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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3623/3865

3623話

「畜生……」


 アーヴァインは、自分の持っている槍を使った突きを弾かれ、次の瞬間には穂先が自分の顔に突きつけられたのを見て、悔しそうに呟く。


「そう悔しがるな。俺が予想していたよりも強かったぞ」


 レイの言葉に、アーヴァインは一瞬嬉しそうな表情を浮かべる。

 レイのファンのアーヴァインにしてみれば、レイに多少なりとも認められたのは嬉しかったのだろう。

 だが……その嬉しそうな表情もすぐに消える。

 レイからこのような言葉を出したのは嬉しい。嬉しいのだが、だからといって自分達が一方的に負けたのも事実。

 アーヴァインは何とか最後まで粘ったが、他の者達は既に全員が戦闘不能……実戦であれば、死んでいたのは間違いない。

 クラスの大半の生徒が一丸となってレイに挑んだのだが、攻撃は全てが回避されるか弾かれるかし、一撃であろうとも当てることは出来なかったのだ。

 レイに勝つことは無理でも、せめて一撃……と思ったアーヴァインの目的は完全に潰れてしまった。


「今はまだ未熟だが、この先もきちんと鍛えていけばもっと強くなれる筈だ」


 そう言うレイの言葉は、アーヴァインにとって嬉しさと悲しさの両方を感じさせる。

 自分がまだ強くなれるという嬉しさと、自分がどこまで強くなってもレイに勝てる未来が思い浮かばないという悲しさが。


「ありがとう……ございました」


 最終的にアーヴァインの口から出たのは、そのような言葉。

 いつもより丁寧な言葉遣いなのは、それだけレイの強さに感じるものがあったからだろう。

 元々レイの噂を聞き、一種の憧れに近い感情を抱いていたアーヴァインだったが、今回の模擬戦で憧れよりも乗り越えるべき壁……いや、追いつくべき存在といった認識になったらしい。

 レイはそんな相手の様子に気が付きつつも、特に何かを言うことはない。

 これによって、アーヴァインがやる気になってくれれば教官の立場として好ましいと思ったからだ。


「ああ、ごくろうさん。……さて、授業終了まで少し時間があるな。俺と模擬戦をした者達は休みながらどこが悪かったのかを考えたり、相談したりするように。模擬戦に参加していなかった者達は、参加していなかった者達同士で模擬戦をするように。……こんなところか?」


 レイは生徒達に指示を出すと、マティソンに視線を向けて確認する。

 そんなレイの様子に、マティソンは笑みを浮かべて頷く。


「そうですね。それで問題はないかと。何回か授業を経験して、大分慣れてきましたね」

「マティソンが指示を出しているところを見ているしな」


 実際にはそれだけではなく、日本にいた時に高校で教師が指示を出している光景を何度も見ていたというのが大きい。

 その為、大体どのように指示をすればいいのか、レイには理解出来ていたのだ。

 もっとも、レイも事情を説明するわけにはいかなかったが。


「レイ教官との模擬戦について相談したい奴は集まってくれ」


 アーヴァインがそう言うと、模擬戦に参加した生徒達の多くが集まっていく。

 全員ではなかったのは、模擬戦に参加した生徒の中にはまず自分だけで考えたいと思う者もいたからだろう。

 そしてレイとの模擬戦に参加しなかった者達は、それぞれに模擬戦を行っていた。

 レイは気が付かなかったが、その模擬戦は普段よりも激しく、そして真剣に行われている。

 レイとの模擬戦には参加しなかった者達だが、だからこそレイとアーヴァイン達との模擬戦を見て、やる気になったのだろう。

 ……中にはそのような状況でもやる気が見えない者達もいたが。


(駄目だな、あれは)


 一組にいる以上、相応の才能はあるのだろう。

 だが、才能があってもやる気がなければ、最初はともかく後になれば……この学校を卒業し、冒険者として活動するようになってから、数年、あるいはもう少し掛かるかもしれないが、他の者達に抜かされるだろう。

