3576話
「ねぇ、ちょっと。あれって、もしかしてリビングアーマーじゃないの?」
廃墟の一階を探索していて、とある部屋の前でニールセンが言ったことはそれだった。
部屋の中を見ると、アンデッドは一匹。
そして鎧を着ている存在となれば、ニールセンがリビングアーマーだと言うのも無理はない。
レイもニールセンの言葉に頷きそうになったが、そのアンデッドが手にしている物を見て、首を横に振る。
「違うな。あれはデュラハンだ」
アンデッドが手にしているのは、自分の首。
改めて見てみれば、本来なら頭部のある位置には何もない。
それを見れば、部屋の中にいるモンスターがデュラハンなのは明らかだった。
(何かで見たけど、本来ならデュラハンはアンデッドじゃなくて妖精らしいんだよな。……一般的にはアンデッドとして認識されてたけど。それに妖精云々というのは、あくまでも地球での話だ。このエルジィンではアンデッドという認識で間違いない)
日本にいる時に何かで知った知識を思い浮かべながら、レイは部屋の中にいるデュラハンをしっかりと確認する。
リビングアーマーの時と同じく、まだレイ達が一歩も部屋の中に入っていないからか、デュラハンが動き出す様子はない。
「デュラハン? それって強いの?」
どうやらニールセンはデュラハンについて知らないらしい。
とはいえ、レイもデュラハンという名前を知ってはいるが、その詳細については知らない。
レイの持っているモンスター辞典には載っていなかった以上、レイのデュラハンに対する知識は、それこそ地球にいた時にゲームや漫画、アニメで知ったくらいのものでしかない。
そしてレイにとっては残念なことに……そしてある意味では当然のことなのだが、作品によってデュラハンの強さは違っている。
リビングアーマーより少し強いといった程度の作品もあれば、ラスボスには及ばないまでも、その直属の部下といったような強さの作品もあった。
それだけに、レイは部屋の中にいるデュラハンの強さは分からない。
(そもそも俺が知ってるデュラハンは、馬車に乗っていたりしたしな)
レイの知っているデュラハンと、部屋の中にいるデュラハンは明らかに違う。
もっとも、部屋の中はかなりの広さがあるものの、馬車で自由に走ることが出来る場所かと言われれば、それは間違いなく否だ。
そういう意味では、馬車がないのは特におかしな話ではない。
ないのだが、それでも微妙な様子に思えるのは事実。
レイの中にあるデュラハンのイメージというのは、馬車に乗っているというものだからだろう。
「デュラハンの強さか。……そうだな。俺もしっかりとは分からないが、それでもリビングアーマーよりも上なのは間違いないと思う。場合によっては、スケルトンロードより上という可能性もあるかもしれないな」
「……え? 本当に?」
レイの口から出た言葉は、ニールセンにとって驚きに値するものだった。
ニールセンにしてみれば、スケルトンロードは半ばトラウマになっている。
もっとも、そのトラウマはスケルトンロードの強さに対するトラウマではなく、スケルトンロードが持っていた魔剣と盾のマジックアイテムがトラウマだったのだが。
レイにしてみれば、怨霊を消費するというのは気持ち悪いというのがあると同時に、怨霊……即ち恨みを持っている霊を消滅させるという意味では、半ば除霊に近いのではないかと思ってしまう。
経緯の類は違うのかもしれないが、それでもこの世界に存在する怨霊が消えるのは間違いないのだから。
ただ、それはニールセンが霊を見ることが出来て、レイは霊を見ることが出来ないというのが影響しているのかもしれないが。
そのことについて少し思うところがあるレイだったが、今はまず部屋の中に存在するデュラハンをどうにかしなければならない。
「問題なのは、あの長剣が魔剣かどうかだよな。いや、鎧もマジックアイテムの可能性があるのか? それはそれで危険だな。とはいえ、倒さないという選択肢はないけど」
