3567話
「うーん、これはまた……地上から見ると本当に広いな」
レイの目の前にあるのは、門だ。
ただし、廃墟の門だけに錆びている。
錆の侵食は強力で、門を構成している金属……恐らく鉄だろうが、それが途中で錆によって折れている部分もある。
(これ、今が冬だからこうして鉄の錆びている部分が見えているだけなんだろうな。恐らく夏とかに来れば、蔦とかが巻き付いていたりした筈だ)
よく見れば、門に蔦の残骸とでも呼ぶべき物もあった。
その多くが雪に隠されているものの、風か、雪の重みか、今日の冬晴れの太陽によるものかは分からなかったが、雪が積もっている部分と積もっていない部分があった。
「うわぁ……ここ、冬にくるとこんな感じなんだ。私達がここで泊まった時は、かなり植物が巻き付いたりしてたのに」
ニールセンがレイの考えていたことと同じような内容を口にする。
レイの場合は恐らくそううだろうという予想だったが、ニールセンの場合は実際に自分で経験した光景だ。
それだけに、その口調には真実味があった。
「グルゥ」
レイとニールセンの話を聞いていたセトだったが、早く中に行こうと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、いつまでもここにいないで早く中に入りたいという思いがあったのだろう。
レイはそんなセトの様子に頷きつつ、身体を撫でる。
「そうだな。いつまでもここにいても仕方がないし……中に入るか。この建物が大きかったのは、俺達にとっても幸運だったな」
廃墟を……より正確には廃墟の扉を見ながら、レイはそんな風に呟く。
扉は人が使うには明らかに大きく、それこそ体長三mオーバーのセトであっても容易に入れる程だ。
(問題なのは、この扉を何でここまで大きくする必要があったかだよな)
人、あるいはエルフやドワーフ、獣人といった者達であっても、身長は多少の差はあれどそう違わない。
唯一、ドワーフは身長が低いが、それでも小さいのであって、人間が使う扉は普通に使うことが出来る。
であれば、何を思ってこのように巨大な扉を作ったのか。
それがレイにとっても不気味に感じられる。
とはいえ、何か危ない研究なりなんなりをしていた場所であっても、既に廃墟になっているのは事実。
そうである以上、そこまで警戒する必要はないのだが。
「セトが中に入るにも問題はないか。どうする、セト? セトも中に入るか?」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、当然と喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、このような建物の中に入る時にレイと一緒に行動出来ないことが多かった。
それだけに、今回のようにレイと一緒に建物の中に入れるのなら、その機会を逃すつもりはなかった。
「そうか。じゃあ、俺とセトとニールセンでだな。……何かあっても、これだけの戦力が揃っていれば問題ないか」
「ふふん、何かあったら助けてあげるから、安心しなさい」
レイの言葉に調子よく言うニールセンだったが、ニールセンの使う妖精魔法は基本的に植物を使ったものだ。
廃墟の中……それも冬となれば、あまりその力は期待出来なかった。
とはいえ、期待出来ないのはあくまでも妖精魔法だ。
妖精として覚醒したニールセンは、妖精魔法の他に光を放つことが出来る。
その光がアンデッドに効果があるのかどうかは、レイにも分からない。
しかし、光である以上はアンデッドに何らかの効果があってもおかしくはないのも事実。
「あの光を出す奴は自由に使えるか?」
「え? あれ? うーん……まぁ、使えるかと言われれば使えるわ。ただ、あれを使うと結構疲れるのよね」
「となると、あの光がアンデッドに効果があるのかどうか最初に試して、もし効果があったら節約して強力なアンデッドに対して使って貰うことになると思う。……それで構わないか?」
「うん、それで構わないわよ」
特に考えるでもなく、そう言うニールセン。
それはレイと行動を共にすることが多くなり、それだけ信頼しているということなのだろう。
実際、戦闘に関してはレイは高い能力を持つし、勘も鋭い。
