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レジェンド  作者: 神無月 紅
迷宮都市ガンダルシア
3604/3865

3604話

「そうそう、そう言えばまだ自己紹介をしていなかったわね。……今更だけど、私はこの冒険者育成校の校長をしているフランシスよ。よろしくね」


 アルカイデについての話を進めようとした中で、校長のエルフは唐突に自己紹介を始める。

 本来なら本格的な話をする前に自己紹介をするべきだったのだろうが、レイの魔力の件でそれどころではなかったのだろう。

 ……実は、レイが新月の指輪を外したタイミングで、ガンダルシアの中に何人かいる、何らかの手段で魔力を感じられる者が何らかの衝撃を受けていたりしたのだが、生憎とそれはレイにも分からないことだ。

 ともあれ、その件もあって動転していただけに、フランシスも自己紹介をするタイミングを逃してしまっていたのだろう。


「今更自己紹介というのもどうかと思うが……そうだな。俺はレイだ。よろしく頼む」


 レイのことはフランシスも当然ながら知っていたのだが、フランシスがこうして自己紹介をしてきたのだから、レイも自己紹介をした方がいいだろうと思っての行動だった。

 しかし、そんなレイの行動がフランシスにしてみれば意外だったのだろう。

 その美貌を驚きの色にする。


「……何でそこまで驚くんだ?」

「いや、だって……深紅のレイよ? 貴族が相手でも容赦なくその力を振るうと言われている。そのレイが、まさかこんなに素直に自己紹介をするとは思わなかったんだもの」

「一体どういう噂を聞いてるのやら」


 フランシスの言葉にそう言うレイだったが、自分のこれまでの行動を考えるとあながち否定出来ないことであるのも事実。


「とにかく、アルカイデに関してはこちらでも手を打っておくわ。それでも向こうから絡んできたら、その時はレイの判断で行動してもいいから。……ただ、殺さないでちょうだい」

「ああ、そうさせて貰うよ」


 自分に対し、どのようにアルカイデが絡んでくるのかは分からない。

 あるいは力の差を理解し、絡んでこないという可能性も……


(ないな)


 レイは即時に自分の中にあったその考えを否定する。

 少し話した程度だったが、それでもアルカイデの性格は何となく理解出来た。

 自分こそが世界の中心である……とまでは思っていないものの、それでも自分の思い通りにならないことがあれば、それが許容出来ないと、そのように思う相手なのは間違いない。


「取りあえず話は分かった。そういうことがないと助かるけど、あったらあったで相応に対処させて貰うよ」

「ええ。それでいいわ。……それで、授業だけど。いつくらいから受けてもらえるかしら?」

「いつと言ってもな。俺がやるのは戦闘訓練の教官だろう? 特に何か教える内容とかはないから、それこそ今日や明日からでもやろうと思えばすぐに出来るけど」

「あら、そう。なら……今日はゆっくりと休んで貰って、明日はガンダルシアの中を色々と見て貰って……明後日からでどうかしら? レイを急がせるようだけど、深紅の異名を持つレイが教官としてやってくるというのは、学校の中でもそれなりに知られているのよ」

「それは、喜べばいいのか?」

「レイに期待しているという意味では、喜んでもいいんじゃない?」

「なら喜んでおくよ。ただ、戦闘訓練をやる前に一度ダンジョンに潜っておきたいんだけど。それは難しいか?」

「え? ああ、そうね。ダンジョンについて知らないと、戦闘訓練を教える際にも悪影響があるかしら」

「かもしれないけど……正直、どうだろうな。その辺は実際にやってみないと何ともいえないと思う。もしかしたら、純粋に戦闘訓練だけでどうにか出来るようになるかもしれないし」

「いえ、なら、二日後にしましょう。明日はダンジョンに挑んでちょうだい。……ただ、あまり深く潜って戻ってきたら予定の時間をすぎていたとか、そういうのはなしにしてちょうだい」


 そう言い、フランシスはマティソンに視線を向ける。

 そのような視線を向けられたマティソンは、そっと視線を逸らす。

 マティソンの様子を見れば、恐らくフランシスが言ったように深く潜りすぎて、予定してた時間に戻ってこなかった……そして授業にも遅刻するなり、あるいはサボるなりしたのだろう。


