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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3633/3865

3633話

 ゴブリンと戦っている冒険者達……冒険者育成校においては下位クラスと呼ばれるクラスの生徒達だが、それでもゴブリンとの戦いを優位に進めるだけの実力を持っていた。

 ただし、自分達が優位なのは間違いないのだが、それでもゴブリン達を倒すことは出来ない。

 いや、一匹、二匹といった具合にゴブリンの数が減っているのは間違いない。

 間違いないのだが、しかしそれを考えた上でもゴブリンが崩れない……勝てないと判断して逃げ出したりしないことが疑問だった。


「くそっ! いい加減諦めて死ねよ! もしくは逃げ出せっての!」


 苛立ち混じりに振るう長剣は、その一撃を受けようとしたゴブリンの錆びた短剣を叩き折り、その短剣を持っていた右腕を切断する。


「ギギャギャ!」


 痛みに悲鳴を上げるゴブリン。

 地面を転がって痛みを訴えるゴブリンの頭を蹴り飛ばし、仲間の援護に向かおうとしたところで……


「ギャギャギャギャ!」


 不意に背後から聞こえてくるゴブリンの声。

 ぞくり、と。

 戦士の背中に冷たいものが走る。

 後方から奇襲されたのか。

 そう思って振り向いた先には、間違いなくゴブリンがいた。

 ゴブリンがいたのだが……ゴブリンの一匹は胴体を矢で射貫かれ、痛みに地面に倒れている。

 他にも数匹のゴブリンがいたが、そのゴブリン達は一体何が起きたのか全く理解出来ていない様子で、矢で射貫かれたゴブリンを見ている。


「え?」


 一瞬、戦士の男は何が起きたのか分からなかった。

 だが、それでも自分達の後ろにゴブリンがいる以上、そちらの対処が必須なのも事実。


「後ろのゴブリンにも警戒だ!」


 叫ぶ男だったが、ここまで大きな騒動になっていれば、当然ながら他のパーティメンバーもゴブリンの存在に気が付く。

 男は戸惑いながらも、パーティリーダーとして自分も含めて仲間の半数を背後のゴブリンに回す。

 そして仲間と共に背後のゴブリンと戦いながらも、一体何があったのかと疑問に思い、戦いながらも周囲の様子を確認する。

 幸いなことに、ゴブリンの数は多くなく、男もゴブリンとの戦いではかなり有利に戦える。

 そうである以上、まずは現在自分達がどのような状況にあるのかを確認しておく必要があった


(あれか?)


 ゴブリンの首を切断しながら、男は離れた場所で弓を手にした男を見つける。

 それが誰なのかは、男にも分からない。

 ……あるいは弓ではなくポーターの格好をしていれば、誰なのか分かったかもしれないが。

 ともあれ、あの弓を持った男に助けられたのだと理解し、ゴブリンを倒した後で話を聞きに行こうと考え……


「え?」


 その男の側に、一人と一匹の姿を見つけ、そんな声が漏れる。

 その一人が誰なのかは、生憎と男にも分からない。

 だが……その男の側にいるのがグリフォンであれば、その男が誰なのかは容易に想像出来た。

 今日、学校においてかなりの噂が流れた人物……深紅のレイ。

 年齢的には自分達とそう違わないのに、既に異名持ちになっており、ミレアーナ王国だけではなく、周辺諸国にまで名前が知られている冒険者。

 そのレイが従魔としているのが、グリフォン。

 そして男の視線の先にいるシルエットは、間違いなくグリフォンだった。

 あるいはここが一階ではなく、もっと深い場所であればグリフォンであったり、もしくはそれに似た外見のモンスターがいる可能性はある。

 だが、ここは一階なのだ。

 ゴブリンを始めとして、出てくるモンスターは低ランクモンスターで、高ランクモンスターはいない。


(教官だから、助けてくれたのかもしれないな)


