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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3566/3865

3566話

「あのねぇ……私を見捨てて長のお仕置きから助けてくれなかったのに、自分の希望は聞いて欲しいっていうのは、ちょっとどうなのよ?」


 夜、レイは夕食を食べ終え、後は寝るだけという時間。焚き火の前でセトと共にゆっくりとしていたところに、ニールセンが帰ってきた。

 そのニールセンに、日中聞いたリビングアーマーのいた廃墟がどこにあるのか教えて欲しい、もしくは一緒に来て欲しいと口にしたレイに、ニールセンは不満そうな様子を見せる。


「そう言ってもな。サンドイッチに夢中になって長を怒らせたのはニールセンだろう?」


 実際にはそれ以外にも、長の秘めたる想いを暴露しそうになったのが原因でお仕置きがより重くなったのだが、幸か不幸かレイはそれを知らない。

 ニールセンも、今この場でそれを口にするようなことはしなかった。

 もしそのようなことをすれば、それこそ長にどれだけのお仕置きをされるか分からないからだ。

 ……それと、少しだけ長の恋を応援する気持ちもある。

 幸か不幸か、ニールセンはレイに好意を持っているものの、それは好奇心的な好意だ。

 もしくは友情的な好意であって、男女間の恋愛的な意味での好意ではない。

 ニールセンがレイに対してそのような好意を抱いていれば、一体どうなっていたのか。

 それはニールセンにも分からなかった。


「うー……だからって、私がレイを廃墟に連れていっても、何の得もないじゃない。それどころか、寒いだけだし」

「しょうがないな。ほら、これで機嫌を直してくれ」


 そう言い、レイが取り出したのは一本の串焼き。

 串焼きを見たニールセンは、不満そうな様子を隠さない。


「串焼き一本で私を懐柔出来るとでも思ってるの? レイと知り合う前ならともかく、今は……うん?」


 今は串焼きくらい珍しくはない。

 そう言おうとしたニールセンだったが、レイの持つ串焼きから漂ってきた食欲を刺激する香りに、その言葉が途中で止まる。

 レイのミスティリングには、焼きたての串焼きが大量に収納されている。

 そういう意味では、食欲を刺激する香りが串焼きから漂ってくるのはそう珍しい話ではない。

 だが、今レイが手に持っている串焼きは違う。

 食欲を刺激する香りなのは間違いないが、今までに嗅いだことのない、それでいながら食欲を刺激する香りだったのだ。

 そう、その串焼きは昨日レイが購入した、複数の香辛料を使ったものだ。

 パーティで美味い料理を食べ慣れているエレーナやマリーナ、ヴィヘラ達でも美味いと断言出来る串焼きだけに、ニールセンの注意を惹くには十分だったらしい。


「何、その串焼き?」

「特別な串焼きだ。独自の香辛料を配合して使ってるとか何とか」


 レイの舌では、この串焼きを食べても美味いとしか表現出来ない。

 ……あるいはもっと香辛料について詳しく勉強すれば、この串焼きにどのような香辛料が使われているのか分かるかもしれないが、レイはそちらについてはあまり興味を持たず、美味いものは美味いと思うだけだ。

 このエルジィンにおいて、うどんやトンカツといった画期的な料理を作った――実際にレイがやったのは、こういう料理があると大雑把に教えただけで、実際に料理を完成させたのは料理人達だが――レイだったが料理の味を詳細に分析をするとか、そういうことはあまり興味がない。


「へ、へぇ……その、レイがそこまで言うのなら、ちょっと、本当にちょっとだけだけど食べてあげてもいいわよ?」


 先程串焼き程度で自分を懐柔出来ると思っているのかと、そう言った……いや、言おうとしたのを覚えているだけに、ニールセンは素直に串焼きを食べたいとは口に出来なかったらしい。

 レイはそんなニールセンの様子にもう少し意地悪をしてもいいのでは? と思ったが、ここで余計にニールセンを拗ねさせると、それこそリビングアーマーのいる廃墟に案内して貰うのが難しくなると判断し、大人しく串焼きを渡す。