「そうだな。気を付ける。ここのダンジョンがどういう場所かは分からないけど、一度潜れば大体は分かるだろうし」

「いえ、レイさん。ダンジョンは数階ごとに周囲の状況が大きく変わります。ダンジョンの序盤だけでその場所を知ったつもりになってしまえば、実際にダンジョンに挑む時に失敗することもありますね」

「だろうな。それについては知っている」


 今までレイはそれなりに多くのダンジョンに挑んできた。

 その中で、特に大きかったのがこのガンダルシアと同じ迷宮都市の、エグジル。

 そのエグジルの中にあるダンジョンでは、それこそ階層によって砂漠すらあったのだから。

 ガンダルシアのダンジョンは、恐らくエグジルのダンジョンと同じようなものだろうと予想する。

 実際に潜ってみなければ、その辺りについては分からないが。


「それならいいのですが。……それと、学生の中には色々と問題のある者もいます」

「……問題のある者? 具体的には?」

「貴族の特権意識が抜けていない者というのが大きいですね」


 そう言われ、レイが思い浮かべたのはガンダルシアに来る途中で冒険者達を追っていた者達だった。


(もしかして、あの四人も冒険者育成校の生徒だったりするのか? いや、けど基本的にこの学校に通ってるのは冒険者、もしくは冒険者になろうとしている者だろう?)


 これが、例えばレイが以前行った士官学校、もしくは貴族用の学校であれば、貴族が通うのも分からないではない。

 だが、この学校はあくまでも冒険者育成校なのだ。

 そうである以上、冒険者が通うのならまだ分かる。

 あるいは貴族の家督は基本的に長男が継ぐもので、次男は予備として必要だが、それ以外の三男、四男といった者達は何らかの仕事を探さねばならず、そこには冒険者という選択肢があるのも分かるが……


「冒険者になろうという以上、貴族の特権意識とかを使ってもどうにもならないんじゃないか?」

「普通に考えればそうですが、やはりそのように育ってきた者達にしてみれば、そう簡単に貴族の感覚を捨てる訳にもいかないのでしょう。ただ、中にはその辺をしっかりと割り切って貴族の特権意識を全く気にしていない者もいますが」

「だろうな。というか、貴族の全員がそんな感じだったら、さすがに俺もどうかと思うし」

「あ、あははは」


 マティソンはレイの言葉の意味を……学生の中で全ての貴族が特権意識をあって当然のものとしている様子を想像したのだろう。

 乾いた笑いしかそこにはない。


「とはいえ、結局ここは冒険者育成校だから、貴族もいるけど、その数はそこまで多くはないんだけどね。そもそも貴族なら、別に冒険者にならなくてもどこかの騎士団に入るなり、あるいは一定の教育も受けているのだから、役人になるといった道もあるでしょうし」


 レイとマティソンの会話を聞いていたフランシスの言葉に、レイはだろうなと同意する。

 勿論、冒険者というのは稼げる仕事だ。

 それこそ場合によっては、一度の依頼で一生遊んで暮らせるだけの金を稼げたりもする。

 実際、レイのミスティリングの中にある諸々を売れば、一生どころか数十回生まれ変わっても遊んで暮らせるだけの資産はあるのだから。

 だが……それはあくまでも成功者だけの話だ。

 レイのように極端な成功ではなくても、数年遊んで暮らせるだけの金を稼げる冒険者はどれだけいるか。

 冒険者全体で見た場合、それこそかなりの数になるだろう。

 だが……そのかなりの数とは比べものにならない冒険者が、何とか生きている、もしくは依頼の途中で死ぬといったようなことになっているのだ。

 だからこそ、貴族が冒険者になってもその多くが死ぬ。

 貴族は小さい頃から教育を受けているし、戦闘訓練を行っている者もいるだろう。

 だが、その貴族の性格が災いし、パーティを組みたくないと思う者は多い。

 知り合いがいれば、貴族同士で一緒にパーティを組むことも出来るだろうが、それはそれで問題が起きる。

 何しろ今まで好き勝手に生きてきた者達なのだ。

 そうである以上、同じような者達がずっと一緒にいて行動を共にするとなると、どうしてもトラブルが起きるだろう。

 ……勿論、貴族と一口に言ってもそのような者達ばかりではない。

 平民の冒険者達とでも友好的にやっていくことが出来る者も多いだろう。

 しかし、横暴な貴族とどちらの割合が多いかとなると……当然ながら、横暴な貴族の方が多くなる。


「ダンジョンで一発大きくあてようとしているのか、無意味に自分の腕に自信があるのか。その辺は分からないが、一応言っておく。俺は相手が貴族であっても手加減をしたりとかはしないぞ?」


