3582話
「ちょっと、一体何をしたの!? ……って、また壁が壊れてるじゃない」
セトが衝撃の魔眼を使い、壁を破壊した音が聞こえたのだろう。
廊下を見張っていたニールセンが、慌てたように戻ってくる。
レイの予想通りの反応だった。
とはいえ、この件については別にニールセンが責められる要素はない。
寧ろ、廊下を見張っていたところ、急に部屋の中で激しい音がしたのだから、ニールセンの行動は褒められるべきだろう。
これが部屋の中でまだ戦いが続いていたのなら、そのような音が聞こえてきても戦闘の中での音だからということで、そこまで気にはしなかっただろう。
だが、部屋の中にいたバンシーは部屋の外からの攻撃によって一方的に倒されてしまっている。
そうである以上、部屋の中から激しい音が聞こえてきたのを気にするなという方が無理だった。
「悪いな。ちょっとセトのスキルの使い方で変わった方法を思いついて試してみただけだ」
「……そうなの? さっきもそんなことを言ってたけど、スキルの使い方を思いつくとか、そんなに頻繁にあるの?」
「それなりにあるぞ」
取りあえずそう誤魔化しておく。
実際にその辺がどうなのかは、レイにも分からない。
ただ、ヴィヘラの使う浸魔掌が魔力をより多く込めることによって一段と強くなり、それによって穢れを相手にしてもきちんと効果があるといったことを考えると、スキルの使い方を考えるというのは決して有り得ない話ではない。
レイもそれが分かっているからこそ、こういう言い訳をしていたのだろう。
……実際問題、このような言い訳をニールセン以外の者が聞いて素直に信じるかと言われれば、それは微妙なところだろうが。
「ふーん、そうなの。……でも、あまりスキルを試して壁を破壊したら、この廃墟が崩壊するかもしれないから気を付けてよ。幸い今回はそこまで被害って訳じゃないみたいだけど」
そう言い、ニールセンは壁の壊れている場所を見る。
先程セトがアシッドブレスを使った場所とは違い、壁に空いてる穴は小さい。
穴から冷たい空気が入ってきてはいるものの、壁の大部分が壊れた先程の部屋と比べると、そこまで酷くはなかった。
ニールセンがそこまで強く注意せず、軽く言う程度ですませたのは、その辺の理由もあるのだろう。
そのことに安堵しつつも、これからはスキルを習得してもニールセンのいる場所では試さないようにしようと、より正確にはこの廃墟の探索が終わって妖精郷から出るまでは止めておこうと思っておく。
「悪いな、次からは気を付けるよ。それよりも次の部屋だ。今回みたいにバンシーのいる部屋とかだったら、俺にとっても嬉しいんだけど」
「……そうね」
レイの言葉に数秒沈黙したのは、今のレイの態度に何か思うところがあったからか。
(少し露骨すぎたか?)
そんな風に思うレイだったが、ニールセンがそれ以上追求してくることはない。
そしてニールセンの性格を考えると、ここでその件に触れなければこれ以上突っ込んでくることはないだろうと思えた。
「ほら、ニールセン。いつまでもゆっくりしてると、この廃墟の探索は終わらないぞ。一階の残りは後少しなんだろう? なら、出来るだけ早く進むぞ。この廃墟について詳しいのはニールセンだけなんだから、頼れるのもニールセンだけなんだ。だから俺達の案内を頼む」
「え? そう? ふふん、そうね。私がいないとレイったら何も出来ないんだし。それなら、私がしっかりと見てあげないとね」
自慢げな様子のニールセンがレイ達を案内するように通路を進み始める。
そしてある程度進んだところで……
「階段か」
レイの視線の先には、階段があった。
上と下、両方に進む階段が。
この階段の存在自体は、レイにとってもそこまで驚くことではない。
二階があるのは外から見た時点で分かっていたし、地下があるというのもニールセンから聞いていたのだから。
「あれ? 変ね。もう少し部屋があるって話だったと思うけど……」
戸惑ったように言うニールセンだったが、階段に隠れるようにして部屋の類があるということはない。
そうなると、このまま二階か地下に行くことになるのだが……
「まずは地下に行くか」
「グルゥ」
レイの言葉に同意するようにセトが喉を鳴らす。
