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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3622/3865

3622話

「うがっ!」


 デスサイズを持ったアーヴァインだったが、その瞬間デスサイズを地面に落とす。

 どごん、と。

 とてもではないが武器が落ちたとは思えない音が周囲に響く。

 周囲でその様子を見ていた一組の生徒達は、聞こえてきた音が何かの間違いでは? 聞き間違いでは? あるいは何か他の音がタイミングよく鳴ったのでは? そんな風に思うが……今の音は、紛れもなくデスサイズが地面に落ちた音だった。

 百kg近い重量を持つデスサイズだ。

 それが地面に落ちれば、今のような音がするのはそうおかしな話ではない。


「どうだ? 持てないといった理由が分かったと思うけど」

「それは……いや、けど、これは……」


 信じられないといった様子で、地面の上のデスサイズを見る。

 金属で出来た大鎌だけに、その重量はかなりのものなのはアーヴァインにも理解出来る。

 深紅の噂を聞いてそれに憧れ、鍛冶師に大鎌を作って貰ったことがあるのだから。

 結局大鎌は非常に扱いにくく、自分には使いこなせないということで諦めるしかなかったが。

 それでも深紅の噂に胸を躍らせ、大鎌ではなくてもせめて長柄の武器ということで、長剣から槍に持ち替えた。

 すると、アーヴァイン本人は初めて知ったのだが、自分には長剣よりも槍の才能があったということで、そこからアーヴァインは急激に強くなる。

 もっとも、強さという点ではともかく、冒険者としての知識の面で不安があったので、現在こうして冒険者育成校に通っているのだが。

 そんな中で、憧れていた深紅が教官としてやって来るという話を聞いたのだから、それで喜ぶなという方が無理だった。

 ましてや、今の今まで知らなかったものの、レイは噂で聞いた大鎌の他に槍も同時に持つということをするようになっていたのだ。

 大鎌が駄目だったので槍を使うようになったアーヴァインにしてみれば、有頂天になってもおかしくはない。


「このデスサイズはさっきも言ったように、俺でなければ……正確には、俺と従魔のセトでなければ持てないんだ。……いや、正確にはこの重量を持てるのなら普通に持てるけど」