そういう意味で、戦闘に関してはレイに任せてもいいとニールセンは判断したのだろう。
「よし、じゃあ行くぞ。まず中に入って最初にモンスター……アンデッドと遭遇したら、ニールセンの光を試す。それで倒せれば問題ないし、倒せなければ俺とセトで攻撃する」
レイの指示に異論はないらしく、セトもニールセンも何も言わない。
それを確認してから、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出し……少し考えるが、結局そのままいつもの二槍流で行くことにする。
デスサイズも黄昏の槍も長柄の武器だ。
狭い場所で使うのは向いていない。
実際には突きを使えるので、全く使えない訳ではないが。
ただ、この廃墟はかなり大きく作られている以上、もしかしたら通路もかなり広く、デスサイズや黄昏の槍を使って普通に戦えるのではないかと、そう思ったのだが……
「当たりだな」
一体どれだけの間、ここは廃墟だったのか。
扉も半ば朽ちており、デスサイズを振るえばあっさりと破壊出来た。
そうして扉を壊して中に入ったところで、レイが口にしたのが今の言葉だった。
通路はかなり広く作られており、妖精のニールセンはともかく、レイとセトが並んで戦っても全く問題なく戦えるだろう。
そういう意味では、この廃墟はレイにとってやりやすい場所だった。
場所だったのだが……
「何でこんなに通路が広い? まさか、ゴーレムの研究をしていたとかじゃないか?」
エグジニスにおいて、工房に行ったことのあるレイにとってはこの通路の広さは何となくそれに近いものを感じる。
しかし、そんなレイの言葉をニールセンは即座に否定した。
「ゴーレムは多分いないと思うわよ? もしいたら、私達がこの廃墟にいた時に遭遇してるでしょうし」
「廃墟になった、つまりもうこの建物は使わなくなったから、研究していたゴーレムを持ち去ったのかもしれないな」
「うーん、そう言われると絶対に否定は出来ないけど」
レイの言葉に一理あると認めたニールセンだったが、それでもやはりそういうことはないだろうと思っているらしい。
「まぁ、ここがどういう場所なのかは調べてみれば分かるだろ。それにリビングアーマーを見つけるのを優先したいし」
元々、レイがこの廃墟に来たのはリビングアーマーの存在を妖精から聞いたからだ。
リビングアーマーの持っている武器なりなんなり……あるいは鎧であっても、もしかしたら倒したことによってマジックアイテムとして入手出来るかもしれないと狙っての話だ。
そこまで都合良くいくかどうかは、正直なところレイにも分からない。
分からないが、それでもそうなったらいいなという思いがあるのも事実。
他にも未知のアンデッドと遭遇出来ないかという思いもあるが。
「じゃあ、リビングアーマーのいた場所まで案内するね。その前に敵が出て来ないといいけど」
以前この廃墟に泊まったことがあるニールセンだけに、どこでリビングアーマーと遭遇したのかはきちんと覚えているのだろう。
その為、この広い廃墟の中を歩いて探す必要がないのは、レイにとってありがたかった。
「一階建てなら上から探すということも出来たんだろうけど、二階建てだしな」
植物の侵食か、モンスターや動物による攻撃か、あるいは嵐のような自然現象か。
理由はレイにも分からなかったが、二階の天井が壊れていたり、吹き飛ばされている場所があるのを飛んだ時に見つけていた。
だが、この建物は二階建てだ。
二階部分は空から探索することが出来ても、一階部分は無理だ。
……いや、正確には二階部分がない一階部分の屋根が壊れている場所もあったので、そこからなら調べることも出来たかもしれないが。
「ほら、こっちこっち。部屋の数はそれなりにあるけど、モンスターとか出入りして……」
「グルゥ!」
ニールセンの言葉を途中で遮るように、セトが鋭く鳴き声を上げる。
レイと一緒に行動していた時間が長いだけあって、ニールセンはそんなセトの声を聞いた瞬間、素早くレイのいる場所まで飛んで戻った。
セトに遅れること、数瞬。レイもまた、こちらに近付いてくる敵の存在に気が付く。
カシャリ、カシャリという足音。
……その足音に、緊張していたレイの表情は拍子抜けをしたといったものに変わる。
聞き覚えのある足音だった為だ。
