3597話
「あそこか」
レイはセトに乗って盗賊達から聞き出したアジトにやって来ていた。
捕らえた盗賊達に対する尋問そのものは、そう難しくはない。
……そもそも盗賊狩りを趣味としているレイに見つかった時点で、盗賊としてはもうどうしようもない。
盗賊からは盗賊喰いと恐れられるレイだ。
盗賊の尋問は慣れている。
そうして聞き出したのがレイの視線の先にある洞窟だったのだが……
「一応、何人かは残ってるって話だったんだけど、見張りもいないな」
盗賊のアジトとなっている洞窟の前には、見張りの姿もない。
実は聞き出した情報は間違っていたのか?
一瞬そう思ったレイだったが、すぐにそれを否定する。
盗賊限定とはいえ、レイの尋問の技術はこれまでの経験からそれなりに高くなっている。
そんなレイだけに、盗賊から聞き出した情報が嘘だとは到底思えなかった。
「まぁ、貴族の件と関わりがないとは思うけど」
そう呟いたのは、ギズモ達から聞いたこの辺りを治めている領主の話だ。
特に何か大きな騒動があった訳ではない。
ただ、領主が病気を患っており、その代理として仕事をしている者がそこまで優秀ではなく、治安が若干悪くなっているというだけだ。
盗賊とその領主代理が何らかの関係があるのでは?
そう思わないでもなかったが、その辺については関わらないことにする。
あるいはガンダルシアに向かうという目的がなければ、この一件を調べたかもしれない。
もしくは、領主代理をしている者が本当に盗賊と組んでおり、盗賊達を倒したレイを疎ましく思い、排除しようとちょっかいを掛けてくるといったことであれば、また話は違っただろう。
だが、レイは盗賊を倒したばかりで、もし本当に領主代理と盗賊達に何らかの関係があっても、領主代理がそれを知る頃には既にレイはグワッシュ国に入っており、手の出しようがない。
……そもそも、貴族としてある程度の情報網があれば、レイと敵対するということの危険さは十分に理解してるだろう。
「特に捕らえられている奴もいないという話だし……セトは一応空から見張っていてくれ。あそこ以外にも出入り口があるかもしれないから」
自然の洞窟である以上、出入り口が一つだけとは限らない。
そのような場所から逃げられるのは、レイにとってもあまり面白くはなかった。
「グルルゥ?」
そんなレイに、盗賊を捕まえるの? とセトが喉を鳴らす。
ここで盗賊を捕まえても、それこそダーシュ達が向かった街まで連れていくのは大変なのでは?
そのように思ったのだろう。
だが、レイはそんなセトの言葉に首を横に振る。
「いや、盗賊は皆殺しだ。ここで逃がして、その結果として他の者達が被害に遭うというのは避けたいしな。それに、犯罪奴隷として売るにも連れていくのが面倒だしな」
盗賊をセト籠に入れて運ぶというのは、レイの考えにない。
そのようなことをすれば、間違いなく後でエレーナ達に怒られてしまうだろう。
そうなると、どうしても盗賊を連れていくのならセトが足で掴んで運ぶ必要があったが……そうなればなったで、盗賊達が暴れるだろうと予想出来る。
それはそれで面倒なので、盗賊達はこの場で処分した方がいいというのがレイの判断だった。
セトもそんなレイの言葉に異論はないらしく、レイを下ろすと空に戻る。
空を飛ぶセトを一瞥してから、レイは改めて洞窟に視線をむけるが……やはり、そこには誰もいない。
もしかしたら、周辺の景色に紛れるような形で見張りがいるのでは?
