3608話
「俺は……一体どうすれば……」
落ち込んだ様子のハルエスに向かい、レイは何も言えない。
ハルエスが希望したように、自分のパーティメンバーとするのはまず考えられない。
何しろハルエスはポーターで、ミスティリングを持っているレイにとっては守らなければならない分、足手纏いでしかないのだから。
なら、別のパーティを組めばいいのではないか。
そうも思ったが、こちらもまたポーターという事で足を引っ張っている。
一応、ハルエスも自分のパーティが解散した後で同級生達にパーティを組んでくれないかと頼んだらしい。
だが、純粋なポーターのハルエスをパーティに入れる者はいなかった。
これは仕方がない一面もある。
冒険者育成校に通っている者達は実習であったり、自分の訓練としてダンジョンに潜るが、それでもそこまで深い場所には潜らない。
つまり、荷物の持ち帰りもそこまで大変ではないのだ。
深い場所まで潜っても、転移の出来る場所があるというのも大きい。
これで例えば、ハルエスがただのポーターではなく戦士や魔法使い、盗賊、それ以外にも何らかの能力を持っているのなら、まだ一緒にパーティを組もうと思う者もいたかもしれないが。
「弓とかはどうだ? ポーターとして活動するのなら、ある程度の量を持ち運べるリュックか何かはあるんだろう? なら、それに弓と大量の矢を運べば……それなら、ダンジョンを進むにつれて矢は減っていくだろうし、その減った部分に素材とかを入れていけばいい」
「そう言っても、弓なんか使えねえよ」
「それを学ぶための学校だろうに。俺が知ってるポーター……というのもそんなにいる訳じゃないけど、基本的にポーター以外に何らかの技能を持ってる者が多かったぞ? まぁ、ダンジョンの奥深くまで行くのなら、そういう専門のポーターがいてもおかしくはないかもしれないけど」
「それは……」
レイの言葉に、ハルエスは反論出来ない。
実際に今の状況がレイの言う通りの状況になっているのだと自分でも分かっているからだろう。
「けど……レイの話も分かったけど、矢だってただじゃないんだ。そんなに大量に購入しても、儲けが少なければ意味がねえだろ」
「その辺は練習次第だろうな。一本の矢で敵を殺す。あるいはそこまでいかなくても、機先を制したり、敵の行動を妨害したりするのなら十分に役立つだろうし、矢も場合によっては再利用出来る筈だ」
ゴーレムやガーゴイル、リビングアーマーといったような石や金属で身体が出来ているモンスターを相手にした場合は、鏃が潰れるなりなんなりして、そのまま再利用するのは難しいだろう。
だが、ゴブリンやコボルト、オークといったモンスターの身体に突き刺さった矢であれば、それを抜けば再利用可能なことも多い。
……もっとも、そのようなモンスターであっても骨に命中して鏃が欠ける可能性はあるが。
ともあれ、矢は回収すればそれなりに再利用出来る物があるのは事実。
「……なるほど」
「それに弓の技量についても、別に一流になれとまでは言わない。戦闘の途中で仲間に当てるようなことがなければ、それでいい。それこそ二流、三流といった技量でもな」
勿論、弓の技量が高ければ、それは戦力として数えられるので悪くはない。
だが、ポーターであるということを考えれば、牽制程度でも十分役に立つのは間違いなかった。
「何より大きいのは、ハルエスは今は学校に通ってるんだ。なら、弓について教えてくれる教官もいるだろう? お前はあまり理解していないが、環境的にはかなり恵まれてるんだぞ? その環境を利用しないでどうするんだ」
レイの言葉に、ハルエスはあまり実感出来ないといった様子を見せる。
知り合いに冒険者がいれば、冒険者の心得や戦い方についても教えて貰える。
あるいは冒険者に登録した後で、どこかのパーティに所属した時、そのパーティが後進の育成に力を入れていれば、冒険者として色々と教えて貰えるだろう。
もしくは、金に余裕があるのなら道場に行って戦い方を習ったりも出来る。
だが……これらが出来なかった場合、どうなるか。
それこそ我流で自分を鍛えるしかない。
勿論、才能があるのなら我流であっても十分に強くなれるだろう。
だが、そこまで才能がない者にとっては、我流で鍛えるよりしっかりと教えて貰って鍛えた方が強くなるのは当然のことだ。
そのような境遇なのに、何故自分を鍛えるようなことをしないのか。
それがレイには疑問だった。
(そこまで高くないとはいえ、入学するのに金を払ってるんだよな? なら、その入学金の分くらいは元を取ろうと考えてもおかしくないと思うんだが。もしかして、下手に入学金が安いから、そのくらいなら……とか思ってるのか?)
