3624話
「まぁ、こうなるのは分かっていたけどな」
レイはそう言い、自分の正面に立つザイードを見る。
そこには金属の鎧を着て、右手に巨大な盾を持ち、左手には模擬戦用の棍棒を持ったザイードの姿がある。
何故そこに立っているのか。
それはレイとザイードが模擬戦を行っているからに他ならない。
レイにしてみれば、これまでの経験……四組、二組、一組との模擬戦の授業から、恐らくこういうことになるだろうというのは予想出来た。
ただ、レイにとって少し意外だったのは……
(棍棒を左手に持つか)
これまでの行動から、ザイードが右利きなのは明らかだ。
その利き腕に盾を持ち、利き腕ではない左手に棍棒を持つというのは、タンクであることを重視し、攻撃よりも防御を優先していることを意味していた。
ザイードはダンジョンにおいて自分のやるべきことをしっかりと理解しているということになる。
それも、決して目立たないタンクとしての自分に。
そのことを見たレイは、ザイードに対する好感を抱く。
元々タンクをやっているという時点でレイから見れば好感度が高かったのだが、そのタンク役をしっかりと行っているのは、より好感度が上がる。
「では、双方いいね? ……始め!」
マティソンの合図を聞いた瞬間、レイは前に出る。
ザイードがどう動くのかを見てもいいとは思ったのだが、まずいきなり自分が行動をした時にどう動くのかを見たかったというのが強い。
(合格)
ザイードが左手の棍棒を振るう準備をするのではなく、盾を持つ手に力を込めたのを見たレイは、近付くまでの一瞬でそう評価する。
タンクをやっている以上、まず優先すべきは防御だ。
この状況で、もしいきなり棍棒を振り上げるようなことをしていれば、それこそレイの放つ突きの一撃によってザイードは攻撃を食らっていただろう。
あるいはレイが格上ではなく、明確な格下であれば、盾で相手の攻撃を防ぐのではなく、棍棒を振るって一撃で倒すという選択肢もあっただろう。
だが、ザイードと模擬戦を行っているのはレイだ。
格下どころか、格上……それもどうやっても勝つことが出来ない程の、圧倒的なまでの格上。
そうである以上、ザイードのこの選択は間違いではない。
(まずは、どのくらいの防御力か)
そう思いつつ、レイは槍で突きを放つ。
穂先が盾にぶつかる甲高い金属音と共に、ザイードの身体が少しだが後ろに下がる。
「嘘だろ!? ザイードさんが一撃で!?」
それを見ていた三組の生徒達の誰かが、信じられないといった様子で叫ぶ声が聞こえてくる。
ザイードはその鉄壁の防御力により、三組の生徒の攻撃全てを防ぐだけの圧倒的な防御力を見せてきた。
それだけに、まさかレイの攻撃を受けて後ろに下がるとは、見ている者達にとっては思いもしなかったのだろう。
(それでも耐えたか。まぁ、このくらいは耐えて貰わないとな)
周囲にいる生徒達は一撃でザイードを後退させたことに驚いていたものの、それはレイにとってはそこまで驚くようなことではない。
三組の間では鉄壁の防御力を持つ存在として知られていたのかもしれないが、ここは冒険者育成校……つまり、冒険者になったばかりの者か、冒険者として未熟な者が集まっている場所だ。
そうである以上、ザイードを相手に一撃で後退させるというのは、レイであれば……いや、レイではなくても、高ランク冒険者であればそう難しくはない。
それこそ、マティソンであってもそのくらいは可能だろう。
「次、行くぞ。ここから少しずつ強くなるから、頑張って持ち堪えてみろ」
そう言い、レイは突きを連続して放っていく。
穂先が盾に当たる金属音が、連続して周囲に響く。
その攻撃を何とか受け止めていたザイードだったが……一撃や二撃ならともかく、それが五、十、十五、二十……といった具合に数が増すと、次第にそれらの攻撃を防ぎきれなくなっていく。
最初の方では盾を構えてレイの攻撃を防いでいたものの、攻撃の数が増すごとにザイードの盾を持つ力が弱まっていき……
がらん、と。
そんな音を立てながら、ザイードは連続突きの衝撃に耐えられず盾を落とす。
次の瞬間、レイの持つ槍はザイードの顔面に突きつけられていた。
