3588話
「あ、戻ってきた! ちょっと、レイ。どうだったの? 何だか結構暴れてたみたいだけど」
廃墟の二階から飛び出したレイは、そのままスレイプニルの靴を使って空中を蹴り、地面に着地する。
レイにしてみれば、二階程度の高さからならジャンプしても普通に着地出来る。
この廃墟は一階が大きいので、二階部分は普通の建物なら三階に近い高さだが、それくらいであってもレイの場合は問題はなかった。
ただし、それでもわざわざスレイプニルの靴を使ったのは、万が一があったらと思ったからだ。
「それなりにアンデッドがいたけど、そこまで凶悪な奴はいなかったな」
巨大なリビングアーマーや、トカゲのゾンビは間違いなく凶悪なモンスターだった。
それでもレイがそのように言ったのは、ニールセンに心配させないようにする為だ。
ニールセンは今回の廃墟の一件で、スケルトンロードの持つ魔剣や盾を見たことによって怨霊を消費するというのを間近で見てしまった。
レイにしてみれば、それらが発動した時には思うところがあったが、言ってみればそれだけでしかない。
しかし、それはあくまでもレイだからだ。
いつの間にか霊を見ることが出来るようになったニールセンにしてみれば、スケルトンロードの一件は悪い意味で衝撃を受けたし、その時の恐怖や気持ち悪さといったものが強く印象づけられてしまっている。
実際に廃墟の中でスケルトンロードの件が終わってから暫くの間は、少しでも早く廃墟から出たいと口にしていたのだから。
しかし……それでもニールセンの性格によるものか、ある程度時間が経つとそれをすっかり忘れたかのようだったが。
それもこうして廃墟から出てレイを待っていると、やがてスケルトンロードの一件を思い出し、レイが心配になったのだろう。
……ましてや、巨大なリビングアーマーとの戦いではレイが投擲した黄昏の槍は巨大なリビングアーマーの鎧だけではなく、その後ろにあった壁をも貫いて廃墟の外にまで飛び出していったのだから。
レイが廃墟の方を見れば、二階の壁に穴が空いている場所が見える。
槍の貫通した痕である以上、そこまで大きな穴ではないのだが、常人よりも鋭い五感を持つレイの視覚なら、容易に見ることが出来た。
ニールセンが壁を貫いて出て来た槍を見たのかは分からないが、それでもレイのことを心配していたのは事実。
それだけに、レイは心配はいらないといったようにニールセンに言うのだ。
「グルゥ」
そんなニールセンとは違い、複雑な様子なのがセト。
セトもレイを心配していない訳ではない。
訳ではないのだが、それでもやはりレイがウィスプを倒した時の魔石や、トカゲのゾンビを倒した時の魔石によって魔獣術が発動し、デスサイズが新たなスキルを習得したり、スキルのレベルアップがあったりといったことが気になってしまうのだろう。
「後でな」
レイはそう言い、セトを撫でる。
セトもそんなレイの言葉に納得したのか、すぐに嬉しそうに喉を鳴らす。
「どうしたの?」
レイとセトのやり取りに疑問を抱いたらしいニールセンが尋ねるが、レイはそれに何でもないと首を横に振る。
「セトが寂しがっていたから撫でただけだよ。……それより、ニールセン。これ分かるか?」
セトとのやり取りを誤魔化す為もあったのだろうが、レイはミスティリングの中から水晶を取り出す。
トカゲのゾンビのいた部屋にあった明かりのマジックアイテムだ。
「何、これ?」
「二階の部屋の一つにあった明かりのマジックアイテムだ。今は消えてるけど、俺が部屋の中に入った時は普通に明かりが点いていた」
「へぇ……廃墟になってかなり経つのに、まだ動いていたなんて凄いわね。それで、これを私に見せてどうしろっていうの?」
「ニールセンなら、何でまだこれが動き続けていたのか分かるかと思ってな」
「分かる訳じゃないでしょ。長じゃあるまいし」
即座にそう言うニールセン。
ニールセンにしてみれば、自分はマジックアイテムについては全く詳しくはないのだ。
長なら分かるかもしれないが、それを自分に求められても困ると思ったのだろう。
レイもニールセンの言葉からそれを理解した。
理解したが、お前は長の後継者だろうと突っ込みたくなる。
もっとも、もしレイにそのように言われても、ニールセンはそれはそれ、これはこれと言うだろう。
レイにしてみれば、妖精の作るマジックアイテムの希少性について知ってる以上、長の後継者がマジックアイテムに詳しくなくてどうするのかと思うのだが。