「分かった。ほら、焼きたてだから美味いぞ」


 そう言うレイの言葉に、ニールセンは躊躇なく串焼きに齧り付く。

 焼きたてでミスティリングに入っていたので、肉を囓った瞬間に焼いた香ばしさと肉汁が口に広がり、同時に香辛料の香りも口一杯に広がる。


「っ!?」


 口の中に肉が入っているので言葉には出せなかったが、それでもその表情には驚きと嬉しさの感情が浮かぶ。

 そんなニールセンの様子を見て、レイは取りあえずこれで大丈夫だろうと判断し……そして、レイの予想は正しかった。






「あっちよ。ただ、森の中にある屋敷だから、見逃さないようにしてね。今は冬だから、その心配もいらないでしょうけど」


 妖精郷に泊まった翌日、レイの姿は上空にあった。

 既に妖精郷からかなり離れており、辺境から出ている。

 ニールセン達がトレントの森にやって来るまでの間に休憩した建物の廃墟が目的地なので、これはある意味以前あった妖精郷に向かっているようなものだ。

 もっとも、レイの目的地はあくまでも廃墟なので、以前妖精郷のあった場所までは行かないが。


「これが春とか夏なら、枝とか葉とかで見つけにくかったことを考えると、冬の今そこに向かうのは丁度いいのか。……肝試しは夏にやるのが定番なんだが」


 最後だけは小さく口の中で呟いただけなので、ニールセンには聞こえなかったらしい。


(そう言えば、最後の肝試しをやったのは、小学校の時だったか。今にして思えば、よくあんなので驚いたよな)


 小学生の時、学校の行事で牧場に泊まりに行ったことがある。

 夏だったこともあり、その夜には肝試しをやることになったのだが、脅かし役として教師が特殊メイク……という程に立派なものではないが、とにかくマスクを被ったりしていたのだが、レイは友人と一緒に大声で驚いたのだ。

 だが、今になって……それこそこの世界に来て、本物のモンスターを多く見たレイにしてみれば、今更ながらチャチなお化け役だったと思う。


「レイ、どうしたの?」


 肝試しについて考えていたレイは、ニールセンの言葉で我に返り、空を見る。


「今日は見事な冬晴れだと思ってな」


 その言葉通り、空には雲一つない……とまではいかないが、それでも青空が広がっている。

 風もそこまで強くはなく、雪も降っていない。

 こうして出掛けるには最高の天気だった。


「そうね。冬もずっとこういう日が続けばいいのに」

「それは否定しないけど、そうなるとそれはそれで水不足になったりするんじゃないか?」


 水資源という意味では、世界でも最高峰だった日本であっても、梅雨や冬に雨や雪が降らなければ、水不足になる。

 何度かTVでダムの水がかなり減っている光景を見たことがあるレイは、それは十分理解していた。

 もっとも、東北は雪国ということもあってその雪解け水によって水不足になることは滅多にない。

 少なくても、レイが物心ついてから水不足で取水制限が出たといったようなことは記憶にない。

 そういう意味でも、雪というのは水資源としては大きな意味を持つ。

 雪が降らなければ、それはそれで快適な毎日をすごせるので、そういう意味ではどちらかが極端でも結局問題が起きるのだろう。

 このエルジィンでも、雪が降らなければ冬は暮らしやすいものの、夏に水不足になる可能性は十分にある。

 もっとも、エルジィンでは魔法やマジックアイテムがあるので、ある程度対策は出来るのだが。


「難しいことは分からないけど、こうして快適なのは悪くないわよ」

「だろうな。それは俺も否定しない。……とはいえ、廃墟に到着するまで特に何も起きないといいんだけど」

「あー……そうね。レイの場合はそういうことがあってもおかしくはないと思うわ。でも、それならそれでいいんじゃない?」

「言っておくが、もし誰かに遭遇したら、ニールセンはドラゴンローブの中に隠れる必要があるんだぞ」

「あ」


 レイの言葉を聞いたニールセンは、その件についてすっかり忘れていたのか間の抜けた声を上げる。

 ここ暫くは妖精郷にいたこともあってか、ニールセンは自分が妖精で何も知らない相手に見つかるのは不味いというのをすっかり忘れてしまっていたらしい。


「えーっと、そうね。じゃあやっぱりそういう何かが起きない方がいいわね!」


 何かあったらドラゴンローブに隠れないといけない。

 そう聞いたニールセンは、即座に意見を変える。

 そんなニールセンをレイは若干呆れの表情で見ていたものの、特に何かを言ったりはしない。

 レイとしては、目的地の廃墟に到着するまでにトラブルが起きない方がいいのは間違いなかった。


(それに、今は冬だ。もう辺境ではないとはいえ、盗賊もモンスターもそう簡単に行動したりはしないだろうし。冬特有のモンスターがこっちに現れないで欲しいとは思うけど)


