3577話
「えっと……あれ?」
レイの口から、そんな言葉が出る。
黄昏の槍を投擲した。
それはいい。
元々それが狙いだったのだから。
だが……何故デュラハンの頭部が砕けるのか。
これが一歩譲って、黄昏の槍が貫いた瞬間にデュラハンの頭部が砕けたのなら、レイもまだ納得出来る。
だが、今の一撃はデュラハンの頭部を黄昏の槍が貫き、それから少し……数秒くらいしてから、砕けたのだ。
黄昏の槍が刺さってから砕けるまでの時間差はなんなのか。
そんな疑問を抱くレイだったが、自分の方にやってきたセトが頭を擦りつけ、撫でて撫でて、褒めて褒めてと態度で示されれば、そちらの相手をする必要がある。
セトのパワークラッシュの一撃がデュラハンを倒す大きな役割を果たしたのは、間違いのない事実なのだから。
「ありがとな。セト」
「グルゥ!」
レイの言葉に、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
セトを撫でつつ、レイは改めてデュラハンの死体に視線を向ける。
(死んだ……んだよな?)
頭部を失った以上、普通は死ぬ。
普通は死ぬが、デュラハンはアンデッドだ。
おまけに頭部は首についているのではなく、左手で持っているというおまけ付きだ。
そうである以上、こうして頭部が破壊されても実はその頭部はダミー……もしくはダミーではなくても、なくなっても困らなかった場合、実はまだデュラハンが生きているという可能性は十分にあった。
そんな訳で、慎重に……もしとっさに動いても即座に反応出来るようにしながら、デュラハンの様子を確認する。
だが、デュラハンが動く様子はない。
「死んだ、か。……何とかなったな」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトが同意するように喉を鳴らす。
セトにとっても、デュラハンはかなりの強さを持つ相手だったのだろう。
(ランクAモンスター……に届くかどうかといったところか? デュラハンがボスとか、ボスの直属の部下の四天王とか、そういう感じだったのは間違いないんだな。……あるいはこの廃墟にいたデュラハンだから、他のデュラハンよりも強い可能性があるのか。とはいえ、悪いことだけじゃないけどな)
リビングアーマーの件を考えると、ここでデュラハンの魔石を使っても、他のデュラハンと外で遭遇した場合、その魔石も再度使えるということになる。
ここで倒したデュラハンは一匹なので、セトとデスサイズのどちらかしか魔石を使えない以上、外でデュラハンと遭遇しても、その魔石はここで魔石を使わなかった方に使えるのだが。
……デュラハンが複数出てくれば、話は別だったが。
「ドワイトナイフの出番だな」
これが例えば、リビングアーマーのように鎧だけで構成されている存在なら、鎧の残骸をそのまま持っていけばいいだけだろう。
だが、デュラハンは身体がある。
そうである以上、素材を確保するには剥ぎ取りをする必要があった。
とはいえ、レイも幾ら相手がアンデッドであっても人型の存在を相手にわざわざ剥ぎ取りを……解体をしたいとは思わない。
単純に人型というだけなら、オークやオーガで慣れているものの、デュラハンの場合はアンデッドであるということを除けば、人そのものだ。
人体を解体するというのは……やろうと思えば出来ないこともないのだが、だからといって進んでやりたいと思わないのも事実。
そんな時、魔力を込めて突き刺せばいいだけのドワイトナイフは非常に便利だった。
「じゃあ、解体をするぞ」
そう言い、レイはドワイトナイフに魔力を多めに込めるとデュラハンの身体に突き刺す。
周囲が眩い光に照らされ……その光が消えた時、そこに残っていたのは魔石とデュラハンの着ていた鎧、そして短剣と長く伸びた爪だった。
「えっと……これはどこから突っ込めばいいんだ? まぁ、短剣はいいとしよう。使わなかったけど、持っていただけという可能性も高いし。けど、爪……爪? 爪か。この爪は一体? もしかしたら、デュラハンには爪を伸ばして攻撃する方法とかあったのか? 戦いの時は使わなかったけど」
