3614話
朝の会議は、レイの紹介を終わるとそれからすぐに終わった。
これが日本の学校であれば、もっと詳細に今日の予定であったり、教官や教師としてどのように生徒に接するかといった諸々を細かく話したりするだろう。
だが、ここは日本ではない。
そもそも学校ではあるが、高校のような学校ではなく、ある意味専門学校や大学に近い……つまり、教官や教師の仕事もしっかりとあるが、生徒の自主性を重要視している一面もある。
それだけに、そこまで細かな方針を指示するのではなく、教官や教師が自分のやり方で生徒の冒険者達に教えるのだ。
レイもそれについてはマティソンやラトキンから聞いて知っているので、模擬戦は自分流でやるつもりだった。
……場合によっては、セトを呼んだり、あるいは防御用のゴーレムを使ったりして模擬戦をしてもいいと思っている。
「さて、じゃあ。レイ。まずは生徒達に紹介をする必要があるし、一緒に行こうか。ラトキンさんからも、今日はレイと一緒に行動するように言われているしね」
それについては、朝の会議でそのように言われていたのをレイも聞いていたので、マティソンの言葉に否とは言わない。
「分かった。じゃあ、行くか。……それで、どういう生徒がいるんだ?」
「そうだね。レイに分かりやすいところだと、セグリットがいるね。四組は冒険者育成校の生徒の中でも半ばくらいの実力者だから、セグリットの才能を考えると、すぐに上の組に行くだろうけど」
冒険者育成校は、一組から十組まである。
それは純粋に実力順のクラス編制だ。
そして一組の生徒が十分ダンジョンで通用すると判断されれば、卒業となる。
そういう意味では、やはりこの冒険者育成校は普通の……レイが思っているような学校とは違うのだろう。
「セグリットか。……あいつ、どういう奴なのか知ってるか?」
レイとマティソンは、廊下を歩きながら会話を交わす。
「どうって、優秀な……高い才能を持っていると思うけど、そういうことじゃなくてかい?」
「ああ。俺が今朝見た限りだと、かなり上質な金属鎧を身に纏っていた。とてもではないが、冒険者になったばかりの者が着るような金属鎧じゃない」
「そう言われると、そうですね。普通の冒険者にしては、随分と良い装備を持っていた気がします。ただ、別にそれはおかしなことではないのでは? セグリットの家が金持ちであったり、あるいは家族の誰かが冒険者で、セグリットの為に装備を用意したとか」
「その可能性もある……というか、多分そうだろうとは思うけど」
セグリットの性格は、レイも詳しく知っている訳ではない。
だが、見ず知らずのレイが間違った玄関に向かおうとしたのを止めようとしたり、話した感じでは決して後ろ暗い何か……例えば、誰かを襲って鎧を奪うといったような真似をするとは思えなかった。
勿論、レイも完全に相手の性格を見抜いたりは出来ない。
もしかしたら、本当にもしかしたらだが、セグリットの中には邪悪な心が眠っている可能性もあるのだ。
レイが見る限り、そのようなことはないように思えたが。
「とにかく、セグリットの才能はかなりのものですよ。……今はまだ冒険者になったばかりでそこまでの実力ではないですが、冒険者として活動を始めたら、きっと恐ろしい事になるかと」
「そこまでか」
マティソンは、仮にもこのガンダルシアでダンジョンを攻略している冒険者の中でも、トップクラスの実力を持つ冒険者だ。
そのようなマティソンがそこまで言うのだから、レイにとっても少し驚きだった。
「ええ。……勿論、私も今の実力のままということはありませんけどね。まだ成長し続けているつもりですから」
そうして言葉を交わしながら廊下を進むと、やがて四組の教室の前に到着する。
中から聞こえてくるのは、朝の学校に相応しい騒ぎ声……じゃない?
