3606話
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「では、セトちゃんは普段はこの庭にいて下さいね。セトちゃんにとっては少し狭いかもしれないけど……」
そう言い、メイドのジャニスは庭を見る。
狭いと言ったものの、そこまで窮屈そうな場所ではない。
それこそ普通の犬や猫なら十分に広いと表現出来る場所だろう。
……ただ、セトは体長三m半ばと大きい。
だからこそ、ジャニスの目には庭が狭いと映ったのだろう。
もっとも、レイがフランシスから用意して貰ったこの家はギルムにあるマリーナの家と広さ的にはそう違いはない。
そういう意味では、レイやセトにとっては慣れた広さなのだろう。
「いや、このくらいの広さがあればいいと思う。だよな?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトがその通りと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、この広さでも十分な広さなのだろう。
勿論、セトが全速力で走ったりということは出来ないが、それについてはマリーナの家の庭もそう違いはない。
「そうですか。なら、次は厩舎の方に案内しますね。こっちです」
そう言い、ジャニスがレイとセトを厩舎まで案内する。
とはいえ、厩舎は庭に隣接しているので、すぐ側だ。
以前この家を使っていた者は、恐らく馬を厩舎に入れていたとジャニスが説明すると、なるほどと納得出来る。
基本的に厩舎というのは、馬が使うものだ。
中にはテイムしたり、召喚したモンスターや動物を厩舎に入れたりもするが、やはり一番多いのは馬となる。
この厩舎も、馬用の厩舎として作られたと言われれば、素直に納得出来るものだった。
そしてセトは、その厩舎を見ても特に不快感を表したりはしていない。
レイはそのことに安堵しつつ、セトに声を掛ける。
「どうやら気に入ったみたいだな」
「グルゥ!」
レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトを撫でながら口を開く。
「じゃあ、俺は家の中を案内して貰うから、セトは庭でゆっくりしていてくれ。……一応言っておくけど、庭から出るようなことはするなよ」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは頷いて庭に向かう。
「どうやら、喜んで貰えたようで何よりです」
「まぁ、セトは余程のことじゃないと怒らないだろうしな。それに真冬の夜中、吹雪いている中でも普通に外で眠ることが出来るし」
「それは……寒くないんですか?」
「人なら凍死してもおかしくはないけど、セトはグリフォンだしな。その程度のことは問題ないんだろう。それより、家の中の案内を頼む」
レイの言葉に、ジャニスはすぐに頷く。
ジャニスの案内によって、家の中を見て回る。
ジャニスが掃除をしたのか、家の中はどこも掃除が行き届いていた。
特にリビングは、レイがリラックス出来るようにしっかりと考えられて家具が設置されている。
そのことにレイは笑みを浮かべ、次に台所に向かう。
台所にはマジックアイテムを使った調理器具が多数用意されている。
「そう言えば、食費は俺の方で用意しろと言っていたな」
レイがそう言ったのは、レイにも見覚えのある――細かい場所はかなり違うが――冷蔵庫に近い能力を持っているマジックアイテムを見た為だ。
「はい。そう聞いています。それで……どうしましょう? 一応私もそれなりに料理は出来ますが、レイさんが外食でいいというのなら構いませんが」
「あー……そうだな。取りあえず料理は作ってくれ。もし外食をした場合でも、捨てるようなことはないから」
そうレイが断言出来るのは、ミスティリングがある為だ。
