3601話
「じゃあ、冒険者育成校というのはダンジョンからそんなに離れていない場所にあるのか?」
「ええ、そうなります。実習としてダンジョンで活動することもありますし……それ以外にも、もし万が一にもダンジョンからモンスターが出て来た場合、それに対処する為の戦力という意味もあるとか」
「それはまた……戦力として使えるのか?」
冒険者育成校に通う者達は、基本的に冒険者としての実力が足りない者達だ。
あるいは初めて冒険者になるといった初心者が冒険者としてのノウハウを学びたいという意味で通ったりもする。
幸いなことに、冒険者育成校は簡単な入学試験で入学することが出来るし、入学金も安い。
これは冒険者育成校がガンダルシアの領主の肝煎りの政策だというのが大きいだろう。
勿論、領主がそのように援助をしている以上、冒険者育成校を卒業してから決まった年月、ガンダルシアにあるダンジョンに挑まなければならない。
とはいえ、ここは辺境でもないのでモンスターはそんなに多くないし、討伐依頼となると盗賊くらいだ。後は護衛……もしくは街中で行われる簡単な依頼か。
そう考えれば、数年はダンジョンに挑まなければならないというのはそんなに厳しい条件ではない。
そんな訳で、多くの者が冒険者育成校への入学を希望するのだが……それだけに、腕の立つ者というのはそんなに多くない。
だからこそ、警備兵が言ったように、ダンジョンからモンスターが出て来た時の戦力として考えられているという言葉に対して、戦力として期待出来るのかと口にしたのだ。
「レイさんが言うように、生徒にはそこまで期待出来ないかもしれません。ですが、それでも中には相応の実力を持った者達もいます。ダンジョンに挑戦して行き詰まっている者とか。それに……その、こうして言葉に出すのはどうかと思いますが、レイさん達のような教官は十分戦力になりますから」
「あー……なるほど。そっちか。そういう意味でなら納得出来るな」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトが同意するように鳴く。
その瞬間、案内役の警備兵が一瞬びくりとするが……それでも、すぐに言葉を続ける。
「ええ。戦力としては教官が主となります」
「ちなみに、その教官だが……何人くらいいるんだ? 俺は一応戦闘訓練の教官として呼ばれたんだが」
「二十人以上はいると聞きますね」
「それはまた……随分と多いな。そんなに教官が必要なのか?」
レイはてっきり自分を入れても数人……どんなに多くても十人には届かない人数だろうと思っていた。
だが、警備兵の口から出たのは二十人以上。
教官として考えた場合でも、それは少し多すぎるのではないかと思う。
それこそ、寧ろ教官達だけで相応の部隊になるかのような、そんな人数なのだから。
「戦闘訓練をやる際、どうしても人数が足りなくなるからということのようですよ」
「そこまで生徒は多いのか?」
「いえ、一クラス四十人程です」
「……それで教官が二十人? ちょっと多すぎないか?」
一人で二人の生徒を見るということになる計算だ。
それは教官の数が多すぎるのではないか。
そうレイは思ったのだが、警備兵は首を横に振る。
「レイさんもそうですが、教官というのは基本的に本職の冒険者です。ダンジョンの攻略の合間に戦闘訓練を受け持つといった者が大半なので、全員が揃うということはまずないかと」
「ああ、そういう感じなのか」
もしこれで、レイが生徒思いの教師、あるいは教官ならそんなやる気のないことでどうするといった不満も抱いただろう。
だが、レイも立場としてはそのような教官達と似たようなものなのだ。
暇な時はダンジョンに潜る気満々だったので、他の教官達も自分と同じようなことを考え、実行していると言われても、そういうものかと納得するしかない。
「はい。ただ……これは噂ですが、教官の中にはその仕事を熱心に行い、ダンジョンに潜ったりする者を許せないという者達も何人かいて、教官同士で関係が悪化しているという話です」
「それはまた、面倒なことだな」
出来ればそういう騒動に自分を巻き込まないで欲しい。
そうレイは思うが、実際にレイも暇な時にダンジョンに潜るつもりである以上、そのような騒動に巻き込まれるのはほぼ確定している。
