3568話
「まぁ、こんなもんか」
レイはデスサイズを振るってそう呟く。
床に転がっているのは、二匹のスケルトンの死体のみ。
レイにしてみれば、倒すのに全く苦労する相手ではなかった。
レイの戦闘スタイルは基本的にデスサイズと黄昏の槍を使って戦う二槍流だ。
しかし、このスケルトンを相手にしての戦いでは、それこそ文字通りの意味でデスサイズを一閃させただけで槍と長剣を持った二匹のスケルトンの魔石を同時に破壊し、それで終わった。
文字通りの意味の一蹴。
相手がスケルトンである以上、デスサイズの刃には血も体液も付着していなかったのだが、それでも刃を振るってしまうのは一種の癖だろう。
そのことに気が付いたレイは。少しだけ照れた様子を見せながら地面に転がっているスケルトンの死体に視線を向ける。
「まぁ、こんなもんか」
「何で同じことを二回言うの?」
光を放ち、疲れていたニールセン。
だが、少し休んでそれなりに体力を回復したニールセンは、レイが何故か同じ言葉を二回口にしたのを疑問に思ったのだろう。
不思議そうな様子でレイに尋ねていた。
「何だろう。……何となく? うん、何となくという表現が相応しいと思う」
実際、何らかの意図があって今のように同じ言葉を二度口にした訳ではない。
本当に何となく口にしたというのが正しい。
「ふーん。まぁ、別にいいけど。それより、私の活躍を見てくれた? 凄いわよね?」
疑問はすぐに消え、ニールセンは自慢げにレイに尋ねる。
だが、そんなニールセンの言葉に、レイはどう反応していいのか分からない。
「うん、確かに強力だった。それは間違いない。けど……魔石も含めて消滅させてしまったのはちょっとな」
強力な一撃だったのは、レイも認める。
スケルトンを一撃で倒したことを含めて、恐らくより上位のアンデッドにも効果はあるだろう。
そうは思うが、使いどころが難しいのも事実。
これがスケルトンやゾンビのように、既に魔獣術で魔石を使ったモンスターを相手にするのなら、レイもそれは別に構わない……いや、それどころか寧ろありがたいと思う。
だが、まだ魔石を使っていない未知のモンスターを相手にするということを考えると、強力なモンスターを相手に先程の光を使って欲しくないと思うのも事実。
「何よ? もしかして、何か駄目だった?」
「いや、そういう訳じゃない。ただ、あそこまでアンデッドを容易に倒せるとは思わなかったから、驚いただけだ。ただ、見た感じ体力の消耗が大きいんだろう? だとすると、あまり連発も出来ないんじゃないか?」
レイとしても、ニールセンの光があそこまで強力だとは思わなかった。
それだけに、体力を消耗するのは十分に理解出来たが。
「そうね。今はもうそこまで影響がないけど、あの光を使える回数は思ったよりも少ないみたい。……もっと成長すれば、話は別なのかもしれないけど」
「長みたいにか?」
「そうそう。あの見えない手とか。あれも長が妖精の時に覚醒して使えるようになったって話を以前聞いたし。その長は見えない手を普通に使っているから、私も将来的には自由に光を使えるようになると思う」
「……そうなのか」
ニールセンの言葉は、レイにとって驚きだった。
長の見えない手……サイコキネシスが覚醒したことによって得た能力だったとは。
それはつまり、妖精は覚醒するとそれぞれに固有の能力を修得出来るということを意味している。
少しだけ羨ましいと思う。
……もっとも、それを言えば魔獣術や炎の魔法を使えるレイだけに、贅沢を言っていると思われてもおかしくはなかったが。
「とにかく、話は分かった。何かあった時……それこそ俺やセトでも苦戦するようなアンデッドが現れたら、ニールセンに頼ることになるかもしれないから、今は体力を回復していてくれ」
