3625話
「模擬戦終了。……わざわざ宣言するまでもないと思うけど、一応ね」
マティソンの模擬戦終了の言葉が訓練場に響くが、そこではまさに死屍累々という表現が相応しい光景が広がっていた。
何しろ、三組の生徒で立っている者は誰もいないのだから。
「レイさん、どうでしたか?」
「悪くなかったと思う。純粋な能力という点では一組や二組に劣るが、連携では上回っていると思う。……この辺は、三組のトップがタンクのザイードだからというのも大きいんだと思うけど」
防御に特化したザイードだけに、防御力は強いが、攻撃力という点では劣っている。
……もっとも、劣っているとはいえ、ザイードの巨体で振るわれるメイス――模擬戦では棍棒――の威力は、命中すればかなり強力なダメージを与えることが出来るのだが。
それでもザイードは防御を重視している以上、攻撃は劣ってしまう。
だからこそ、三組の生徒達はザイードの特性を活かした上でレイを倒そうとした。
ザイードが防御をすると分かっているからこそ、そうして割り切ることが出来るのだ。
とはいえ、結局レイには届かなかったが。
三組より上位の一組や二組の生徒達が模擬戦をしても、レイに届かなかったのだ。
そう考えれば、例え三組が一致団結してもそう簡単にレイに届きはしないだろう。
(とはいえ、それなりのランクのモンスターを相手にしても、誰も死なないで全員生き残って勝利するという意味では、一組や二組よりも上かもしれないな)
模擬戦をしたレイの感覚では、それなりにランクの高いモンスターと遭遇した時、一組や二組なら三組よりも短時間で敵を倒すことが出来るだろう。
ただし、その代償として何人かが怪我……最悪の場合は死ぬといったことになるかもしれない。
それに対して、三組なら倒すまでに時間はかかるものの、死んだり重傷を負ったりする者はいない可能性が高い。
もっとも、これはあくまでもレイの予想でしかない。
場合によっては一組や二組が特に被害らしい被害もなく敵を倒すかもしれないし、あるいは三組の生徒にも重傷者や死人が出る可能性もある。
その辺は実際にやってみなければ本当のことは分からないだろう。
「レイさん、どうやら三組の模擬戦はこれで終わりですね。……それで、どうでした?」
「どうと言われてもな。……連携は取れていたと思う。ただ、このクラスで固定されてる訳じゃないんだろう? しかも冒険者になれば言わずもがなだ。そうなると、この時点で高い連携を取れていても、そこまで意味があるとは思えないんだけどな」
「レイさんの言いたいことは分かりますが、冒険者をやっていれば臨時のパーティを組んだり、もしくは固定パーティでも臨時で誰かが追加されたりとか、そういうこともあります。そういう時に臨時で連携が取れるのは大きいですよ」
「そう言われると、俺も否定は出来ないな」
レイもこれまでマティソンが言うように、臨時の戦力として他のパーティに入ったこともあれば、臨時で誰かを入れて一緒に行動したこともある。
何だかんだと、そういう時はそれなりに上手くいっていたが、それでも長い間一緒に行動してきた訳ではない以上、どうしてもスムーズに連携をするといったことは難しい。
この場合、純粋に相手の行動に合わせるだけなら、そこまで難しくはない。
だが、連携というのはあくまでも双方の実力以上の力を発揮するのが利点な訳で、わざと実力を発揮せずに手加減をして連携に合わせるといったことをしても、それではわざわざ連携をする意味がない。
だからこそ、連携をしっかりとするのは難しい。
「これからの三組は、個人としての能力を高めるというのもそうですが、見知らぬ相手とでも即席の連携を出来るようにするというのを目標にしてもいいかもしれませんね」
「そうなったらそうなったで、面白そうではあるけどな。ただ、やっぱり個人としての能力を上げる方を重要視した方がいいと俺は思う」
レイの言葉に、マティソンは少し難しい表情を浮かべる。
実際にレイの言ってることは決して間違いではない。
間違いではないのだが、それでも三組の生徒の適性を考えると、それでもいいのか? と思わないでもないのだ。
