3578話
「うわぁ、これは凄いな」
レイの口から、そんな感想が漏れる。
何しろあれだけ厄介な――悪臭的な意味で――存在だったゾンビを、一切の苦戦――こちらも悪臭的な意味で――することなく倒すことが出来たのだ。
セトの放つファイアブレスは、デュラハンとの戦いにおいて使われたように集束された一撃だった。
その為、魔石は残ったがそれ以外は全て燃やされてしまったが。
ただ、ゾンビの素材というのはレイにとってそこまで欲しい物はない。
魔石さえあれば、何の問題もない。
「グルゥ」
レイの言葉に、嬉しそうな様子で喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、ここで大きな戦果を挙げることが出来たのはうれしかったのだろう。
「うわ、本当に凄いわね。けど、これでこの廃墟の攻略法は分かったんじゃない?」
「ニールセンの言う通りだな。部屋の中に入らないと、中にいるアンデッドはこっちに攻撃してこない。だとすれば、今のセトのように外から攻撃をすれば楽に倒せるしな。……もっとも、そうなるとゾンビのように魔石だけしか入手出来ない可能性が高いけど」
「うーん、それは勿体ないわね」
ニールセンのその言葉に突っ込みたくなったレイだったが、止めておく。
先程まではスケルトンロードの一件で少しでも早く廃墟の探索を終えて外に出たがっていたのだが、部屋の外から一方的に攻撃をして倒すことが出来ると知った途端にこれなのだ。
調子の良さに呆れても仕方がないだろう。
(それに素材が勿体ないのは間違いないし)
ゾンビのように、そこまで素材が美味しくない相手ならレイにとっても素材が燃えてもそこまで気にしたりはしない。
だが、デュラハンやリビングアーマー、スケルトンロードのように明らかに相応の強さを持っていたり、持っている装備を確保したいと思う相手の場合、外から炎系の攻撃で倒すというのは明らかに勿体なかった。
「取りあえず、部屋の中にいる敵の種類によって対応を変えたらいいだろ。……じゃあ、俺とセトはゾンビの魔石を拾ってくる。ニールセンは廊下の見張りを頼む」
「えー……私も部屋の中に入った方がいいと思うけど」
そう言ったのは、もう部屋の中にゾンビはいないので、通路にいるよりも部屋の中にいた方が安心だと思ったのだろう。
だが、レイはそんなニールセンの意見を却下する。
「魔石を拾ってる途中に、通路から敵が襲ってきたら大変だろう? なら、通路の見張りはしっかりとしておいた方がいい」
「むぅ……しょうがないわね」
このまま嫌だと言えば、その件を長に言われるかもしれないと思ったのだろう。
そうなると長からのお仕置きが待っている。
ニールセンとしては、絶対にそれは避けたかったのだろう。
ニールセンがゴーレムに乗って通路の見張りをすると、レイはセトと共に部屋の中に入る。
「う……やっぱり臭いは残ってるな」
「グルゥ……」
部屋の中に入った途端に漂ってきた悪臭。
ゾンビがいる時、直接嗅ぐよりは薄まってはいるのだろうが、それでも悪臭は悪臭だ。
その悪臭は、嗅覚の鋭いレイやセトにとって決して好ましいものではなかった。
それでも魔石を集めるという行為はしなければいけない以上、何とか悪臭を我慢しながら魔石を集めていく。
その途中……レイはニールセンがこの部屋で行われていることは興味がないと思っている為か、部屋の中に全く注意を払っていないのを確認しながら、何個か魔石をデスサイズで切断していくものの、スキルを習得することはない。
そんなレイの様子を見たのだろう。
セトもクチバシで魔石を咥えては飲み込むといった作業を繰り返す。
しかし、レイやセトの脳裏にいつものスキルを習得したりレベルアップした時のアナウンスメッセージが流れることはない。
(これはゾンビという低ランクモンスターだからなのか、それとも一度試した魔石だからなのか。……その辺が分からないのはちょっとな)
リビングアーマーの件を考えれば、恐らく大丈夫だとは思う。
大丈夫だとは思うが、それでも絶対とは言い切れないのも事実。
何しろこの廃墟については、分かっていないことの方が多いのだから。
恐らく何らかの研究施設だったのだろうとは思うが、それも結局のところレイがそのように予想しているだけでしかない。