部屋の中にいるデュラハンは、間違いなく高ランクモンスターだ。
具体的にどのくらいの強さを持つのかは、レイにも分からない。
分からないが、それでも魔獣術の為を思えば、ここで戦わないという選択肢はない。
長剣や鎧がマジックアイテムで、それを入手出来るという可能性もあったが。
「じゃあ、戦うの?」
「そうなるな。見るからに強力なアンデッドっぽいし、さっきも言ったように装備している長剣や鎧も魔剣とかマジックアイテムの可能性があるし」
「うーん……まぁ、レイがそう言うのなら構わないけど。私はどうすればいい?」
気分を切り替えたのか、ニールセンもスケルトンロードの時のように怖がったりせずに聞いてくる。
「ニールセンは扉の外で待機していてくれ。スケルトンやスケルトンロードがいたと思しき部屋の様子を見ると、恐らく大丈夫だとは思う。思うが、それでももしかしたらまだ廃墟の中を移動しているスケルトンとかがいるかもしれない。もしいたら、俺とセトがデュラハンと戦っている邪魔をさせないで欲しい」
その言葉に、ニールセンは微妙な表情を浮かべる。
自分が戦いに参加しなくてもいいのは助かるが、だからといってここで敵が来ないかどうか見張っていなければならず、敵がきたら止める必要がある。
これが、例えばその辺のモンスターが相手なら、ニールセンも特に嫌がったりしないだろう。
しかし、相手はスケルトン。
いや、ただのスケルトンならいいが、先程のように怨霊を消費して効果を発揮する魔剣やマジックアイテムの盾を持つスケルトンロードがやってきたりした場合、ニールセンには対処が難しい。
正確には対処したくない。
レイから見れば吹っ切ったように見えても、まだ完全に吹っ切った訳ではないのだ。
「頼むな」
「……分かったわよ」
それでもレイにこうして頼まれれば、ニールセンも嫌とは言えない。
空中に浮かぶゴーレムに乗ったまま、レイの言葉に頷く。
(一応、あれは防御用のゴーレムであって、乗り物じゃないんだけど。ニールセンにしてみれば、これは十分に乗り物として使えるのか)
ボウリングの球のようなゴーレムに座っているニールセンは、非常に絵になっている。
見る者が見れば、目を奪われてしまうだろう。
ニールセンは性格には色々と問題があるものの、外見だけなら非常に愛らしい妖精なのだから。
「グルゥ?」
ニールセンを見ていたレイに、セトが行かないの? と喉を鳴らす。
レイはそんなセトを一撫ですると、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出して部屋に入る。
セトもまた、そんなレイを追うようにして部屋に入った。
すると予想通り、レイとセトが部屋に入った瞬間、デュラハンが動き出す。
自分の頭部を左手に持ち、長剣を右手に持ち、一歩、また一歩とレイ達の方に近付いてくる。
「意思疎通は出来るか? 俺の言葉が理解出来るか?」
そうレイが尋ねたのは、先程のスケルトンロードが曲がりなりにも言葉を話し、ある程度はレイと意思疎通が出来た為だ。
スケルトンロードですら意思疎通が出来たのを考えると、左手で持たれているとはいえ、人の頭部を持つデュラハンが意思疎通出来てもおかしくはない。
なお、デュラハンの頭部は顔立ちが整い、背中まで銀髪を伸ばしている若い男の頭部だった。
レイの言葉が聞こえたのか、デュラハンの動きが止まる。
(お? これはもしかして)
上手く意思疎通が出来れば、この廃墟について何か分かるかもしれない。
そう思ったレイだったが、次の瞬間には半ば反射的にデスサイズを振るう。
キィン、と。甲高い金属音が周囲に響く。
地面を蹴ってレイとの間合いを瞬時に詰めたデュラハンの振るった長剣を、レイがデスサイズで弾いたのだ。
「ちぃっ、無理か!」
スケルトンロードよりも知能が低いのか!