疑問に思いつつも、ドワイトナイフで出て来た以上は素材なのだろうと判断し、ミスティリングに収納する。
この爪が一体何に、どのように使えるのかは生憎とレイにも分からない。
ただ、持っておけばいずれ何かで使えるようになるかもしれないと、そう思ってのことだった
それが武器や防具の素材としてなのか、あるいはポーションのような薬の素材となるのか、その辺は分からないが。
「ちょっと、終わったのなら早く他の場所に行こうよ。いつまでもここにいると、またいつモンスターがやって来るか分からないじゃない」
不満そうに、そして不安そうにそう言ったのは、部屋の外から中にアンデッドが入ってこないように頼んでいたニールセンだ。
いつ敵が来るのか分からない以上、ニールセンにしてみれば用事が終わったらすぐにでも部屋を出て欲しいのだろう。
「そこまで怖がる必要はないと思うけどな。……実際にこうして見ている限りだと、モンスターはいないみたいだし」
ニールセンの乗っているゴーレムは何かあったら障壁を生み出す防御用のゴーレムだ。
それだけに、もし実際に何度か遭遇したスケルトンが再びやってきた場合でも、障壁を展開すれば安心出来る筈だった。
ゴーレムの障壁も絶対に破られないといった程に強固な訳ではない。
しかし、レイがこの廃墟で戦ったスケルトン程度であれば、何の問題もなく攻撃を防げる筈だった。
「ゴーレムがいるんだから、そこまで心配する必要はないんじゃないか?」
「でも、あのスケルトンロードと同じ奴がまた来たらどうするのよ!」
そう叫ぶニールセンの様子から、怨霊を消費して使う魔剣やマジックアイテムの盾は、ニールセンにとって半ばトラウマになったのだろう。
レイにしてみれば、気持ちよくはなかったが、そういうのだと理解すればそれで終わる程度の光景だったのだが。
「分かった、分かった。……というか、今更、本当に今更の話だけど、隠し部屋とかそういうのはないよな?」
レイにビューネのような技能はない。
もしこの部屋に限らず、この廃墟に複数の隠し部屋の類があっても、余程分かりやすくなっていない限り、見つけるのは不可能だろう。
レイもそれが分かっているからこそ、少し心配そうに呟いたのだ。
「え? 隠し部屋? うーん……多分ないと思うけど」
ニールセンがそう言うものの、今のニールセンの言葉は信用出来ない。
スケルトンロードの件もあり、少しでも早くこの廃墟から出たがっているのが分かるからだ。
だからといって、隠し部屋があるかどうかを確認出来る手段がない以上、レイにはどうしようもなかったが。
一応レイが使う魔法の中には、ダンジョンで罠がないかどうかを調べる魔法はある。
だが、それはあくまでも罠があるかどうかを調べるもので、隠し部屋があるかどうかを調べられるものではない。
「そうだな。じゃな、次の部屋に行くか。この廃墟の広さを考えれば、まだ結構部屋数はあるだろうし」
「う……そ、そうね。多分だけどそうだと思うわ」
微妙に嫌そうな様子で言うニールセン。
そんなニールセンの様子に、このままニールセンを連れていくのは止めた方がいいのか? と思ったレイが声を掛ける。
「ニールセン、もし本当にもうこの廃墟にいたくないのなら、ニールセンだけ外にいて待っていてもいいけど、どうする?」
この廃墟のある場所はニールセンでなければ分からなかった。
だが、もうこの廃墟の探索を続けている以上、どうしてもニールセンが必要なのかと言えば、決してそのようなことはない。
勿論、何かあった時の意見というのは多い方がいいし、強力なアンデッドが出た場合、ニールセンの光が有効な攻撃手段となるのも事実。
しかし、それはどうしても……絶対に必要な訳ではない。
ニールセンがいなくても、最悪この廃墟そのものを燃やすといった手法でアンデッドを倒すことが出来る。
(とはいえ、そこまで強力な魔法を使ったら魔石が駄目になったりもするだろうし、何より魔石を見つけるのが難しいしな)
レイにしてみれば、最悪魔石が入手出来れば他の素材はどうなっても構わない。
しかし、この廃墟の広さを考えると魔石を集めるのが難しい。
魔石だけでも集める魔法であったり、マジックアイテムがあるのなら、手っ取り早く廃墟そのものを燃やしてもいいのだが。