現在もミスティリングの中には多数の料理が入っている。
それと同じように、もし食事を外でしてきた場合、残っていた料理はミスティリングに収納すれば、いつでも食べることが出来るのだから、無駄にはならない。
……もっとも、レイはその小柄な外見からは考えられない程に食べる。
そうである以上、外で食事をしてきた後で、普通にジャニスが用意した食事を食べてもおかしくはなかったが。
「食費については、取りあえずこれを使ってくれ」
どこで入手したのかは忘れたが、金貨と銀貨が入った革袋を取り出す。
結構な金額だが、レイと……それにセトの食費ということも考えれば、そこまで多くはない。
「セトにも食事を出すようにして欲しい」
「それは分かりましたけど……その、どのくらいの量の食事を?」
「二人前から三人前くらいでいい」
その程度の料理の量だと、それこそセトにとって軽く摘まんだ程度でしかない。
ただ。ギルムにいる時も大体そのくらいだったし、本当にセトが空腹になったら、レイのミスティリングからモンスターの肉なり、料理なりを出せばいい。
あるいはレイと一緒にダンジョンに潜るのだから、そこで倒したモンスターの肉を食べるという方法もある。
とはいえ、レイがダンジョンに潜るのはあくまでも暇が出来てからの話だ。
教官としての仕事もある以上、その全てを放り出してダンジョンに行くということは考えていない。
……それはつまり、ある程度は授業を他の教官に任せてダンジョンに行くのを前提としているということだったのだが……マティソンの話を聞く限りでは、ダンジョンの攻略を重視する者にとってはそこまでおかしなことではないらしいので、その辺についてはレイも特に気にしてはいなかった。
「分かりました。それでは、朝と夜の食事だけ……ということでいいでしょうか?」
「そうだな。昼は俺も学校に行ってるか、あるいはダンジョンに行ってるかだろうし」
弁当という手段もあるが、わざわざ手間を掛けるより学校にある食堂、あるいは街中にある店、もしくはミスティリングに入っている料理を食べるという手段もある。
これがメイドとして雇われたジャニスではなく、家族の弁当ということなら前日の夕食の残りを流用するといった方法もあるだろう。
幸いにもこの家には冷蔵庫のようなマジックアイテムがあるので、前日の料理が傷むということもない筈だ。
「分かりました。では、そのようにします。それで、レイさんのこれからの予定を聞いてもいいでしょうか?」
「これからの? 今日は特に何かやることはないから、ゆっくりする。明日はガンダルシアを見て回ったり、ギルドに顔を出したりするな。で、明後日からは授業開始だ」
レイの言葉を聞いていたジャニスは、少し考えてから口を開く。
「ガンダルシアを見て回るのでしたら、人気のお店の情報はいりますか?」
「それは是非教えて欲しいな」
ジャニスはレイの言葉に笑みを浮かべ、お勧めの店について話し始める。
インターネットの類がなく、本も非常に高価なこの世界において、口コミというのは非常に大きな影響力を持つ。
何しろインターネットの類がある日本ですらも、口コミというのは未だに一定の影響力を持っているのだ。
そうである以上、このガンダルシアに住んでいるジャニスから聞くお勧めの店の情報というのは決して侮れない。
「……そういう訳で、そのパン屋で売っている干した果実と木の実が練り込まれたパンはお勧めです。人気が高すぎて、昼前には売り切れてしまうことが殆どですよ」
「美味そうだな」
干した果実を練り込んだパンなら、日本にいる時にレーズンの入ったパンを食べたことがある。
木の実……例えばクルミを練り込んだパンも、食べたことがある。
だが、その双方を練り込んだパンというのは、食べたことがなかった。
(普通に考えれば……コスト的な問題か?)