そんな思いを込めて叫びつつ、一度デュラハンから距離を取るべく後ろに跳躍する。
跳躍しながら、デュラハンを改めて見る。
その視線には、驚きの色がある。
今の一撃。
レイは反射的にデスサイズを振るった。
それはつまり、万全の一撃という訳ではないことを意味している。
だがそれでも、レイの身体能力とデスサイズの重量を考えれば、ただの長剣でそうあっさりと受け止められる筈がない。
それこそ普通なら、咄嗟の一撃であっても長剣で受け止めた場合、長剣が折れるか、あるいは吹き飛ばされるかだろう。最悪の場合、長剣諸共に身体が切断される可能性もあった。
しかし、デュラハンはそのいずれでもない。
デスサイズと刃を交えたが、その威力を上手い具合に受け流したのだ。
勿論、デスサイズの威力の全てを完全に受け流したかどうかは、レイにも分からない。
あるいは半分程は受け流せても、もう半分程は受け流せなかったという可能性も十分にある。
しかし、それを考えた上でも今の一撃で致命的なダメージがなかったのは、間違いのない事実。
「厄介な奴だな。言葉を話せない代わりに純粋な戦闘力が強化されている感じか」
そう言うレイに向かい、デュラハンは再び前に出ようとしたが……
「グルルルルゥ!」
そうはさせじとセトがファイアブレスを放つ。
廃墟となったこの建物の中でファイアブレス? と思ったレイだったが、セトもその辺については理解しているのか、ファイアブレスは大きく広がるのではなく、狭い範囲に……デュラハンとその周囲だけに集中するかのようにして放つ。
とはいえ、セトもそのようにファイアブレスを放つのはそれなりに難しいのか、デュラハンが後退すると、それを追うようにファイアブレスを放つことはなかったが。
「厄介な……本当に厄介な奴だな」
ファイアブレスを見た瞬間に自分に対する追撃を諦め、距離を取ったデュラハン。
意思疎通は出来ないものの、戦闘に関する判断力は間違いなく一級品だった。
もしレイであれば、それこそ敵が……それも明らかに強者だろう相手に追撃を行えるチャンスがあるのに、それをあっさりと捨てて後退出来るかと言われれば、出来るとは断言出来ない。
「なら……まず、これでどうだ!」
そう言うと、レイは左手の黄昏の槍を投擲する。
同時に、デュラハンに向かって走り出すレイ。
まるで黄昏の槍を追うかのような行動だったが、レイの速度は決してその速度に負けてはいない。
瞬く間にデュラハンとの距離を詰めながら、レイは一瞬だけセトに視線を向ける。
その一瞬でセトはレイが何をして欲しいと思っているのかを理解し、即座に行動に移った。
レイはそのようなセトの様子に微かに口元に弧を描く程度の笑みを浮かべ、間合いが詰まったところで一気にデスサイズを振るう。
デュラハンは黄昏の槍の一撃を横に跳ぶことで回避しつつ、そんな自分を追うように振るわれたデスサイズの一撃の威力を先程同様に長剣で受け流そうとするが……そこには、先程とは違う点があった。
先程、デュラハンがデスサイズの一撃を弾くことが出来たのは、レイが咄嗟に放った一撃だったからというのが大きい。
その一撃も決して弱い訳ではなかったが、それでもレイにとって万全の一撃という訳ではなかった。
それと比べると、今の一撃は間違いなく最善の一撃。
デュラハンがその辺りについてどこまで考えていたのかは分からない。
ただ、威力や速度、鋭さが先程までと違う以上、当然ながらその一撃は先程よりも強力な一撃となり……
斬、と。
デュラハンが持っていた長剣は、刀身の半ばでデスサイズによって切断される。
これはデュラハンにとっても予想外だったのか、デュラハンも動きを止め、そのタイミングでセトはレイとは別の方向から突っ込んでくる。
「グルルルルゥ!」
パワークラッシュによる一撃。
デュラハンは長剣を切断されたことで動揺していた為か、セトの一撃を回避出来ず……パワークラッシュの一撃をまともに食らう。
次の瞬間にはその身体は大きく吹き飛ぶ。
デュラハンは身長二m程の大きさで、その身体を金属の鎧で包み込んでいる。
スケルトンロードも鎧に包まれているという意味では同様だったが、デュラハンの場合は身体がある。
その重量はかなりのものの筈だったが、セトの一撃……それもパワークラッシュを使われれば、そこに吹き飛ばないという選択肢はなく……
「最後だ!」
先程投擲した黄昏の槍を手元に戻したレイは、そう叫びながら投擲する。
放たれた黄昏の槍は、吹き飛んだデュラハンが左手に持つ頭部を貫く。
「ガアアアアア」
黄昏の槍に貫かれたデュラハンの頭部は、そう叫ぶと砕け散るのだった。