3574話
近付いてくるレイに向け、スケルトンロードは再度魔剣の切っ先を向ける。
先程同様、怨霊を消費して放たれる紫の一撃。
その紫の一撃が一体どのような意味を持つのか、レイには分からない。
分からないが、だからといってわざわざ当たってやる義理はなく、床を蹴る。
先程の焼き直しのような、スレイプニルの靴を使った三角跳び。
「腐食」
そしてこちらもまた、先程同様に腐食を使ってスケルトンロードに向かってデスサイズを振るう。
スケルトンロードも、先程の一撃で腐食による効果がどのようなものかは十分に理解しただろう。
本来なら、レイの一撃を魔剣で受けたくはなかった筈だ。
だが、それでもレイの一撃は鋭い。
その一撃を回避することは出来ず、かといって鎧で受け止めても先程吹き飛ばされた一撃の威力を考えれば、それを防ぐことは出来なかった。
結果として、スケルトンロードが出来るのは魔剣を使ってレイの一撃を防ぐということだけだったが……
「ナ……」
デスサイズの刃を止めた瞬間、ポロリという音がしてもおかしくない様子で、魔剣の刀身が折れて床に落ちる。
それはデスサイズの一撃によって切断された訳ではない。
あるいは切断されたのであれば、スケルトンロードもまだ納得出来ただろう。
しかし刀身は半ばで切断されたのではなく、折れたのだ。
腐食のスキルを使われた後で魔剣としての効果を発揮し、更には腐食のスキルを二度使われ、デスサイズの一撃を二度魔剣で受けた。
それらが積み重なり、魔剣の刀身は半ばで腐食し、折れた。
……いや、この場合は切断されたり折れたといった表現は相応しくないだろう。
それこそ、腐り落ちたという表現の方が正しい。
「まだだ!」
魔剣が折れたのは、スケルトンロードにとっても余程予想外だったのだろう。
一秒にも満たない短い間ではあったが、それでもスケルトンロードは何をするでもなく動きを止める。
そのようなスケルトンロードの隙を……戦闘の中では致命的な隙をレイが見逃す筈がない。
魔剣を折った動きのまま、手首を捻ることでデスサイズの刃の方向を変える。
レイやセトだけがデスサイズの重量をほとんど感じないという特殊な能力があってこその行為。
そうして床の近くで刃の向きを変えられたデスサイズは、逆袈裟の形でスケルトンロードを斬り裂く。
スケルトンロードの着ている鎧も普通の鎧ではないのだろうが、魔剣や盾のようにマジックアイテムではないらしく、あっさりと斬り裂かれ……
「ついでだ、食らえ!」
続けて放つ黄昏の槍の一撃が、その鎧腹部を貫く。
レイの左手には鎧を貫いただけではなく、スケルトンロードの背骨をも貫いた感触が残る。
スケルトンロードも結局は骨だけである以上、鎧の中身は当然のように骨しかない。
それだけに身体を持つ敵と比べると非常に厄介なのだが、それでも黄昏の槍は背骨を砕くことに成功し、そのままスケルトンロードは床に崩れ落ちた。
背骨を切断され、鎧に支えられてはいたものの、それでも立っていることが出来なくなったのだろう。
「最後だ、死ね」
その言葉と共に、レイの振るうデスサイズは床に倒れたスケルトンロードの首を切断し……スケルトンロードは動かなくなる。
「死んだか。……本当に死んだんだよな?」
首を切断したにも関わらず、レイが確実に相手を殺したと断言出来なかったのは、やはり敵がスケルトンロードだからだろう。
骨で出来たその身体は、普通なら首を切断したくらいでは死なない。
実際、以前レイはスケルトンが自分の首を持っているところを見たこともある。
そうである以上、本当に今の一撃で死んだと確信が持てなくてもおかしくはなかった。
「グルゥ」
そんなレイの隣にやってきたセトは、確信を持って喉を鳴らす。
それはスケルトンロードが死んだと、そう断言しているかのようだった。
一体何故セトがそのように断言出来るのかは、レイにも分からない。
分からないが、それでもセトがそう言うのであればスケルトンロードは死んだのだろうと納得する。
それだけレイがセトに対して強い信頼を寄せているということの証だった。