レーズンとクルミ。
その双方で一つずつのパンを作れるのに、わざわざ両方を使って一つのパンにするというのは、単純に売り上げが半分になることを意味している。
とはいえ、実際にはこれはもの凄く単純に考えた場合の話だ。
レーズンとクルミの双方を一つのパンに練り込むとなると、当然ながらそれぞれに使う量を半分くらいにする必要があるだろう。
レーズンとクルミが入っているにしても、決して多い方が美味くなるという訳ではないのだから。
「そのパン屋には是非行ってみたいな」
「手間暇が掛かるので、あまり数は作れないらしいですけどね。ただ、他のパンも美味しいお店なので、もしそのパンが購入出来なくてもそこまで気にする必要はないと思います」
「そこまで言うのなら、そのパン屋に行くのを楽しみにしてるよ。で、他にお勧めの店は?」
そうレイが聞くと、ジャニスは他にも自分の知っているお勧めの店を教えてくる。
ただし、当然と言えば当然なのだが、ジャニスが説明してくる店は基本的に一般人が利用するような店だ。
武器、防具、マジックアイテム、ポーションといったような、冒険者が活動する上で使うような店はその中には入っていない。
……メイドなのだから、ジャニスがその手の店にあまり詳しくないのは、そうおかしな話ではないのだが。
そうして一時間程話しただろうか。
取りあえず大体のお勧めの店について聞き終わったレイは、少し眠気を覚える。
特別に忙しかった訳でも、前日に寝不足だった訳でもない。
それでも、春ということもあってか、昼寝をしたいという気分になる。
「ちょっと眠くなってきたから、部屋で眠らせて貰う」
「分かりました。どのくらい経ったら起こすというのはありますか?」
「そうだな。夕食の準備が出来ても起きてこなかったら、起こしてくれ」
「分かりました」
そうしてジャニスとの言葉を交わすと、レイは自分の部屋に戻る。
それなりに大きな部屋で、快適なように色々と工夫されているのが分かるが、レイはそれを軽く眺めると服を脱いでベッドに倒れ込み……春の暖かさを感じつつ、深い眠りに落ちるのだった。
「レイさん、レイさん。起きて下さい」
「……ん?」
心地良い眠りについていたレイだったが、聞こえてきた声で急速に覚醒していく。
目を開けると、ベッドの側にはジャニスの姿がある。
その姿を見た瞬間、レイは一瞬にして完全に覚醒した。
これが安全な場所でなら、それなりに長い間寝惚けていたりするのだが。
今のジャニスの様子を見れば、何かがあったというのは明らかだ。
あるいは既に夕食の時間なのかとも思ったレイだったが、窓の外はまだ夕方にもなっていない。
もっとも、春になって日も長くなっており、夕暮れとなる時間も以前と比べると大分遅くなっているが。
「何があった?」
「その、レイさんにお客様です」
「……俺に?」
一体誰が?
そう言いたくなったが、それは取りあえず止めておく。
ジャニスの表情から、とてもではないが友好的な存在……それこそマティソンのような者が来たとは思えなかった為だ。
(そうなると、考えられるのはやっぱりアルカイデくらいか?)
レイは自分の性格を十分に理解している。
それはつまり、敵を作りやすい性格だということをだ。
だが、それでもまだガンダルシアにやって来たばかりだということを考えると、自分に不満を抱くような存在について思い当たるのは、やはりアルカイデくらいしかいない。
これが例えば、明日であればギルドに行ったり、ジャニスから聞いた店を回ってみたり、冒険者として活動する上で必要な道具や、レイが趣味で集めているマジックアイテムを売っている店を覗いてみたりとかしようと思っていたので、その時にトラブルを起こしたりはしたかもしれないが。
「分かった。じゃあ、準備を整えたらすぐ下に行くから、待っていて貰ってくれ」
「分かりました」
ジャニスが一礼し、部屋から立ち去る。
それを見送ったレイは、ドラゴンローブを着て、それだけで身支度を終える。
これが朝ならもっとしっかりと準備をするのだが、今はまだ日中だ。
ミスティリングから懐中時計を出して確認してみるが、眠っていたのは一時間程。
(その割には身体の疲れもしっかりと取れているんだよな。……まぁ、俺にとっては悪いことじゃないけど)
そんな風に思いつつ、部屋を出る。
すると、玄関の方から男の声が聞こえてきたのだが……
(ん? アルカイデじゃない?)
ジャニスから話を聞いた限り、やってきたのはアルカイデだとばかり思っていたレイだったが、その予想が外れた形だ。
聞き覚えのない声に疑問を抱きつつ、玄関の方に向かうと……
「だから、入れろと言ってるだろう。客をこうして外で待たせるのがレイの礼儀なのか?」
「ですから、レイさんもすぐに来ますので、もう少々お待ち下さい」
聞こえてきた声から、一体どのような会話が行われているのかをレイは理解する。
つまり、訪ねてきた者がこの家に入ろうとしており、ジャニスがそれを止めようとしているのだと。
(どこの馬鹿だ?)
既にこの家はレイの家――実際には借りているだけだが――だ。
そこに強引に入ってくるというのは、それこそ敵対行為と映ってもおかしくない。
またトラブルかと思いつつ、レイは玄関に向かうのだった。