3581話
「うわぁ……凄いわね、これ……」
セトの放ったアシッドブレスによって、壁の一部が完全に溶けた光景を見て、ニールセンが呟く。
そんなニールセンの言葉に、レイもそうだなとしか思えない。
一応この部屋は二階に直接建物がある場所でないのは、天井の穴から空が見えていたことで分かっていた。
分かっていたが、それでもセトのアシッドブレスはレイが予想した以上の威力だった。
魔獣術のスキルは、レベル五になると強力になる。
それこそレベル四までの上位互換といった形だ。
そういう意味では、これだけの威力を発揮するのは予想出来てもおかしくはなかったのだが。
(それでもちょっと予想以上だったな。……うん。ちょっとやりすぎたかも)
目の前の光景に驚きの声を発しているニールセンを見ながら、レイはセトを撫でる。
「よくやったな、セト。かなり強力なスキルになった」
「グルゥ!」
レイに褒められたことにより、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
……実は、この光景を作り出したセトも、少しやりすぎたのでは? と思ったのだが。
それでもこうしてレイが褒めてくれるのだから、問題はなかったのだろうと判断したらしい。
(うん、取りあえず問題はなかったということにしておこう。それにここは廃墟で、誰の物でもないし)
正確には、廃墟であっても誰かが所有権を持ってる可能性はある。
しかし、これだけアンデッドを多数廃墟の中に放してあったり、明らかにランクBモンスター級のアンデッドを研究していたり、魔力ではなく怨霊を消費して使用する魔剣があったりと、この場所の詳細が明らかになれば、間違いなく騒動になる。
そうである以上、この屋敷の権利を持っている者が表に出てくることはないだろう。
……レイ個人としては、何故かゾンビやスケルトン、リビングアーマーといったように廃墟以外の場所で魔獣術に使った魔石が再度魔獣術に使えるという意味で、興味深い場所ではあるのだが。
もしこの廃墟で何の研究を行っていたのかが判明し、それを応用することが出来れば。
それこそ未知のモンスターの魔石を求めなくても、研究によって生み出された魔石を使えば幾らでも魔獣術で新たなスキルを入手したり、あるいは強化したり出来るのだ。
ましてや、現在この廃墟にいるのはアンデッドだけだが、ゴブリンのように繁殖力が高く弱いモンスターの魔石を何度でも使うことが出来たら……
(いや、それはそれで問題か。今回はアシッドブレスだったけど)
多少の例外はあれども、基本的に魔獣術で習得したりレベルアップするスキルというのは、その魔石を持っていたモンスターの特徴が色濃く反映される。
ゴブリンの魔石を大量に……それこそ数百、数千、数万といった数用意しても、その魔石で入手出来るのはあくまでもゴブリンの特徴を反映したスキルとなる。
それでは時間の無駄ではないかと思えてしまう。
「取りあえずここでの用事も終わったし、次の部屋に行くか。そろそろ一階の探索も終わりなんだよな?」
「え? あー……うん。多分そうだと思う」
溶けた壁の側にいたニールセンだったが、レイの言葉で戻ってくる。
「一応大丈夫だとは思うけど、溶けた壁の一部に触れたりとか、そういうのがないように注意しろよ」
「大丈夫よ。レイから借りたこの子がいるんだもの。何かあっても守ってくれるんでしょう?」
「いやまぁ、それは……」
ニールセンが座っているのは防御用のゴーレムだ。
もし壁がなくなって屋根が崩落するようなことがあれば、障壁を展開して防いでくれるだろう。
だが、アシッドブレスによって溶けた壁の一部が液体となって上から落ちてきた時、障壁を張るかどうかは、レイには分からない。
ニールセンを守るようにとゴーレムに言ってはいるが、その一滴をゴーレムが危険視するかどうかは試してみないと分からなかった。
だからこそ、レイはニールセンに戻ってくるように言ったのだ。
……それ以外にも、いつまでもこの部屋にいないで次の部屋に向かいたいという思いもあったが。
ニールセンも出来るだけ早くこの廃墟の探索は終わらせたいと考えたのか、レイの言葉に不承不承ながらも戻ってくる。
「魔石は……うん、大丈夫だな」
一応最後の確認として部屋の中を見回すが、魔石は一つも落ちていない。
全てミスティリングに収納したか、あるいはデスサイズやセトが使ったのだ。
それを確認してから、レイは部屋を出る。
「あ、こっちだと暖かい」
当然の話だが、壁を壊せばそこから冬の寒風が入ってくる。
幸いそこまで風は強くなく、雪も降っていないが、それでも冬の気温は低いし、全くの無風という訳でもない。
防御用のゴーレムに乗って部屋の外に出ると、そこで冷たい風が入ってこなくなったこともあり、ニールセンの口から嬉しそうな声が漏れる。
(臭いだけじゃなくて、気温とかも遮断してるのか。……モンスターの魔石の技術はともかく、この部屋の技術とかは調べれば結構便利なマジックアイテムとか作れるんじゃないか?)