「さて、そうなると……魔剣や盾の破片は放っておくとして、鎧は一応収納した方がいいな。それとこれか」
レイが切断した鎧の隙間から魔石が見えている。
スケルトンロードの魔石。
レイにとって、スケルトンロードの素材の中で最も貴重な品だ。
(リビングアーマーの件はともかく、スケルトンロードは倒したことがないから、正真正銘初めての魔石だな。そして敵の強さを思えば、スキルの習得は間違いない筈だ)
実際に戦ってみた感じだと、レイの認識ではスケルトンロードはランクBの上位、あるいはランクAの下位といった認識だった。
純粋にスケルトンロードだけなら、間違いなくランクB程度の強さだったのだろうが、魔剣や盾といったマジックアイテムがスケルトンロードの強さを底上げしていた感じだ。
「鎧は……まぁ、何かに使えるか。使えないなら、火災旋風に使えばいいし」
鎧はデスサイズと黄昏の槍によって半ば破壊されている。
そうして破壊された鎧の使い道は、今のところ特に思いつかない。
最悪、鍛冶師に持ち込んで溶かし、インゴットか何かにして貰うといった方法もあるだろう。
(スケルトンロードが装備していた鎧だ。マジックアイテムではなくても、ただの鉄とかそんなことはないだろうし)
具体的にどのような金属が使われているのかは、レイにも分からない。
分からないが、それでも希少な金属である可能性は十分に高かった。
「終わった?」
レイは近付いて来たニールセンの言葉に頷く。
「ああ、終わった」
「そう。……よかった」
ゴーレムの上に座ったままのニールセンだったが、心の底から安堵した様子を見せる。
そんなニールセンの様子に、レイはそこまで怯えるのを疑問に抱く。
霊を見る力を手に入れたのは知っているが、それでもここまで怖がるのはどうかと、そう思ったのだ。
「ニールセン、このままこの廃墟の探索を続けても大丈夫か? 今の様子を見ると、この先の探索は難しいんじゃないか?」
「それは……多分大丈夫だと思うけど。あのスケルトンロードは、見るからに特別だったでしょう? まさか、あんなモンスターが他にも大量にいるとは思えないし。……思えないわよね?」
心配そうにレイに尋ねるニールセン。
そんなニールセンに対し、レイは何と言えばいいのか迷う。
普通に考えれば、ニールセンの言葉は正しい。
魔剣とマジックアイテムの盾。それも魔力を使うのではなく、怨霊の力を消費して効果を発揮するという、かなり珍しい品だ。
そのような物が複数存在するとは思えない。
だが……この廃墟は元研究所だったとレイの中ではほぼ確信している。
そうである以上、この研究所の成果としてそのようなマジックアイテムが多数あるという可能性は決して否定出来なかった。
「多分大丈夫だとは思う。……けど、以前ニールセン達がこの廃墟に来た時、スケルトンロードとかはいなかったのか?」
「当然でしょ。もしあんなのがいたら、ここで休むなんてことは出来なかったでしょうし」
「だろうな」
レイも、あのようなスケルトンロードが出てくる場所で寝泊まりをしたいとは思わない。
(というか、結局この廃墟では何の研究をしていたんだろうな。木のアンデッドの件も、ニールセン達が来た時はまだアンデッドじゃなかったって話だし。けど、リビングアーマーの件やスケルトンロードの件を思えば、やっぱりアンデッドの研究か? けど、研究所を破棄した時、普通なら研究対象だった存在も殺すなり破壊するなりしてもいい筈だ。なのに、何でここではこんなにアンデッドがいる?)
普通なら、研究所を破棄した時に自分達の研究成果が誰かに渡らないようにする為に、きちんと持ち出すなり破棄するなりするだろう。
でなければ、誰かにその研究成果を奪われる可能性があるのだから。
(となると、そういうのをきちんとした後で、改めてアンデッドが生み出された? じゃあ、スケルトンロードが使っていた魔剣や盾のようなマジックアイテムは? やっぱりあれは研究成果という訳じゃなくて、スケルトンロードが使っていたから自動的にマジックアイテムになったとか?)
