3587話
最初に動いたのは、トカゲのゾンビ。
その巨体が嘘のように音も立てずにレイに近付いて来たのだが、一定の距離まで近付いたところで、一気にレイに跳びかかったのだ。
一瞬にして最高速となったトカゲのゾンビは、半ば腐った舌を出しながら、黄色い液体……決して涎ではないだろう何かを床に撒き散らかしながら、レイに向かって噛みつこうとする。
しかし、そんなトカゲのゾンビを見てもレイは全く動揺した様子もなく自分の周囲に浮かんでいる三枚の光の盾のうち、一枚を自分の前に出す。
トカゲのゾンビが光の盾にぶつかるが、突破することは出来ない。
尻尾を入れると八m程にもなるトカゲのゾンビだ。
その体重が一体どれくらいあるのかは、考えるまでもないだろう。
例え身体の一部の肉が腐って骨が見えていても、それでも全体の大きさを考えれば誤差でしかない。
「厄介な」
光の盾によって動きを止められたトカゲのゾンビに向かい、レイが吐き捨てるように言う。
その視線は、すぐにトカゲのゾンビから少し離れた場所……床に向けられる。
そこには、トカゲのゾンビの口から垂れている黄色い液体が零れ落ちたのだが、その場所からは煙が上がっており、床は僅かにだが溶けている。
つまり、トカゲのゾンビの口から垂れている黄色い液体は強酸や腐食といった効果を持つことを意味していた。
触れれば、それだけでダメージを与えてくる液体を、トカゲのゾンビが身体を動かす度に周囲に撒き散らかすのだ。
純粋に攻撃として考えても厄介だし、生理的に黄色い液体に触れるのを嫌だという思いもそこにはある。
(というか、あの黄色い液体があれば床なり壁なり扉なりを溶かして、この部屋から脱出することも出来たんじゃないか? なのに何で廃墟になってから今までずっとこの部屋に閉じ込められたままだったんだ?)
そんな疑問を抱くレイだったが、すぐにそれはゾンビだからそこまで頭が回らなかったのだろうと判断しておく。
あるいは、床は溶けているが、壁や扉は黄色い液体に触れても問題がないように特殊な素材が使われている可能性も否定は出来ない。
そのように考えていると、トカゲのゾンビはようやく後ろに下がる。
このまま攻撃をしても光の盾を突破出来ないと判断したか、あるいはそこまで考えてはおらず、偶然そうなった形なのか、レイには分からなかったが。
とにかくトカゲのゾンビが後ろに下がったことにより、光の盾も攻撃はこれで終わったと判断したのだろう。光の塵となって消えていく。
そして次の瞬間、トカゲのゾンビは再びレイに向かって突進する。
自分の攻撃を防いだ光の盾がなくなったことによって、今度はもう攻撃を防がれないと判断したのかもしれないが…・・・
「甘いんだよ」
トカゲのゾンビがレイに牙も露わに噛みつこうとした瞬間、残り二枚のうちの一枚がその攻撃を防ぐ。
「氷雪斬!」
トカゲのゾンビが光の盾と衝突して動きが止まったのを見たレイは、氷雪斬を使用する。
スキルの発動と同時に、デスサイズの刃は氷によって覆われた。
何故このスキルを使ったのか。
それはデスサイズの刃が氷で覆われるというのが大きい。
本来なら、ゾンビ系のモンスターが弱点としているのは炎や光、聖属性の魔法が一般的だ。
しかし、デスサイズで攻撃する場合、刃がトカゲのゾンビの身体に付着してしまう。
口から零れ落ちている黄色い液体にデスサイズの刃が触れてしまうかもしれない。
それを嫌い、デスサイズの刃が直接触れる必要がない氷雪斬のスキルを使用したのだ。
氷に覆われた刃を振るうレイ。
トカゲのゾンビは目の前にある光の盾を突破しようと必死になっている。
普通に考えれば、先程も無理だった以上今度も無理と思ってもおかしくはない。
おかしくはないのだが、トカゲのゾンビはそれに気が付かないのか、必死になって目の前の光の盾だけに集中していた。
そんなトカゲのゾンビの横に回り込んだレイによって振るわれたデスサイズは、容易にその身体を斬り裂く。
刃が氷に覆われて大きくなっている分、トカゲのゾンビに与えるダメージもまた大きい。
ただし、トカゲのゾンビはゾンビである以上、痛覚はない。
レイが振るった一撃は間違いなくトカゲのゾンビに大きなダメージを与えはしたが、トカゲのゾンビはそんなレイの攻撃に気が付いた様子もなく光の盾を破壊することに集中していた。
「なら!」
そんなトカゲのゾンビは、非常に厄介極まりない。
しかし、攻撃に気が付いた様子がないのなら、この機会にその身体を完全に破壊してしまえばいい。
そう判断したレイは手首の動きを変え、それだけでデスサイズの刃の方向を変え、次の瞬間にはトカゲのゾンビの胴体は返す刃によってより大きなダメージを食らうことになる。
