3571話
レイが部屋の中に入ると、先程と同じようにリビングアーマーが動き出す。
十五匹の全てのリビングアーマーが。
「セト、半分頼む! ニールセンは部屋の外で待機! スケルトンが来たら部屋の中に入らないように防いでくれ!」
素早く指示を出し、デスサイズと黄昏の槍を手に前に進む。
そんなレイから少し離れた場所をセトが走る。
残ったニールセンは、レイの指示に従って防御用のゴーレムに座ったまま、部屋の中に入らないように通路の様子を警戒していた。
(こっちは七匹か。どういう風に判断してるのかは分からないが、俺よりもセトの方を危険だと認識したらしいな。ある意味でそれは間違っていないけど)
グリフォンという高ランクモンスターで、多数のスキルを自由に使うのだ。
もしレイがリビングアーマーの立場でも、セトの存在は危険だと判断するだろう。
もっとも、セトはリビングアーマーにスキルを使うところは見せていないので、スキル云々というのはリビングアーマーにも認識出来ないだろうが。
それでもリビングアーマーの認識では、レイよりもセトの方を危険視したのだろう。
(無理もないか)
外見だけで判断するのなら、レイとセトのどちらが脅威なのかは非常に分かりやすい。
そうである以上、レイはリビングアーマーの行動に不満を抱きはしなかった。
向こうがそのように判断したのなら、それは向こうの責任なのだから。
「パワースラッシュ!」
長剣を手にしたリビングアーマー三匹を相手に、レイはデスサイズを振るう。
そのスキルは、圧倒的な破壊力を持つ。
二匹のリビングアーマーは、持っていた長剣諸共鎧を破壊されて砕け散り、残りの一匹は咄嗟にしゃがむことによってその一撃を回避する。
(へぇ)
その一匹の動きに一瞬だが感心するレイ。
リビングアーマー……それも長剣を持つ三匹だったので、能力としても同じだろうと思ったのだが、個体差があるらしい。
しかし、レイはそんな相手の動きを理解しつつもパワースラッシュを放った動きをそのまま利用し、その場で回転しつつ、左手に持つ黄昏の槍で背中越しに突きを放つ。
微かな手応えを感じつつ、レイはそのまま回転の動きを止めることなく左手に持つ黄昏の槍を大きく振るう。
一瞬前の微かな手応えは、リビングアーマーの鎧を貫いたもの。
普通なら鎧……それも金属の鎧を貫くというのは、そう簡単なことではないし、手応えも全く違う。
何しろレイの感じた手応えは、それこそ障子に張られた紙を指で貫いたかのような、その程度の感覚だったのだから。
ただ、それは黄昏の槍という魔槍だからこその感覚であり、レイが片手で黄昏の槍を振るったことにより、胴体を貫かれたリビングアーマーは回転の遠心力も勢いにプラスされ、大きく吹き飛んでいく。
「残り、四! っと!」
残り四匹のうち、槍を持った二匹とハルバードを持った一匹がレイに向かってその武器を振るう。
タイミングを合わせたかのような三匹の攻撃を、レイは纏めてデスサイズを振るって弾く。
それによって三匹のリビングアーマーが纏めてバランスを崩し……
「って、マジか! マジックシールド!」
残ったリビングアーマーの手にした武器を見たレイの口から驚きの声が上がる。
だが、驚いたのも本当に一瞬で、すぐにデスサイズのスキルであるマジックシールドを使う。
レイの周囲に現れた、三枚の光の盾。
そのうちの一枚が、リビングアーマーの射った矢を受け止め、消えていく。
それを確認しつつ、レイは一気に前に出る。
この状況で一番厄介なのは、遠距離の攻撃手段を持つ弓のリビングアーマーと判断しての行動だろう。
だが、リビングアーマーもそんなレイの行動は把握してるのか、弓のリビングアーマーを守ろうと、先程デスサイズの一撃で吹き飛ばされたうち、ハルバードを持つリビングアーマーが攻撃を仕掛けてくる。
しかし、その攻撃も光の盾を一枚使って防ぎ、その間にレイは床を蹴り、弓を持つリビングアーマーに近づき……
「氷雪斬!」
スキルを発動しながら、デスサイズを振りかぶる。
デスサイズの刃はスキルによって氷に覆われ、その攻撃範囲が広くなる。
弓を持つリビングアーマーは、レイの攻撃を見た瞬間後ろに下がろうとする。
下手に反撃をするのではなく、弓を武器にしているからこそ攻撃相手のレイから距離を取ろうとしたのだが……
「甘い!」
更に一歩踏み込み、デスサイズを振るう。
氷に包まれた刃は、リビングアーマーの身体をあっさりと両断する。
同時に、デスサイズの刃を覆っていた氷も砕け散った。
(ミスった!)