「……参りました」
「そこまで!」
ザイードが降参すると、それを聞いたマティソンが模擬戦の終了を宣言する。
それを聞き、レイは槍を下ろす。
「防御力がそれなりに高いのは分かる。実際に今までそれでやってこれたんだろうことも理解出来る。お前のその大きな身体を考えれば、そういうのは難しくなかっただろう。だが……俺の攻撃を全て正面から受け止めたのは不味かったな。タンクというのは敵の攻撃を受けるものだが、だからといって真っ正直に全ての攻撃を受ける必要はない」
そこで一度言葉を止めたレイは、盾に視線を向ける。
ザイードの私物であろう盾は、その表面にかなりの傷がついていた。
レイとの模擬戦でついた傷もあるが、これまでの戦いでついた傷でもあるのだろう。
その盾を見れば、これまでザイードが敵の攻撃を常に正面から受けてきたのが分かる。
盾の中央付近が最も傷ついているのだから。
「敵の攻撃を受け流すという手段も検討してみたらどうだ?」
その言葉に、ザイードは真剣な表情でレイを見る。
レイの言葉にザイードも思うところがあったのだろう。
「盾で敵の攻撃を防ぐ。それはいい。けど、盾で敵の攻撃を受け流すというのは、やられる方にしてみれば嫌なことなのは事実だ」
正面から受け止めるというのなら、ザイードの体格や金属鎧、巨大な盾ということで、受け止められても仕方がないと思う者も多いだろう。
だが、受け流された場合……それは、自分の攻撃が受け止められると思っていた者にしてみれば、その予想が外れ、結果として体勢を崩すということになる可能性は十分にあった。
体勢を崩してしまえば、ザイードの仲間が攻撃するなり、ザイードの持つ棍棒――実戦ではメイスらしいが――で殴るなり、俗にシールドバッシュと呼ばれる盾を使った吹き飛ばし攻撃をするなり、対応は自由自在だ。
「ありがとうございます」
レイの説明に納得したのだろう。
ザイードは短く感謝の言葉を口にし、頭を下げる。
「さて、それじゃあ……まぁ、今更の話だけど、授業を始めるよ。もう皆が知ってると思うし、その実力も直接目にしたと思うけど、彼が深紅の異名を持つレイさんだ」
三組のトップであるザイードを完封した実力を見た以上、マティソンの言葉に疑問を持つ者はいない。
あるいはこれでレイがデスサイズや黄昏の槍を使ってザイードを倒したのなら、勝利したのは武器の性能のお陰だと言う者もいたかもしれないが、レイが今回使っていた武器は模擬戦用の刃を潰された槍だけに、そのようなことは言えない。
もっとも、もしそのようなことを言われても、そのような武器を入手するのも冒険者の実力でもある以上、レイはどうこう言うつもりはなかったが。
ともあれ、三組にはレイのことが気に入らないと突っ掛かってくるような者がいないのは、レイにとって幸運だった。
最初に実力を見せたのが大きかったのだろう。
「今日の授業では、レイさんと模擬戦を希望する者は模擬戦をして貰う」
マティソンの言葉に、生徒達はやる気に満ちた表情を浮かべる。
三組の生徒にしてみれば、少しでも強くなって早く二組、一組と上がっていき、学校を卒業して実力のある冒険者として活躍したいのだろう。
強くなるには、強者と模擬戦をするのが近道だ。
それが分かっているからこそ、レイと模擬戦をやろうとしたのだろうが……
「ただし、一応注意しておくと一組ではアーヴァインを込みで半分以上の者達が一度にレイさんと模擬戦をやったけど、手も足も出ずに負けてしまった」
ざわり、と。
マティソンの言葉に三組の生徒達は信じられないといった様子でざわめく。
三組の生徒にしてみれば、一組の生徒というのは明らかに自分達よりも格上の存在だ。
だというのに、一組の生徒の大半が……それも一組の帝王たるアーヴァインを含めて模擬戦をやったのに、レイはそのような相手に勝利したというのだ。
ザイードとの戦闘でもレイの強さは見ることが出来たが、その戦いではレイは基本的に防御に徹しているザイードを一方的に攻撃するという流れだった。
勿論、鉄壁の……それこそ現在三組にいる生徒達の誰もが崩すことが出来ないザイードの防御を崩したという点では、レイが強いのは十分に分かっていたのだが。
