3610話
武器屋では店長が盗賊狩りという言葉に唖然としたものの、その後に幾つかの武器を見せて話をしてから、店を出た。
その後は防具屋を見て、ジャニスから聞いた店で軽く食事をして、ポーションの類を売ってる店で高品質な……つまり高価なポーションを纏め買いし、今はギルドの前にいる。
マジックアイテムを売ってる店にも行ったのだが、残念ながら今日はやっていなかったので、そちらについては諦めることになったが。
なお、セトのお土産として屋台で幾つか料理を買ったが、中には多少変わった味付けの料理もあって、それが別の国に来たとレイにしみじみと感じさせた。
「さて、そんな訳で……ギルドだな」
少し離れた場所には、冒険者育成校の校舎も見える。
ダンジョンはギルドのすぐ側にあり、そして冒険者育成校もまたギルドのすぐ側にあるのだから、校舎が見えるのはそうおかしな話ではない。
レイは校舎を見て、恐らくそこでは今日も学生達――それでも現役の冒険者が大半だが――が頑張って授業や戦闘訓練をしてるのだろうと思いながら、ギルドに入る。
迷宮都市だけあって、ギルドはかなり広い。
そして当然のように併設された酒場があり、そこではまだ昼前だというのに宴会をしている者達もいる。
(昨夜から宴会を続けているのか、午前中にダンジョンから戻ってきて宴会をしてるのか、もしくは単純に今日は休日で朝から宴会をしているのか。その辺は俺にも分からないけど……別に俺が気にすることじゃないか)
どのような理由で宴会をしていても、それはレイが気にすることではない。
酔っ払って迷惑を掛けるのなら話は別だったが、レイが見たところで特にそのような様子はなく、仲間内で宴会をしているだけだ。
そうである以上は特に問題がないだろうし、例えそういうことがあっても、ギルドにいる他の冒険者達がどうにかするだろうと判断する。
「受付は……うん。この時間にやって来た甲斐があったな」
現在は昼前で、ギルドの中にはそこまで冒険者はいない。
これがギルムなら、朝が一番忙しく、続いて夕方が忙しいが、昼前となると冒険者の数はかなり少なくなる。……もっとも、今のギルムは増築工事の関係で多くの者が仕事を求めて来ているので、今の時間帯であってもそれなりに冒険者達はいるかもしれないが。
(特にスラム街の者達は、今こそ稼ぎ時といった感じで頑張ってるだろうな)
レイが思い浮かべたのは、ギガントタートルの解体を任せていた者達だ。
冬の間、しっかりと依頼をこなして金を貯めた者達の中でも有望な者達は現在も冒険者として活動している筈だった。
レイにしてみれば、ギガントタートルの解体をして貰っただけで助かるのだが……とにかく、ギルムで働く冒険者の数は、スラム街出身の者達でかなり増えた筈だった。
もっとも、当然ながらまだ冒険者になったばかりである以上、色々と依頼をこなして経験を積む必要があるのだが。
ともあれ、そんなギルムのギルドと比べても、ガンダルシアのギルドには昼前にも関わらず、結構な人数がいる。
これは普通の依頼……討伐依頼や素材の採取依頼といった依頼を受けるギルムのギルドと違い、ガンダルシアの冒険者は基本的にダンジョンで行動するというのが大きい。
勿論、商人の護衛の依頼といったような、ダンジョンとは関係のない依頼もある。
そういう意味では、これからダンジョンに潜ったり、この時間にダンジョンから出て来たりといった者が多いのだろう。
(他にも色々と理由があるとは思うけど……それより、どの受付に行くかだな)
ギルドの顔となる受付嬢は、当然のように顔立ちの整った受付嬢が揃っている。
当然ながら人には好みがあるので、派閥に近いものが出来たりもする。
レイが見た限りでは、どの受付嬢にも何人もの冒険者が並んでいた。
この様子からすると、どの受付嬢のいる場所に並んでもいいのだが、だからこそレイはどの受付嬢の場所に並ぶべきかを迷ってしまう。
(まぁ、単純に人数の少ない場所でいいか)
受付嬢達は間違いなく美人だ。
ましてや、このガンダルシアという迷宮都市の受付嬢ともなれば、多数の冒険者が集まるだけに、その美貌は誰が見ても美人や可愛いと評する者達だろう。
