら、レイが想像しているようなゴーレムは出ると思う」
「うん? じゃあ、二階で出るのはどういうゴーレムなんだ?」
「俺より多少大きいくらいのゴーレムだよ」
ハルエスの身長は、二mには届かないくらいだ。
そんなハルエスよりも少し大きいくらいとなると、ハルエスの言うゴーレムはレイが想像していたゴーレム……それこそ五m以上、場合によっては十m以上のゴーレムとは全く違う。
「そういうゴーレムもいるのか。……いやまぁ、モンスターだと考えると、そういうのもありかもしれないけど。ちなみにゴーレムの材質は? 一般的なゴーレムだと岩とかだけど」
「岩もいるけど、大抵は土のゴーレムだな。こっちの攻撃の威力を土で吸収するから、倒すのが面倒らしい」
「それはまた……倒すのが面倒そうだな」
そう言うレイだったが、実際に遭遇したら自分なら倒せるだろうと思った。
寧ろ、そういう小型のゴーレム……あるいはゴーレム未満とでも呼ぶべき存在であれば、未知のモンスターの魔石という扱いになりそうな気すらした。
(そういう意味では、いきなりの当たりか? ……とはいえ、ダンジョンの二階となると、弱いモンスターなのは間違いない。そうなると、未知のモンスターの魔石であっても、必ずしもスキルを修得したり強化出来るとは限らないんだよな。……そう考えると、冬に行った廃墟のモンスターは美味しかったな)
廃墟のモンスターは、以前倒したモンスターの魔石でもスキル習得や強化が出来たし、それどころか廃墟にいた同じ種類のモンスターの魔石を使っても追加でスキルを習得出来たり、強化出来たりした。
レイにとっては、これ以上ない場所だったのは間違いない。
ダスカーが色々と調べてみると言っていたので、もしかしたら今度ギルムに戻った時は何か分かっているかもしれない。
そう思ったが、春になってダスカーの仕事は忙しくなっている筈だ。
ギルムの増築工事によって多くの者がやって来ているし、冬の間にレイが解決した穢れの一件についてもある。妖精郷との取引や、トレントの森での伐採、生誕の塔のリザードマン達、転移してきた湖、そしてトレントの森の中央の地下にある異世界に通じる穴。
レイがすぐに思いつくだけでこれだけのものがあるのだから、他にもレイが知らない騒動が色々とあってもおかしくはない。
それだけに、ダスカーの屋敷には迂闊に行くのも難しくなってもおかしくはなかった。
「レイ? どうしたんだ?」
「ん? ああ、いや。何でもない。二階でゴーレムと遭遇した時、どうやって倒そうかと思ってな」
「レイなら魔法を使えるんだから、炎の竜巻とかでどうにでもなるんじゃないか?」
レイの噂では、やはり炎の竜巻についてがかなり知られている。
ハルエスもそれについては知っていたので、そう口にしたのだろうが、だからといってレイが素直にその言葉に頷くことは出来なかった。
「ハルエスがどういう風に思っているのかは分からないが、炎の竜巻は周辺に与える被害が大きい。それこそ周辺に味方が誰もいないとか、そう確信出来ない限りは、迂闊に使えないんだよ。何しろ威力が圧倒的だからな。間違って味方に被害を与えましたとかなったら、洒落にならない」
ごくり、と。
レイの説明を聞いたハルエスが、思わず唾を飲み込む。
噂で聞いただけではなく、実際に炎の竜巻を使うレイの口から出た説明だけに、そこに強い迫力を感じたのだろう。
「そんな訳で、もしゴーレムに遭遇したら、また何か別の手段で戦う。……それより、いつまでもこうしていてはなんだし、降りるぞ」
そうレイは言い、ハルエスとセトと共に二階に降りていく。
ダンジョンの不思議なところは、階段を降りている時間は一分からそこらだというのに、二階に降りた時に天井はかなり高かった。
そんな天井を見ていると……
「うわあああああああああっ! 誰かぁっ!」
不意にそんな声が聞こえてくるのだった。