(とはいえ、俺の場合は暇な時にダンジョンに潜ってもいいという、そういう条件で今回の話を引き受けたんだけどな)
そのような条件で受けた以上、不満を口にされても困るとレイは思う。
もっとも、今のギルムは春になって増築工事の仕事を求めて多くの者が集まっており、それ以外にも商人が多数来ている。
冬の間にダスカーの行った布告を知らないか、知っていても無視してレイに接触しようとする者が出てくるだろう。
レイもそれが分かっていたから、予定より少し早めにガンダルシアにやってきたのだ。
もしガンダルシアの冒険者育成校での教官という仕事がなかった場合は、それこそ妖精郷を拠点にして行動するか、あるいはもっと別の……それこそギルムから遠く離れた場所に行っていた可能性が高い。
そういう意味では、未知のモンスターの魔石を入手出来る可能性があり、場合によってはマジックアイテムも入手出来るかもしれないガンダルシアは、レイにとって最適な場所なのは間違いなかった。
「さて、見えてきましたよ。あそこです」
警備兵と話をしながら歩いていたレイだったが、その言葉で視線を上げる。
警備兵の示す方向には、それなりに大きな建物があった。
「あれか。予想していたよりも結構大きいな」
「通ってる人数が人数ですしね。模擬戦をしたり、ダンジョンについての講義をしたり……やるべきことはたくさんありますから」
「そうみたいだな。……うん?」
冒険者育成校の校舎に近付いたレイと警備兵、セトだったが、近付くにつれて声が聞こえてくる。
それが普通の話し合いなら、レイもそこまで気にするようなことはなかっただろう。
だが、それが激しく言い争っている様子だと、気にするなという方が無理だった。
レイよりも五感の鋭いセトは、当然ながらレイよりも先に聞こえてくる言い争いに気が付いてはいた。
それに遅れてレイが気が付き……だが、レイよりも五感が劣っている警備兵は、まだ聞こえてくる言い争いの声に気が付いている様子はなかった。
「何だか言い争いが聞こえてくるんだけど、警備兵として止めた方がいいんじゃないか?」
「え? 聞こえてきますか……?」
レイの言葉に警備兵は戸惑った様で耳を澄ませる。
ただ、周囲にはそれなりに多くの通行人がいて、それぞれ会話を交わしたりしているのだ。
……その会話の内容の大半は、セトのことだったが。
何しろ三m半ばの大きさを持つセトが堂々と街中を歩いているのだから、注目を集めない訳がない。
それでも大きな騒動にならなかったのは、セトが暴れずに大人しくしており、その首には従魔の首飾りが掛けられ、そして警備兵が一緒にいるからというのが大きかった。
そのような状況だっただけに、警備兵も最初はレイが何を言っているのか分からないといった様子だったが……冒険者育成校に近付くにつれ、やがて微かにだが言い争う声が聞こえてくる。
双方共に強い口調で相手を批難している様子は、このまま放っておけば暴力沙汰になってもおかしくはない。
警備兵もそれを理解したのだろう。
慌ててレイを見て口を開く。
「すいません、ちょっと行ってきます」
「ああ、俺達は後からゆっくり行くから、先に行ってくれ」
レイとしては、ガンダルシアに来たばかりなのにいきなり面倒に巻き込まれたくない。
その為、警備兵に先に行かせるという選択をした。
自分が騒動のあった場所に到着した時には、既にその騒動が解決していて欲しい。
そう思っての行動だった。
警備兵もレイの思惑くらいは理解しているのだろうが、不満そうな様子は見せない。
レイが重要人物であるのを理解していたというのもあるし、それ以外にもレイが騒動に巻き込まれると周辺の被害が大きくなるのではないかと思った為だ。
そのようなことになるのなら、自分が先行して騒動を止めておいた方がいいと考えるのはおかしな話ではない。
幸いなことに、ここから冒険者育成校までは一本道だ。
意図的にどこかに寄り道でもしない限り、道に迷うということはない。
「では、失礼します」
一礼し、警備兵は騒動の起きている方に向かって走り出す。
「じゃあ、俺達は少しゆっくり行くか」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトが喉を鳴らす。