冒険者育成校は、ガンダルシアの領主肝煎りの事業だ。
滞っているダンジョンの攻略を少しでも進めたいという思いもあるだろうし、ガンダルシアとして多くの有力な冒険者を囲っておきたいという思いもあるだろう。
だからこそ、入学金そのものはそこまで高額ではない。
その辺りが影響しているのかもと思うレイだったが、そんなレイをよそにハルエスは納得したように頷く。
「分かった。じゃあ、明日からちょっと試してみる。その……もし俺が弓を上手く使えるようになったら、レイのパーティに入れて貰えるか?」
「無理だな」
レイはハルエスの言葉をあっさりと断る。
だが、今度はハルエスも最初に断られた時のようにショックを受けたりはしない。
恐らく断られるというのは、ハルエスにも十分に理解出来たのだろう。
実際、レイの場合は少し弓が使える程度で仲間にしようとは全く思わない。
最低限、レイの足を引っ張らない程度の実力であったり、もしくはレイにはない何らかの技量を持っていたりする必要があった。
……以前なら、解体の技量が上手いという者ならレイのパーティに入れたかもしれないが、今となってはドワイトナイフがある。
ドワイトナイフは、それこそ一流の解体技量を持つ者と同等、あるいはそれ以上の解体すらしてくれる。
何しろレイの魔力によるものなのか、もしくはドワイトナイフの効果なのか、はたまた解体されるモンスターの消滅する部分を使っているのかは定かではないものの、解体した素材の中には試験管やガラス管、ビーカー……といった物が作られたりもする。
そういう点でも、レイにとってドワイトナイフというのは非常に大きな意味を持つ。
「まぁ、頑張れ」
ハルエスはレイの言葉に頷くと、立ち上がって部屋を……そして家を出て行く。
(明日にでも、この件についてはフランシスに話しておいた方がいいかもしれないな)
この件というのは、ハルエスがこの家に来たこと……ではない。
ハルエスが、弓を使うということについて全く思い浮かばなかったことだ。
入学金がもっと高ければ、ハルエスもこのままでは冒険者育成校に入った意味がないと考え、もっとしっかりと考え、ポーターだけに専念するのではなく、自分でどうすればいいのか考えていたのではないかと思ったのだ。
今でもその辺りについて全く何も考えていない者ばかりだとは、レイも思わない。
思わないが、それでも今の状況を見る限りではそのような者が多いというのを校長であるフランシスが知らないのではないかと、そう思った。
レイの第一印象としては、フランシスは決して無能な人物とは思えなかったのも大きい。
……レイの本来の魔力を見て、漏らしはしたが。
そんな風に思いつつ、レイはゆっくりとした時間を楽しむのだった
なお、今日は初日ということもあってジャニスがかなり豪華な料理を作ってくれたので、夕食はレイもセトも満足だった。
「グルゥ」
「悪いな、セト。まだこのガンダルシアの住人はセトに慣れてないんだ」
翌日、レイは予定した通りガンダルシアを見て回ることにした。
当初の予定になかったのは、最後に学校に寄ってフランシスにハルエスの一件を話しておくことだけだ。
幸いなことに、冒険者育成校があるのはダンジョンとギルドの近くなので、ギルドで暫くガンダルシアに滞在するということを話してから、最後に寄ろうと考えている。
そうして街中を見ようとしたのだが、ジャニスに見送られて家を出ようとしたレイにセトは自分も一緒に行きたいと喉を鳴らしたのだ。
レイも出来ればセトと一緒に行きたかったが、まだレイやセトについて何も知らない者が多いということを考えると、止めておいた方がいいと判断する。
これがダンジョンに向かうのなら、セトも一緒につれて行ったのだろうが。
「お土産は買ってきてやるから。このガンダルシアでどういう料理があるのか、気にならないか?」
「グルゥ? ……グルルゥ!」