(もしニールセンが正式に長になったら、マジックアイテムはどうするんだ? 長になるというのが、今の長の後継者としてトレントの森の妖精郷を引き継ぐのか、あるいは新たに長としてある程度の妖精を率いて他の場所に新たに妖精郷を作るのか。その辺は俺にも分からないけど)
この時、レイが思い浮かべていたのはミツバチだ。
分蜂というのをレイは日本にいる時にTVで見たことがあった。
妖精の外見を考えると、ミツバチと同じように考えても仕方がないのだろう。
実際には妖精の背に生えているのは蝶のような羽根なのだが。
「そうか。なら、妖精郷に戻ったら長に見せるよ。……もしかしたら、この廃墟ではアンデッド以外に魔力や魔石を使わないでマジックアイテムを使う研究とかしていたのかもしれないな」
レイの言葉に、ニールセンはスケルトンロードのことを思い出したのだろう。
嫌そうな表情を浮かべる。
そんなニールセンを見て、これ以上この件では突っ込まない方がいいと判断したレイは、話題を変えるべく口を開く。
「この廃墟での用件もすんだし、妖精郷に戻るか。……時間からすると、今日は野営をしないといけないけど」
レイ達がこの廃墟の中ですごした時間は、それなりに長い。
それを示すように、既に空は薄暗くなっている。
吹き荒ぶ風も、次第に強くなっているように思えた。
(これから野営をするのなら、いっそのこと廃墟に泊まった方がいいんだろうけど)
廃墟は壁や天井に穴が空いたりもしているが、特に被害らしい被害のない部屋もそれなりにあった。
雪や風を避けるという意味では、そのような場所で野営をした方がいいだろう。
しかし、レイはその選択をしない。
一応廃墟の中にいるアンデッドは全て倒したものの、それでもまだどこから出てくるとも限らないし、何よりニールセンがスケルトンロードの一件で怖がっているのは明らかだからだ。
少しでも早く廃墟を出たがったニールセンに、廃墟の中で野営をすると言えばどうなるか。
間違いなく騒動になるだろうし、場合によってはニールセンが自分だけ廃墟を出て外で野営をすると言いかねない。
そうなると、最悪の場合ニールセンが凍死する可能性もある。
また、レイにとっても結局この廃墟については何も分かっていない。
魔獣術で使える魔石を次々に入手出来るというのは大きいが、それが具体的にどのようにしてそうなっているのかは分からない。
その為、もしかしたらレイにとっても取り返しのつかない何かがあるという可能性は十分にあるのだ。
だからこそ、レイもこの廃墟で野営をしたいとは思わなかった。
(それに、ニールセンが寝た後で魔獣術を試すには、建物の中よりも外の方が便利だし)
この廃墟にいたアンデッドを倒して入手した魔石は多い。
今までなら一種類のモンスターで一つの魔石しか使えなかったが、この廃墟のアンデッドの魔石は何度でも使える。
レイに……いや、セトやデスサイズにしてみれば、ボーナスステージとしか言いようのない場所だった。
(穢れの一件で世界を救ったご褒美とかなのかもしれないな。世界に意思があるのかどうかは分からないが。あるいは、神とかそういう者達からの)
冗談でも何でもなく、穢れの一件は世界の破滅に繋がっていた一件だ。
それを解決したレイは、言ってみれば世界の救世主とでも呼ぶべき存在だった。
実際にそれを知っているのは少数で、世間一般にその件は知らされていないが。
それでも世界を救ったのは事実である以上、ご褒美くらいはあってもいいだろうとレイは思い、この廃墟がそれなのだろうと……強引ではあったが、そう思い込む。
実際のところがどうであるのかは、この場合重要ではない。
レイがそのように思い、それで納得出来るというのが大きいのだ。
「じゃあ、いつまでもこの廃墟にいる訳にもいかないし、そろそろ行くか」
そう言うレイの言葉に、反論する者はいなかった。
「さて」
マジックテントの中で、レイはニールセンに視線を向ける。
ソファの上でぐっすりと眠っているので、ちょっとやそっとのことで起きることはないだろう。
それを確認してから、レイは外に出る。
「グルゥ、グルルルルゥ」
外に出たレイが見たのは、洞窟の中に設置されていたマジックテントの前で、セトがいつの間にか積もった新雪を踏んで、あるいは寝転んで遊んでいる光景だった。
(どうやら俺がマジックテントの中にいる間に雪が降ったらしいな)
今はもう雪も止み、風もそこまで強くはない。
月明かりの下で遊んでいるセトは、グリフォンということもあって一種幻想的な光景ですらあった。
「グルゥ? グルルルルゥ!」
雪遊びをしていたセトは、気配か臭いか、あるいはもっと別の何かか。
とにかくレイに気が付くと、嬉しそうに喉を鳴らしつつ、近付いてくる。
