表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3617/3865

3617話

 しん、と。

 模擬戦が行われていた訓練場には、静寂が広がる。

 模擬戦に参加した者も、参加せずに見学に回った者も、目の前に広がっている光景が理解出来なかった。

 レイがどれだけ強いのかは、それこそ噂であったり、吟遊詩人の歌で知っていた。

 だが、知識として知っているのと、実際に自分の目で見るのとでは大きく違ってくる。

 それが、訓練場に広がる静寂だった。

 その静寂は、生徒達だけではなくマティソンも変わらない。

 ……いや、ある意味ではマティソンの方がよりレイの実力の底について理解出来ないということで、その驚きは大きいだろう。

 勿論、マティソンもレイが強いというのは知っている。

 ちょっとした身体の動きだけでも、自分では到底敵わないと思ってしまう程に力の差はあると思っていたからだ。

 だが、その力の差はマティソンが思っていた以上に大きい。

 例えば、マティソンがレイと同じように十五人を相手に模擬戦を行えば負ける可能性もある。

 あるいは勝っても、それこそ大きく息を切らせ、汗も大量に掻くだろう。

 だというのに、レイは全く疲れた様子がない。


(さすが異名持ちのランクA冒険者ですね。……レイさんがパーティに入ってくれれば、こちらとしてもありがたいのですが)


 そう思うも、すぐに却下する。

 レイのような凄腕であれば、自分達のパーティに入る意味があまりにも少ないと理解出来たからだ。

 それにレイはこのガンダルシアに永住する訳ではない。

 あくまでも教官をしているのは臨時なのだ。

 もし何かの間違いでレイがマティソン達のパーティに入ったとしても、いずれレイはパーティを抜けることになる。

 パーティと一口に言っても、臨時のパーティ……いわゆる野良パーティと呼ばれるようなパーティと違い、マティソンのパーティは固定パーティだ。

 そこにレイを入れるとなると、色々と調整が必要となる。

 ましてや、レイは従魔のセトがいる以上、そちらについても色々と面倒なことになるだろう。

 勿論、レイやセトといった存在によってパーティが大きなプラスになるのも間違いはないのだろうが、それでもいずれ抜けるということを考えると、一時的な助っ人ならともかく、固定パーティは無理だった。


「マティソン、どうした?」

「いえ。何でもありません。ただ、レイさんの実力に驚いていただけです」

「……別にそこまで驚かれるようなことはないと思うけどな。このくらい、マティソンなら出来るだろう?」


 レイの口から出たのは、謙遜でも何でもなく本当に心の底からそのように思っているといった言葉だった。


「あ、あははは。そうですね。やろうと思えば多分出来ると思いますけど、この人数を相手に無傷で……それも汗も掻かず、息を切らしもせずにといったことは出来ませんよ」

「その辺は、慣れというか……鍛え方次第だな」


 そう言うレイだったが、その言葉は必ずしも正解という訳ではない。

 何しろレイの身体は、ゼパイル一門によって生み出された身体で、元々の身体能力が違う。

 とはいえ、レイもそれだけに頼ってる訳ではないのだが。

 これまで、レイは多くの戦闘を経験してきた。

 それによって、レイの戦いに関する経験は一般的な冒険者どころか、それこそ高ランク冒険者であっても経験に関してはレイに勝る者は殆どいない。

 ……殆どいないということは、誰もいないという訳ではなく、中にはレイ以上の経験をしている者もいるということなのだが。

 それはともかくとして、マティソンはこのガンダルシアにおいてはトップ層の冒険者の一人だが、それはあくまでもガンダルシアの……いや、グワッシュ国の冒険者の中での話でしかないのも事実。