だが……幸か不幸か、レイはエレーナ、マリーナ、ヴィヘラという絶世の美貌と評するのが相応しい美人達を見慣れている。
その為、このギルドにいる受付嬢達も顔立ちが整っているのは間違いないし、レイの目から見ても美人や可愛いのは間違いないが、それでもそういうものかと思ってしまうのだ。
……受付嬢達は当然ながら自分の顔立ちに自信があるので、もしレイがこのようなことを思っていると知れば、間違いなくショックを受けるだろう。
(一番人数が少ないのは……あそこか)
レイが目を付けたのは、行列の短い場所。
その先にいる受付嬢は、生真面目そうなエルフの女だ。
エルフらしく顔立ちが整っており、切れ長の目は意思の強さを表している。
エレーナには劣るものの、それでも黄金と評するに相応しい髪をポニーテールにしており、それがまた気の強い美貌に似合っている。
ただ、その意思の強さ……気の強さや生真面目さといったものから、そこまで人気は高くないのだろう。
冒険者の多くはそのような相手をあまり好まない。
もっとも、それでも相応に並んでいる者がいるのは、エルフの女の性格を知った上でも、好ましいと思う者が多いからだが。
……また、エルフらしく体型はスレンダー……言ってみれば胸は小さいので、そういうのを好まない者もいるのだろう。
レイはその辺について全く気にせず、単純に人数が少ないからという理由で列の後ろに並んだが。
そんなレイを、列に並んでいた者達は驚きの視線で見る。
この行列に並ぶ者は、基本的に限られているのだろう。
そんな中に新しい人物が姿を現したのだから、それを気にするなという方が無理だった。
「な、なぁ。お前はアニタさんが好みなのか?」
そんなレイが気になったのか、レイの前に並んでいた二十代程の男が尋ねてくる。
しかし、レイは別にアニタ……受付嬢のエルフが気になったから、ここに並んだ訳ではない。
単純に、この行列に並んでいる者達の数が少なかったから、ここに並んだのだ。
「アニタってのが受付嬢なら、別にそういう意味で並んだ訳じゃない。単純にここが最も並んでる者が少なかったからだ」
「……何だ」
レイの言葉に、残念そうな様子で呟く男。
基本的にはガンダルシアの冒険者は受付嬢のファンをしている者が多いが、中には特に誰かを気に入るという訳ではなかったり、あるいは逆に何人ものファンであるという者もいる。
しかし、レイに話し掛けた男はすぐに考えを変える。
見たところ、レイは特に誰のファンでもないというのは明らかだ。
だとすればレイはフリーということになる。
なら、そんなレイをアニタのファンに引き込めば、自分達の勢力が多少なりとも拡大するだろうと。
「アニタさんは、美人だろう?」
「は? いきなり何だ? ……まぁ、そうだな。それは否定しない」
実際、レイにはエルフやダークエルフの知り合いもそれなりにいるが、アニタはその中でも間違いなく上位に位置するだろう美貌を持っている。
そういう意味では、男の言葉が決して間違っている訳ではない。
……だからといって、レイがアニタのファンになるかと言われれば、それは否なのだが。
「だろう? なら、お前もこっちに……アニタさんのグループに入らないか?」
「……いや、遠慮しておく」
少し考え、レイはそう答える。
そんなレイの言葉に、男は少し不満そうな様子を見せるが、すぐにそれは消して再び口を開く。
「そんなことを言わずに。ほら、アニタさんを見てみろよ。あんな美人、そうそういないぜ?」
そのアニタ以上の美貌の持ち主を最低でも三人知ってるんだが。
思わずそう突っ込みたくなったレイだったが、それはやめておく。
それを言えば、アニタのファンなのだろう男は……そして他にも行列を作っている者達にとっても、決して面白いことではないと理解したからだ。
「生憎と俺は冒険者育成校の教官もやる必要があるから、そういうことを気にしてる余裕はないんだよ」
「……は? 教官? お前が?」
レイの言葉に驚きの声を発したのは話していた男だったが、その前に並んでいながら話を聞いていた者達、そして他の受付嬢の前に並んでいた者達もレイに驚きの視線を向けてくる。
話を聞いていた者達にしてみれば、レイの言葉に驚きを隠せなかったのだろう。