 レイにしてみれば、相手が貴族だからということで手を抜けと言われても、承知しかねる。

 これは別に貴族が冒険者となってダンジョンに行った時、手を抜いた訓練しかしてなかったから死ぬのが哀れに思えたから……というものではなく、侮られるが面倒だったからだ。

 レイはただでさえ、その小柄な外見や女顔ということで他人から侮られやすい。

 これがギルムなら多くの者がレイのことを知っているので、そのようなことはない……訳ではないものの、それでも滅多にない。

 だが、ここはギルムではなくガンダルシアだ。

 セトと一緒にいればともかく、レイだけで行動すると、侮られる可能性がある。

 そうなると面倒なので、レイとしては力を見せつけることによって侮りをなくし、面倒を減らしたいと思っている。

 それだけに、貴族だからといって手を抜くようなことはしたくない。


(いわゆる、壁だな。それもそう簡単に乗り越えられないような、頑丈で巨大で威圧的な、そんな壁)


 レイはこの冒険者育成校での自分の立ち位置をそのように規定する。

 普通に考えれば、自意識過剰、あるいは自分の実力を見誤っている……そのように思われてもおかしくなかったが、レイの場合は実際にそのようなことをしても許されるだけの実績もあれば、実力もある。

 異名持ちのランクA冒険者というのは、それだけの存在なのだ。


「ええ、その辺は問題ないわ。この学校に通う理由は人それぞれでしょうけど、こちらとしてはあくまでもダンジョンを攻略する為の人員を養成する場所よ。相手によって勝ったり負けたりするのは、教官として好ましくないわ。……もっとも、中にはその辺を忖度するような者もいるのだけど」

「アルカイデさんですね」


 マティソンがしみじみといった様子で呟く。

 そしてフランシスはその言葉に頷いた。

 その様子に、レイは驚く……のではなく、やっぱりといったように納得する。


「大体予想は出来ていた」


 そう呟くレイに、フランシスとマティソンはそれぞれ微妙な表情を浮かべる。

 二人にしてみれば、アルカイデに対して色々と思うところはあるのだろう。

 だが、下手に優秀な為に思い切った処分が出来ないといったところか。


「で、そのアルカイデについてだが……家の件もあるし、今の話の件もある。俺の立場としてはマティソンと同じように教官をしながらダンジョンに潜るという風になる訳だが、そうなるとアルカイデに絡まれる可能性がある。そういう場合、どうすればいい?」

「どうすればいい、とは? 具体的には?」

「どこまでやっていいかということだ。手足の骨を折るのは許容範囲なのか、四肢切断なら問題ないのか、いっそ殺してもいいのか」

「……物騒ね」


 しみじみといった様子でフランシスが言う。

 マティソンも、レイの言葉に唖然としていた。

 レイについての噂は、このガンダルシアにも届いている。

 その中には貴族を相手にしても力を振るうのを躊躇わないというものもあったが、それは少し大袈裟だろうと思っていた。

 しかし、こうしてレイが口にした内容を考えれば、その噂が本物なのは間違いない。

 あるいは……本当にあるいはの話だが、レイが大袈裟に言っているだけという可能性もあるのだが……


(いえ、それはありませんね)


 マティソンはレイを見て即座に判断する。

 レイを見れば、それが本気で言っているのかどうかというのはすぐに理解出来てしまう。

 そして間違いなく本気で言っていた。


「ああいう奴は一度甘い顔を見せるとつけあがるからな。それが嫌なら、そっちの方で対処しておいてくれ。こっちから絡むようなことはないし」


 そう言うレイの言葉に、フランシスは真剣な表情で頷く。

 自分がきちんと対処をしないと不味いと、そう思いながら。

 ……同時に、少しだけそういう結末も見てみたいかも? と思いながら。

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