「その辺は、他の教官達と相談しながら決めた方がいいかもしれませんね」
「そうしてくれ。俺はあくまでも臨時の教官なんだ。ある程度のアドバイスは出来るが、最後まで付き合うといったことは出来ないし」
「それを言うのなら、私や他の教官も似たようなものですよ。あくまでも私達は冒険者としての行動に比重を置いているのですから。もし本当に生徒達のことを思って教官をしているのなら、それこそ授業を放り出してダンジョンに行ったりはしませんし。……まぁ、中には教官に専念してる人もいますが」
そう言いつつ、少しだけ苦々しい表情を浮かべるマティソン。
それを見た例は、マティソンが誰のことを言ってるのかを理解する。
(アルカイデ達か)
貴族の血に連なる者で、相応に有能であるとは聞いているものの、それでも決して好ましい存在でないのは事実。
しかし、マティソンの一派――という表現が正しいのかどうかレイは分からない――が、冒険者としての活動に重きを置いて、授業を放り出すことがあるのも事実。
そういう意味では、どうしてもアルカイデ達の方が発言力は上がってしまう。
勿論、マティソン達も高ランク冒険者として活動しており、この学校が冒険者育成校である以上、相応に発言力があるのは事実。
だが、どうしても授業を放り出すというのは、良い印象を与えない。
結果として、純粋な勢力関係で見た場合はアルカイデ達の方が優勢なのは間違いなかった。
「ん……」
レイとマティソンが会話をしていると、そんな風に声が聞こえてくる。
声のした方に視線を向けると、そこではレイの一撃によって気絶していた何人かの口から漏れ出た言葉だった。
「どうやら気絶していた連中も目覚め始めたらしいな。……この話はここまでにしておくか。いやまぁ、元々気絶してなかった連中には聞こえていたんだろうけど」
「困ったな。とはいえ、それはそれで仕方がないのかもしれませんが」
レイの言葉に、マティソンが困った様子でそう言う。
マティソンにしてみれば、今のレイとの話には思うところがあったのだろう。
ただ、レイにとってはそういうのはあまり気にするようなことでもなかったので、特に何かを感じたりしている様子はなかったが。
「それにしても、今までは俺だけが模擬戦をやってきたけど、他の教官がいる場合はどういう感じなんだ? 俺のやり方と違っていれば、それはそれで面倒なことになると思うけど」
「人それぞれによって、その辺は違いますね。なので、レイさんもそれについてはそこまで気にする必要はないかと。結局私達は教官ではあっても本格的に教官となる勉強をしてきた訳ではなく、冒険者が本業です。なので、冒険者としてのやり方で教えればいいと思いますよ」
「指導の依頼を受けた時とかと同じ感じでか?」
「そうなります。……レイさんも、そういう依頼を受けたことはあるんですよね?」
「ああ、ある。もっとも、俺が教えたのは殆ど素人同然の子供だったけど」
名目上では貴族であっても、貧乏で……それこそ貴族街にも住むことが出来ないような、没落した貴族の一件を思い出すレイ。
時間にしてみれば、まだ数年前といったところだが、多くのトラブルに巻き込まれてきたレイにしてみれば、もう十年も……あるいはそれ以上前のことのように思えてしまう。
「それは……無謀と言えばいいのか、幸福だと言えばいいのか、ちょっと分かりませんね」
その言葉通り、どう言えばいいのか少し迷った様子のマティソン。
素人がレイに鍛えて貰うというのは、一体どれだけ厳しくなるのかという意味で無謀。
レイのような強者に素人の時から鍛えて貰えるというので、幸福。
どちらとも言えるが、この場合はどちらなのだろうと、そう思っての言葉だ。
「どう思うのかは、人それぞれだろ。俺としては、幸福だと思ってくれればいいけど」
「普通に考えれば、レイさんのような腕利きに鍛えて貰えるのは幸運でしょうね。それこそ、私だってレイさんに鍛えて貰いたいと思いますし」
マティソンがそう言うのは、何もレイの機嫌を取ろうとしてのことではない。
ダンジョンに挑んでいるマティソンにしてみれば、攻略をする上で強者となる必要があるのは間違いないのだから。