聞こえてくるのは、怒声。
「マティソン?」
「この学校には色々な人もいますから。特に冒険者というのは我の強い者もいるでしょう?」
「なるほど」
そう言われると、レイも納得出来る。
そもそもの話、冒険者……特に低ランク冒険者の中にはガキ大将であったり、チンピラであったり、そういう者達がそれなりに多い。
街中の喧嘩で、自分は強いと考えた者が冒険者になれば稼げると判断して冒険者になるというのは、そう珍しいことではないのだから。
だが、当然ながら冒険者というのはそこまで甘いものではない。
モンスターや盗賊と戦ったりすることもあるが、それは喧嘩ではなく殺し合いなのだから。
中にはゴブリンやオークに捕らえられる女であったり、奴隷として売る為に生け捕りにしようとする盗賊もいるが、それは例外だろう。
そうして、ただの力自慢、喧嘩自慢といった者達は冒険者として大成することは基本的にない。
……もっとも、中には運に恵まれたり、本人の素質がとんでもなかったり、あるいは自分の言動を直して冒険者を続ける者もいるが。
ともあれ、現在この冒険者育成校にいるのは冒険者になったばかりか、あるいは冒険者として力不足と判断された者達だ。
そうである以上、教室の中で喧嘩騒ぎを起こすような者がいてもおかしくはなかった。
「で、どうする? 止めるのか?」
「そうですね。ちょうどいいですし、レイさんのお披露目と行きましょう。教室の中に入って、騒動を起こしている者達を鎮圧して貰えますか?」
「……俺がそれをやるのか?」
「ええ。これからのことを考えると、ここでレイさんの力を見せておいた方がいいでしょうし」
そう言われると、レイも否とは言えない。
ここがギルムではない以上、レイの外見だけで侮ってくる者は必ずいるだろう。
ましてや、ここにいるのは冒険者として未熟と判断された者か、冒険者になったばかりの者達。
そのような相手である以上、レイを見てその実力を把握しろというのが無理だった。
それなら、最初にレイが自分の実力を見せつけた方がいいのも事実。
もっとも、ここで実力を見せつけたりしなくても、模擬戦の時に実力を見せつけるといった方法もあったのだが。
(まぁ、侮られるのは短い方がいいしな)
そう判断すると、レイはマティソンに向かって頷く。
「分かった。なら、俺が鎮圧する」
「お願いします」
マティソンの言葉に頷くと、レイは教室の中に入る。
教室の中にいた者達の大半は、レイが入ってきたことに気が付いていない。
あるいは、もっと上の一組辺りならレイが入ってきたことに気が付く者もいたのかもしれないが。
(あ)
言い争っている者達を見たレイは、声に出さずに驚く。
何故なら、片方はセグリットで、もう片方も見覚えのある者達だったからだ。
レイがガンダルシアに向かう途中でセグリット達を追っていた四人の貴族達。
その四人がセグリットと一触即発といった状態になっていた。
(うーん、これはまた……巡り合わせが悪いな。)
貴族の四人にしてみれば、セグリット達は自分達から逃げた相手だ。
それだけに、この教室で遭遇した以上、絡むのはそうおかしな話ではなかった。
(ともあれ、止めるか。……あの時のようにセトがいれば便利なんだけどな)
そう思いつつ、レイは殺気を放つ。
それも冒険者として未熟な者や、冒険者になったばかりの者達であっても何かがおかしいと思うくらいの殺気を。
その殺気に最初に気が付いたのは、セグリット。
貴族の四人と向き合っていたセグリットだったが、殺気を感じたと思った瞬間には素早くそれを発している相手……レイの姿を見つける。
そんなセグリットに続くように、教室の中にいた何人かがレイの方を見る。
(セグリットが最初か。そうなると、三組に上がるのもセグリットが四組の中では最初になりそうだな)
セグリットや教室にいる何人かの視線がレイにむけられると、当然ながら他の者達も一体何があったのかといったようにその視線を追い、レイを見つける。
貴族の四人もそれは同じだ。
……もっとも、セグリットのように殺気を感じたのではなく、あくまでも他の者達の視線がレイに向けられているから、同じようにレイを見たといった感じだったが。
「騒がしいぞ。大人しくしろ」
レイの口から出た言葉は、決して大きなものではない。
大きなものではないのだが、それでも間違いなく教室中にその声は響き渡る。
既に殺気は発しておらず、その声もとくに何か込めた訳ではない。
しかし、それでも不思議な程に教室の中にいる者達はその声をしっかりと聞き取ったのだ。
「セグリットだったな。自分の席につけ。そっちの四人もだ」
「あ、はい。……え?」
セグリットはレイの言葉に頷き、そこで初めて今の殺気を発した人物が先程自分が声を掛けたレイであると理解したのか、少し間の抜けた声を出す。
もっと早くに気が付いてもいいのでは?