 教官のレイとしては、生徒が死ぬのは避けたい筈だ。

 そうである以上、レイが自分達を助けるのはそうおかしな話ではない。

 そんな風に思いつつ、男は他の仲間と共にゴブリンとの戦いを続けるのだった。






「え? ハルエス……? 嘘だろ?」


 ゴブリンとの戦闘を終えたパーティは、近付いてくるのが誰なのかを理解し、驚きの声を上げる。

 当然だろう。

 ハルエスがパーティに入りたいと言ってきたのを断ったのは、男なのだ。

 そんなハルエスに助けられたというのもそうであるし、何より何故ハルエスがレイのような有名人と一緒にいるのか。

 普通に考えれば、それはとてもではないが理解出来ない。

 ……もっとも、そのハルエスに助けられた以上、ハルエスに何かを言ったりは出来なかったが。

 あるいは、ここにレイがいなければ、お前に助けられたのは面白くないといったようなことを口にしたかもしれない。

 だが、レイがいる以上……しかもレイが明らかにハルエスの同行者といった立場である以上、そのようなことを口には出来ない。

 あくまでもレイをハルエスの同行者という認識で、パーティメンバーといった認識にならなかったのは、やはりレイとハルエスではとてもではないが釣り合わないと思ったからだろう。

 実際にそれは間違っておらず、レイはハルエスをパーティメンバーとは見ていない。

 せいぜいが、案内役といったところだろう。


「その……大丈夫だったか?」

「あ、ああ」


 お互いがどこかぎこちない様子でやり取りをする。

 男にしてみれば、ハルエスがパーティに入りたいというのを断った相手に助けられたのだ。

 ハルエスにしてみれば、自分が入りたいと希望したのに断った相手を助けたのだ。

 双方共に、普通にやり取りをしろというのが難しいのだろう。

 そんなやり取りを見ていたレイは、このままではいつまで経っても話が終わらないだろうと考え、口を開く。


「無事で何よりだったな。モンスターと戦う時……特にこの草原のような広い場所で戦う時は、後ろにも気を付けた方がいいぞ」

「え? あ、はい。その……ありがとうございます」

「気にするな。じゃあ、頑張れよ。ハルエス、行くぞ」

「あの!」


 この場から離れようとしたレイだったが、男の声にその動きを止める。


「どうした?」


 しかし、男にそう声を掛けたのはレイではなく、ハルエス。

 ハルエスにしてみれば、男と知り合いなのは自分なのだから、応対は自分がするべきだと判断したのだろう。


「いや、ハルエスじゃなくて……レイさんに話を聞きたいんだが」

「俺に? 何だ?」


 レイも、別に男の話を聞くのを嫌っている訳ではない。

 別に話をするくらいなら、普通に対応をする。

 ……もっとも、少しだけ、本当に少しだけだがこの草原にあるという果実を確保するのが遅くなる可能性があるので、それについて思うところはあったが。

 だからこそ、さっさと話をすることによって無駄に時間を使いたくないという思いもそこにはあったのだろう。


「その、何で深紅の異名を持つ人が、ハルエスと一緒に行動してるんですか?」

「何でと言われてもな。成り行きで、というのが正しいのか?」

「成り行き……」


 その言葉に、男はハルエスに向けて羨ましそうな、嫉妬の込められた視線を向ける。

 男にしてみれば、特に理由がある訳でもなく……それこそ、何となくでレイと一緒に行動出来るハルエスが羨ましかったのだろう。


「あー……その、何だ。何を考えているのかは分かるけど、多分それはちょっと違うぞ? 別に俺はレイのパーティに入ったとかそういう訳じゃなくて、レイがまだこのダンジョンに潜ってなかったから、一度潜ってみる為の案内役として俺は一緒に行動してるだけだ。決してパーティを組んでる訳じゃない」