そう思うが、そんな諸々について調べるには錬金術師なり、あるいはそれ以外にも専門家であったりを、この廃墟まで連れてくる必要がある。
これでアンデッドがいなければ、それもいいだろうが……アンデッドがいる以上、気軽にそのようなことは出来なかった。
アンデッドを全て倒してからなら可能かもしれないが、何らかの理由……この廃墟にある何かによって、再びアンデッドが出て来ないとも限らない。
かといって、レイがずっと一緒にこの廃墟にいるのかと言われれば、それは遠慮したい。
もしくは調査にやってきた者達が自前で護衛を連れてくるのなら、それはそれで構わないのだが。
そんな風に考えながら進むと……
「あれは……ゴーストか?」
「ううん、違うわ。バンシーよ」
部屋の前で扉を開いたレイが呟いた言葉に、ニールセンがそう言ってくる。
ニールセンの言葉には、若干の恐怖が含まれていた。
珍しいこともあるものだと思いながら、レイはバンシーについて思い出す。
女型の霊体型のモンスターで、一番の脅威は死の叫びと呼ばれるスキルだ。
抵抗出来なければ最悪即死。
あくまでも即死は最悪の場合だが、気絶したり動きが鈍くなったり、混乱したり……様々な効果をもたらす。
そんなバンシーが、部屋の中に二十匹近く存在しているのだ。
ゾンビの部屋に比べると数は少ないが、個としての厄介さはゾンビとは比べものにならない程に凶悪だった。
また、バンシーはゴースト系のモンスターなので、物理的な攻撃は魔石にしか効果がない。
それ以外となると、魔法やスキル、マジックアイテムを使って攻撃する必要はあった。
「まぁ、俺達なら問題はないけど。……セト、頼めるか?」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは部屋の入り口まで移動する。
バンシーがゾンビより強敵であっても、この廃墟のルール……部屋の中に入らない限り、部屋の中にいる敵が動くことはないというものがある限り、レイ達にとって敵ではなかった。
「グルルルルルルゥ!」
既にこの廃墟ではお馴染みとなった、セトのファイアブレス。
それを見ていたレイは、レベルが上がったばかりのアシッドブレスでもいいのでは?
そうも思ったが、セトがこうしてファイアブレスを選んだのは、やはり使い慣れているからだろうと納得する。
アシッドブレスはレベル五になって強力になったが、それはまだ殆ど使っていない。
それと比べると、同じレベル五のファイアブレスは今まで何度も使っているので、セトにとっても使い慣れているのだ。
結果として、部屋の中にいたバンシーは結局何をするでもなく全てがファイアブレスによって倒されることになった。
(部屋の外にいる相手に対しては気が付かないし、攻撃されても反撃しない。これは多分、この廃墟が研究所だった時に研究員が部屋の外からモンスターを観察する為につけた機能と考えた方がいいのか?)
