3616話
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マティソンとセトの模擬戦についての話は後回しということになる。
今は授業中なのだから、授業を行うのが優先というのはおかしな話ではない。
そんな訳で、早速模擬戦をすることになったのだが……
「レイさん、お願いします!」
「ちょっ、待てよ。ここはまず俺からだろ?」
「レイさん、お願いします」
「ちょっと待ってよ。ここは私でしょ!」
うわぁ……と、それを見ていたマティソンは、レイに向かって何とも言えない視線をむける。
この学校に通っている生徒達にしてみれば、吟遊詩人に歌われるだけの活躍をしたレイとの模擬戦は、是非ともやってみたいと思うのはおかしな話ではない。
最初に教室に入った時の殺気の件は既に忘れたかのように、レイとの模擬戦を求める生徒達。
そんな生徒達に、どう対応すればいいのか、レイも迷う。
何しろ、レイは幾らつよくても一人であるのに間違いはないのだ。
そうである以上、ここで誰と模擬戦をやっても、最終的には模擬戦をやった者が他の者達から妬まれる……あるいは羨ましがられることになる。
(となると……)
レイは自分の側で模擬戦をやりたいと主張する者達を眺めつつ、思いつきを口にする。
「誰か一人と模擬戦をするとなると問題がありそうだ。なら、全員と模擬戦をしよう」
『え?』
レイの言葉が聞こえた者達の口から、そんな声が上がる。
レイの言葉が予想外だったのは、セグリットを始めとした生徒達だけではない。
離れた場所で様子を見ていたマティソンまでもが、一体レイが何を言ってるのかといった様子で驚いていた。
「レイ教官、その……それは全員と一回ずつ模擬戦をやるということですか? そうなると、時間が足りないと思うんですけど」
セグリットがレイにそう尋ねる。
玄関の側で会った時は、レイを自分の同級生だと思っていたセグリットだったが、今は違う。
もうレイが同級生ではなく教官であると認識し、言葉遣いも生徒としてのものに直していた。
自分と同い年くらい……それどころか、少し年下のようにすら思えるレイだったが、既にそのレイの実力はしっかりと確認している。
そうである以上、レイに対して生徒とし尋ねるのはセグリット的には問題なかった。
しかし、そんなセグリットの言葉にレイは首を横に振る。
「いや、違う。言った通り、俺と模擬戦を希望する全員と模擬戦を行う。つまり、希望する者達全員と俺一人での模擬戦だ」
そんなレイの言葉を予想していたのは、マティソンだけだった。
セグリットを始めとした他の生徒達は、信じられないといった表情を浮かべていた。
だが……そんな生徒達に対して、レイは大きく息を吐いてから口を開く。
「お前達が俺の噂をどこまで聞いているのかは分からない。けど、その噂ではお前達全員を相手にしても、俺が戦えないような、そんな存在に思えたのか?」
そうレイが尋ねると、セグリットを含めた生徒達は何も言えない。
実際、ここまで伝わっているレイの噂や吟遊詩人の歌では、それこそレイが一人でベスティア帝国軍を燃やしつくしたといったようなものもある。
噂が広がる上でより大袈裟になるのは、そう珍しいことではない。
そして当然ながら、この場にいる生徒達はとてもではないがベスティア帝国軍の軍人達と比べると技量は劣るし、数も圧倒的に少ない。
それを思えば、レイが一人で生徒達全員と模擬戦をするというのは、そう無謀な話でもないのは間違いなかった。
「マティソン、そんな訳で俺が全員と模擬戦をするけど、大丈夫か?」
「それは構いませんが、レイさんの持つ大鎌は……その、模擬戦用にないのですが」
「だろうな」
レイもマティソンの言葉に特に不満はなく納得する。
そもそも大鎌は外見で相手に与える衝撃は大きいものの、純粋に武器として考えた場合は使いにくい。
模擬戦用の武器の中に、大鎌がなくてもレイは特に気にしなかった。
……実際には、レイが教官をやるという連絡が来てから、一応模擬戦用の大鎌を作るかどうか、校長のフランシスは検討した。
