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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3627/3865

3627話

「そうか。売ってくれないか」

「何しろ皿を持っていればパンに……食料に困らないというマジックアイテムですしね。普通に生活する上でもパンというのは毎日食べますし、ダンジョンに潜るにしても、その皿を持っていけば食料に困ることはないんですから。そう簡単に売るようなことはないかと。実際、それなりに多くの人が売って欲しいと交渉したそうですが、駄目でしたしね」

「その皿……ダンジョンに持っていくのか? 俺のようにミスティリングがあるのならともかく、そういうのがなければ、戦闘で割れたりする可能性もあると思うんだが」

「落としたくらいでは割れないらしいですよ。まぁ、それでも戦闘で敵の攻撃を受ければ破壊されるかもしれませんが。持っていく以上は覚悟の上でしょうし、何らかで保護はしてると思いますよ」

「そうだろうけど……うーん、それを売って欲しいとは言わないが、一度使わせて貰えないか?」

「何故レイさんがそこまで興味を?」


 マティソンにしてみれば、ダンジョンで見つかったというマジックアイテムについてレイが聞きたがったので、それを教えただけだ。

 それでもまさかレイがここまで食いつくというのは、予想外だったらしい。


「そうだな。……まぁ、実際に見せた方がいいか。そのコップ、中身は?」

「え? もう全部飲みましたが」


 食事を貰った時に受け取ったコップには、水が入っていた。

 だが、食事の時にその水は全て飲み終わっていた。

 それを聞いたレイは、笑みを浮かべてミスティリングから流水の短剣を取り出す。

 ざわり、と。

 周囲でレイとマティソンに声を掛けようと狙っていた者達が、いきなり出て来た流水の短剣を見てざわめく。

 とはいえ、ここは日本ではなくエルジィンだ。

 それも冒険者育成校である以上、短剣を取り出した程度で悲鳴が上がったりといったことはない。

 それでもレイが注目されていたということもあり、一体これから何が起きるのかと、多くの者の視線を集めている。

 レイはその視線を無視し、魔力を流して流水の短剣を起動。

 当然ながら、流水の短剣は水による鞭や刀身を作ることはなく、ただ水だけが生み出される。

 その水をマティソンの前にあるコップに注ぎ、半分程になったところで止める。


「レイさん?」

「飲んでみてくれ。そうすれば俺が言いたいことは分かる……かどうかは微妙だが、それでも説明はしやすいと思う」


 レイの言葉に、マティソンはどうするべきか少し迷う。

 だが、レイがこうして用意したものである以上、問題はないだろうと判断してコップの中の水を飲み……


「う……美味い……」


 一言。たった一言だけ、マティソンの口から漏れる。

 それがマティソンの飲んだ水がどれだけ美味かったのかを示していた。

 見る限りでは、ただの水でしかない。

 しかし、その水の味はまさに天上の甘露という表現が相応しい、そんな水。

 マティソンはただの水だというのに、これだけ……それこそ貴族が飲むような酒と比べても明らかに美味いと思える、そんな水は初めて飲んだ。

 そして気が付けば、コップの中にあった水は全てマティソンの身体の中に消えていた。


「どうだ?」


 レイの言葉で我に返ったマティソンは、レイの手元に視線を向ける。

 だが、マティソンが呆けている間に流水の短剣は既にミスティリングに収納されたのか、レイの手には何もない。

 そのことを残念に思いながら、マティソンはレイに答える。


「美味しい……としか言えませんでした。私もこう見えて色々と美味しい料理は食べてきましたが、あれだけ美味しい水……そう、水なんですよね。とにかくそんな水を飲んだのは、これが初めてです」

「そう言って貰えると嬉しいよ。あの短剣は流水の短剣というマジックアイテムだ」


 レイはマティソンに流水の短剣についての説明をする。

 すると、本来は武器だということにマティソンは驚く。

 あれだけ美味い水を生み出せるのに、と。


「ようは、俺の魔力があってこそ、ああいう風に美味い水になる訳だ。……で、さっきの皿の話に戻るが、その皿も魔力を使ってパンを生み出すんだよな? なら、もしかしたらこの流水の短剣のように、美味いパンを生み出せるとは思えないか?」