研究者が観察しているのに、そこでアンデッドが攻撃をしてくれば、きちんと観察が出来ない。
その為、部屋の外にいる相手は中にいるアンデッドに把握されなくなり、攻撃をしても反撃をしないようになっているのだろうというのがレイの予想だった。
これがアンデッドだけに効果のある仕組みなのか、あるいは普通のモンスターに対しても効果があるのか。
その辺はさすがにレイも分からなかったが、やはりこの廃墟についてはダスカーに知らせておいた方がいいだろうと判断する。
この場所での諸々は、ダスカーにとっても役立つだろう。
……もっとも、この廃墟のある土地が一体誰の領土なのかはレイにも分からなかったが。
上手い具合に中立派の貴族の領地にあるのなら、問題はない。
だが、貴族派や国王派の領地であった場合、もしダスカーがこの廃墟について調べるにも、色々と手続きが必要となる。
(その辺はダスカー様に任せればいいか。ダスカー様にとってそこまでする程の興味があると判断すれば動くだろうし、興味がなければ動かないだけだろう)
そう判断し、レイはバンシーの魔石が転がっている部屋に入り、その魔石を集めていく。
レイやセトにとって幸運だったのは、バンシーがゴースト系のモンスターであったことだろう。
素材らしい素材は特に何もなく、魔石だけがそこに残っている。
当然ながらゾンビの時のような悪臭もここにはない。
あるとすれば、セトのファイアブレスによって空気が焼かれた臭いくらいか。
ゾンビの腐臭に比べれば、この程度の臭いは全く何でもなかった。
【セトは『衝撃の魔眼 Lv.五』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
それを聞いたレイは、視線をセトに向ける。
するとそこでも、セトが驚きで動きが固まっている。
「グ……グルルゥ?」
しかし、その動きが固まった状態もすぐに元に戻る。
何しろゾンビの魔石でもアシッドブレスがレベルアップしたのだ。
であれば、ゾンビよりも明らかに上位のアンデッドであるバンシーの魔石によってスキルが強化されるのはおかしな話ではない。
(けど、衝撃の魔眼か。……しかも、またレベル五になったな)
アシッドブレスもレベル五になって強化されたばかりだったが、それに続いて衝撃の魔眼もレベル五になったのだ。
レベル五になることによって、そのスキルはそれまで以上に強力になる。
それは衝撃の魔眼も同様な訳で……
(けど、これは一気に衝撃の魔眼が凶悪になったんじゃないか?)
衝撃の魔眼というスキルにおいて、なによりの特徴はそのスキルの発動速度だ。
例えば水球の場合、水球を生み出し、それを飛ばし、命中して初めてスキルの効果が発揮する。
しかし、それに対して衝撃の魔眼はセトが魔眼を使えば睨んだ場所に即座に効果が発揮する。
この差は小さいようで大きい。
特に戦闘というのは、数秒……いや、一秒にも満たない数瞬が勝敗に直結することも珍しくないのだから。
そんな中で、スキルを発動すればその瞬間に効果を発揮するというのは非常に大きな意味を持つ。
(とはいえ、衝撃の魔眼は発動速度に特化したスキルで、威力そのものは強くなかった。……レベル4までは)
レイが試した限り、レベル四の時点で衝撃の魔眼は直径五十cmの木を折れるくらいの威力だった。
レベル一の時は木の表面を軽く傷つける程度であったのを考えると、レベル四は十分に実戦的な威力を持っていた……と認識しても間違いではないだろう。
だが同時に、その程度の威力でしかなかったのも事実。
戦いでそれなりに有効な手段にはなるが、奥の手であったり、決定的な一撃となるかと言われれば、それは否。
だが、レベル五になって強化された今の状態であればどうか。
「セト、壁に向かって試してみてくれ」
「グルゥ?」
レイの言葉に、セトはいいの? と通路の方を見る。
先程アシッドブレスがレベルアップした時も同様にスキルを試したのだ。
その時はニールセンもそういうことがあってもおかしくないと思ったかもしれないが、それが二度目ともなれば、疑問に……いや、不審に思ってもおかしくはない。
レイもそれは分かっていたが、レベル五になった衝撃の魔眼の威力については確認しておきたい。
また、レベル四までの衝撃の魔眼の威力を考えれば、アシッドブレスの時のように大規模な破壊にはならないだろうと思う。
そのように考えたレイの言葉にセトは頷き……
「グルルルルゥ!」
壁に向かって衝撃の魔眼を使う。
スキルを発動してすぐにその効果は発揮し、壁の一部を破壊する。
(威力的には……多分、人の身体くらいなら破壊出来るくらいか?)
破壊された壁を見て、レイはそのように思うのだった。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.七』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.六』『光学迷彩 Lv.八』『衝撃の魔眼 Lv.五』new『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.六』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.二』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.五』『翼刃 Lv.三』『地中潜行 Lv.一』『サンダーブレス Lv.二』『霧 Lv.二』『霧の爪牙 Lv.二』
衝撃の魔眼:発動した瞬間に視線を向けている場所へと衝撃によるダメージを与える。ただし、セトと対象の距離によって威力が変わる。遠くなればなる程、威力が落ちる。レベル一では最高威力でも木の表面を弾く程度。レベル二では木の幹にも傷を与える。レベル三では岩に傷をつけられる程度。レベル四では直径五十cmくらいの木を折れる程度。レベル五では防具を装備していない人の身体を破壊する程度。ただし、スキルを発動してから実際に威力が発揮されるまでが一瞬という長所を持つ。