検討したのだが、作っても使うのがレイだけである以上、そしてレイが大鎌以外にも槍を使っているという情報があった以上、作らなくてもいいと判断したのだ。
レイにはその辺については分からなかったが。
とにかく、それでも大鎌がないのならと模擬戦用の槍を要求する。
「じゃあ、槍をくれ」
レイの言葉に、マティソンは模擬戦用の槍をレイに渡す。
それを軽く振って、突いて、槍の様子を確認する。
そんな何でもない動きではあったが、そのような動きだけでマティソンの……そして生徒達の中でも、セグリット始めとした数人が、思わず目を奪われる。
別にレイは槍の達人という訳ではない。
ないのだが、それでもレイが振るう槍の動きは見る者の目を惹き付けるような何かがあった。
それを行ったレイ本人は、そのことに全く気が付いた様子はなかった。
「なるほど。大体分かった」
軽く槍を振るったレイは、その槍の感覚を理解してそう呟く。
使い慣れた黄昏の槍のように、完全にこの槍を使いこなせるとは思わない。
それでも模擬戦をするくらいなら問題はないと判断しレイは、その槍を手にして口を開く。
「俺との模擬戦に参加する者は、ここに残れ。参加しない者は離れて見ていろ」
そんなレイの指示に従い、残ったのは十五人程。
四組の多くがレイとの模擬戦を希望していた。
……マティソンが、少しだけ羨ましそうな様子で生徒達を見ていたのは、マティソンも出来れば模擬戦に参加したかったのだろう。
とはいえ、教官として今は生徒が優先になるのは仕方のないことだったが。
「では、模擬戦を始める。致命傷になる場所に当たったり、痛みで立てなくなった者は邪魔にならないように移動しろ」
本来なら、模擬戦である以上は倒された者は地面に転がっているべきだろう。
そうして足場が悪くなった状態での戦い方も経験しておいた方がいいのだから。
それこそ、もしもっとランクの高い……それこそマティソンと同ランクの相手と模擬戦をする場合は、そのようにしてもいい。
だが、今回模擬戦をやるのは、あくまでも冒険者育成校の生徒達だ。
未熟な冒険者と判断されたり、あるいは冒険者になったばかりの者達。
そのような者達との模擬戦で倒された者が地面に転がっていれば、間違いなく踏むだろう。
それも戦いの中で踏む以上、ただ痛いというだけではすまない。
骨折や内臓破裂のようなことになってもおかしくはなかった。
だからこそ、レイは模擬戦で致命傷と判定出来る一撃を受けたら離れるように言ったのだ。
生徒達はそこまで考えておらず、ただ邪魔だからと納得していたが。
「さて、じゃあ準備はいいな?」
生徒達もそれぞれ自分が使う模擬戦用の武器を手にしていた。
長剣が最も多いが、それに次いで槍が多い。それ以外だと短剣や斧を持っている者がいる。
ただ……一人だけ、ポールアックスを持ってる者がいたが、ポールアックスは長柄の先端に斧がついているという武器で、かなり扱いにくい。
事実、そのポールアックスを持っている者も見るからに扱いにくそうだった。
(まずはあいつだな)
レイもまた、最近では何度かポールアックスを使っている。
正確には普通のポールアックスではなく、冬に行った廃墟で倒した巨大なリビングアーマーが使っていたポールアックスだ。
普通に持つのは無理で、レイの握力で無理矢理持っているといった感じの武器。
それだけに、ポールアックスの扱いにくさはレイも理解している。
もっとも、長柄の分だけ振るう時は遠心力によって威力が増し、叩き付けられるのは鉄の塊とも呼ぶべき斧の刃だ。
使いこなせば、十分以上に高い威力を持つ武器なのは間違いないのだが。
「マティソン、合図を」
「では……始め!」
マティソンが模擬戦の開始を宣言すると同時に、レイは動く。
地面を蹴って真っ先に向かったのは、予定通りポールアックスを持っていた男。
「え?」
まさか自分が狙われるとは思っていなかったのか……あるいは最初は生徒達が先に動くのをレイが待ち受けるとでも思っていたのか、ポールアックスを持っていた男の口からは間の抜けた声が上がる。
そんな男の腹に、レイは槍を横薙ぎに振るって柄を叩き付ける。
その威力は鎧を着た男を真横に五m程も吹き飛ばし、その上で地面を転がって更に数m進み、それでようやく止まる。
