3565話
カクヨムにて10話先行投稿していますので、続きを早く読みたい方は以下のURLからどうぞ。
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また、カクヨムサポーターズパスポートにでサポートをしてくれた方には毎週日曜日にサポーター限定の番外編を公開中です。
「さて、これからどうするかだな」
レイは長との会談を終えた後、どうするべきかを考える。
妖精郷において、特に急いで何かやるべきことはない。
そうなると、取りあえずいつも野営をしている場所に向かい、マジックテントの用意をしてからのんびりすごそうと思う。
ここ数日はゆっくりとするつもりが、忙しい日々だった。
だからこそ、妖精郷にいる今日くらいはゆっくりとした時間を楽しみたかった。
(騒動を起こすニールセンはお仕置き中。セトはピクシーウルフ達と遊んでいるし、妖精達はサンドイッチ争奪戦をやってる……いや、もう終わってるか? それでも今はサンドイッチの件で特に騒動を起こしたりはしないだろう。ボブは……サンドイッチ争奪戦をやってる場所に到着したか?)
いつもはボブと一緒にいる妖精が、恐らくサンドイッチ争奪戦に参加していた。
それは別にいい。
別にボブと一緒にいる妖精とレイは敵対関係にある訳ではないのだから。
ただ、それでも微妙に……本当に何となくだが、思うところがあるのも事実。
後でボブにそれとなく聞いておこうと考えたところで、今まで何度も野営をした場所に到着する。
目的地に到着すると、先程考えたようにマジックテントをミスティリングから取り出し、後は同じく薪をミスティリングから取り出して、焚き火の準備を行う。
「さて……これからどうするかだな」
何かあればすぐにトラブルに巻き込まれるレイだけに、こうして突然何もしなくてもいい時間が出来ると、それはそれで暇を持て余す。
先程まではゆっくりとした時間を楽しみたいと思っていたのだが、それだけに今何をすればいいのか迷う。
「ギルムで自由に出歩けるようになったんだし、どうせなら図書館……いや、書店にでも行ってくればよかったな」
図書館では本を読むことは出来るが、日本の図書館と違って借りることは出来ない。
今の状況で必要なのは、暇潰しをする何かだ。
それも図書館で暇潰しをするのではなく、今この場で。
そうである以上、ここで本を読むには自分で購入するしかない。
そして本を購入出来る場所は、書店だけだ。
もしかしたら書店以外にも本を購入出来るところがあるのかもしれないが、残念ながらそれ以外の場所をレイは知らない。
そんな訳で、どうせなら何らかの本を買ってくればよかった。
そのように思う。
元々、レイは読書は嫌いではない。
それこそ日本にいる時も漫画や小説を楽しんでいた。
それ以外にも純文芸……という表現が相応しいのかはどうか分からないが、有名な小説とかを読んでいたりもした。
もっとも、この世界において本は高いし、レイが好むような漫画の類はない。
せいぜいが童話といったものか。
そういう意味では、書店にいっても売っているのはいわゆる実用書の類が殆どだ。
例えば、レイが以前購入したモンスター辞典のような。
童話の類もあれば読むだろうが、それでも読むのにそこまで時間の掛かるものではない以上、今のように何もすることがない時間に読む本としては向いていない。
とはいえ、レイの持っているモンスター辞典は当時の最新版だったので、これ以上に新しい物はない。
日本であれば、辞典の類は一年ごとに更新されたりする。
しかし、このエルジィンにおいて本というのは非常に希少な物だ。
モンスター辞典のように、それなりに頻繁に更新している物であっても、数年……どころか、十年、二十年もの間更新されていないというのは珍しくない。
ましてや、印刷技術の類が発展しておらず、本というのは基本的に手書きで行う写本だ。
そう考えると、日本のように頻繁に更新するというのが不可能なのは間違いない。
……あるいは、王都辺りであれば他の場所よりもその手の情報の更新は早いのかもしれないが。
(いや、そういう意味だと辺境のギルムも早くてもおかしくはないのか)
焚き火の前でミスティリングから出した椅子に座り、モンスター辞典を見ながらレイはそんな風に思う。
既にモンスター辞典は何度も読み、それこそ中身はほぼ暗記しているのだが……それでも、今こうして読んでいるとそれなりに面白い。
「ねー、ねー、何を読んでるの?」