トカゲのゾンビは痛覚はないものの、自分の胴体にレイが攻撃しているのを察知したのだろう。
三m程の長さの尻尾を振るい、鞭のような一撃をレイに放つ。
だが、レイはそれを残っていた最後の一枚の光の盾で防ぎ、三度デスサイズを振り下ろす。
【デスサイズは『ドラゴンスレイヤー Lv.二』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
それを聞いたレイは、胴体を攻撃した時に間違ってトカゲのゾンビの魔石を破壊してしまったこと……より、レベルアップしたスキルについて驚く。
「……おう?」
レイの認識では、魔石を破壊されて地面に倒れ込んだ敵はトカゲのゾンビというものだった。
しかし、レベルアップしたスキルはドラゴンスレイヤー。
その名の通り、ドラゴンに対して与えるダメージが増すというスキルだ。
それを習得したということは……
「え? あれ? もしかして、こいつ……トカゲじゃなくてドラゴンだったのか? もしスキルのレベルが上がるにしても、腐食辺りが上がると思っていたんだけど」
完全に予想外の展開に戸惑うレイだったが、よくよく考えてみれば決して悪い話ではない。
もしこのトカゲが実はドラゴンであった場合、その素材の価値は跳ね上がるのだから。
(あるいは……この廃墟が研究所だったと考えると、やっぱりこいつはトカゲで、ドラゴンの何かを移植するなりなんなりして強化されたとか? この大きさを考えると、その可能性もない訳ではないと思うけど)
そんな風に思いつつ、レイは一応部屋の中を見回す。
このトカゲのゾンビが、実は他にもいる可能性があるのだから。
あるいはこのトカゲのゾンビとはまた別のアンデッドがいる可能性もある。
幸いなことに、この部屋は何故か明かりがあるので、部屋の中を見回すのはそう難しい話ではない。
そして部屋の中に、他にモンスターはいない。
「四つ首のゾンビもそうだったけど……このトカゲのゾンビとかを考えると、アンデッドを強化する研究所だったのか? そう考えると、スケルトンロードや巨大なリビングアーマーがいたのも納得出来るし。まぁ、その辺は俺が考えることじゃないか。ダスカー様にこの廃墟について報告すれば、ダスカー様のほうで動いてくれるだろ」
そう結論づけたレイは、ミスティリングの中からドワイトナイフを取り出す。
本来なら、トカゲのゾンビの死体はこのままここに置いていきたい。
一番の目的だった魔石は、戦いの中で破壊してしまった。
これはレイにとってもかなりの誤算だったが、同時にそのようなことをしなければ、巨大なリビングアーマーと戦った時のように手足を全て切断するといった手段を使わなければならなかっただろう。
そう考えると、面倒な手順を省いたと半ば自分に無理矢理そう思わせることにする。
(セトには後で謝る必要があるけど)
トカゲのゾンビの魔石を切断した時のアナウンスメッセージは、間違いなく廃墟の外にいるセトにも聞こえただろう。
そしてウィスプの時と違い、トカゲのゾンビの魔石は一つしかない。
そうである以上、セトがトカゲのゾンビの魔石を使うことは不可能になったことを意味している。
……もっとも、トカゲのゾンビの体内にあった魔石をセトが飲み込みたいかと言えば、それは微妙なところだろうが。
流水の短剣で生み出した水で洗えば、衛生的には問題ないだろう。
ないだろうが、それでも気持ち的に決して好ましいものではない。
「うん、セトにはその辺について話しておくか。……ドワイトナイフは……ドラゴンに関係しているトカゲのゾンビなら、やっぱり使った方がいいんだろうな」
そう思うが、ドワイトナイフの希少さを考えると、その刃をトカゲのゾンビの身体に突き立てるのは少し躊躇してしまう。
とはいえ、それでもレイは自分の魔力を使うのだから問題はないだろうと判断し、ドワイトナイフに魔力を流す。
もしこのトカゲが本当にドラゴンと何らかの関係があるのなら、素材も貴重だろう。
その為、ドワイトナイフに流した魔力はかなり強めだ。
トカゲのゾンビの死体に突き刺さったドワイトナイフは、周囲に眩い光を生み出し……それが消えた後、そこには素材が幾つか残っていた。
「えっと、眼球が一個に、牙、鱗。それと……うげ、これもか?」
レイが嫌そうにいったのは、大きめな試験管に入っている黄色い液体を見たからだ。
それが何なのかは、戦いの中でしっかりとその効果を見ていたレイには容易に理解出来た。
トカゲのゾンビが口から撒き散らかしていた液体。
それが具体的に唾液なのか、あるいは毒を生み出す何らかの器官が体内にあって、それによって生み出された液体なのかはレイにも分からなかったが。
(いや、器官はないか?)