 そう言い、レイは地面に置かれているデスサイズをあっさりと持ち上げる。

 とてもではないが、百kg近い重量のデスサイズを持ったとは思えないような……それこそ、その辺に転がっている小石を掴むかのような、そんな気軽な動作。


「……これは……」


 レイから説明されても、素直に信じることは出来ない。

 目の前で一体何が起きているのか。

 それがアーヴァインには全く理解出来なかった。

 いや、それは理解出来ないのではなく、理解したくないという方が正しいのか。

 ともあれ、目の前の光景はそれだけアーヴァインにショックを与えたのは間違いない。


「デスサイズについてはこんな感じだな。……どうせなら、こっちの黄昏の槍も持ってみるか?」


 そう言うと、アーヴァインは少し警戒した様子を見せる。

 デスサイズの重量を目の前で見たのだから、そうなるのもおかしくはない。

 レイにもアーヴァインが警戒してるのが分かったのだろう。

 特に問題はないと、黄昏の槍を手にして差し出す。


「この槍は黄昏の槍という魔槍だが。デスサイズのようなことはない。普通に持てるから、安心しろ」

「……本当なのか?」


 念の為といったように尋ねるアーヴァインに、レイは頷く。

 そんなレイの態度を見て、アーヴァインもようやく安心したのだろう。

 そっと手を伸ばし、レイから黄昏の槍を受け取る。

 レイの言葉を信じていても、やはりデスサイズの一件があっただけに、そう簡単に全てを信じることは出来ない。

 それでも恐る恐るといった様子で黄昏の槍を手にし……


「あ」


 予想外にあっさりと持てたことに、アーヴァインの口から驚きの声が上がる。

 デスサイズの件があったので、まさかここまで簡単に持てるとは思っていなかったのだろう。

 レイから大丈夫だと聞いていても、やはり完全に安心することは出来なかったらしい。

 それだけに、こうして予想外の展開に驚いたのは、そうおかしなことではなかった。


「どうだ? それが俺が普段使っている槍……魔槍だ」

「……凄い、としか言えない」


 アーヴァインも槍を使うだけに、槍の目利きは得意な方だ。

 そんなアーヴァインの目から見ても、この黄昏の槍という魔槍は圧倒的なまでの力を持っているように思えた。

 槍を使うのを得意としているアーヴァインだったが、とてもではないが自分が使いこなせるとは思えない、そんな槍。

 圧倒的なまでの力を持つと理解出来るその槍は、それこそ持っているだけで何かを感じてしまうくらいの力があるようにアーヴァインには思えた。


「これは、俺には持つ資格がない」


 そう言い、アーヴァインはレイに黄昏の槍を返す。

 その光景を見ていた生徒達は、自分達の中で最強と呼ぶに相応しいアーヴァインが、そのように言うのは一体どういう槍なのかと、レイの持つ黄昏の槍に視線を向ける。

 しかし、アーヴァインがあのように言ってるのに、自分に貸して欲しいなどとは言えずに黙り込み……


「それで、どうする? アーヴァインの希望は、俺の本気の武器を使った模擬戦だったよな? デスサイズと黄昏の槍を見た上で、やるか?」

「……いや、止めておく」


 アーヴァインは使用者の技量もだが、それ以上に武器の質だけで見ても、どうしようもないと思ってしまう。

 そんなレイと模擬戦をしても、それこそただ圧倒されるだけで、自分は何も出来ないまま負けると、そう理解出来たのだろう。


「そうか。なら、模擬戦用の槍を使ってやるか?」

「……いや、それもやめておく」


 アーヴァインは模擬戦用の槍なら問題なく模擬戦をするとばかり思っていたので、そのことにレイは驚く。

 最初はデスサイズや黄昏の槍を手にしてやる気満々といった感じだったのに、何故?

 そんな疑問を抱いたレイだったが、アーヴァインにしてみればデスサイズと黄昏の槍を見ただけで、もう自分が勝利するのは不可能だと判断したのだ。

 いや、勝利するどころか、まともにぶつかり合うことすら不可能だろうと本能的に理解してしまった。

 心が折れたとまではいかないが、半ばそれに近い状態になってしまったのだろう。

 これでアーヴァインが相手の強さを理解出来なければ、それでもレイと戦うといったことを選んだかもしれない。

 しかし、アーヴァインの才能は武器を見て、そしてレイを見ただけで、自分とレイの間にある圧倒的な差を理解してしまった。

 だからこそ、レイを前にしてこのように言ってしまったのだろう。


「困ったな。……どうする?」


 四組のセグリット、二組のイステルといったように、レイはこれまでそのクラスで腕の立つ相手と模擬戦をすることによって、その力を証明してきた。

 だからこそ、ここでアーヴァインが戦うのを遠慮されると、これから色々と問題があるのではないかと、そう思ったのだが……


「そうなると、一組の生徒でレイさんと模擬戦をやりたい人はいますか? もしくは、生徒達全員とレイさんでも構いませんが」


 マティソンの言葉に、生徒達の半分程がやる気を見せる。

 勿論、レイとの模擬戦をやろうと考えた生徒達も、自分がレイに勝てるとは思っていない。

 だがそれでも、これだけ人数の差があるのなら、勝つとまではいかなくても一撃を与えることは出来るのではないか。

 そのように思えたのだ。

 そしてもう半分は、アーヴァインですら戦う前から戦意を喪失してしまう相手に、自分達がどうやっても勝ち目があるとは思えなかった。

 冒険者育成校においては、一組の生徒というのはそれなりに大きな影響力を持つ。

 それは実際に高い能力を持っているからこその影響力で、それによって良い思いをしている者もいる。

 中には、そのような思いをする為に自分を鍛えているという、本末転倒な者もいたが。

 とにかく、レイを見ても思うところのある者と思わない者の差は、その辺の実力からくるものもあったのだろう。


「レイさん、そんな訳でこちらの十人程の生徒と模擬戦をお願い出来ますか?」

「ああ、俺はそれで構わない。……ちなみに、アーヴァインはどうする? 一人では無理でも、他の生徒達と一緒なら、やってもいいんじゃないか?」

「いや、止めておく。今の……あんたの本当の実力を、それも欠片だけだが、見た俺にしてみれば、とてもではないが実力を出せるとは思えない。普段通りの動きが出来ない以上、他の者達の邪魔にしかならない筈だ」