今の一撃を放ちながら、内心でそのように口にしたのは、デスサイズの一撃によってリビングアーマーを切断したまではよかったのだが、弓も一緒に切断してしまった為だ。
弓がいわゆる魔弓だったのかどうかは、レイにも分からない。
だが、元々はリビングアーマーの持っている武器を目当てにこの廃墟に来た以上、今の攻撃はやりすぎだと判断するしかなかった。
……もっとも、最初に戦ったリビングアーマーの持っていた長剣も二本はデスサイズの一撃で破壊しているのだが。
惜しいと思いつつも、身体の動きが止まることはない。
今はまず自分の行動を悔やむより、敵を倒すのを優先するべきだ。
「ちっ、もうか!」
ハルバードを持ったリビングアーマーはともかく、槍を持ったリビングアーマーも既にこちらに向かって攻撃をするべく槍の突きを放つ直前だった。
素早く現在の立ち位置を理解し、ハルバードの一撃は再度光の盾を使って防ぎ、槍の一撃は黄昏の槍を横薙ぎに振るうことで弾き、最後の一匹の槍による攻撃はデスサイズを振るって槍諸共にリビングアーマーの胴体を切断する。
「地中転移斬!」
続けて使用されるスキルにより、レイはデスサイズの刃を床に向かって振るう。
デスサイズの刃は、そのまま床に沈み込み、同時にハルバードを持つリビングアーマーの足下から刃が現れ、片足を切断する。
片足を失い、バランスを崩して床に倒れ込むリビングアーマー。
最後の一匹に向かい、レイはデスサイズを地面から引き抜きつつ後ろに跳躍して体勢を立て直す。
普通であれば、自分の仲間が次々と倒されたのだから、まだ無傷の敵であってもそれを怖がったりするだろう。
しかし、それはあくまでも普通ならだ。
リビングアーマーはアンデッドの一種で、怖いといった感情はない。
(いや、アンデッドでも感情はあったりするのか?)
ヴァンパイアは勿論、レイと親しいグリムもアンデッドだ。
そう考えると、アンデッドに感情がないというのは大嘘だろう。
そんな風に思いつつ、レイは前に進む。
リビングアーマーの持つ槍の一撃がレイに向かって放たれるが、レイはその槍を黄昏の槍で迎え撃つ。
槍の穂先がぶつかった瞬間に軽く手首を動かすことにより、リビングアーマーの持っている槍は外側に弾かれ……斬、と。
槍を弾かれたリビングアーマーの胴体が、レイの振るったデスサイズによって切断された。
「ふぅ」
戦いが終わり、レイが大きく息を吐く。
とはいえ、戦いは終わったものの、それはまだレイだけだ。
セトの方は……と視線を向けると、そこでは大きく前足を振るってリビングアーマーを斬り裂き、あるいは吹き飛ばしているセトの姿があった。
クリスタルブレスを使って相手の動きを一時的に止め、次の瞬間には前足を振るってリビングアーマーを破壊する。
翼刃を使って翼を刃として敵を斬り裂くといったように。
まさに蹂躙という表現が相応しい光景がそこにはあった。
ガシャン、と。
そんな音がレイの耳に聞こえてくる。
音のした方に視線を向けると、そこでは片足を失ったリビングアーマーが立ち上がろうとしていた。
だが、手にハルバードを持ったリビングアーマーは、片足がないのだ。
その状況で立ち上がれる筈もない。
レイが近付くと、立ち上がれないままでもハルバードを使ってレイに一撃を放つ。
その一撃を黄昏の槍で弾くと、デスサイズを一閃。
「これで本当に終わりだな」
ハルバードを持っていたリビングアーマーは、胴体を切断されたことによって死ぬ。
【デスサイズは『パワースラッシュ Lv.六』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
「……あれ?」
「グルゥ?」
レイとセトの口から、疑問の声が上がる。
レイの記憶が確かなら、以前リビングアーマーを倒した時に魔石は使っている筈だ。
その時スキルを習得したのか、あるいは修得出来なかったのかまでは覚えていないが。
アナウンスメッセージが流れた、それもデスサイズのスキルがパワーアップしたということは、リビングアーマーの魔石をデスサイズで切断したのだろう。
それは分かる。分かるが、だからといって何故一度使ったことのあるリビングアーマーの魔石でスキルを習得出来たのかは、分からない。
レイがゼパイルから受け継いだ魔獣術の知識では、同じ種類のモンスターの魔石は一度しか使えないというのがあった。
正確にはレイの場合はセトとデスサイズの二回分だが。
(いや、待て。同じモンスター……? なるほど、もしかして……)
レイはニールセンからリビングアーマーと聞いていたので、それを素直に信じていた。
だが、もしそれが間違っていたら?