 その言葉に、マティソンは動きを止める。

 まさかそのようなことが出来るとは、思ってもいなかったのだろう。


「本当に、そのようなことが?」

「正直なところ、分からない。実際に試してみないと何とも言えないと思う。だからこそ、俺としては一度実際にそれを試してみたいんだ」

「……なるほど。分かりました。では、私が話を持っていってみましょう。ただ、向こうがそれを拒否したら……」

「分かっている。無理強いはしない。それに、ダンジョンからそのマジックアイテムが出たのなら、また同じようなマジックアイテムが出る可能性もあるし。そういう意味では、俺のダンジョンに挑む理由がまた一つ増えたことになるな」

「あはは、そうですね。私も出来れば見つけたいと思います。……その、もし同じようなマジックアイテムを見つけた場合、レイさんはどのくらいで買い取って貰えますか?」


 マティソンがそう言ったのは、結局のところもし皿が流水の短剣と同じように魔力を使ってパンを生み出すマジックアイテムだとしても、結局それはレイの魔力があってこそだからだろう。

 つまり自分達が普通に使う分には、もし皿を入手しても普通のパンしか出て来ない可能性が高い。

 勿論、パンを購入しなくてもいいのは、長い目で見れば大きい。

 だが、レイがその皿を高く買い取ってくれるのなら、そちらの方がよかった。

 ダンジョンに挑む上で、金は幾らでも必要なのだから。


「そうだな。この手のマジックアイテムがどのくらいなのかは分からないが……光金貨三枚でどうだ?」

「……本気ですか?」


 レイの口から出た値段に、恐る恐るといった様子でマティソンは尋ねる。

 金貨が十枚で白金貨一枚、そして白金貨十枚で、光金貨一枚だ。

 幾ら皿がマジックアイテムだとはいえ、結局のところパンを生み出すといった能力しかない。

 それにまさか光金貨を……それも三枚も出すというのは、マティソンにしてみればとてもではないが信じられなかった。


「とはいえ、勿論それは実際に試してみて、流水の短剣のように魔力によってパンの味が変わる……極上の味に変わると確認してからの値段だけどな」

「ですよね」


 盗賊を襲えば幾らでもお宝を入手出来るレイだけに、その金銭感覚は一般人のものとはとても言えない。

 それこそ、普通の人がレイの金銭感覚を知れば、理解出来ないと混乱するだろう。

 ……そもそも、食事に行った店で料理が気に入ったからといって、数十人分を一気に購入するという時点で、もう普通の金銭感覚ではない。


「その、何を話しているのですか?」


 レイとマティソンのテーブルに一人の女が近付いて来て、そう尋ねる。

 その女は、レイにも見覚えがあった。

 二組の女帝、イステルだ。


「マジックアイテムの話だよ。ダンジョンでどんなマジックアイテムが入手出来るのかとか、そんな感じで」

「ああ、なるほど。レイ教官もダンジョンに挑むんですか」

「そのつもりで、ガンダルシアにやって来たんだしな。それで、イステルは何か用か?」

「いえ、随分と話が弾んでいるようでしたので、どうしたのかと疑問に思っただけです。……それで、レイ教官は今日の午後からはどうするのですか?」

「いきなりだな。……そうだな。取りあえずダンジョンに行ってみるつもりだ。とはいえ、別に深い場所に潜ったりするつもりはない。単純に、どういう場所なのかを確認しておく為の行動だな」


 本来なら、昨日のうちにダンジョンに入るつもりだった。

 だが、昨日ギルドに行った時に妙な目立ち方をした為に、その状況でダンジョンに潜ると、少し面倒なことになりそうな予感があったのだ。

 その為、昨日はダンジョンに潜るのは止めておいた。

 だからこそ、今日改めてダンジョンに潜ってみようとレイは思っている。

 幸いなことに、午後からは特に模擬戦はないとマティソンからは聞いていたので、ちょうどいい機会だった。


「そうですか。……それでは仕方がないですね。出来れば訓練に付き合って欲しかったのですが」

「悪いな。また模擬戦の授業の時には相手をするから」

「ええ。……もっとも、一組の大勢を相手にしても余裕だったと聞きました。そうなると、私がレイ教官に勝てるのはいつになるのでしょうね」

「目標が高いのはいいけど、だからといって俺がそう簡単にやられるとは思わないで欲しいな。……まぁ、才能があるのは間違いないんだ。このまま鍛えれば、いつかそういう日がくるかもしれないな」