 ましてや、トップ層ではあるが、トップという訳ではない。

 そんなマティソンだけに、レイと同じことが出来る筈もない。


「取りあえず俺と生徒達との模擬戦はこれで終わりだが……そっちで見ていた中で、改めて模擬戦をやりたい奴はいるか?」


 恐れか、あるいはレイを尊敬しすぎていたからか、もしくはそれ以外の何らかの理由か。

 ともあれ、レイとの模擬戦に参加しなかった者達に尋ねるレイだったが、改めてレイと模擬戦をやりたいと思う者はいなかった。


「いないか。そうなると、さっきの模擬戦についての反省会でも……」

「レイさん」

「ん?」


 反省会でもするか。

 そう言おうとしたレイだったが、そんなレイの言葉を遮るようにマティソンが声を掛けてくる。

 そしてマティソンの方を見れば、マティソンが何を期待しているのかは明らかだった。

 何しろマティソンの手には模擬戦用の長剣が握られていたのだから。


「本気か? 休み時間とかならともかく、今は授業中だぞ?」

「だからこそですよ。こう言ってはなんですが、私はそれなりに腕が立つ方だと自負しています」

「だろうな。それは俺も異論はない」


 マティソンの言葉にレイはそう返す。

 実際、レイの目から見てもマティソンの腕が立つのは間違いないのだから、その言葉を否定するつもりはなかった。

 ……ただし、それはあくまでもガンダルシアの冒険者としての話だったが。


「ありがとうございます。レイさんにそのように言って貰えるのは嬉しいです。ですが……いえ、だからこそ、私はレイさんに模擬戦を挑みたい。生徒達も、上の世界について見ることが出来れば、それは大きな利益になるでしょう」

「それは……まぁ、そうなのか?」


 自分達よりも格上同士の模擬戦だ。

 それを見ているだけで大きな意味があると言われれば、レイもその言葉に反論は出来ない。

 実際に以前何度か同じようなことをやったことがあるのだから。


「ええ。それに私もレイさんの強さをきちんと知ることが出来ますので」


 マティソンはレイが自分よりも強いというのは、分かる。

 ちょっとした身体の動きを見るだけで、とてもではないがレイには勝てないと、そう理解してしまえるだけの実力差があるのは間違いない。

 しかし……それでも、レイと模擬戦を行いたいという思いがそこにあるのは間違いなかった。

 寧ろダンジョンに挑む上で、格上の存在が出てくるのは珍しくはない。

 勿論、ダンジョンでは絶対に格上のモンスターを倒さなければならない訳でもなかった。

 少し遠回りをしてモンスターと戦わないようにするといったことも出来る。

 だが、それでも全てのモンスターから逃げられる訳ではないのも事実。

 そういう時の為に、マティソンがレイと戦ってみたいと思うのはおかしな話ではない。

 究極的には、レイの従魔であるセトとの戦いについても同じような理由からだ。

 しかし……セトと戦う以外にも同じような経験が出来るのなら、それをやらないという選択肢もない。


「お願い出来ませんか?」


 言葉は柔らかいが、そこにある視線にはレイと模擬戦を行いたいという強い思いがある。

 それを見れば……そしてこの模擬戦が生徒達にとっても勉強になると言われれば、レイも模擬戦を受けるしかなかった。

 少しだけ、本当に少しだけだが、レイの中にもマティソンが具体的にどのくらいの強さを持つのか気になったという思いがあったのは間違いないが。


「分かった。なら……時間的に一度だけだ。一度だけ、模擬戦を引き受けよう」

「ありがとうございます」


 マティソンはレイの言葉に感謝して頭を下げる。

 本来なら、ここで必ずしもレイが模擬戦を引き受けなくてもいいというのは、マティソンも理解していた。

 しかし、レイはそれを承知の上で模擬戦を引き受けてくれたのだから、感謝するのは当然だった。


「気にするな。これが生徒達の為になるのも事実だしな。……いいか、これから俺とマティソンで模擬戦を行う。お前達には具体的に何が起きているのか分からないという者もいるだろう。だが、それでも、しっかりと見ておけ。人によっては、この模擬戦を見ただけで数週間分の訓練になったりもするからな」


