3580話
「凄かったわね」
四つ首のゾンビの部屋から出たレイに、そうニールセンが声を掛ける。
しみじみといった様子で呟くニールセンが、レイやセトが四つ首のゾンビと戦ったのをしっかりと見ていたのは明らかだ。
とはいえ、それでもレイはニールセンに見ていたのか? とは聞かない。
そもそもニールセンは部屋の中でレイ達が戦っている時に、他のモンスターが邪魔をしないように見張るという役目もある。
だが、既に一階にいるスケルトンはそれを率いているスケルトンロード諸共に倒した。
そうである以上、部屋の中で行われた戦闘に邪魔が入る可能性は非常に小さい。
ニールセンもそれが分かっているからこそ、外の様子を警戒しつつも、部屋の中で行われた戦いを見る余裕があったのだろう。
「そうだな。素直に凄かったと思う。この廃墟でどんな研究が行われていたのかは分からないが、あの四つ首のゾンビは間違いなく高ランクモンスターだ」
複数のブレスを使いこなし、その大きさはセトには及ばないものの、かなり大きい。
そのうえ、四つの首がそれぞれに意思を持っており、自分の判断で攻撃をしてくる。
意思のある頭部が四つあり、身体は一つ。
そうなると身体は一体どうやって動かしていたのか、少し気になるレイだったが、その身体も既に肉片と化している。
この廃墟が研究所だった時に働いていた者がいたら、色々と聞いてみたいとは思うものの、そのような相手を見つけるのは非常に困難だろう。
「とりあえず、こういう部屋があるのは分かった。そしてこういう部屋のモンスターは部屋の外にいても攻撃をしてくるような相手だというのもな」
「うーん……私達がこの廃墟にいた時もこういうのがあったとなると、正直なところちょっと怖いわね。被害が出なくて良かったと言うべきかしら」
「だろうな。妖精であってもああやって問答無用で襲い掛かってくる敵を相手にした場合、妖精の輪で逃げるのも難しいだろうし」
妖精が持つ転移能力である、妖精の輪。
特に準備も何もなく転移が出来るというのは大きいが、代わりにその転移距離は決して長くはない。
もしあの四つ首のゾンビを前に妖精の輪を使っても、転移したところですぐに襲い掛かってくるだろう。
もしくは、四種類のブレスを広範囲に放ち、転移してもブレスでダメージを与えられるか。
ともあれ妖精にとって四つ首のゾンビが非常に相性の悪いモンスターなのは間違いない。
長なら、どうにでも出来そうだとレイは思ったが。
「じゃあ、次の部屋に行くか。そろそろ一階の部屋も全部回る頃じゃないか?」
「うーん、どうかしら。多分そうだとは思うけど」
「出来ればリビングアーマーの部屋がもっとあって欲しいんだけど」
そう言いつつ、レイはセトやニールセンと共に進み……
(もしかして、これも一種のフラグだったのか?)
到着した部屋の前で、中の様子を窺いながらそのように思ってしまう。
ただし、部屋の中にいるのはレイが望んでいたリビングアーマーではなく、ゾンビの群れだったが。
レイにとっては、非常に嬉しくない相手だ。
先程同じような部屋でゾンビを倒し、魔石を集めつつ魔獣術に使ってみたものの、結局何のスキルも習得出来たり、あるいはレベルアップしたりしなかったのだから。
これはゾンビが低ランクモンスターだから、この廃墟にいてもスキルの強化や習得が出来ないのか、あるいはゾンビのような低ランクモンスターだからこそ他のモンスターと違って何らかの特殊な措置が施されていないのか。
この建物が既に廃墟となっている以上、その辺についてレイが調べることは出来ない。
何らかの研究の書類といった物があれば話は別だが。
(書類……書類か。部屋にアンデッドを隔離してるのは分かるけど、研究者が使っていた部屋とか、そういうのはないな。二階か地下のどちらかにあるのか?)