そうレイは思ったが、殺気でそれどころではなかったのだろう。
実際、もしレイがセグリットと同じ立場だったら、恐らくすぐには気が付けなかっただろうと思う。
「マティソン」
「ええ、お疲れ様でした」
セグリットは何かを聞きたそうな様子を見せていたが、レイはそれを気にしないでおく。
セグリットが一体何を聞きたいのかを予想するのは難しくなかったからだ。
(まぁ、俺が教官だというのは玄関で言ったんだから、俺がここにいてもおかしくはないと思うんだが。あるいは何故あんな殺気をだせるのかとかを聞きたいとか?)
今はドラゴンローブのフードを被っているので、セグリットも……そして四組の者達もレイの顔をしっかりと把握することは出来ない。
だが、そのフードを脱いでレイの顔を見れば、その外見年齢はセグリットとそう違いはない……それどころか、小柄だということでセグリット達よりも年下だと思う者すらいるだろう。
とはいえ、このエルジィンにおいては外見年齢は必ずしも実年齢と一致しないのだが。
その辺は、エルフやドワーフが分かりやすいだろう。
ただ、レイはエルフでもドワーフでもないので、そのように思われたりはしないが。
(やっぱり最初に力を見せるというのは大事だな)
しっかりと力を見せた訳ではないレイだったが、それでも今のレイを見て明確に侮るという者はいないだろう。
今の一連の行動は、レイのことをそのように思わせるには十分な意味を持っていた。
レイがそのようなことを考えている間に、マティソンは騒動の原因について聞いていた。
マティソンは教官の中でも腕利きの冒険者として知られている。
そうである以上、そんなマティソンの指示を聞かない者はいない。
あるいは、これでもしマティソンが高圧的な態度の者なら、中にはそんなマティソンの態度を不満に思う者もいるだろう。
だが、マティソンは決して高圧的な態度という訳ではなく、柔らかな態度で接している。
その為、反感を持たれにくいという一面もあるのだろう。
もしくは、顔立ちが整っているので女子生徒受けが良いというのもあるのかもしれない。
「なるほど。……この冒険者学校に通っている以上、家が貴族であろうとなんだろうと、それは意味がない。いや、正確には意味がない訳ではないが、それでもあくまでも冒険者として扱うことになる。今回はそこまで大きな騒ぎにはならなかったから、そこまで明確に処分はしない。ただ、この一件の不始末を取り戻すのは大変だということは覚えておくように」
「待って下さい! それは私達が悪いということですか!?」
「話を聞く限り、そうだと判断するしかないね」
「貴族の血筋の私が悪いと? それは教官にとっても、決して好ましいことではないと思いますが」
そう言った瞬間、貴族達のリーダーと思しき存在を見るマティソンの視線が明らかに変わる。
四組の生徒の中では、セグリットを含めた少数の者達だけがそのことに気が付く。
だが……マティソンに対して不満を口にしたリーダー格の男は、まだその視線に気が付いてはいなかった。
「どうです? 私達も腕には覚えのある身です。教官にとっても、腕利きの冒険者を教え子に持ったというのは、悪くない話だと思いますが」
「ふむ、いいでしょう」
マティソンの言葉を聞いた男は、満足そうな笑みを浮かべる。
自分の要望が聞かれたと、そう思ったのだろう。
ただ、レイを含めた何人かは、そんなマティソンの様子から男の希望通りになることはないだろうと、そのように思っていたが。
「では、そこまで言う実力……見せて貰うとしましょう」
「……え?」
自分の思い通りに進んでいるとばかり思っていた男だったが、マティソンの口から出た言葉は予想外だったらしい。
その口からは、間の抜けた声が上がるのだった。