 そう言うレイだったが、その言葉には自分はそう簡単に負けないという思いが込められていた。

 イステルも、そんなレイの言葉は理解しているのだろう。

 しかし、実際に今の自分とレイの間には比べようがない程の力の差がある以上、今の言葉に反論は出来ないのも事実。


「そうですね。いつか……将来的にはレイ教官に勝てるようになりたいと思います」


 そう言うと、イステルはやる気に満ちた表情でレイ達の前から立ち去る。

 一体何をしたくて声を掛けてきたのか、レイには少し分からなかったが、とにかく面倒が起きなくて何よりだった。


「俺は午後からギルドに……というかダンジョンに潜ってみるけど、マティソンはどうするんだ?」

「パーティで集まって、次にダンジョンに潜る時の相談ですね。幸い、資金的には余裕がありますし。……出来れば皿のマジックアイテムを入手してレイさんに売って、もっと資金的な余裕を作りたいところですが」

「そうしてくれると、俺も助かるよ」


 レイもダンジョンに潜る予定だが、ダンジョンでマジックアイテムを入手するのはそう簡単なことではない。

 それなら他にもマジックアイテムを入手出来る手段を用意しておくのは、そうおかしな話ではない。

 いや、少しでもマジックアイテムを手に入れる確率を上げる為なら、当然のことだろう。


「では、食事も終わりましたし、そろそろ戻りましょうか」


 レイはマティソンの言葉に素直に頷き、食堂を出て職員室に向かう。

 そうして廊下を歩いていたレイだったが……


「ん?」


 見覚えのある人物が職員室の前で待ってることに気が付く。


「ハルエス?」


 その人物の名前を口にするレイ。

 マティソンはレイが口にした名前に驚く。

 教官としてハルエスのクラスの模擬戦も行っているマティソンだけに、その名前は知っていた。

 何しろハルエスは純粋な意味でのポーターで、パーティが恋愛沙汰によって解散した後は、どこのパーティにも入れて貰えなかったという……悪い意味で有名な人物だったのだから。


「レイさん、彼を知ってるのですか?」

「ああ、ちょっとした成り行きでな」


 家にまで押しかけてきたといったことを言わなかったのは、せめてもの情けだ。

 もしそれを言った場合、最悪何らかの処罰をされることもあるのかもしれないのだから。


(一度、その辺についてはしっかりと聞いておいた方がいいかもしれないな)


 そんな風にレイが思っていると、レイが自分の名前を口にしたのが聞こえたのか、ハルエスはレイを見ると、やがて近付いてくる。


「ハルエスは俺に用事があるみたいだから、少し話してからいく。マティソンは先に行っていてくれ」

「分かりました。では、そうしますね」


 これで、もし待っていたのがハルエスではなくアルカイデのような者であったら、マティソンもレイを残して先に行くといったことはしなかっただろう。

 だが、ハルエスは基本的には問題のない生徒だ。

 専門のポーターで、パーティが解散した今、ソロで困っているという問題はあるが。

 とはいえ、それはそこまで大きな問題ではない。

 ……いや、実際に困っているハルエスにしてみれば、これ以上ない程に困っている問題なのは間違いないだろうが。

 それでも他の生徒達が起こす問題と比べると、そこまで大きな問題がないのも事実だった。

 マティソンはハルエスとすれ違う時に軽く声を掛けると、それだけで職員室に入っていった。

 ハルエスはマティソンの言葉に軽く返してから、レイの前に来る。


「それで、一体どうしたんだ? ハルエスのクラスの模擬戦はまだなかったから、そっち関係の質問ではないと思うけど」

「ああ、そうだ。その……レイから教えて貰った通り、今日からちょっと弓を練習してみたんだ。それが悪くない手応えだったから、感謝しようと思って」

「……意外に律儀だな」


 家まで直接やって来たことを思うと、ハルエスのその律儀さはレイには少し予想外だった。

 そう言われたハルエスは何かを言い返そうとするものの、実際に自分のやったことを思えば微妙に反論しにくい。

 そんなハルエスを見たレイは、ふと思いついたように言う。


「これからダンジョンに行くけど、一緒に行くか?」


 その言葉に、ハルエスは一体自分が何を言われているのかと、意表を突かれた様子を見せるのだった。

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