勿論、ここが廃墟となっている以上、必要な書類は持ち出しているだろうし、必要ない書類も燃やすなりなんなり、処分はしているだろう。
それでも、もしかしたら処分し忘れた書類や、持っていくのを忘れた書類がある可能性は否定出来ない。
それが幾ら可能性が低くても。
「ちょっと、レイ。ゾンビはどうするの? 無視する?」
半ば現実逃避をしていたレイは、ニールセンのそんな声で我に返ってしまう。
しかし、ニールセンの口から出た意見は決して悪くはない。
この部屋の中にいるゾンビは、先程の四つ首のゾンビとは違い、レイ達が部屋に入らなければ特に行動を起こすことはない。
それなら、どうしてもこの部屋の中にいるゾンビの群れを倒さなくてもいいのも事実。
「グルゥ……」
ニールセンの言葉に、セトも円らな瞳でレイを見る。
そんなセトの愛らしさに負けそうになるレイだったが……
「いや、駄目だ」
踏み留まり、何とかそう告げる。
これがこの廃墟以外のどこか普通の場所……そのような場所でここまでゾンビが一ヶ所に集められるかどうかはともかくとして、とにかくこの廃墟以外の場所なら、レイもニールセンの意見を採用しただろう。
だが、この廃墟についてはまだ何も分かっていない。
先程の部屋のゾンビの魔石ではスキルの習得や強化が出来なかったが、この部屋にいるゾンビなら違うかもしれない。
正確には分からないものの、それでも魔獣術のことを思えば、それをここで逃すといった手はなかった。
「セト、頼む」
「グルルゥ……」
レイの言葉に、セトは残念そうにしながらも部屋の前に立つ。
セトにとって幸いだったのは、先程と同様に部屋の中に入らず、外からゾンビを殺すことが出来るということだろう。
悪臭が部屋の外に出て来ることはないので、攻撃をする際に悪臭に悩まされることはない。
……もっとも、先程ゾンビの群れを倒した時と同じく、魔石を集める時は部屋の中に入る必要があり、そうなると部屋の中に広がる悪臭を嗅ぐ羽目になるのだが。
それでもゾンビが焼き殺されている以上、その悪臭は多少なりともマシにはなっているのだが。
「グルルルルゥ!」
セトの口からファイアブレスが放たれる。
セトの持つスキルなら、ファイアブレス以外のスキルでもゾンビを倒すことは出来る。
だがファイアブレス以外のスキルでゾンビを殺した場合、ゾンビから発している悪臭を消すことは出来なくなってしまう。
セトもその辺を承知の上で、ファイアブレスを選択したのだろう。
そして……やがて部屋の中にいたゾンビは全てが燃やしつくされる。
「グルゥ」
終わったよとレイに向かって喉を鳴らすセト。
ただ、その表情には嬉しそうな色はない。
これから部屋の中に入って魔石を集めなければならなかったのだから、当然だろう。
「頑張ってね。私は部屋の外で敵が来ないかどうか見張ってるから」
気楽な様子で言うニールセンに、レイはこのまま強引にニールセンも部屋の中に連れていこうかと思う。
だが、部屋の中では魔石を集めつつ、デスサイズで切断したり、セトに飲み込ませる必要がある以上、ニールセンを連れていく訳にはいかない。
(運の良い奴)
そんな風に思いつつ、同時に長に告げ口してやると思いつつ、レイはセトと共に部屋の中に入る。
もわり、と。
その瞬間に漂ってくる悪臭。
それでも全てのゾンビが焼き殺されている以上、攻撃する前よりも状況は良くなっている筈だった。
……あるいは、それでも五十歩百歩といったところかもしれないが。
「グルゥ……」
レイの隣で、セトが悲しそうに鳴き声を上げる。
セトの気持ちも分かるレイだったが、だからといって魔石を集めないという選択はない。
「ほら、頑張って集めるぞ。ゾンビの魔石が魔獣術に使えるかどうかは分からないけど、やってみないと何とも言えないしな」
そうレイに言われると、セトも仕方がないと諦めて部屋の中を進む。
セトのファイアブレスの威力のお陰もあって、ゾンビは全て焼けており、残っているのは魔石のみだ。
この辺は、セトがファイアブレスを上手く使っているということの証だろう。
魔石を拾いつつ、レイはそっと扉の方を見る。
扉を閉めてから拾えばよかったか?