……そんなセトの鳴き声を聞いて、何人かが驚き、怖がる。
今までは警備兵がいたから、セトがいても大丈夫だろうと思っていた。
なのに、その警備兵がいなくなってしまった以上、セトの存在に怖がるなというのは無理だった。
これがある程度レイとセトがガンダルシアに滞在し、セトの存在に慣れれば、怖がる者も減ってくるのだろうが。
レイもそれが分かったので、方針を変えてすぐに警備兵を追う。
当初考えていたように、ゆっくりと寄り道をしながら冒険者育成校に向かうと、それによってまた別の面倒が起きるのではないかと思った為だ。
(屋台とか、ちょっと興味深いんだけど)
冒険者育成校の生徒達が帰る時に屋台があれば、つい買い食いしたくなるだろう。
何しろ現役の冒険者が多いのだから、金に余裕はある。
金に余裕がなくても、漂ってくる食欲を刺激する香りに負けて、無理をしてでも買い食いしてしまいかねない。
屋台の方もそれを狙ってか、食欲を刺激する香りの刺激が強い料理を作っている屋台が多い。
やはりと言うべきか、目につく中で多いのは串焼きだ。
串焼きのソースが火に落ちることによって漂う香りは、小腹が空いている時には自然と足が向いてもおかしくはない。
(とはいえ、何の肉なんだろうな。これがギルムなら、オークの肉が多いんだけど)
ギルムでオークの肉が普通に食べられているのは、辺境であるというのが大きい。
ゴブリンやコボルト、オークといったモンスターは辺境だけにかなり多く、それによってギルムでオークの肉は一般的に食べられている。
レイが日本にいた時の感覚だと、地元で流通しているブランド豚といったところだろう。
普通の豚肉よりも少し値段が高めだが、買って買えないことはないといった、そんな値段の豚肉。
ギルムにおけるオークの肉というのは、そのくらいの肉だった。
だが、当然ながらギルムから離れれば離れる程にオーク肉の値段は高くなる。
このガンダルシアにおいては、一体何の肉が一般的に食べられているのか、レイは気になる。
(とはいえ、ガンダルシアにはダンジョンがある。そうなるとダンジョンの中でオークが出てくるのなら、その肉が流通している可能性はあるか。ダンジョンなら、オークとかが大量に出没してもおかしくはないし)
そんな風に思いつつ、レイはセトと共に進む。
すると聞こえてきた言い争いの声が次第に小さくなっていくことに気が付き、安堵する。
(どうやら騒動は落ち着いたらしいな。……これで俺が面倒に巻き込まれないといいけど)
安堵しつつも歩き続け、やがて数人が対峙している様子が見えてくる。
その数人の側には警備兵が立っていた。
「あ」
「……うん?」
その警備兵がレイを見た瞬間、しまったといった表情を浮かべる。
一体何故?
そんな疑問を抱くレイだったが、そのレイが何かを言うよりも前にその場にいた者達がレイの存在に気が付く。
正確には、レイの隣にいるセトの存在に気が付いたというのが正しいのだが。
一体何だ?
そんな嫌な予感がしたレイだったが、レイが何らかの行動に出るよりも前に、そこにいた数人が行動に移る。
そこに集まっていた数人のうち、片方の者達がレイに近付いてきて、レイの目の前で止まり、代表と思しき者が口を開く。
「君がレイかね?」
年齢的には四十代程か。
不自然に痩せているという意味で、不健康そうな様子の男。
その男はレイか? と尋ねてはいるが、実際には尋ねるまでもなくレイだと認識しているのだろう。
微かに敵意を感じさせる様子の男に対し、レイは素直に頷く。
セトがいる以上、ここで人違いだと言っても到底信じられないと判断した為だ。
「ああ、俺がレイだ」
誤魔化しようがないだろうと判断したレイは、そう言う。
自分に声を掛けてきた男の様子からすると、結局面倒に巻き込まれてしまったと、そのように思いながら。
「ちょっ、待って下さい! 彼の件に関してはもう決まったことですよ!?」
レイに声を掛けてきた男と向き合っていた集団のリーダー格がそう言うが、レイの前に立つ男はそれを無視し、レイに向かって口を開く。
「君が使う家は、色々と使い道がある。辞退して欲しい」
そう、言うのだった。