そんなレイとセトの様子に、階段の側まで移動して周囲の様子を確認していたニールセンが気が付く。
「ちょっと、レイ。その言い方だと、地下を探索した後で二階も探索するって言ってるようなものじゃない? 二階は放っておくって話じゃなかったっけ?」
「そのつもりだったけど、これだけ奇妙な研究所の廃墟となると、そのままにしておくのもどうかと思ってな。それに今のままだとこの廃墟が壊れてアンデッドが出ていくかもしれない。そうなると、二階に強力なアンデッドがいた場合、危険だろう?」
「それは……」
レイの言葉に、ニールセンはすぐに反論出来ない。
実際、この廃墟は見るからに古く、いつ壊れてもおかしくはない。
その上で、レイの指示でセトがスキルの試し打ちを行い、壁が破壊されたりもしているのだ。
本当にいつ崩壊してもおかしくはない。
そして崩壊すれば、部屋の中にいたアンデッドが自由に外に出る可能性は高い。
もしかしたら……本当にもしかしたらだが、この廃墟が研究所だった時の処置によって、建物がなくなったらアンデッドも死ぬ。あるいはそこまでいかなくても、建物がなくなってもアンデッドがその場から動かないということもある。
あるが、そのようなことになる可能性は非常に少ない。
それこそそのようなことが出来るのなら、何らかの研究の成果として世の中に出ていてもおかしくはないのだから。
「でも……この周辺には人が住んでるような場所はないでしょ? なら、アンデッドがいても問題がないんじゃない?」
「どうだろうな。アンデッドなら疲れ知らずで、延々と移動してもおかしくはない。あるいはこの森の周辺を自分の縄張りとして、入ってくる相手を誰彼構わず殺す可能性も否定出来ない」
「それは……けど、前者はともかく後者の縄張りはこの辺りに近付く人がいなければ、それでいいんじゃない?」
「そうなると、ここでアンデッドが強くなっていく可能性もある。そして十分に強くなったところで、周辺……この近くに人はいないけど、かなりの距離を進めばそこに人が住んでいる以上、そこにちょっかいを出す可能性はある」
「……何だか私達がその原因を作ったように思えてしまうわね」
「あながち間違ってはいないな。実際に俺達がこの廃墟の中を探索した結果がそれなんだから。そんな訳で、その原因を作った俺達がこの廃墟にいるアンデッドを全て倒してしまうのが手っ取り早い。その為には、二階にいるアンデッドも倒す必要がある」
「……しょうがないわね」
レイの言葉に、不承不承といった様子で言うニールセン。
本心を言えば、レイの提案を素直に聞きたくはない。
聞きたくはないが、それでもこの廃墟の探索をした以上、後始末をしないでそれが原因で大きな騒動になった時、長に一体どのようなお仕置きをされるのかを考えれば、ここで頑張るしかなかった。
それに自分が二階に行かなくていいというのも、ニールセンの判断に影響を与えてもいた。
「レイがそう言うのなら任せるわ。……けど、セトはどうするの?」
「出来ればセトにも一緒に来て欲しいとは思うけど、二階が崩壊する危険を考えると、やっぱり俺だけで行った方がいいと思う」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは心配そうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、出来ればレイと一緒に二階に行きたいとは思う。
思うのだが、自分の重量を考えれば二階に行くと崩壊する危険があり、それによってレイに迷惑を掛けることになりかねない。
だからこそ、セトは自分が二階に一緒に行きたいのだが、我慢するしかない。
「ともあれ、まずは地下だ。地下に何があるのかは分からないが、地下にこの廃墟をどうにかする決定的な手段があった場合、俺が二階にいかなくてもいいかもしれないし」
そう言うレイだったが、実際にはもしそのような何かがあっても、二階に行くという選択肢を消す気はない。
これまでのこの廃墟にいたアンデッドのことを考えると、二階にはまだ他にもアンデッドがいる可能性がある。