少しだけそのように思ったのだが、そんなレイの予想は外れた形だ。
もっとも気配の類を察知出来なかったので、恐らく問題はないだろうと思ったが。
「さて」
レイは周囲の状況を確認すると、特に警戒する様子もなく洞窟の中に入っていく。
残っている盗賊が少ないのはレイも理解しているが、こうして堂々と……それこそ気配は勿論、足音を隠さなくても、盗賊が出て来る様子がない。
(幾ら何でも気を抜きすぎじゃないか? いやまぁ、俺が言うべきことじゃないかもしれないけど)
そんな風に思って洞窟の中を進むレイだったが……
「ぎゃははははは。お前、なんでそんなことをしてるんだよ!」
「うるせえな! 仕方ないだろ! いつの間にかそうなってたんだから」
「ったく、あまり飲みすぎるなよ。戻ってきた連中に知られたら、面倒なことになるからな」
聞こえてくる、そんな話し声。
それを聞いたレイは呆れる。
仲間が仕事……商隊の襲撃に向かっているのに、残っている者達はこうして酒を飲んでいたのだから、当然だろう。
あるいはそのような者達だから、襲撃に参加しないようにアジトに残されたのかもしれないが。
(数は三人だな。……さっさと殺すか)
そう判断し、レイは声の聞こえてきた方に向かう。
すると洞窟の中でもある程度の広さのある空間に入り……そこには酒を飲んでいる盗賊達の姿があった。
その数、三人。
レイが気配や話し声で察した通りの人数だ。
(ああ、丁度いいな)
ある程度の広さがある空間だけに、長柄の武器を振るっても問題はない。
そう認識したレイは、ミスティリングの中に収納してあった巨大なポールアックスを取り出す。
これは、冬に探索した廃墟の二階において、巨大なリビングアーマーが使っていた武器だ。
特にマジックアイテムの類でもない、ただのポールアックスだったが、それでもその重量はそれだけで凶悪な武器となる。
酔っ払っていた三人だったが、幸いなことに泥酔という程ではない。
まだ軽い酔いだけに、レイの姿に気が付く者もいた。
丁度レイの正面に位置したその男は、酒を飲んでいるだけに自分が酔っ払って妙な幻覚でも見ているのか? と思ってしまう。
何故なら、巨大な……とても人の手では持てそうもないような武器を手にした小柄な人物の姿を目にしてしまったからだ。
「あ?」
男にとって不運だったのは、三人は車座になって酒を飲んでいたことだろう。
その為、レイの正面にいる男しか巨大なポールアックスを持ってるレイの姿に気が付くことがなかったのだから。
そして……近付いて来たレイが巨大なポールアックスを振るうと、それだけで三人は一瞬で肉片と化す。
「あ……」
そうなるだろうとは思っていた。
思っていたが、それでもまさかこの一撃であっさりと片付くということにレイは少し拍子抜けする。
とはいえ、金属の塊とでも呼ぶべき巨大なポールアックスを、レイの身体能力で振るわれればそのようなことになるのは当然だろう。
なお、巨大なリビングアーマーが使っていたポールアックスだけに、その柄も相応に太い。
レイの手では握るということが出来ないくらいには。
なら、レイがどうやってそのポールアックスを持っているのか。
それは簡単だ。
触れることが出来る場所だけを掴み、後はレイの持つ人外の握力で強引に握っている。
とはいえ、そのような持ち方だけに、ポールアックスの本来の持ち主のように自由自在に操ることは難しい。
格下が振るう一撃であれば、ポールアックスで受け止められるだろう。
だが、一流の……本物の使い手の一撃を受けた場合、握っているポールアックスを弾き飛ばされる可能性は十分にあった。
「ともあれ、これで片付いたのは間違いないな。他には……この様子を見ると、多分いないっぽいし」
あるいはいても、この程度の連中であればレイならあっさりと倒すことが出来る。
そう判断し、ポールアックスを一振りして血肉を払い、念の為に布で拭いてからミスティリングに収納する。
その後、アンデッドにならないように魔法で死体を燃やす。
「後は、お宝だけど……どこだ?」
洞窟の中はそれなりに広く、枝分かれしている部分も多い。
それだけに、レイはお宝のある場所を探して洞窟の中を歩き回ることになったのだが……
「うわ」
洞窟の中を歩いていると、盗賊達に食われた動物の骨が散乱してる場所を見つける。
いや、骨だけではない。内臓の類もそのまま放り出されているし、何に使ったのかは分からないが悪臭を放つ布もそこにはあった。