 つい先日起きた、スノウオークのスタンピード。

 レイがいたから……あるいはレイがいなくても、ギルムには腕利きの冒険者が多数いたので、最終的には何とかなっただろう。

 だが、もし辺境ではない場所でスノウオークのスタンピードが起きたら、どうなるか。

 ギルムにいるような強い冒険者は、普通の村には基本的にいない。

 ギルムで活動していた冒険者が冬ということで里帰りしていたり、もしくはギルムで活動していたが冒険者を辞めて村で暮らしているといったようなことでもあれば、話は別だったが。

 しかし、普通の村でそのような幸運がそう起こる筈もない。

 ましてや、スタンピードに出て来たスノウオークの数を考えれば、一人や二人腕利きの冒険者がいても、対処するのは難しいだろう。

 これが異名持ちであったり、レイのように広範囲に攻撃出来る手段があったりすれば話は別だったが。


「あ、ほら。あそこあそこ。あそこだよ」


 スノウオークのスタンピードについて考えていたレイは、ニールセンの言葉で我に返る。

 どうやらレイが考えごとをしている間に、セトは目的地の廃墟がある森の上までやってきていたらしい。

 レイの右肩に立つニールセンが、地上を目指して指さし、騒いでいる。

 そんなニールセンの指さす方向に視線を向けると……


「なるほど、廃墟だな」


 レイの目から見ても、はっきりと分かる廃墟がそこにあった。

 元々この廃墟が目的地だったので、そこに廃墟があるのは驚かない。

 しかし、その廃墟の大きさには驚く。


「けど、随分と大きいな。領主の館……いや、それ以上の大きさじゃないか?」

「そうなの? うーん、分からないわ」

「いや、何で分からないんだよ。ニールセンも何度も領主の館に行っただろ?」

「でも大きさをしっかりと確認出来た訳じゃないし」


 ニールセンの言葉に、レイはそういうものかと納得する。

 実際にはそれで納得してもいいのかどうかは微妙なところなのだが、今はそれで特に困るということはないので、それで問題ないとしておく。


「セト、取りあえずあの廃墟に降りてくれ」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは喉を鳴らし、地上に降りていく。

 次第に近付いてくる廃墟を見ながら、レイは改めて疑問を抱く。


(森の中に、領主の館と同じくらいの広さの建物。……この建物、一体何なんだ? 上から見た限りだと、森の周辺には村や街の類はない。つまり、この廃墟は完全に孤立している訳だ。……何かの研究所とかか? それも何かあったら周囲に大きな被害を与えるとか、そんな感じの)


 そのような研究所の類であれば、中を探索するのはそれなりに危険だろう。

 もっとも、ニールセンを含めた妖精達が一時的に休憩した場所と聞けば、そこまで危険ではないのかもしれないが。

 また、レイがここに来るつもりになったのは、リビングアーマーの存在を知ったからだ。

 例えばこの廃墟に何らかの罠があった場合、それが物理的な罠であればリビングアーマーが触れたことによって発動していてもおかしくはない。

 ……それ以前に、好奇心の強い妖精達がこの廃墟で休んだのなら、廃墟の中を十分に探索してもおかしくはなかったが。


「ニールセン達が以前この廃墟で休んだ時は、何かそれらしいのを見たりしなかったのか?」

「うーん、そうね。リビングアーマーを始めとしてアンデッドが結構いたから」

「複数のアンデッドが。どういうのがいるのか楽しみだな」


 ゾンビやスケルトンといったアンデッドの魔石は、既に魔獣術で使っている。

 少し変わったところでは、ヴァンパイアの魔石も一つだけだが使った。

 しかし、アンデッドというのは多くの種類が存在する以上、廃墟の中にいるアンデッドの中には、それこそレイ達にとっては初めて遭遇する種類がいてもおかしくはない。

 そんな風に思いながら、レイはセトに廃墟の前に降りるように頼むのだった。

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