また、これはゲームや漫画、アニメ的な知識というか予想なのだが、一階にいるアンデッドより二階にいるアンデッドの方が強い……つまり、その魔石を使えば魔獣術で新しいスキルの習得や、スキルのレベルアップが出来る可能性がある。
その上でこの廃墟にいるアンデッドの特性として、魔獣術に何度でも使えるというものがある以上、多少の危険は承知の上でも二階に行くという選択肢を捨てることは出来ない。
一体何をどうすれば魔石を何度でも魔獣術に使えるアンデッドを生み出すのか、その技術はレイにとっても非常に興味深い。
とはいえ、ここが廃墟になっている以上、地下に研究の書類といったものが残っているとは思えなかったが。
「そうね。まずはそっちを調べた方がいいのは間違いないでしょうし」
レイの狙いについては分からなかっただろうが、それでも今の状況を思えばレイの言葉には一理あると判断したのだろう。
ニールセンはそう言い、地下に向かう。
ゴーレムに乗ったまま階段を降りていくニールセン。
レイとセトは、そんなニールセンを追う。
(通路だけじゃなくて、階段もセトが通れる大きさでよかったな)
そう思うレイだったが、それはつまり地下や二階にセトのような大きさ、あるいはそれ以上の大きさを持つ何かが移動することもあったということを意味していた。
それが具体的に何なのかは分からなかったが。
「あ、ちょっと、何よこれ!」
先を進むニールセンの声が、階段を降りるレイの耳にも聞こえてくる。
一体何だ?
そう思いながら階段を進むと、ニールセンが何を見て先程のような不満の声を上げていたのかを理解する。
「扉か」
そう、地下の階段が終わったすぐ前の場所には、扉があったのだ。
頑丈そうな、金属の扉が。
「何か、あれだな。……穢れの関係者の拠点の地下にあった扉を思い出す。あれ程じゃないけど」
穢れの関係者の拠点の地下にあった金属の扉は、それこそ数人掛かりでも開けるのは難しいと思えるような金属の扉だった。
実際、レイも扉を開けるようなことは考えず、脇にある壁を破壊して中に入ったくらいなのだから。
「で、この扉はどうするのよ。……レイ、壊せる?」
期待を込めた視線をレイに向けるニールセン。
そのような視線を向けられたレイは、どうするべきか考える。
壊せるかどうかと言えば、恐らく壊せるだろう。
あるいはセトがこの廃墟でレベルアップした、アシッドブレスを使って金属の扉に穴を開けるという手段もある。
他にも幾らでも方法は思い浮かぶのだが……
「何だかこの扉、地下にある何かを封印してるような感じがしないか?」
何となく……本当に何となくだが、レイにはそのように思えてしまうのだ。
決して何らかの証拠がある訳ではない。
それでも目の前の扉は、この先にあるだろう地下空間にある何かを封じ込めているように、そして外に出ないようにしているように思えた。
勿論、これはレイが何となくそう思っただけで、実は扉の向こうには何もないかもしれない。
あるいは……もしかしたら、この廃墟で行われていた研究に関しての、何らかの資料が残っている可能性も否定は出来なかった。
「えー……レイがそういう風に思うってことは、絶対に危険でしょ」
レイとそれなりに行動を共にしてきたニールセンだけに、レイの勘が非常に鋭いのは知っている。
そのレイがこのようなことを言うのだから、この扉の先には何か危険なものがあるという可能性は十分に……十分すぎる程に予想出来てしまう。
「あくまでもそういう感じがするってだけでしかないけどな。それに……こういうことを言った俺が言うのもなんだけど、この扉の向こう側にこの廃墟になった場所の秘密が隠されている以上、それを見つけないという選択肢はないと思うが?」
「それは……」
レイの言葉に、ニールセンは反論出来ない。
実際、扉の向こうにこの廃墟の秘密があるのはほぼ確定なのだ。
そうである以上、多少の危険があってもこの先に進まないという選択肢がないのは、レイの言うように事実。
「仕方がないわね。中に何があるのか気になるし、それにこのゴーレムもいるから、何かあっても大丈夫でしょ」
ニールセンが金属の扉を破壊することに賛成すると、レイはデスサイズを取り出して振りかぶり……振り下ろすのだった。