レイの言葉に、渋々……とはとても言えないような様子で、セトが分かったと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、レイと一緒にいたいというのは本心なのは間違いない。
だが同時に、一緒に行くのは無理かもしれないというのも理解していたのだろう。
つまり、駄目元でレイに聞いてみた訳だ。
レイもその辺については分かっていたので、セトに駄目だとしっかりと言う。
「じゃあ、セトはゆっくりとしていてくれ」
「グルゥ」
レイはセトを撫でると、家を出る。
「さて、まずは……武器屋とか防具屋か」
ジャニスから色々とお勧めの店については聞いているが、そこに武器や防具を売ってる店はない。
いや、一応知り合いから又聞きくらいでどこそこの店の武器や防具は品質がいいという話は聞いたことがあるらしいのだが、言ってみればそれだけでしかないのも事実。
他の店……美味いパンや焼き菓子を売ってる店のように、直接自分で見た訳ではないのだ。
だからこそ、レイも自分で直接その店の品揃えを見ないと安心は出来なかった。
……もっとも、レイの場合はそのような店で購入する物は特にないのも事実だが。
それこそ、壊れかけの捨て値で売られているような槍くらいか。
ただし、その槍も黄昏の槍を購入してからは使う機会が大分減っていたが。
それでも何らかの機会に使ったりすることはある。
そうである以上、レイとしては入手しておくに越したことはない。
普通ならそのような物を大量に購入しても置き場所で困るが、レイの場合はミスティリングがある。
街中を歩くレイだったが、セトがいない為と、そしてドラゴンローブの効果もあってだろう。
特に目立ったりはしていない。
通行人もレイをレイと認識している者もいなかった。
「さて、まずは……あそこか」
街中を歩いていたレイは、大通りにある武器屋を見つけるとそこに入る。
「らっしゃい。……って、魔法使い?」
それなりに大きな店舗だったが、今は午前中ということもあってか客の姿は多くない。
それだけに、店員の声はレイの耳にしっかりと届いた。
店員にしてみれば、別にレイに聞かせるつもりで呟いた訳ではなかったのだろう。
だが、鋭い五感を持つレイにしてみれば、その程度の小声は普通に聞こえる。
とはいえ、だからといってそれに何か言ったりするではなく、レイは店の中を見て回る。
(武器の品質は……それなりだな)
ギルムで売っている武器と比べても、そこまで極端に悪くはない。
これはやはり、ダンジョンが街中にある迷宮都市だからこそだろう。
例えば、周囲に何も危険のない田舎の村であれば冒険者の数も少なく、そのような場所で売られている武器の質もそこまで高くはなくなる。
「お客さん、魔法使いだろう? 武器を買うのかい?」
武器を見ているレイに、店員がそう声を掛けてくる。
「どうしようか迷ってるところだよ。ちょっと見た感じだと、品質の良い武器が揃ってるな」
「ふふん、そうだろう」
自分の店で売っている武器を褒められたのが嬉しかったのだろう。
店員はレイの言葉に嬉しそうに頷く。
最初はレイの存在を訝しんでいたのだが、褒められてすっかりそれを忘れてしまったらしい。
(チョロい)
店員の様子に、レイはそう思う。
とはいえ、ここでそのような思いを表情に出せば、折角丁度いい情報源となりそうな店員の機嫌を損ねてしまうので、そのまま話を続ける。
「やっぱりダンジョンがあるから、こうして武器の品質が高いのか?」
「ああ、そうだよ。モンスターの素材であったり、インゴットであったりを持ってくる者が多い。それを使った武器だから、それなりに安く出来る」
地産地消という言葉を思い浮かべたレイだったが、これは違うだろうと思い直す。
「なら、素材について聞かせて欲しいんだけど、例えば魔剣とか魔槍とか、そういうのを作れる素材もあるのか?」
「あるけど、そういうのはかなり貴重な素材だな」
こうして、レイは暫く店員と話を続けるのだった。