 もっとも、本人にやる気がなければ、冒険者として活動してもすぐに辞めて、商人なりなんなりになるのかもしれないが。


「レイさん? どうしました?」

「いや、あの連中がな」

「ああ……」


 レイの視線の先にいる数人を見て、マティソンもレイが何を言いたいのか理解したのだろう。

 少し困ったような声を上げる。


「あの連中は冒険者としての実力を欲して、この学校に入学したんだろう? なのに、なんであんな風にやる気がないんだ?」

「やる気がなくても、それなりの実力を持てるくらいの才能には恵まれているからでしょうね」

「それなりに才能はあるようだが、あくまでもそれなりでしかないように見えるけど。それこそ、もし本当に才能がある……才能の化け物とでも呼ぶべき存在なら、アーヴァインの代わりに一組のトップになってるだろうし」

「そうなんですよね。実際、二組のイステル、三組のザイード、四組のセグリットといった生徒達の方が、才能はあると思いますよ」

「ザイードってのは聞いたことがない名前だな」

「今言ったように、三組の生徒ですから。防御力に特化した戦士ですよ」

「なるほど」


 いわゆる、壁役かとレイは納得する。

 壁役というのは、戦闘においていれば非常に便利な存在だ。

 それでいて、派手に敵を倒す訳でもないので、目立たない。

 だからこそあまり壁役になりたいという者は多くないが、それでもいれば戦闘において非常に頼りになる存在なのは間違いなかった。


「そのザイードってのは、興味があるな」


 そうレイが言ったのは、レイの仲間内にタンクや壁役という存在がいないからだろう。

 レイやヴィヘラなら、あるいは回避タンク的な存在にはなれるかもしれないが……レイにしろヴィヘラにしろ、基本的な思考は攻撃に向いている。

 攻撃こそ最大の防御と言わんばかりに、攻撃を好む傾向があった。

 エレーナやアーラは純粋な攻撃役だし、マリーナは精霊魔法と弓で後方の存在。そしてビューネは盗賊だし、セトは上空からの攻撃を主とする。

 防御をするという意味でのタンクは、やはり存在しないのだ。

 無理矢理上げるとすれば、非常に高い防御力を持つイエロか。

 とはいえ、まだ子供……いや、赤子のイエロにタンクを任せるのは、外聞的な問題もある。

 ……それ以上に、強い罪悪感に襲われてもおかしくはなかった。


「タンクですか。パーティにいれば非常に助かる存在ですね」


 マティソンもまた、ダンジョンに挑んでいるだけあってレイの言葉には素直に同意する。

 純粋な戦士なら幾らでもいるが、タンクになりたいと思う者は盗賊と並んでどうしても多くはない。

 数が少ないという意味では魔法使いもそうだが、魔法使いの場合は魔力を操る才能という前提条件があるのに対し、タンクや盗賊はそのような才能はいらない。

 なれると思えば誰でもなれるのだ。

 ……もっとも、タンクや盗賊にも相応の才能が必要なのは間違いないが。


「ダンジョンの中ではそういう役割の奴はいた方がいいか?」

「当然です」


 レイの言葉に、きっぱりと言い切るマティソン。

 そんなマティソンとレイは色々と話を続けながら授業が終わるのを待つのだった。






「ほら、レイさん。あの生徒がザイードです」


 次の授業……正確には今日最後の模擬戦の授業が三組だった。

 三組の生徒の先頭を歩いてきたのは、かなりの背の高さを持ちながら、それでいてがっしりとした体格の持ち主だった。

 セグリット、イステル、アーヴァインといった面々も金属鎧を着ていたが、ザイードが着ているのはより厚い金属鎧だ。

 フルプレートアーマー程ではないにしろ、速度を活かした戦いを行う者は決して好まないだろう重量の鎧。


「あれか。……確かにタンク役としては納得出来る存在だな。特にあの盾とか」


 ザイードは金属鎧だけではなく、身体の半分程が隠れるような大きな盾も手にしている。

 そちらも金属で出来た盾なのは間違いなく、結構な重量だろう。

 まさにタンクという表現が相応しい男だった。


「武器は……メイスか?」

「はい。模擬戦では棍棒を使いますけど」

「使いやすい武器なのは間違いないけどな」


 長剣は振るう時に素早く力を込める必要がある。

 槍は基本的に突きの武器なので、相応に技量や速度が必須となる。

 それらの武器に対して、メイスや棍棒といった打撃武器は基本的に振り回して当てれば相応のダメージを与えることが出来る。

 防御に専念するザイードにとっては、技よりも力を優先にした一撃を振るえるのは大きい。