レイとしては、槍を振るった時に力を抑え、相手に大きな怪我をさせないように手加減をした一撃だ。
だが、そのような一撃であっても、見ている者達が自分の目を疑うかのような、そんな威力を発した。
模擬戦開始でいきなりの行動に、模擬戦をしている者達の動きが止まる。
「戦いの最中で呆けるな!」
そう言いつつ、レイは近くにいた長剣を持った女との間合いを詰める。
女はまさか自分が狙われるとは思わなかったのか、半ば反射的に長剣を振るう。
速度も力もなく、そして鋭さもない……本当に反射的に振っただけの、そんな一撃。
当然ながら、そんな一撃がレイに命中する筈もなく、足捌きだけであっさりとその一撃を回避し、胴体を槍で突く。
こちらも大きなダメージを与えないようにしっかりと手加減をした一撃だったのだが、それでも十分に女を吹き飛ばすだけの威力を持っていた。
一瞬だけその姿を見たレイは、そこでようやく動き出した者達に向かって槍を振るうのだった。
「さて、後はお前だけだな」
槍を構えるレイの視線の先にいるのは、セグリット。
その表情には焦燥の色が強い。
当然だろう。十五対一での戦いだったというのに、それこそ数分もしないうちにセグリット以外は全員が倒されたのだから。
あるいは、それでもレイが大きく……までとはいかなくても、多少ではあっても息を切らせていれば、まだセグリットも納得出来ただろう。
だが、レイは全く息を切らせてもいなければ、汗の一つも掻いていない。
(強い)
セグリットが思うのは、それだけだ。
勿論、レイが強いというのは十分に理解していた。
自分が勝てるとも思ってはいなかった。
しかし、それでも話を聞くのと、実際にこうして模擬戦とはいえ、戦ってみると……レイの持つ圧倒的な強さがセグリットにも理解出来る。
……いや、それは正確ではない。
レイの持つ強さを理解出来ないことこそが、レイの強さの底が知れないことを意味していた。
「どうした? いつまでもこうしていても仕方がないだろう?」
「……行きます!」
「頑張れ、セグリット!」
聞こえてきた応援の声は、女の声だ。
ああ、もしかしたら朝一緒にいた女達の誰かかもしれないな。
そんな風に思いつつ、レイは槍を手にセグリットに向かって歩き始める。
普通なら、間合いの長い槍の方が有利なので相手の動きを待ち受けた方がいい。
だが、これは真剣勝負という訳ではなく模擬戦だ。
そうである以上、レイは自分が積極的に動いた方がいいと判断したのだ。
セグリットは、自分に向かって近付いてくるレイを見て、自分でも気が付かないうちに後退る。
「いいのか? ただでさえこっちの方が間合は長いんだぞ?」
「くっ!」
レイの言葉で、セグリットは自分が後ろに下がる……言い換えれば、レイから逃げていることに気が付いたのだろう。
歯を食い縛って下がるのを止め……呼吸を整える。
これが普段の戦闘なら、相手が本気を出すまで待つといったことはせず、その隙を突くかのような一撃を放つのだが、これはあくまでも模擬戦だ。
セグリットが強くなる為の模擬戦である以上、レイはセグリットの準備が出来るまで待つ。
そして十秒程が経過し……
「行きます!」
鋭い叫びと共に、セグリットはレイに向かって走り出す。
走りながら、手に持つ長剣を振るうセグリットだったが……その長剣は、レイの目の前数mmの位置を通りすぎていく。
「え? がっ!」
セグリットにしてみれば、自分の一撃はレイに命中すると……あるいは命中しなくても、武器で防がれるか、もしくは回避されるかもしれないと思っていたのだろう。
だが、実際には違う。
文字通りの意味で、レイに届きさえしなかったのだ。
それを疑問に思い、だからこそ隙を生む。
その隙を突くかのような形で振るわれた槍の穂先がセグリットに命中し、吹き飛ばすのだった。
石突きではなく穂先で突いたのは、セグリットが金属鎧……それも相応に質の良い物を装備していたからだ。
これなら石突きではなく穂先でも、怪我をさせることはないと判断したレイの一撃。
勿論手加減をしなければ、金属の鎧を破壊や貫通していたかもしれないが、これが模擬戦である以上、レイはきちんと手加減をするのは当然だった。