そう思ったが、前回のゾンビの部屋でもそうだったが、こうして魔石を拾っている時に何らかの敵……この廃墟の件からすると恐らくスケルトンか、あるいはそれ以外にもアンデッド、あるいはモンスターが姿を現した時にすぐにニールセンに知らせて貰う必要があった。
その為に、やはり扉は開けておく方がよかったのだ。
そんな風に思いつつ、レイはゾンビの魔石を拾っていく。
セトもクチバシで咥えつつ、レイの側に持ってきたり、あるいは魔石を飲み込んだりしていた。
ゾンビの魔石というのは飲み込みたくないだろうとレイにも思える。
思えるのだが、それでもセトは気にした様子もなく……
【セトは『アシッドブレス Lv.五』のスキルを習得した】
不意に脳裏に響いたのは、聞き慣れたアナウンスメッセージ。
「嘘だろ、おい。マジか……」
「グルゥ!?」
そうだろうとは思っていた。あるいはそうであればいいなとは思っていた。
ただ、それでもまず無理だろうと半ば諦め、そして半ば惰性での行為だったのだが……予想外なことに、その行動が実った形だった。
レイの口からは驚きの声が漏れたが、スキルの強化が行われたセトですら、驚きの鳴き声を上げているのだから、ゾンビの魔石でスキルの強化が行われたのがどれだけイレギュラーな出来事だったのか、分かりやすい。
(しかもアシッドブレス)
驚きの表情を浮かべるセトを撫でながら、脳裏に響いたアナウンスメッセージのことを思い出す。
アシッドブレスのレベルが上がったことは、そうおかしな話ではない。
レイがトラペラの魔石を使って腐食のレベルが上がったことに比べれば、まだ納得出来る。
ゾンビとアシッドブレスというのは、それなりにおかしくはない関係に思えるのだから。
だが、この場合問題なのはレベル四のアシッドブレスがレベルアップし、レベル五になったことだ。
今までの経験から、スキルのレベルが五になると別物のように強化されるのが分かっている。
それは決して悪いことではない。
寧ろ、心の底から喜ぶべきことだろう。
レイもそれは分かっているのだが、やはりゾンビの魔石でこうしてスキルレベルが上がるというのは予想外だった。
しかし、自分と同じように……いや、直接スキルレベルが上がっただけに、レイよりも心配そうな様子のセトを見れば、レイもそのままという訳にはいかなくなる。
「おめでとう、セト。アシッドブレスがレベル五に達したな」
「グルルルゥ……?」
「別にそこまで心配することはないだろ。元々この廃墟にいるアンデッドの魔石が魔獣術に使えるのは、リビングアーマーの時に分かっていたんだ。ゾンビは明らかにリビングアーマーより低ランクモンスターだが、それを言うのならゴブリンの希少種の魔石が魔獣術に使えたこともあっただろう? なら、ゾンビの魔石でこうして出来ても、おかしなことは何もない」
「……グルルゥ、グルゥ!」
レイの言葉を聞いて本当に心の底から納得したのかどうかはともかく、それでも今は嬉しそうな様子で喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子にレイも一安心したのか、その身体を撫でる。
「それに、考えてもみろ。ゾンビの魔石でスキルレベルが上がったということは、やっぱりスケルトンとかそういうのの魔石でも、そしてここじゃなくて前にゾンビを倒した部屋で手に入れた魔石も、同じく魔獣術に使えるということを意味してるんだ。それは俺達にとって決して悪くはないだろう?」
「グルゥ!」
レイの言葉に同意するように喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、今の言葉は十分に理解出来ることだったのだろう。
「レイ、どうしたの? 何だか喜んでるみたいだけど」
通路を警戒していたニールセンだったが、レイとセトの様子が気になったのか、そう声を掛けてくる。
「いや、セトが新しいスキルの使い道が思い浮かんだというから、それを褒めていただけだ」
「え? そうなの? じゃあ、どんなスキルか見せてよ!」
しまった。
ニールセンに対する説明を明らかにミスった。
そう思ったレイだったが、どうせならレベル五になったスキルを見てみたいという思いもあり……
「そうだな。じゃあ、向こうの壁に向かってアシッドブレスを使ってみてくれ。この壁ならどうなっても、建物全体にそこまで大きな影響はないだろうし」
「グルゥ! ……グルルルゥ!」
レイの言葉に頷いたセトは、期待されているということでやる気になり、壁に向かってアシッドブレスを放つ。
すると……その壁のほぼ全てが溶けて、外とレイ達のいる部屋が繋がるのだった。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.七』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.六』『光学迷彩 Lv.八』『衝撃の魔眼 Lv.四』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.六』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.二』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.五』new『翼刃 Lv.三』『地中潜行 Lv.一』『サンダーブレス Lv.二』『霧 Lv.二』『霧の爪牙 Lv.二』
アシッドブレス:酸性の液体のブレス。レベル一では触れた植物が半ば溶ける。レベル二では岩もそれなりに溶ける。レベル三では岩も本格的に溶ける。レベル四では大人が三、四人手を繋いでようやく囲えるような巨木を溶かすことが出来る。レベル五では小さめの建物を外からでも溶かすことが出来る。