つまり、ここが研究施設だというのはレイの予想ではあるものの、実は違っている可能性も否定は出来ない。
(そういうのは、出来れば止めて欲しいんだけどな)
レイにしてみれば、ここが自分の予想とは違う用途で使われていた建物であるとは思いたくない。
「っと、こんなものか。……セト、ありがとうな」
その感謝の言葉は、ゾンビを倒してくれたというのもあるし、魔石を集めてくれたというのもある。
だがそれ以上に、コロンブスの卵とでも言うべき部屋の中にいるアンデッドの倒し方を発見したのが大きかった。
これから、後どれくらいの部屋を探索するのかはレイにも分からない。
また、今回はゾンビだったのでそういうことが出来たが、他のアンデッドに対しても同じように出来るとは限らないのだ。
(デュラハンとかも、こっちが部屋に入るまでは動かなかったけど、それは部屋の外から攻撃をしなかったからだし。実際に攻撃をしたら、一体どうなるのかは分からないんだよな)
部屋の中に入らないと動かないが、部屋の外から攻撃をしたら動いて攻撃をした者達に反撃をするという可能性は十分にある。
そうならないといいんだが。
そのように思いつつ、レイはセトと共に部屋を出る。
「あ、もう終わったの? 結構早かったわね。じゃあ、次の部屋に行きましょうか。……少し臭うけど」
ニールセンが最後にそう付け足したのは、ゾンビが焼き殺されたとはいえ、それでもゾンビのいた部屋に入ってそれなりに長時間作業をしていたからだろう。
「そのうち臭いは抜けるから気にするな。それより次の部屋に行くぞ。……ニールセンが来た時とは、部屋の様子が明らかに違うのが気になるけど」
「そうね。リビングアーマーはともかく、それ以外は特に何かあった訳じゃなかったし。そうなると……一体何がどうなってこういう風になったのか、気になるわね」
「例えば……丁度ニールセン達がいなくなった後で、こういう風にアンデッドが多数活動するようになっていたとか?」
「……何よそれ。だとすれば、もう少し私達がこの廃墟に来るのが遅かったら、アンデッドに襲われていたってこと?」
「可能性はあるだろうな。もっとも、そうなっても別にアンデッドを倒す必要はないんだ。逃げればいいだけなら、妖精なら容易に逃げられそうだけどな」
天井に穴の空いている場所もあるので、空を飛べる妖精ならこの廃墟から脱出することは難しくないだろう。
あるいは、もしアンデッドを倒さなければならないとしても、長がいればそれも難しくないだろうとレイには思える。
何しろ長のサイコキネシスは強力だ。
アンデッドがそれを防げるとは思えない。
「そう考えると、私達は運が良かったのね。……もっとも、この廃墟の中のアンデッドは今みたいに日中でも普通に動き回っているから、以前はともかく今回は幸運じゃないと思うけど」
「それな。まぁ、ダンジョンとかだと日中でも普通にアンデッドはいるんだけど」
それはつまり、ダンジョン以外の場所ではアンデッドが日中には動かないということを意味している。
もっともこれはあくまでも一般的な例でしかない。
中にはアンデッドであっても普通に日中に動き回る個体もいる。
それこそ、レイの師匠役でもあるグリムとか。
(ああ、グリムか。……この廃墟については、グリムに聞いてみてもいいのかもしれないな)
グリムのようなアンデッドなら、この廃墟に出て来る特殊なアンデッドについて何か知っていてもおかしくはない。
もっとも、そうなるとニールセンにグリムについて説明しなければならないとか、何よりもグリムが対のオーブを使った通信に応じてくれるかどうかという疑問はあるが。
未だに異世界について興味津々のグリムだ。
何度か連絡をしたことがあったが、その為に通信に出なかったことが何度もある以上、ニールセンの件もあってここでグリムに通信を送るのは止めておこうという結論となるのは自然なことなのだろう。
「この廃墟にいるアンデッドを普通のアンデッドと考えるのが間違いか」
「そうね。それにスケルトンロードが持っていた魔剣とかの件もあるし」
「ああ、それもあったな。これが普通の魔剣なら、リビングアーマーとかのようにアンデッドとなった時に使っていた武器が魔剣になったと考えることも出来るんだろうが。普通の魔剣じゃなかったしな」