それでも、アーヴァインを含めた一組の生徒の大半を相手に勝利したと言われれば、それに驚くなという方が無理だった。
「さて、君達はどうする? ダンジョンにおいては、思いもよらず強力なモンスターと遭遇することもある。そういう時と比べると、これは決して悪い話ではないと思うけど」
「……やる」
最初にレイとの模擬戦をやると口にしたのは、ザイード。
先程は一対一の模擬戦で負けたが、三組の生徒達……仲間達と一緒なら、どうにか対処出来るかもしれないと、そのように思ったのだろう。
……それ以外にも、先程レイから言われたように正面から攻撃を受け止めるのではなく、攻撃を受け流すといったことを試そうという思いもそこにはあったのかもしれないが。
そして三組のトップであるザイードがやると言うと、他の生徒達も次々に模擬戦をやると言い……
「統率力という点では一組に勝っているのかもしれないな」
レイはザイードと三組の生徒達……そう、一人の例外もなく武器を構えた面々を見ながら、そう言う。
一組の生徒ですら、模擬戦に参加しない者は何人かいたのだ。
だが、三組の生徒達は全員がレイとの模擬戦に挑んでいる。
この統率力……あるいは連帯感は、明らかに一組を上回っていた。
「では、三組全員とレイさんの模擬戦を始めます。注意事項として、戦闘不能……死人扱いになった生徒達はすぐに模擬戦をやっている場所から離れるように。下手に踏みつけられたら、最悪死ぬかもしれないので」
マティソンが言ったのは、冗談でも何でもない。
特にこのクラスは、ザイードという巨漢がいる。
そのザイードは金属鎧や巨大な盾を装備しているのだから、そんな相手に踏まれたらどうなるかは想像するまでもないだろう。
だからこそ、マティソンはしっかりと注意したのだ。
模擬戦とはいえ、戦いだ。
極限まで集中したり、興奮したりと、地面に倒れている相手がいるということに気が付かない場合はある。
そのようにならない為に、死亡扱いになった者達はすぐにその場から脱出する必要があった。
冒険者育成校は入学する時に、死ぬかもしれないといった書類にサインをしている。
だからといって、教官や教師達も別に生徒達を殺したい訳ではないのだ。
マティソンもそれは同様で、だからこそきちんとこうして指示を出している。
そして三組の生徒達はそんなマティソンの言葉にしっかりと頷く。
ザイードがいる分だけ、真剣さを強くして。
「では……模擬戦、始め!」
マティソンの号令で模擬戦が始まる。
最初にレイに向かって攻撃してきたのは、弓を手にした数人。
こちらもまた、鏃を潰した矢を射るが……
「甘い」
その矢は決して素早くもなく、鋭くもない。
……もっとも、それはここが冒険者育成校である以上、仕方がないことなのだが。
特にレイの場合、マリーナの射る矢を何度も見ているので、どうしてもそれと比べてしまうのは仕方がない。
そして冒険者として非常に高い実力を持つマリーナと、冒険者育成校の生徒でしかない者達を比べるのは……普通に考えて酷だろう。
寧ろ冒険者育成校の生徒でマリーナと同じだけの弓の腕を持っていれば、それこそすぐにでも卒業して立派に腕利きの冒険者としてやっていける筈だ。
「行くぞぉっ!」
矢を回避したレイに、槍を手にした数人が襲い掛かってくる。
だが、そのような相手にレイは呆れつつ駄目出しをする。
「奇襲になりそうなら、声を上げるな」
以前にもこれと同じことを言わなかったか?
そう思ったが、他のクラスの模擬戦の時だったのだろうと判断し、槍を横薙ぎに振るう。
数本の槍が、レイの一撃によって吹き飛ばされる。
その一撃は極めて強力で、襲ってきた数人は槍を持ち続けることが出来なかったのだろう。
遠くに飛んでいく槍。
数人は信じられないといった様子でそちらに視線を向けたが……それはレイを前にしては自殺行為でしかなかった。
続けて振るわれた槍の一撃によって、槍を持っていた数人は纏めて吹き飛ぶ。
レイはそんな数人に目を向けず、自分に向かって突っ込んでくるザイードに視線を向けるのだった。