「レイやセトが苦戦するような相手って……そんな相手を私がどうこう出来るとはちょっと思えないんだけど」
「そうでもないぞ。見た感じ、ニールセンの光はアンデッドに特効があるような感じだったし。……ああ、そうだ。どうせなら、これを使ういい機会か」
ニールセンと話していたレイは、ミスティリングの中から防御用のゴーレムを取り出す。
「あははは。何これ、丸いけど浮いてる」
ボウリングの球のようなゴーレムの外見は、ニールセンには大当たりだったらしい。
面白そうに笑いながら、目の前に浮かぶゴーレムを見る。
「それは防御用のゴーレムだ。こういう場所では何が起きるのか分からないからな。ニールセンはそのゴーレムの側にいてくれ。……お前の役目は、ニールセン、その妖精を守ることだ」
ニールセンに説明するついでにゴーレムに指示を出すレイ。
そんなレイの言葉を聞いていたニールセンは、自分の側にやってきたゴーレムの上に座る。
「あ、これいいわね」
思ったよりも座り心地がよかったのか、ニールセンの声は弾む。
そんなニールセンに何かを言おうとしたレイだったが、ゴーレムがニールセンを守るのなら、そのニールセンと一緒にいるのは好都合だ。
そう判断し、ゴーレムと戯れているニールセンにはそれ以上は何も言わないでおく。
「よし。じゃあ、セト。廃墟の探索を進めるぞ」
「グルゥ」
「あれ? ねぇ、レイ。あのスケルトンが持っていた武器とかはいらないの?」
ゴーレムと戯れていたニールセンだったが、レイの言葉を聞いてそう言う。
スケルトンは倒したが、スケルトンの持っていた武器は当然ながらそのまま残っている。
ただし、スケルトンはアンデッドの中でも下の存在だ。
そのようなスケルトンが持っている武器である以上、ゴブリンの武器よりは立派といった程度だろう。
「持っていくとすれば槍だが、これは投擲に使うのもちょっと難しそうだな」
レイのミスティリングの中には、投擲の時に使う使い捨て用の槍が結構な数入っている。
使い捨て用の槍だけに、武器屋で購入した安物だ。
穂先が欠けていたりといったように。
そういう槍だからこそ、使い捨てにちょうどいいという一面もある。
もっとも、何となく気に入って購入した槍や、盗賊狩りの時に入手した槍もあるが。
ただ、黄昏の槍を入手してからは、そのような槍を使うことも少なくなった。
そう考えると、スケルトンの持っている槍が欲しいかと言えば、それは微妙なところだ。
何より、戦いの中……レイの一撃による衝撃で柄の部分が折れそうになってしまっている。
槍を投擲するにも、柄が折れてしまえば投擲するのは難しい。
あるいは投擲した後、狙った場所に命中するよりも前に投擲した勢いで柄が折れてしまえば、途中でどこかに飛んでいくだろう。
そんな槍を拾っても、使い道は……ない訳ではないだろうが、それでもどうしても欲しいという訳でもない以上、わざわざスケルトンの使った槍を拾う必要はなかった。
「ふーん、レイがそう言うのなら別にいいけど。じゃあ、行きましょう。リビングアーマーと遭遇したのはこっちよ」
ゴーレムに乗ったニールセンが、レイとセトを案内するように先に進む。
ニールセンを追うように進むレイとセトだったが、通路を歩きながらも周囲の様子を確認していく。
(やっぱりここはゴーレムの研究……いや、でもゴーレムの研究ならエグジニスが一番の筈だ。あるいはゴーレムならエグジニスというのが我慢出来なくてここで研究をしていたとか? ここは周辺に村や街の類がないから、どんな研究でも問題ないし。……ゴーレムにアンデッド? いや、おい。ちょっと。まさか……そんなことはないよな?)