この廃墟について考えていたレイだったが、ニールセンが自分を不安そうに見ているのに気が付く。
「取りあえず、どんなモンスターが出て来ても俺とセトがいれば問題ないだろ。それにニールセンにはアンデッドに対する特効を持つ光もあるんだし。いざとなったらそれを使えばいい」
「それは……うん。分かるけど。それでも、絶対に安全という訳ではないんでしょう?」
「それはそうだ」
それこそ世の中に絶対に……本当に何があっても安全な場所というのがあるのかどうかは、レイにも分からない。
例えばギルムに領主の館や、精霊魔法によって守られているマリーナの家、あるいはトレントの森にある妖精郷。
そのような場所は、普通に考えれば安全な場所ではあるが、本当の意味で絶対に安全なのかと言われれば、レイも素直に頷くことは出来ない。
「うー……仕方がないわね。じゃあ、私も一緒に行くわ」
渋々と、本当に渋々といった様子でニールセンが言う。
この廃墟についてレイに教えたのはニールセンなのだが、その本人はそのことを後悔していた。
リビングアーマーがいるのは分かっていたが、スケルトンロードのような存在がいるとは、ニールセンにとっても完全に予想外だったのだろう。
予想以上に強力なアンデッド。
しかもそのアンデッドが使っていたのは、怨霊を消費して使うというマジックアイテム。
霊を見る力に覚醒したばかり、あるいはそのような能力を持っていると気が付いたばかりのニールセンにしてみれば、それは非常に気持ちの悪い存在だったのだろう。
「分かった。じゃあ、行くぞ。……多分大丈夫だとは思うけど、この先では一体何があるのか分からない。というか、どんなアンデッドがいるか分からないから、注意する必要がある」
「……何だかそう言いながら、レイは少し嬉しそうじゃない?」
訝しげ……というよりも、微妙にジト目をレイに向けるニールセン。
自分がこんなに我慢しているのに、レイが嬉しそうな様子なのが面白くないのだろう。
「あー……それはあれだ。知っての通り、俺は魔石を集める趣味があるしな。そういう意味では、アンデッドであっても未知のモンスターは大歓迎だ。それに一番厄介なゾンビ系統も今のところいないし」
この場合の厄介というのは、敵の強さではなく悪臭的な意味でだ。
レイとセトは双方共に五感が鋭い。
特にセトは、レイを上回る程の五感の鋭さを持つ。
そんなセトがゾンビと遭遇した場合の被害は、それこそ普通に戦うよりも余程大きい。
だからこそ、レイやセトにしてみればここでゾンビに出て来て欲しくはないと思うのだ。
「魔石をね。……前々から思っていたけど、魔石を集めるのってそんなに楽しいの? 私としては、寧ろ魔石を売って美味しい料理を食べた方がいいと思うんだけど」
ニールセンの言葉にレイは少し驚くが、すぐに納得する。
モンスターの魔石が売れるということをニールセンが知っているのに驚いたのだが、何だかんだとレイとの付き合いも長いニールセンだ。
レイのドラゴンローブの中に入ってギルムの街中を歩き回ることもあったし、領主の館でもそれなりに好き勝手に行動していた。
その辺のことを思えば、魔石を売るという件について知っていてもおかしくはない。
「別に全部の魔石を売らないって訳じゃないけどな」
レイのその言葉は事実だ。
実際、レイは多数のモンスターを倒して得た魔石は売ることがある。
もっとも、スタンピードを起こしたスノウオークの魔石については、希少なモンスターの魔石ということで、売るつもりはなかったが。
ギルドにもスノウオークの死体は売ったので、何か気になることがあるのならそれを調べればいいだろうと思っていた。
「ふーん。……まぁ、レイがそう言うのなら私は構わないけど。じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「何だ? 随分と急にやる気になったな」
「仕方がないじゃない。レイがこのまま探索を続ける気なら、今は少しでも早く終わらせて妖精郷に戻りたいし」
「なるほど」
ニールセンが何を考えて少しでも早く探索を続けようとしたのかを理解したレイは、ニールセンらしいと納得する。
「ちなみに、残りの部屋にも全部アンデッドがいたらどうする?」
「ちょっと、嫌なことを言わないでよね!」
レイの言葉に、ニールセンは不満そうな様子で叫ぶのだった。