3572話
「まぁ、リビングアーマーだし、素材とかがないのは仕方がないか」
レイは目の前にある複数の魔石を見ながら、そう呟く。
この部屋にいたリビングアーマーは、レイとセトの手によって倒された。
あるいは破壊されたと表現した方が正しいのかもしれないが。
そして倒したモンスターを前にやることは、当然ながらドワイトナイフを使うこと……ではない。
リビングアーマーというのは、鎧に霊が宿った物だ。
それだけに内部には魔石以外に何もない。
敢えて素材とするのなら、それこそリビングアーマーの身体である鎧だろう。
レイが以前聞いた話によると、リビングアーマーの鎧は個々の強さに差があるが、魔力を纏っていることもあり、魔法金属という程に大袈裟ではないが、それに準ずる物としては使えるらしい。
とはいえ、レイに鍛冶師の技能はない。
そうなると、この鎧は鍛冶師に売るか……もしくは、鎧という重量のある物として上空から落としたり、火災旋風を使った時にその中に入れるといった使い方くらいしか思いつかなかった。
もし倒す時に鎧を傷つけていなければ、飾り物として売ることも出来たかもしれないが。
「魔石はいいけど、今回の本題はこっちでしょ」
そう言い、ニールセンが床に並べられている長剣、槍、ハルバード、弓といった武器に視線を向ける。
前のめりになった為に空中に浮かんでいたゴーレムから落ちそうになったりもしたが、その辺は羽根を使ってバランスを取っていた。
「大半は壊れてるけどな。壊した俺が言うのもなんだけど」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトがごめんなさいと喉を鳴らす。
リビングアーマーとの戦いでレイが敵の使っていた武器を壊したように、セトもまた戦いの中で武器を壊してしまっているのだ。
「あー、うん。気にするな。この程度で壊れるようなら、俺が期待した程のものではなかったんだろうし」
「レイとセトの攻撃で破壊されない武器って、そもそもそれ自体が少ないんじゃないかしら」
そんなことを呟くニールセンだったが、レイはそれを意図的に無視する。
実際、ニールセンの言ってることが正しいのは間違いない。
レイの使うデスサイズや黄昏の槍は、双方共に伝説の武器と評してもおかしくない程の品なのだから、それと互角にやり合えというのがそもそも無理な話だろう。
「取りあえず無事なのは、長剣が四本、槍が二本にハルバードと弓がそれぞれ一つずつか。悪くはない結果だと思っておくよ」
「ふーん。まぁ、レイがそう言うのならいいけど。それで、無事だった武器はどんな感じ? マジックアイテムとして使える?」
「どうだろうな。実際に使って試してみないと分からない。それに、アンデッドの使っていた武器だし、呪われている可能性がある。妖精郷に戻ったら長に見て貰って、それで問題なければ使う。……とはいえ、俺がそのまま使うということはないだろうけど」
「そうなの? 何で?」
「いや、何でって言われてもな。デスサイズと黄昏の槍を使うんだから、両手が塞がる。それ以上の武器があっても、同時には使えない」
あるいはネブラの瞳で生み出す鏃のように、デスサイズや黄昏の槍と違う間合いで攻撃が出来るのなら、それなりに使い道もあるだろう。
だが、ここにあるのは殆どが直接攻撃する武器で、唯一の遠距離用の武器が弓だ。
しかし、レイは弓を使えない。
……いや、正確には弓を使えない訳ではない。普通に射ることは出来るが、それはあくまでも普通か、あるいは普通よりも少し上といった程度だ。
身近にマリーナという弓の名手がいる以上、わざわざ自分が弓を使う必要はないと思えた。
そもそも遠距離攻撃をするだけなら槍の投擲や魔法、スキルといったように色々と手段があるのだ。
別にわざわざ弓を使う必要はない。
(この弓は、長に調べて貰って問題なければマリーナに渡す……いや、見た感じではマリーナの持っている弓の方が明らかに格上だよな)
それならわざわざ弓をマリーナに渡す必要がないだろうと思い直す。
「取りあえずこれは全部収納して……」
そう言いつつ、レイは言葉通りミスティリングに収納する。
「あー……」
何故かそれを残念そうに見るニールセン。