「えー……それはちょっと……」
レイの提案にニールセンは乗り気ではない。
他にどうしようもなければともかく、今はレイやセトと一緒にいた方がいいと判断したのだろう。
それを察したレイは、なら次の部屋に向かうと口にする。
「そうか。じゃあ、別の部屋に行くぞ。今は少しでも早く魔石を確保したいし」
「分かったわよ」
渋々といった様子でニールセンはレイの言葉に頷き、次の部屋に向かったのだが……
「うげぇ」
次の部屋の前に到着したところで、レイの口からそんな声が漏れる。
やる気を一気になくしたといったような、そんな表情。
レイの隣ではセトも同じような様子で顔を下げている。
「あ、あははは。私は廊下で他のアンデッドが中に入らないように頑張ってるから、レイとセトは部屋の中のゾンビをお願いね」
ニールセンが言うように、部屋の中にいるのはゾンビだった。
レイやセトが出来れば遭遇したくないと思っていた相手。
ただし、この廃墟にいるのが基本的にアンデッドである以上、ゾンビがいるのはおかしくない。
そして不幸中の幸い……本当に不幸中の幸いだったのは、部屋の中の何らかの効果によって悪臭が部屋の外に漂ってこないということだろう。
そのお陰で、嗅覚の鋭いレイやセトも部屋のすぐ外にいるのにゾンビの悪臭に悩まされることはない。
また、ニールセンもそれが分かっているので、通路から部屋の中に入らないようにすると宣言したのだろう。
そんなニールセンを恨めしげな視線で見るレイ。
ニールセンはレイの視線を感じてはいるのだろうが、それでもレイの視線はスルーしていた。
(ゾンビの部屋か。いっそ無視するか? いや、けど……数が数だ。魔獣術の魔石の件を思えば、これを見逃すのは惜しい)
リビングアーマーの件を考えると、ここで大量の魔石を確保出来るチャンスを逃したくはない。
だからといって、部屋の中に入れば間違いなく悪臭が襲ってくるだろう。
その辺りの諸々を考え、どうにかして楽に倒したいと考えていたレイだったが……
「グルゥ!」
と、不意にセトが喉を鳴らす。
自分に任せてと、そう喉を鳴らすセト。
「セト? いいのか?」
レイもゾンビの悪臭は厄介だったが、レイよりも嗅覚の鋭いセトはゾンビの悪臭に対する被害は大きい。
なのに、本当に大丈夫なのか。
そう思うレイだったが、セトは自信満々といった様子だ。
「任せてみたら? セトの様子を見る限り、上手くやれると思ってるみたいだし」
ニールセンの言葉が後押しとなり、レイがセトに向かって頷く。
「分かった。じゃあ、セト。お前に任せる」
「グルルルルゥ!」
レイに期待されたのが嬉しかったのか、セトはやる気満々といった様子で部屋の中に入る……のではなく、部屋の前で足を止める。
「セト?」
レイがセトの行動に疑問を抱く。
やはり部屋の中に入るのは嗅覚的な意味でダメージが大きいので、躊躇しているのか。
そうレイは思ったのだが……次の瞬間、レイはセトの行動の意味を理解する。
「ああ、なるほど。考えてみれば別に部屋の中に入る必要がないのか」
セトが大きく息を吸っているのを見たレイがそう口にした瞬間、セトはクチバシを大きく開いてスキルを発動する。
「グルルルルゥ!」
放たれたのは、ファイアブレス。
ゾンビは……いや、アンデッド全般に言えることだが、炎に弱い。
そういう意味で、セトがここでファイアブレスを選択するのはおかしな話ではなかった。
何より、先程のデュラハンとの戦いでコツでも掴んだのか、セトの放つファイアブレスは無秩序に広がるのではなく、ある程度集束している。
その為、周囲への被害……燃え移るという意味での被害は殆どない。
今までのアンデッドもそうだったが、部屋の中にいるアンデッドは、レイ達が部屋の中に入るまで攻撃をしてこない。
それはつまり、部屋の外からは一方的に攻撃出来るということを意味していた。
もっとも、それはあくまでも遠距離攻撃の手段があってこその話だが。
もしこれが、ヴィヘラのように近接攻撃の手段しかないのであれば、中に入らないといけないだろう。
そしてセトは遠距離攻撃の手段があり……部屋の中にいるゾンビの群れは、十分も掛からず全て焼かれることになるのだった。