 大事なことだから二度言いましたといった様子のハルエス。

 だが、そのようなハルエスの言葉は男に通用しない。

 元々、男もハルエスがレイとパーティを組んでいるとは思っていない。

 思っていないが、それでもやはりレイと一緒に行動しているというだけで羨ましく思うのだ。

 実際、ハルエスはレイと一緒に行動していたので、最初にゴブリンと戦う時も落ち着いて矢を射ることが出来た。

 もしレイが一緒でなければ……それでも矢を射ることは出来ただろうが、それでもあそこまで安心して矢を射ることが出来ただろうか。

 そして最初の一矢というのは、これから弓を使う上で非常に大きな意味を持つ。

 実際に、この男のパーティを助ける為に矢を射った時も、最初の戦闘の時の経験があったからこそ、しっかりと矢を射ることが出来たのも事実。


「ふーん。その割には、随分と上手く弓を使えるようになったんだな」

「それは……今日、学校で練習をした成果だ!」


 ハルエスの言葉は、ある意味で間違ってはいない。

 実際に今日の学校の訓練による経験が大きいのも事実なのだから。

 だからといって、それを素直に受け入れられるかというのは、また別の話だったが。


「悪いが、そういうことだ。それより、俺達は他にもやるべきことがあるから、この辺で失礼する。……ハルエス、行くぞ」

「あ、ああ。……そういう訳だ。じゃあな」

「グルゥ」


 レイの言葉にハルエスが短く別れの言葉を口にし、それに追随するようにセトも喉を鳴らす。

 男はまだハルエスの言葉に完全に納得した様子ではなかったが、セトの鳴き声を聞くと、これ以上ハルエスから話を聞こうとしても無理だろうと判断し、諦める。

 そしてレイ達の背中を見送ると……


「ねぇ、もしかしてハルエスをパーティに入れなかったのは失敗だったんじゃない?」


 そんな男の背中に、パーティメンバーの女が声を掛ける。

 その言葉に、男は何かを言い返そうとするものの……経緯はどうあれ、実際にハルエスがレイと一緒に行動しているのも事実。

 そう考えると、ハルエスの件はやっぱり問題だったのではと思わないでもない。


「けどな、ハルエスは……今はともかく、俺達に声を掛けてきた時は純粋なポーターだっただろう? 今の俺達にそういう人材が必要かと言われれば、俺は頷くことは出来ないぞ」

「それはそうだけど、今日のハルエスは弓を使ってたじゃない。しかも私達が危ないところを助けてくれるくらいの腕は持っていたわ。つまり、パーティに入れた後で弓を使って貰えば……いえ、これは今更の話ね」


 パーティリーダーに不満を口にしていた女だったが、喋っている途中でこの件については話しても今更だろうと判断して首を横に振る。

 パーティに入れて欲しいと言ってたきた時、もし自分達が弓を使うようにと言っても……とてもではないが、ハルエスがその意見を受け入れるとは思えなかったのだ。

 今のハルエスが弓を手にしているのは、あくまでもレイが言ったからなのだろうというのは、想像出来る。

 つまり、もし以前ハルエスがパーティに入れて欲しいと言ってきた時に弓を使うように言っても、恐らくそれを素直に受け入れるようなことはなかった筈なのだ。


「とにかく、もう終わった話についてこれ以上考えても仕方がない。今はとにかく、ゴブリンをもっと楽に倒せるようになるまで頑張るぞ」


 これ以上ハルエスについての話をしても意味はない……それどころか、雰囲気が悪くなるだろうと判断した男がそう言って話題を打ち切る。

 他の者達も、そんな男の言葉を受け入れて再びゴブリンを倒すべく行動するのだった。






「悪かったな」

「え? 何がだ?」


 果実のある場所まで移動している途中、レイはハルエスに謝罪の言葉を口にする。

 だが、ハルエスは何故自分が謝られたのか理解出来ないといった様子だった。


「いや、さっきの件だよ。お前のパーティ参加を断った連中なんだろう? なら、今のお前の実力を見せたんだから、パーティに入れなかったことを悔しがっているんじゃないのか?」

「あー……まぁ、そうだな。そういう風に思わないでもないのは間違いない。けど……こう言うのは何だけど、別に断られたのはさっきのパーティだけって訳じゃないしな。他にも幾つも同じように断られてるんだよ」


 そう言うハルエスは、何故か自慢げだった。

 何故そこで自慢げに?

 そう思わないでもないレイだったが、ハルエスが先程の一件を特に気にしている様子ではない以上、この件についてこれ以上自分が何かを言っても意味はないだろうと判断する。


「そうか、分かった。ハルエスがそれでいいのなら、俺はそれで構わない。じゃあ、後は果実を収穫しにいくだけだな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、果実を食べるのを楽しみにしているセトが喉を鳴らす。

 そんなレイとセトの様子を見たハルエスは、困ったように言う。


「さっきから何度も言ってると思うけど、果実は必ずしもあるとは限らないからな? 何しろその果実はそれなりの値段で売れるんだ。自分で食う以外にも、小遣い稼ぎに採る奴もいる。そんな連中を出し抜く……というのはちょっと大袈裟かもしれないが、とにかく俺達が採ることが出来る可能性は決して高くないからな」


 もし果実のある場所に行っても果実がなかった時、レイやセトががっかりしないように、ハルエスはそう言うのだった。

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