ニールセンにしてみれば、この廃墟に来たのはレイがリビングアーマーを倒したいと言ったからだ。
そしてこうしてリビングアーマーを倒した以上、もう妖精郷に戻るということになってしまうのを残念に思ったのだろう。
だが、そんなニールセンの思いを、レイは良い意味で裏切る。
「さて、じゃあ次の部屋に行くか。ニールセン、他の部屋はどんな感じなんだ?」
「え? あれ? レイがここに来たのは、リビングアーマーと戦いたかったからなのよね? そのリビングアーマーを倒したのに、まだ廃墟の探索を続けるの?」
「え? ……あ、ああ。勿論そうに決まってるだろ」
少しだけ慌てた様子を見せるも、すぐに頷くレイ。
あるいはリビングアーマーの件で魔石を偶然壊し、スキルの強化が行われなければ、レイもニールセンの言うようにリビングアーマーを倒したことで満足し、曲がりなりにもマジックアイテムらしい武器を入手したことで帰ったかもしれない。
しかし、リビングアーマーの魔石で魔獣術が発動した以上、この廃墟に存在するモンスターを逃すという手段はない。
それこそこの廃墟にいるモンスターの全てを倒すまで、レイは帰るつもりはなかった。
「グルルゥ!」
早く行こうとセトが喉を鳴らす。
先程のリビングアーマーの魔石でパワースラッシュがレベルアップした時のアナウンスは、当然ながらレイだけではなくセトにも聞こえている。
それだけに、セトも魔石を出来るだけ多く確保すると、それだけ自分のパワーアップにも繋がると思っているだろう。
(とはいえ、セトに魔石を与える際には絶対に洗っておいた方がいいだろうけど)
今回はリビングアーマーの魔石だったが、これがゾンビの魔石とかであればどうなるか。
デスサイズで切断するのは問題ないが、セトの場合は魔石を飲み込む必要がある。
ゾンビの体内から出て来た魔石をそのまま飲み込みたいかと言えば、それに頷く者は……いるかもしれないが、本当に限られた者だけだろう。
もっともレイの場合は流水の短剣があるので、魔石を洗う水に困ることはなかったが。
……レイが流水の短剣で出した水の味、それこそ天上の甘露という表現が相応しい味を知っている者にしてみれば、そんな水をゾンビの魔石を洗うのに使うなと叫びたくなるかもしれないが。
「とにかく、この廃墟は興味深い。さっきの木のアンデッドもそうだったし。そんな訳で、この廃墟にいるモンスターは全て倒す」
「そこまで興味深かったの? ……まぁ、レイがそう言うのならいいけど」
ニールセンはレイの言葉に疑問を抱くも、まだ妖精郷に戻らずこの廃墟にいるのに不満はない。
そしてやる気満々のセトも言うまでもないだろう。
そんな訳で、レイ達は部屋を出ようとしたのだが……
「グルゥ!」
ちょうどその瞬間、セトが鋭く鳴き声を上げる。
その鳴き声を聞いた瞬間、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
ニールセンはゴーレムに乗ったままレイとセトの後ろに移動する。
セトの鳴き声から、通路に敵がいるのはほぼ間違いないと思えたからだ。
(結構頻繁にモンスターが来るけど、ニールセン達がこの廃墟に泊まった時はどうだったんだ? その時も今と同じくモンスターが来たのか。あるいは長の力によって対処したのか。もしくは、今日偶然モンスターが多数いるのか。……何か最後っぽいな)
普通に考えれば、偶然そのようなことになるというのはおかしい。
おかしいのだが、レイの場合は自分の運の悪さというか、トラブル誘引体質について理解しているので、そのようなことがあってもおかしくはないと思える。
(それに、これは悪いことだけじゃないし)
レイにしてみれば、この廃墟にいるモンスターはスケルトンやリビングアーマーといったアンデッドではあるが、普通のアンデッドとは別の存在となっている可能性が高いのだ。
魔獣術的には、次から次に現れて欲しいくらいだった。
「よし、行くぞ」
セトとニールセンの様子を確認すると、レイが言う。
そうして部屋を出ると……
「ん? ……ああ、あっちか」
てっきり、部屋を出た瞬間に敵が集まっているのだとばかり思っていたレイだったが、実際には部屋から出てもそこには誰もいない。