「ちょっ、セト。身体中に雪がついてるって」
レイの言葉通り、身体中に雪をつけつつセトはレイにじゃれついてくる。
セトにしてみれば、それだけレイと一緒にいるのが嬉しいのだろう。
レイもそれは分かるが、だからといって雪を擦りつけられるのは困る。
慌ててセトの身体についている雪を払う。
「ほら、落ち着け。それより、ニールセンが寝ている間に魔石を試してみるぞ。……出来れば、マジックテントからもう少し離れたいところだけど、マジックテントを放っておく訳にはいかないしな」
レイとセトがマジックテントから離れている間に、ゴブリンなりなんなりのモンスターがやってきたらどうなるか。
ゴブリンがマジックテントの存在をどのように把握するのかは分からないが、ニールセンの小ささを思えば、ゴブリンによって傷つけられる可能性は否定出来ない。
もしニールセンが起きていれば、ゴブリン程度にやられたりはしないだろう。
だが、今のニールセンは眠っている。
それを考えれば、やはりマジックテントからあまり離れる訳にいかないのも間違いなかった。
そんな訳で、レイはセトと共にマジックテントから少し離れた場所で、早速魔獣術を行う。
「まずは、この魔石からだな。この魔石は半分デスサイズに使ったから、これは全部セトが使ってもいいぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
レイが取りだした魔石は、ウィスプの魔石だ。
既に半分はデスサイズに使われており、それによって幻影斬を習得し、更にはレベル三まで上がっている。
(幻影斬のことを考えると、セトも幻影系のスキルを習得するのか? とはいえ……何でウィスプで幻影系のスキルなのかは分からないけど)
レイが知らないだけで、ウィスプには何らかの幻影系のスキルの類があるのかもしれない。
とにかく、今はセトに魔石を飲み込ませる必要があった。
「ほら、まずは一個目だ」
そう言い、レイから渡された魔石を飲み込むセト。
【セトは『サンダーブレス Lv.三』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
それは嬉しいのだが、何故サンダーブレス? とレイは疑問に思う。
「もしかしたら、ウィスプは雷系のスキルを持っていたりするのか? 炎なら納得出来るんだが。それとも、あの廃墟にいたウィスプだったからか」
疑問を口にするレイ。
ウィスプというアンデッドの特性を考えれば、幻影ならまだ納得出来る。
だが、それが雷系のスキルとなると、一体何故? と疑問に思うの無理ははない。
「取りあえず、残りの魔石も試してみるか。何でサンダーブレスを習得したのかは分からないが、強力なスキルなのは間違いないし」
「グルゥ!」
そうしてレイは次々とウィスプの魔石を与えていき……
【セトは『サンダーブレス Lv.四』のスキルを習得した】
【セトは『サンダーブレス Lv.五』のスキルを習得した】
気が付けば、セトのサンダーブレスはレベル五になってしまう。
「うわぁ……これ、いいのか? いやまぁ、俺にとっては嬉しいけど。まさにご褒美だな」
レイの中では、世界を救ったご褒美説が次第に正解なのではないかと思えてくるのだった。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.七』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.六』『光学迷彩 Lv.八』『衝撃の魔眼 Lv.五』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.六』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.二』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.五』『翼刃 Lv.三』『地中潜行 Lv.一』『サンダーブレス Lv.五』new『霧 Lv.二』『霧の爪牙 Lv.二』
サンダーブレス:電撃を放つブレス。集束と拡散の双方が可能だが、基本は集束で拡散には慣れが必要。レベル一の集束で岩にヒビを入れるくらいの威力で、レベル二は岩を砕くくらいの威力で、レベル三は巨岩を砕くくらいの威力で、レベル四は普通の一軒家なら破壊出来るだけの威力で、レベル五は貴族の屋敷を破壊出来るだけの威力。拡散は射程距離が短くなる代わりに広範囲に攻撃可能で、相手を痺れさせる効果がある。