ゴーレムが通れるだけの通路の広さ。そして現れるのはスケルトンのようなアンデッド。周囲には村や街がない……つまり、この廃墟があった場所では危険な研究が行われていた可能性がある。
それらのことを考えたレイが思い浮かべたのは、エグジニスでレイが以前戦った、ネクロゴーレムだ。
死体によって構成されたそのゴーレムを倒す為に、レイはかなりの魔法を連発した。
穢れの上位存在たる大いなる存在を倒す為に使った時程ではないが、それでもエグジニスから大分離れた場所でネクロゴーレムを倒したところ、魔法の影響でエグジニスの気温が数度上がるといった結果になってしまった程だ。
そのようなネクロゴーレムの存在と、この廃墟の状態がピタリと一致しているように思える。
勿論、偶然そうなっているだけで、レイの気のせいという可能性もある。
「レイ」
「っ!? 何だ!?」
「……どうしたの?」
嫌な予感を覚えているところでいきなり声を掛けられたこともあり、過敏に反応してしまうレイ。
そんなレイの様子に、声を掛けたニールセンの方が驚いていた。
ゴーレムに座って飛んでいるニールセンは、レイの反応に不思議そうに、そして本当に少しだけ心配そうな様子で尋ねる。
「あー……うん。いや、何でもない。考えごとをしていたところで急に声を掛けられて驚いただけだ」
「ふーん。……それならまだいいけど」
レイの言葉をどこまで信じたのかは不明だったが、ニールセンがそれ以上レイを追求する様子はない。
それはレイの為を思ったのか、それとももっと別の理由があってなのか。
取りあえずレイとしては悪くない結果ではあったが。
「あそこの扉は……うーん、何だったかしら。ああ、そうそう、木があったわ」
話を逸らすという訳ではないのだろうが、ニールセンが少し通路を進んだ先にある扉を見て、そう言う。
「木? 建物の中にか?」
「そうよ。ちょっと不思議な光景だったわね。……どうする? 少し見ていく?」
「グルゥ」
ニールセンの言葉に反応したのは、レイ……ではなく、セト。
ニールセンの説明に好奇心が刺激されたのか、見てみたいといったように喉を鳴らす。
レイも多少は興味があったので、ニールセンの言葉に頷く。
「分かった。じゃあ、ちょっと見ていくか」
こうしてレイとセトはニールセンの指示する部屋に入る……前に、セトが喉を鳴らす。
「グルルルゥ」
それは中にある木が楽しみといった鳴き声ではなく、警戒の鳴き声。
レイはそんなセトの鳴き声に反応し、手にした武器を構える。
ニールセンもセトの様子から危険だと判断したのだろう。
ゴーレムに乗ったまま、レイやセトの邪魔にならないよう後ろに下がる。
「ニールセン、一応聞いておくけど、この部屋の中にあるのは木なんだよな? モンスターがいるとか、そういうことはないよな?」
「え? うーん……私が見た時は木だけだったけど、それってかなり前のことだし、そうなるとちょっと分からないわ。スケルトン達が通路に出ていたことを考えると、スケルトンやゾンビといったアンデッドが部屋の中にいる可能性も否定は出来ないし」
「……それはそうか」
部屋の扉は、別に鍵が掛かっている訳ではない。
あるいは鍵があっても、この廃墟の状態から考えると錆びて壊れている可能性が高い。
……それ以前に、もし鍵が掛かっていたらニールセン達が部屋の中に入るのも難しかっただろうが。
「なら、開けるぞ。何があるか分からないから気を付けてくれ」
そう言い、レイは扉を開けるが……
「何?」
部屋の中には、ニールセンが言っていたように木が一本生えている。
だが、それだけだ。
レイが予想していたような、アンデッドの姿はどこにもない。
「どうしたの? 敵はいた?」
後ろに待機している為か、部屋の中を見ることは出来ないのだろう。
ニールセンが不思議そうに聞いてくる。
「ちょっと待ってくれ」
部屋の中には入らず、ゆっくりと部屋の中を確認するが、やはり敵の姿はどこにもない。
(あの木の後ろに敵がいたりするのか?)
レイは改めて部屋の中に生えている木に視線を向ける。
冬だというのに葉は落ちていないのは、常緑樹だからか。
木の太さはかなりのものがあり、レイだけではその木に抱きついても両手の指が触れることは出来ない。
そのような太さの木でありながら、部屋の天井までは届いていない。
通路と同じように、この廃墟の部屋は一つ一つが大きい。
そういう意味では、部屋の中にある木が天井まで届かなくてもおかしくはないのかもしれないが、それでもこうして見ていると疑問に思うのは事実。
「グルゥ」
「おい、ちょっと……セト?」
敵の姿がないことに、どうしたものかと迷っていたレイ。
だが、セトはそんなレイをその場に残して部屋の中に入り……
「グルルルルゥ!」
水球のスキルを使う。
直径二m程の大きさの水球が四つセトの上空に生み出され、セトの意思に従って部屋に生えている木に飛んでいく。
もう少しで命中する。
そう思った瞬間、木に巻き付いていた蔦が鞭の如く振るわれ、水球を破壊するのだった。