一瞬訝しげな表情を浮かべたレイだったが、やがて通路の先から足音が聞こえてきたので、そちらに視線を向ける。
「スケルトン……じゃない? 取りあえず足音があるってことは、レイスとかそういう実体のない敵じゃないと思うけど」
「グルゥ」
レイの隣にいるセトが、その言葉に異論はないと同意するように喉を鳴らす。
ニールセンは何かあったら自分が援護をしようと、そのように思っているかの様子だった。
そうして敵が来るのを待っていると……
「スケルトン? いや、スケルトンナイト? それも違うな。スケルトンジェネラル? あるいは……キングやロードか? 取りあえずスケルトンロードと認識しておくか」
姿を現したスケルトンは、先程と違って一匹だけだった。
だが、その身体には見るからに禍々しい鎧を身に纏っている。
それこそ頭部に骨がなければ、リビングアーマーの上位種ではないかと思ってしまうくらいには立派で、それでいて禍々しい鎧だった。
先程通路で遭遇したスケルトンは、鎧も何も着ていない骨だけの姿だった。
手にしているのは武器くらいか。
そう考えると、現在レイの視線の先にいるスケルトンがどれだけ異常な存在なのかは分かるだろう。
「ガ……ギ……」
現れたスケルトンロードの口から、そんな音、もしくは声が漏れる。
「へぇ、声を出すとはちょっと意外だな。スケルトンロードだからか? ……持ってる武器も、いかにもなマジックアイテムだし」
レイの視線がスケルトンロードの持つ装備に向けられる。
片手は長剣……間違いなく魔剣だろう武器を持ち、もう片方にこちらもまたマジックアイテムだろう盾を持つ。
魔剣も盾も一体どのような効果を持つのかはレイにも分からない。
分からないが、それでもマジックアイテムである以上は何とかして入手したかった。
(特に盾だな。……魔剣もだけど、盾の方が珍しい)
魔剣や魔槍といった、武器のマジックアイテムはそれなりに多い。
あるいは指輪やネックレス、腕輪といったようなアクセサリ系のマジックアイテムも多い。
しかし、盾のマジックアイテムというのは多くのマジックアイテムを見る機会があったレイの目から見ても、珍しかった。
そもそもの話、レイが会う機会が多いのは冒険者だ。
そして冒険者……特に前衛の者の多くは長剣や短剣、槍、ハルバード、戦斧……他にも色々と武器を持つが、盾を持つ者は決して多くはない。
勿論皆無という訳ではない。
いわゆるタンク役を任されている者達は、普通に盾を使っている。
しかし、レイはそのようなタイプとあまり会うことがなく、そういう意味で盾のマジックアイテムというのは珍しかった。
だからこそ、出来れば欲しいと思う。
……もっとも、スケルトンロードが持っている盾を手に入れても、デスサイズと黄昏の槍で両手が塞がっているレイが使う時が来るかどうかは微妙だが。
とはいえ、マジックアイテムの盾としての効果によっては何らかの理由で使う可能性は十分にある。
「ギ……ガァッ!」
その言葉と共に、スケルトンロードはレイに向かって駆け寄る。
レイは自分に向かって振り下ろされる魔剣の一撃をデスサイズを振るって弾く。
同時に黄昏の槍の一撃を、盾に向かって放つ。
どのような効果があるのかを確認する意味も込めての一撃だったが、スケルトンロードはレイの一撃を受け、その威力によって吹き飛ぶだけで、特に何らかの効果が発揮したりはしない。
吹き飛ばされつつも、スケルトンロードは転ぶことなく両足で床に着地する。
「セト!」
「グルゥ!」
スケルトンロードが吹き飛んだのを見てレイが叫ぶと、即座にセトは反応する。
スケルトンロードが距離を取ったところで、セトは即座にスキルを発動した。
「グルルルルルルゥ!」
放たれたのは、アイスアロー。
セトの周囲に八十本の氷の矢が浮かぶと、それが一斉にスケルトンロードに向かって放たれる。
一本一本が、一般人なら容易に殺せるだけの威力を持った氷の矢。
その氷の矢の雨とも呼ぶべき攻撃だったが……
「キカヌ」
先程までの理解出来ない言葉ではなく、レイですらきちんと聞き取れる声を発し、スケルトンロードは盾を前に出す。
次の瞬間、その盾から背筋を冷たくするかのような不気味な風の衝撃波が放たれ、氷の矢の狙いは悉く逸れるのだった。