そして通路の向こうから姿を現したのは、やはりレイの予想通りスケルトンだった。
その数、三匹。
まるでレイ達の数に合わせたかのようだったが、これは別に誰かが狙ってこのようにしたのではなく、単なる偶然だろう。
「スケルトンか。……今更だけど、まだ日中なのにこうしてアンデッドが歩いているのは、ここが屋内だからか? それとも冬だから?」
「分からないわよ。それより、スケルトンが相手なら私が攻撃してもいいのよね?」
「頼む。あの光がスケルトンに効果があるかどうか見ておきたいし」
その言葉に、ニールセンは自分が頼られていると感じたのだろう。
やる気満々といった様子で、レイの前に出る。
槍を手にしたスケルトンが二匹に、長剣を手にしたスケルトンが一匹。
長剣よりも槍を持つスケルトンの方が多いのは、レイにとっても少し意外だった。
兵士が持つ武器としては、長剣が多いのだから。
もっとも、槍もポピュラーな武器なのは間違いない。
何より間合いが長いというのが有利なのだから。
……実際、レイも黄昏の槍を持っている。
「いくわよ……」
そう言うニールセンだったが、三匹のスケルトンはニールセンの言葉を無視して歩みを止める様子はない。
スケルトンにしてみれば、ここでわざわざ動きを止める必要はないと思ったのだろう。
あるいはアンデッドだけにそのようなことは考えておらず、ただ本能で動いているだけかもしれないが。
(光を出すまで、俺が相手の動きを止めた方がいいか?)
三匹のスケルトンは、足を止めることはなくニールセンに向かっている。
それはニールセンが光を出す為に準備をしていると、本能的に分かっているからだろう。
「ニールセン、助けはいるか?」
元々、ニールセンに任せるアンデッドは一匹だけの筈だった。
そう考えれば、他の二匹のスケルトンは自分が、あるいは自分とセトが受け持っても構わない。
そう思ってレイが尋ねたのだが、ニールセンが首を横に振る。
集中しているので、言葉に出す様子はなかったが。
ただ、ニールセンがこうして自分だけでやれると、そう態度で示した以上、レイは手を出すのを止める。
「グルゥ?」
いいの? とセトはレイに視線を向ける。
ニールセンをスケルトンから守った方がいいのではないか。
そう言いたげなセトだったが、レイはデスサイズを握った手で軽くその身体を叩く。
ニールセンの心配はいらない。
そう態度で示す。
セトはそんなレイの様子に、ニールセンの心配は必要ないと判断したのだろう。
意識を集中しながらも、レイとセトの様子を見ていたニールセンは、小さく笑みを浮かべる。
自分の力を信じているということを嬉しく思い……より一層意識を集中していく。
レイとセトがいるからだろう。
スケルトンがカシャカシャといった足音を立てながら近付いてくるのを見ても、動揺をしていない。
冷静に、それでいて素早く意識を集中していき……
(来た)
そう確信し、ニールセンは三匹のスケルトンのうち、先頭にいる槍を持ったスケルトンに向かって光を放つ。
本来なら、槍よりも間合いの短い長剣を手にしたスケルトンこそが先頭にいるべきなのだが、スケルトンにそこまで知能がある筈もない。
偶然そのような隊列になったのだろうが、先頭にいる槍を持つスケルトンは、そういう意味では運がなかったのだろう。
ニールセンの放った光が槍を持ったスケルトンに命中すると、次の瞬間その身体は崩れ去る。
「おお」
アンデッドに効果があるとは思っていた。
思っていたのだが、それでもこれは少し……良い意味で予想外の光景だった。
「後はお願い」
槍を持ったスケルトンを呆気なく倒したニールセンだったが、続けて同じ攻撃は出来ないのか、あるいはレイから一匹だけと言われていたのを覚えていたのか、素直にレイの後ろに移動する。
「分かった。後は任せろ。……セト、最初の戦いだし俺に任せてくれないか?」
この廃墟の通路は、明らかに広い。
それこそゴーレムの類を運用してもおかしくはないくらいに。
だが、それでも長柄の武器を二本持つレイと体長三mのセトが同時に戦えば、狭苦しいし……場合によっては、味方に攻撃を命中させてしまう可能性も否定は出来ない。
その為、レイはセトに戦いは自分に任せてくれと言い……そしてセトは素直に後ろに下がるのだった。