そのように会話を交わしながら、通路を進むレイ達。
最初こそ、それこそスケルトンのように通路に出て来るアンデッドがいるのではないかと警戒していたものの、特に敵が出てくる様子はない。
その為、次第に警戒を解いていく。
勿論、完全に警戒を解いた訳ではない。
もし突然敵が襲ってきても、すぐに対処が可能な状態ではある。
そうして歩き続け……
「今度は次の部屋まで随分と遠いな」
「そうね。多分だけど、それだけ部屋が広いんだと思うわ」
「……なら、いっそこの壁を破壊してみるか? そうすれば、壁の向こう側には部屋があるだろうし」
「うーん、レイがやるのならやってみてもいいと思うけど、この廃墟について考えると、止めておいた方がいいような気もするわ。この廃墟がどういう建物だったのかは、まだ正確には分かってないんでしょう?」
そう言われると、レイも壁を壊して部屋の中に強引に入るという行為をやめておく。
(それに壁を壊して部屋の中に入ったとなると、部屋の外から一方的に攻撃するというのが出来なくなるしな)
相手を一方的に倒す手段があるのに、ちょっとした手間が面倒でそれを使わないというのは、レイにとって有り得ないことだった。
「分かった、止めておこう。……扉が見えてきたしな」
レイが止めるつもりになったのは、自分達の有利を捨てるのが馬鹿らしいというのもあるが、目的としていた扉が見えてきたからというのもある。
ただし、見えてきたのはいいが、その扉を見たレイは疑問を覚える。
「明らかに今までの扉とは違うな」
そう、その扉は明らかに今までの扉とは違う。
今までの扉よりも、頑丈な作りとなっていた。
それはまるで、部屋の中にいる存在……恐らくはアンデッドだろうが、そのアンデッドを外に出したくないと示しているかのような扉。
「あ、そう言えばこの廃墟に泊まった時、他の妖精が中に入れない扉が幾つかあったって言ってたわね。多分、その一つじゃないかしら?」
もっと早く教えてくれ。
そう言いたくなったレイだったが、ニールセンが妖精である以上、そういうことを言ってもあまり意味はないと理解する。
それにその情報を知るのが決定的に遅かった訳ではない。
「とはいえ……さて、どうしたものか」
頑丈な扉の前でレイはどうするべきかを考える。
他の扉……それこそデュラハンがいた部屋の扉ですら、特に鍵は掛かっていなかった。
スケルトンロードやスケルトンがいたと思しき、空の部屋の扉も同様に鍵は掛かっていなかった。
しかし、そんな中でこの部屋の扉に鍵が掛かっているのは……
(考えられる可能性としては、中にいるのが危険なアンデッド。……ただ、デュラハンやスケルトンロードよりも危険なアンデッドだとは思えない。というか、思いたくない。そうなると、もっと別の理由が……待て、鍵? つまり、部屋から勝手に出られないようにする為のもの?)
今までのアンデッドは、スケルトンロードやスケルトンのような例外を除いて、部屋から出るようなことはしなかったし、部屋に入るまで攻撃をしたりはしなかった。
だが、もしそのような一種のコントロールが出来ていない状態ならどうか。
(とはいえ、そうなるとスケルトンロードの件が謎だけど)
疑問を抱くものの、結局レイにしてみればこの部屋にいるアンデッドを放置するという選択肢はない。
魔獣術に使う魔石的な意味でも、強力なモンスターの存在は望むところなのだから。
「よし、この扉は切断するぞ」
ビューネのように鍵開けの技量があればともかく、レイにはそのような技量はない。
そうである以上、部屋の中に入る手段となると、扉を破壊するしかなかった。
……あるいは他の手段もあるのかもしれないが、今は考えている時間も惜しいし、手っ取り早く開ける方法があるのだから、それを使わないという選択肢はない。
「でも、罠とかあるんじゃない?」
「そうだな。なら……」
ニールセンの言葉に頷き、レイはミスティリングから取り出したデスサイズを手に、スキルを発動する。
「マジックシールド」
光の盾が三枚生み出され……
「はぁっ!」
レイは鋭い呼気と共に、扉に向けてデスサイズを振るうのだった。