 そう断言するレイの言葉に、生徒達はやる気に満ちた表情で頷く。

 ここにいるのは、今はまだ未熟であっても将来的に腕利きの冒険者になることを望んでいる者達だ。

 それが模擬戦をやるだけで訓練と同等……あるいはそれ以上の効果があると知れば、必死にならない訳がなかった。

 そうして見ている者の中には、模擬戦の授業が始まった時、マティソンによって圧倒的な実力差で負けた貴族もいる。

 自分が手も足も出ずにやられたマティソンに、レイがどのように対処をするのか気になるのだろう。


「では、始めましょう」


 訓練場の真ん中で、レイはマティソンと向き合う。

 レイが持つ武器は、先程同様に槍。

 それに対して、マティソンは長剣。

 これが模擬戦である以上、当然ながら双方共に刃は潰してある。

 しかし……レイやマティソン程の技量の持ち主になれば、例え模擬戦用の武器であっても容易に相手を殺すことが出来てしまう。

 双方共にそれが分かっている為に、レイもマティソンも真剣な表情は隠さない。

 これが模擬戦である以上、二人共寸止めにするつもりではあるが、真剣勝負である以上何が起きるのか分からなかった。

 だからこそ、お互いに真剣な表情で相手を観察し……


「行きます」


 マティソンが短く呟き、同時に地面を蹴る。

 生徒達……それこそ生徒達の中でも一際才能に恵まれているだろうセグリットと比べても、その速度は上だ。

 瞬く間にレイとの間合いを詰めるマティソン。

 マティソンにしてみれば、槍という間合いの長い武器を持つレイとの戦いなだけに、少しでも間合いを詰める必要があったのだろう。

 だが……当然ながら、レイもマティソンが何を狙っているのかは分かる。

 マティソンが槍の間合いの内側に入るよりも前に、突きを放つ。

 その一撃はまさに目にも留まらぬといった表現が相応しく、実際離れた場所で見ている生徒達の中でもレイの突きを見ることが出来た者は多くない。

 離れた場所からでもそうなのだから、間近で見たマティソンは余計に突きを見るのは難しかっただろう。

 しかし、さすがにガンダルシアにおいてもトップ層の冒険者の一人。

 反射的な動きで長剣を構え、盾代わりにする。

 ギィン、と。

 甲高い金属音が周囲に響く。

 マティソンは一瞬……本当に一瞬だけだったが、その動きを止める。

 レイの放った突きの威力が高く、それによって動きを止めてしまったのだ。


「甘いな」


 そんなマティソンの行動を見た……いや、感じたレイだったが、そう言いながら槍を振るう。

 レイが槍を使う時に多用する、横薙ぎの一撃。

 長柄の槍だけに、横薙ぎの一撃による攻撃範囲は広い。

 マティソンはその一撃も長剣を盾にして防ぐ。

 先程よりも甲高い金属音が周囲に響く。

 今の一撃は、最初の一撃よりも威力が高かったということなのだろう。

 事実、マティソンの顔は歪んでいた。

 長剣で防いだというのに、それでも伝わってきたダメージ。

 そして、長剣越しに与えられた一撃によって、マティソンの手が痺れて思い通りに動かなくなったのが原因だった

 勿論、全く動けない程に手が痺れている訳ではない。

 だがレイという強敵を相手にしている以上、多少であっても痺れて自分の思った通りに動かせないというのは、マティソンにとって大きなハンデだった。

 そしてレイがそのような隙を見逃す筈がなく……


「くっ!」


 手を大きく動かすのではなく、手首の動きだけで槍を振るう。

 デスサイズでよくやる攻撃方法だが、レイの身体能力的に普通の槍で出来ない訳ではない。

 勿論、重量を殆ど感じさせないデスサイズと比べて、しっかりと重量のある槍だ。

 手……正確には手首に掛かる負担はしっかりとあるが、だからといってレイの身体能力があればそれに対処出来ない訳でもない。

 また、単純に身体能力だけに頼っているのではなく、力を入れる瞬間であったり、力を抜く瞬間であったり、槍を動かすタイミングであったり……そのような諸々によって、手首に掛かる負担を小さくしてるのも事実。

 結果として一瞬にして戻ってきた槍の横薙ぎの一撃によって、マティソンは足を掬われる。

 ……それでもレイはマティソンの足首を直接叩くのではなく、靴の上に触れた時に押すようにしマティソンの足を掬う。

 力任せの一撃と違い、当然ながら技術と力がより一層必要になる一撃。

 それこそ普通ならそのようなことは出来ないだろうが、レイであれば問題はない。


「うおっ!」


 足が強引に掬い上げられ、転ばされるマティソン。

 それでも何とか片手で体重を支えて完全に転ぶのを避けることには成功するが……


「終わりだ」


 顔を上げたマティソンが見たのは、自分の目の前に突きつけられた槍の穂先だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