具体的には、リビングアーマーではなく、希少種や上位種であったらどうか。
もしくは、この廃墟が何らかの研究所――レイは既にそうだと確信しているが――だったとしたら、ここにいるリビングアーマーは何らかの手段で普通のリビングアーマーではなくなっている可能性がある。
具体的には、外見はリビングアーマーであっても、中身はもっと別の存在といったように。
(そうなると、魔獣術的には別のモンスター扱いになるのか? だとすれば……これは結構美味しいな)
レイにしてみれば、一見同じモンスターに見えはするが、実は違う。
その上で魔剣なり魔槍なりを残してくれるかもしれない相手となれば、この廃墟に案内してくれたニールセンには感謝しかない。
「終わった?」
レイがニールセンに視線を向けると、ちょうどそのタイミングでニールセンも声を掛けてくる。
その言葉にレイがセトの方に視線を向けると、そこでも戦いは終わっていた。
「ああ、終わったな」
「ふーん。でも、何で最後に動きを止めたの? いきなりだったから、疑問に思ったんだけど」
ニールセンの疑問に、レイは何と答えればいいのか迷う。
ニールセンとはそれなり以上に親しい関係だとは思う。
だがそれでも、魔獣術についての諸々は話していないのだ。
魔獣術については、そう簡単に話せる内容ではない。
「倒した感じだけど、多分俺達が戦ったのはリビングアーマーじゃないと思ってな。……正確には、リビングアーマーはリビングアーマーだけど、ちょっと違う感じだ」
「え? じゃあ、希少種や上位種?」
「うーん、それもどうだろうな。ちょっと違うと思う」
「じゃあ、何なのよ?」
「分からない。分からないからこそ、多分そうじゃないかと思っただけで。何も証拠もないしな」
レイの言葉に、ニールセンは完全に納得した様子は見せないものの、そういうものかと頷く。
この辺り、妖精らしく小難しいことはあまり考えていないのだろう。
「そうなの。レイにしてみれば良かったことなの?」
「そうだな。未知のモンスターと戦うことが出来たのは、俺にとって悪くない」
「じゃあ、ここを教えた私には感謝しないと駄目ね」
「ああ、ありがとう」
「な……何よ。レイがそんな風に言うなんて……」
まさか、こうも素直にレイに感謝の言葉を言われるとは思わなかったのか、ニールセンは少し戸惑う。
だが、レイにとってこの廃墟が予想通りの場所だとしたら、それこそニールセンには幾ら感謝してもしたりない。
素直に感謝の言葉を口に出すくらいは、そうおかしなことではない。
もっとも、ニールセンと一緒なので魔石を手に入れてもそれが本当に使えるかどうかは実際に試してみないと分からない。
そうなると、まさかデスサイズで魔石を切断する光景や、セトに魔石を飲み込ませるといった光景をニールセンに見せる訳にいかないのも事実。
それだけに、未知のモンスター……という表現がこの場合相応しいのかはレイにも分からなかったが、すぐに魔石を試せないのは痛い。
(その辺はしょうがないか。戦いの中で魔石を壊せればスキルを覚えたり強化出来たりするかもしれないし。もっとも、セトの場合は戦いのドサクサ紛れにというのは難しいだろうけど。そうなると、やっぱり適当に魔石を抜き取って、廃墟の戦いが終わってから試してみるのがいいのかもしれないな)
レイは自分が倒したリビングアーマーの残骸を見ながら、そう思うのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.七』『飛斬 Lv.六』『マジックシールド Lv.三』『パワースラッシュ Lv.六』new『風の手 Lv.五』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.四』『ペネトレイト Lv.六』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.六』『飛針 Lv.二』『地中転移斬 Lv.一』『ドラゴンスレイヤー Lv.一』
パワースラッシュ:一撃の威力が増す。ただし斬れ味が鋭くなるのではなく叩き切るような一撃。レベル五以降では威力が上がり反動もなくなる。