もしその手の器官があるのなら、その器官も素材として残されてもおかしくはないが、そのような部位はどこにもない。
であれば、この黄色い液体はトカゲのゾンビの身体のどこで作られていたのか。
それを疑問に思ったレイだったが、あるいはその器官も素材にならないとドワイトナイフによって判断されたのかと思い直す。
ドワイトナイフを使わなければ、あるいは黄色い液体を作っていた器官も入手出来たのかもしれないが、ドワイトナイフが素材として認識しなかったということは、つまりそれは何らかの素材として使えないということを意味していた。
そんな訳で、素材を全てミスティリングに収納すると、部屋を出る……よりも前に、ふと天井を見る。
そこには、明かりのマジックアイテムがある。
この廃墟でも未だに動き続けている明かりのマジックアイテムが。
どうやって動いてるのかは分からないが、それでもマジックアイテムはマジックアイテムだ。
それも明らかに普通ではない明かりのマジックアイテム。
「うん、あれも持っていくか」
ここが例えば誰かの所有物なら、そのようなことは考えない。
もし敵対した相手の所有物なら話は別だが。
しかし、ここは廃墟。
現在は誰の所有物でもない。
……実際には、誰かが所有権を持ったままという可能性はあるので、レイの認識は微妙に間違っているのだが。
もっとも、それを指摘されてもここは廃墟だからとレイは言いきる気満々だったが。
スレイプニルの靴を使い、空中に跳び上がる。
そうして手を伸ばし……明かりのマジックアイテムを毟り取る。
この時幸いだったのは、明かりのマジックアイテムが天井に埋め込まれているようなタイプではなかったことだろう。
もしそうなら、それこそ天井をデスサイズで切断してマジックアイテムを取り出す必要があった。
「ん? マジックアイテム……というか、水晶?」
だが、レイは天井から毟り取った明かりのマジックアイテムを見て、訝しげな表情を浮かべる。
何故なら、レイの手にある明かりのマジックアイテムはその明かりを失っていたのだ。
そして手の中にあるのは、小さな水晶……それこそレイの手で握っただけで完全に隠れてしまう程度の水晶。
「え? あれ? これ……本当にマジックアイテムなんだよな?」
目の前にある水晶を見て、改めて天井を見る。
レイが毟り取った水晶と同じく、まだ幾つもそこにあった。
唯一違うのは、レイの手の中にある水晶は明かりを失っているのに対し、天井にある水晶は明るく輝いている。
「えーっと……?」
予想外の水晶を手に、戸惑うレイ。
自分の持っている、もう明かりのない水晶と天井にあるまだ光っている水晶を見比べる。
一体何がどうなってこうなってるのかは分からない。
分からないが、取りあえず残りの水晶ももっていくべく行動を始める。
(もしかしたら、日本の明かりのように、電気か何かで魔力を供給してるとか? とはいえ、こうして見た限りでは特に配線とかそういうのがあるようにも見えないし)
そんな疑問を抱きつつ、レイはスレイプニルの靴を発動するのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.七』『飛斬 Lv.六』『マジックシールド Lv.三』『パワースラッシュ Lv.六』『風の手 Lv.五』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.四』『ペネトレイト Lv.六』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.六』『飛針 Lv.二』『地中転移斬 Lv.一』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』new『幻影斬 Lv.三』
ドラゴンスレイヤー:竜種に対して攻撃した時に与えるダメージが増える。増加率はレベルによって変わる。レベル一の時は通常の攻撃の二倍のダメージを、レベル二の時は三倍のダメージを与える。