これについては、教官という仕事をどのような冒険者が行っているのかが理由だった。
未熟な冒険者、あるいは冒険者になったばかりの者といった者達が通う冒険者育成校だ。
そんな者達に教える座学の教師や戦闘訓練の教官というのは、当然ながら冒険者の中でも腕の立つ者達が選ばれることになる。
マティソンのように、教官ではあるがそれを投げ出してダンジョンに潜るというのが許されているのも、その辺が関係していた。
教官だからといってダンジョンに潜るのを許可しないとなれば、腕の立つ冒険者や高ランク冒険者といった者達の中で教官の仕事を受ける者は一体どれくらいいるのか。
勿論、中には真剣に後進を育てることの重要さを理解し、もしくはそれを楽しみにする者もいるだろう。
だが、当然ながらそのような者は決して多くはない。
だからこそ、多少の無茶……具体的には教官の仕事を放り出してダンジョンに潜っても問題ないという、一種の特権を与えてまで、マティソンのような冒険者を教官として雇っているのだろう。
とはいえ、当然ながら教官の仕事を放り出した場合は、給料は減る。
そういう意味では、特権ではあるものの、仕事をせずとも給料を貰えるといった優遇はない。
ともあれ、そのような理由から冒険者育成校の教官というのは腕の立つ冒険者ということになる。
だというのに、レイはとてもではないがその外見から強そうには見えない。
……実際には、ギルドにいる者達の中でも相手の実力を見抜ける者達はレイのちょっとした動きから強者であるというのは気が付いていたのだが、生憎とレイと話している男はそのような能力はなかったらしい。
「えっと……その話、本当なのか? 言っておくけど、その件で嘘を吐いたりしたら、後でちょっと大変な目に遭うぞ?」
親切心から、男はレイにそう忠告してくる。
男にしてみれば、レイが見栄を張ってそのように言っていると思ったのだろう。
実際、その男の言葉を聞いて納得している者が他にも何人かいる。
そのような者達の様子を見つつ、レイは口を開く。
「列が進んでいるぞ」
「え? あ……」
レイが口にしたのは、教官云々とは全く関係のないことだったが、アニタのファンである男にしてみれば、それは大きな意味を持っていたらしい。
慌てて空いた空間を埋める。
その行動によってレイと話をする者が誰もいなくなり、列は進む。
レイの話を聞いていた者も、レイの言葉の真偽を知りたいと思ってはいたようだったが、何となくお互いに牽制しあった結果として、レイに声を掛けることが出来なくなったのだ。
また、アニタが有能で、冒険者達との話を素早く纏めたからというのも影響してるだろう。
そうして、やがてレイの順番となる。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件でしょう?」
受付嬢のエルフも、仕事をしながら先程のレイと男の会話は聞こえていた。
それでもこうして聞くのは、それが決まりだからだろう。
「これから暫く、ガンダルシアで活動することになると思うから、その報告にな」
本来なら、冒険者が別の場所に行ったからといって、ギルドに報告する必要は必ずしもない。
しかし、それでも慣習としてやっておいた方がいいのは事実。
何かの騒動があった時、ギルドがどのくらいの冒険者がいるのかを確認出来るという意味でも。
ましてや、それが高ランク冒険者や異名持ちであれば、余計にその辺の話は変わってくる。
アニタは先程の話……レイが冒険者育成校の教官としてやって来たという話を聞いていたので、レイの言葉を聞いても特に驚いた様子はなく頷き、口を開く。
「分かりました。では、ギルドカードの提示をお願いします」
その言葉に頷き、レイはミスティリングから取りだしたギルドカードをカウンターに置く。
ギルドカードを取り出すのはローブの中での出来事だった為か、アニタはそのことに気が付いた様子はなく、ギルドカードを受け取ると……それを見た瞬間、動きが止まる。
そのまま数秒……周囲でレイが教官という話を聞いて様子を見ていた者達がどうしたのかと疑問に思い始めたところで……
「深紅の……レイ……」
小さく、だが周囲に聞こえる大きさの声で、アニタは呟くのだった。