だからこそ、セトとの本格的な模擬戦……それも自分だけでやるのではなく、パーティでやりたいとレイに頼んだり、自分がレイと模擬戦を行ったりといったように、積極的に自分を鍛えている。
そんなマティソンにしてみれば、冒険者育成校の教官という立場ではなく、一対一でしっかりと鍛えて貰うというのは心の底から羨ましいと思う。
それこそ、自分やレイに時間的な余裕があれば、指名依頼という形で依頼をしてもいいと思うくらいには。
とはいえ、問題なのはその時間だった。
教官をしつつ、ダンジョンを攻略する冒険者でもあるマティソンだ。
レイのような強者にしっかりと……それも長期間鍛えて貰うような余裕はない。
(とはいえ、時間のある時でも鍛えて貰うといったことが出来れば……幸い、私はレイさんの案内役というか、担当というか、そんな感じですし)
マティソンがこうしてレイと一緒に行動しているのは、教官の中でも冒険者としての活動を重視している者達の中でも大きな影響力を持っているからだ。
その為にレイの担当を半ば押し付けられた以上、多少はメリットがあっても構わないだろうとも思う。
幸いなことに、レイは模擬戦を嫌ったり、自分のことを嫌ったりはしていない。
なら、そういう意味で問題はないだろうと思うのだった。
気分が良くなったところで、マティソンは三組の生徒達に向かって手を叩き、注意を集める。
「さて、模擬戦が終わったところで反省会といこう。今回の模擬戦で何が足りなかったか……思いつく人はいるかな?」
尋ねるマティソンに、生徒達の多くが手を挙げる。
ザイードまでもが手を挙げてるのだが、それを見たレイはどう答えるのだろうと疑問に思う。
基本的に寡黙なザイードだけに、もしマティソンに当てられてもきちんと答えられるのか。
レイがそんな疑問を抱いていると、マティソンに指名された男の生徒が口を開く。
「とにかく、実力不足。全体に何もかも足りなかったとしかいえないっす。レイ教官に隙があったかと思えば、それは誘い込む為のものだったり、攻撃が命中するかと思ってもあっさりと回避されたり防がれたり……とてもではないですけど、勝ち目はなかったっす」
「そうだね。それは仕方がない。君達も知っての通り、レイさんは深紅の異名を持つ高ランク冒険者だ。まだ冒険者になったばかり、あるいは実力不足でこの学校に通ってる君達では、そう簡単に勝つことは出来ない」
柔らかな口調ではあるが、マティソンは容赦なく実力の桁が違うと、そう言う。
そんなマティソンの指摘にショックを受ける生徒達。
生徒達も頭の中ではレイが強者であるというのは分かっていた。
それこそ、ザイードとの戦いを見れば誰でもそう断言するだろう。
だが……それでも、自分達はこの冒険者育成校の中では上位に位置する三組の生徒だという思いがそこにはあったのだろう。
あるいはマティソンも生徒達のそんな考えを理解したからこそ、わざと厳しい言い方をしたのかもしれないが。
(現実を教えるというのも、教官の仕事なんだろうな。……そういう意味では、マティソンはしっかりと教官の仕事をこなしている訳だ)
レイが感心している間にも、マティソンは次々に生徒達を指名しては、どこが不味かったのかを聞いていく。
「私が大きく失敗したのは、レイさんに攻撃を回避された時、無理をしてでも攻撃を命中させようと、続けたことだと思います」
「そうだね。あの時は体勢が崩れていた。あそこで無理をして攻撃しても、そう簡単に命中はしないだろう」
その言葉に、女の生徒は自分でも予想はしていたことなのでショックを受けはしたものの、それでも納得出来る点の方が強かったらしく、悔しそうにしながらも黙り込む。
「レイ教官の行動の中には、誘い込む為にわざと隙を作るというのがあるのが分かりました。……ただ、今だからそう分かるのであって、戦いの中で自然にやられると対処するのは難しいです」
「その辺の行動は、ダンジョンの中でモンスターを相手にする時も有効だから、練習してみるといいかもしれない」
そんな風に、暫くの間マティソンと生徒達の問答は続くのだった。