「自分の実力を客観的に把握出来るのはいいけど、それだけで終わるのはどうかと思うけどな」


 そんなレイの言葉が聞こえたのか、アーヴァインの身体がピクリと動く。

 実際、レイにしてみれば自分の実力をしっかり理解しているのは評価出来るものの、強者……それも明確に自分よりも強い相手を前にして、戦わないというのはどうかと思う。

 それこそ強者との戦いなのだから……それも命懸けの本気の戦いという訳ではなく、命の心配がいらない模擬戦だからこそ、しっかりと戦った方がいいだろうと思える。


「それは……分かった。レイがそう言うのなら、俺も模擬戦に参加しよう」


 アーヴァインがそう言うと、元から模擬戦をやる気だった者達の士気も上がる。

 それどころか、模擬戦をやらないで様子を見ているだけだった者達のうちの何人かが、模擬戦に参加をすることにした。


(アーヴァインのカリスマ性って奴か)


 そう思うレイだったが、それは半分正解で半分間違っている。

 一組の生徒でトップのアーヴァインの影響が大きいのは事実だ。

 だが、それと同時に……あるいはそれ以上に、レイがアーヴァインに話した言葉に、思うところのあった者が多かったのだろう。

 これは模擬戦。その上で、相手はレイのような圧倒的な強者だ。

 そうである以上、ここで模擬戦に参加しないという選択肢はないだろう、と。

 これがもっと下位の組であれば、あるいはそこまでやる気にならなかったかもしれない。

 もしくはハングリーさを発揮して、模擬戦を行った可能性も十分にある。

 ともあれ、レイが見る限り多くの者がやる気になったのは悪くないことだった。


「よし、ならやるか」


 レイは模擬戦用の槍を手に、そう声を掛ける。

 模擬戦に参加する者達もそれぞれ準備を整え……


「では……始め!」


 マティソンの声と共に模擬戦が始まる。

 そんな中、真っ先にレイに向かって来たのは短剣を持つ男だった。

 短剣という、短く軽い武器を持っているからこそ、相手を翻弄するという意味では悪くない選択だろう。

 もっとも、本人にしてみれば自分が犠牲になってレイの力を少しでも見るといったようなものではなく、自分が最初にレイと戦ってみたいと思っての行動だったのだが。

 素早さを活かした戦闘を好む男らしく、その動きは素早い。

 素早いのだが……


「なっ!」


 その男の口からは、思わずといった様子で驚愕の声が漏れる。

 これが、例えば単純に回避されるだけだったり、もしくは短剣の一撃を弾くといったようなことであれば、男も相手がレイだからということで、そこまで驚きを露わにはしなかっただろう。

 だが、最速の一撃として線の一撃ではなく点の一撃として突きを放った男は、短剣の切っ先がレイの持つ槍の穂先の切っ先に寸分の狂いもなく止められたのだから、それに驚くなという方が無理だった。

 そしてレイの前でこのように驚きを露わにしてしまえば、元々の実力差があるというのを抜きにしても隙を作りすぎた。

 レイが手首を軽く動かすと、短剣の切っ先と接触していた槍の穂先が回転し……次の瞬間、短剣は上空に弾かれる。


「え?」


 男は、一体何をされたのか全く分からなかったのだろう。

 それこそ、短剣を握る手を緩めた訳でもなく、しっかりと握っていた筈だった。

 なのに気が付けば、自分の手の中から短剣が消えていたのだから。


「がっ……」


 そして次の瞬間、男は胴体に強い衝撃を受け、驚きの声を上げつつ吹き飛んでいく。

 ……男の口から出たのが苦悶ではなく驚きだったのは、レイがきちんと手加減に成功した証だった。


「っと、相手の隙を突くのはいいけど、そこまでやる気だとすぐに気が付かれるぞ」


 男が吹き飛んだのを見るや否や、槍を持った女がレイの死角――と思われた場所――から突きを放つも、あっさりと回避される。

 レイの隙を突こうとしたのだが、足音も気配も殺気……とまではいかないが、攻撃するという意識も消すことが出来ていない。

 結果として、あっさりとレイに回避され、同時にレイの槍で足下を掬われて転ぶ。


「さて、これで二人は戦闘不能扱いだ。これからどうする?」


 尋ねるレイにアーヴァインは全員で連携をとるように指示を出すのだった。

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