恐らくゴミ捨て場として利用されていたのだろうが、これから夏に向けて暑くなることを考えると、このままにしておいてもいいのか? と思ってしまう。
もっとも、それは今更の話だろうと思っておくが。
何しろ、この洞窟を使っていた盗賊達は既に全滅している。
……実際にはその多くが捕らえられているので、全滅という表現は正しくないのかもしれないが。
しかし、犯罪奴隷として売られてしまう以上は全滅という表現もそう間違ってはいないだろう。
そんな訳で、もし夏にこの洞窟で悪臭が発生しても……そうした多数の虫が発生しても、それはもう捕らえられた盗賊達に影響はない。
「いっそ、燃やした方がいいのかもしれないけど……まぁ、いいか」
自分がどうにかしなくても、何とかなるだろう。
そう判断したレイは、ゴミ捨て場として利用されていた場所をそのままに、他の場所……お宝の探索に戻る。
そうして洞窟の中を歩いていたレイが最初に見つけたのは……
「武器庫か」
正確にはそこまで大層な物ではない。
盗賊達が使っている武器を乱雑に置いてあるだけなのだから。
また、商隊を襲撃する為に盗賊達が武器を持ちだしたということもあり、ここに残っている武器は二流、三流……もしくはそれ以下の物も多数ある。
中には槍も何本か置かれていたが、それこそレイが以前買い求めていたような、武器屋でも処分価格で売ってる槍より状態の悪い。
それこそ穂先が欠けているどころではなく、穂先が半分程なくなっているような物も多い。
壊れ掛けの槍を購入することもあるレイだったが、それでもこの槍は欲しいとは思わない。
「何だってこんなのを廃棄しないでここに置いてあるんだ?」
このような槍は、それこそ先程見つけたゴミ置き場に置いておいた方がいいだろう。
よく見れば、穂先の半分がないだけではなく、木で出来た柄にヒビが入っている。
これは、とてもではないが武器として使うのは不可能だろう。
このような武器庫と思しき場所に置いておくのは、レイには理解出来なかった。
「まぁ、何かに使えるかもしれないし、一応持っていくか」
柄は木で出来ているので、最悪焚き火の薪代わりに使えるだろうし、半分欠けている穂先も、火災旋風を生み出した時にそこに投げ入れれば立派な武器として使える筈だ。
そんな訳で、レイは勿体ない精神から武器庫にある物は取りあえず全てミスティリングに収納していく。
「にしても、お宝はどこだ?」
武器庫での収納が終わった後、レイは再び洞窟の探索を始める。
それなりに広いとはいえ、それでもどこまでも続いている訳ではない。
虱潰しにしていくと……
「ようやくか」
最後の最後、恐らくここにはないだろうと思っていた場所に、お宝の部屋を発見する。
あるいは盗賊達も、そのように判断されて見つかりにくいからこそ、ここに隠したかもしれないが。
ともあれ、見つけた以上、ここにあるお宝は全てレイの所有物だ。
もしかしたら、自分の大切な物を盗賊に奪われたから返して欲しいと言ってくる者がいるかもしれないが、盗賊の持っていたお宝はそれを倒した者が所有権を得られる以上、相応の値段、あるいはそれに相応しい何かと交換ならともかく、無条件でレイが相手の欲しがる物を渡したりといったことはまずない。
「とはいえ、そこまで良い物はなさそうだけどな」
盗賊だからこそと言うべきか、あるのは基本的に金貨や銀貨、数枚の白金貨といった現金が殆どだ。
他にも宝石や装飾品の類が幾つかと、何らかの金属のインゴットが数個、精緻な飾りの施された短剣が一本といったところか。
普通の冒険者にしてみれば、大きな利益なのは間違いない。
ただ、金という意味では全く困っていないレイにしてみれば、この程度かといった程度のものでしかないのも事実。
「せめてこの短剣が魔剣の類であったりしたらよかったんだけどな」
そう言いながら短剣を見るが、その短剣は芸術品としての価値はあれども、魔剣としての価値はない。
「インゴットも……見た感じ、魔法金属って訳じゃないみたいだし。鉄……か? そう言えば、以前もどこかで盗賊狩りをした時に鉄のインゴットを大量に入手したことがあったような、なかったような」
そのような疑問を抱くレイだったが、正確には覚えていない。
何しろ盗賊狩りを趣味としているだけに、これまで数え切れない程の盗賊を襲ってきたのだ。
今まで食べたパンの枚数を覚えているか。
そう聞かれても、レイは覚えていないと言うだろう。
レイにとって盗賊狩りとはそのような行為である以上、余程衝撃的なものではない限り、覚えてはいないのだった。