 また、モンスターの中には長剣や槍のような斬撃や刺突が効かないモンスターもいる。

 分かりやすいところでは、スケルトンや亀系のモンスターか。

 そのような敵を相手にするのに、打撃というのは大きな対抗手段となる。


「三組の皆さん、集まって下さい。模擬戦の授業を始める前に説明しておくことがあります」


 マティソンがそう言うと、ザイードを含めた生徒達が次々に集まってくる。

 生徒達の多くの視線は、マティソンではなくレイに向けられていたが。

 ただ、そこには一体誰なのかといったような疑問の視線ではなく、好奇心の色が強い。


(二組や一組も俺については知っていたんだし、そう考えると俺を見ても驚かないのはおかしくないか)


 クラス同士の間で、どのくらいの交流があるのかは、レイにも分からない。

 単純に考えれば、本人の能力が上がれば一つずつ上のクラスになっていき、そして一組になった後で何らかの試験を受けて卒業となる筈だった。

 それはつまり、クラスが違っても知り合いはそれなりにいるということになる。

 セグリットのように才能が溢れていて一日で四組まで上がってきたような例外であれば、五組以下のクラスに知り合いはいないか、いても少数だろう。

 だが、それ以外の大多数の者達にしてみれば、一つずつクラスを上がってきたのだから、他のクラスに知り合いがいて、その知り合いから色々と情報を貰ってもおかしくはない。

 そういう意味で、三組の生徒がレイのことを知っていてもおかしくはないのだ。

 多数の生徒からの視線を向けられていると、一種の膠着状態に一石を投じるべくザイードがレイに向かって歩いてくる。


「……よろしく」


 レイの前に立ったザイードが、数秒の沈黙の後にそう言って頭を下げる。

 ざわり、と。

 何故か三組の生徒達がざわめく。

 挨拶した程度で何故?

 そう疑問に思ったレイだったが、ともあれザイードとの会話を進めるべきだろうと判断し、口を開く。


「ああ、よろしく頼む。もう俺が誰なのかは知ってるみたいだが、冒険者のレイだ」


 コクリ、とレイの言葉を聞いたザイードが頷く。

 だが、それ以上は何も言わない。

 そんなザイードにどう声を掛ければいいのか、レイは迷う。


「その、レイさん。ザイードは寡黙な性格で、滅多に喋ることはありません」

「ちょっと待て。それはつまりさっきザイードが俺に声を掛けたことで他の生徒達が驚いているよう見えたのは……」

「はい。ザイードが自分からレイさんに声を掛けたからでしょう」

「……それはまた……」


 ザイードが無口なこと、それこそ声を発した程度でざわめきが起きることに驚いたレイだったが、それでもすぐにそれを受け入れたのは、ビューネという存在を知っていたからだろう。

 言葉を発する必要があれば『ん』と口にするという意味では、全くの無言という訳ではない。

 しかし、それでもやはり普通は意思疎通が難しいという意味では、ザイードと同じようなものだろう。


「けど、学校に通っている以上、話さないといけないこともあるだろう? そういう時はどうするんだ?」

「ザイードは何も絶対に喋らないという訳ではありませんから。基本的には無口というか寡黙ですが、喋る必要がある時にはしっかりと喋ります。実際、レイさんも先程声を掛けられたでしょう?」

「あれは喋る必要がある時だと認識されたのか?」

「そうなりますね。それだけザイードもレイさんに思うところがあるのでしょう」


 この場合の思うところというのは、決して悪い意味でのものではなく、寧ろ良い意味でのものだろう。


「他のクラスの生徒達と同じく、俺に好意的と考えてもいいのか?」

「どうでしょう。……ザイード、君はレイさんを……深紅のレイに対して好意を持っているのかな?」


 マティソンの問いに、ザイードはすぐに頷く。

 その様子を見ていたレイは、微妙な表情を浮かべる。


(つまり、これで四組以上のクラスの中でも中心人物は全員が俺に好意的なのか。……四組の場合は、ちょっと違うけど)


 セグリットは深紅のレイについてそこまで詳しくはなさそうだったし、また貴族と対立していたことから、まだ四組の中心人物という訳でもなかった。

 そう考えれば、三組以上が自分のことをよく知っていたのかもしれないが……そう思いつつ、レイはザイードに声を掛けるのだった。

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