レイがモンスター辞典を読んでいると、不意にそんな声が聞こえてくる。
声のした方に視線を向けると、そこには妖精が一人いた。
レイから少し離れた場所を飛び、そこからレイの見ているモンスター辞典を興味深そうに眺めている。
「これか? これはモンスター辞典だ。モンスターについての情報が載ってる本だな。まぁ、限られた数だけど」
それなりに厚いモンスター辞典だが、辺境に存在するモンスターの種類は膨大だ。
それこそ春から秋に掛けては、毎日のように新種が見つかったりもするくらいなのだから。
もっとも新種を見つけてもそれを登録したりといったことはしないし、そういう制度も確立していない。
あるいはその新種が圧倒的な強さを持っていたり、もしくは貴重な素材になるといった特別な理由でもあれば、また話は違ってくるかもしれないが。
「ふーん。面白いの?」
「まぁ……つまらなくはない。一緒に見るか?」
「いいの!?」
レイの言葉に、妖精は嬉しそうにレイの右肩に着地する。
もしここにニールセンがいれば、そこは自分の席だと主張してもおかしくはない。
もっとも、そのニールセンは現在進行形で長によるお仕置きをされているので、そのようなことを口には出来ないが。
レイは右肩に座った妖精と共にモンスター辞典を読む。
「あ、これはトレントでしょう? 妖精郷があるこの森の名前になったモンスター」
「正解だ。とはいえ、今はもうトレントは……時間が経てば、また出てくるかもしれないけど」
トレントの森は色々な意味で特殊な場所だ。
それだけにこの地に存在する魔力も多く、それが影響してトレントの森に生えている木がトレントとなって動き出しても不思議はない。
……もっとも、トレント程度では冒険者やリザードマンを相手に勝つのは難しいので、容易に狩られるだけになってしまうが。
(いや、トレントの場合は植物だし、狩るんじゃなくて伐採か?)
そんな風に思うレイだったが、トレントの素材はそれなりに需要があるのも事実。
他のモンスターの肉のように、食べることは出来ないものの、建築素材であったり魔法使いの杖であったり、マジックアイテムの素材であったり。
色々と使い道があるのだ。
「トレントかぁ。妖精郷とかを守るのに使えると思うけど、レイはどう思う?」
「否定はしない」
現在の妖精郷は、霧の空間とそこに住む狼達が守っている。
だが、それでも絶対に安全という訳ではない。
現に以前レイは妖精郷に行こうとしていた冒険者……それも妖精達と縁を結んで友好的に接しようとする者ではなく、略奪したり妖精を捕らえたりしようとしていた冒険者を殺したことがある。
もっとも、妖精の場合は捕らえられても妖精の輪という転移能力がある。
それを使えば、それこそ捕らえられても即座に逃げ出すことが出来るのだが。
とにかく、そのような者がいるのも事実。
今となっては、ダスカーが妖精郷と友好的な関係を築いているので、その手の心配はあまりいらない。
だが、それでも世の中というのは何があるのか分からないのだ。
レイの知っているダスカーであれば、妖精郷を攻めるといったことはしないだろう。
だが、他の者はどうか。
中立派を率いるダスカーとはいえ、全員がダスカーの指示に従う訳ではない。
また、中立派と友好関係にある貴族派だが、その中には中立派との友好関係を不満に思う者もいる。
そもそもエレーナがギルムにいるのは、そのような者達がギルムの増築工事を妨害したからというのが理由なのだから。
そして最後の派閥である国王派にいたっては、言うに及ばずだ。
中には友好的な者もいるが、同時に中立派の存在を面白く思っていない者もいる。
……あるいは、妖精の心臓を求めた穢れの関係者や、モンスターが妖精郷を襲う可能性も否定は出来ないだろう。
そういう意味では、妖精郷という多くの者の欲望の矛先になってもおかしくはない場所の警備はもっと強固にした方がいいのも事実。
(これがもっとギルムに近いのなら、ダスカー様の部下の騎士とかが護衛をしたり出来るんだけどな。あるいは生誕の塔のように冒険者を派遣するとか。……ただし、生誕の塔よりもっとしっかりと人選をする必要があるな)
生誕の塔の護衛を行っている冒険者達は、ギルドの方で有能な冒険者と認識されている者達だ。
それは能力だけではなく、性格的な問題も含まれての話だ。
何しろ異世界からやってきたリザードマン、それも言葉を話して意思疎通が出来るような相手の護衛なのだ。
単純に腕が立つというだけの者であれば、子供のリザードマンを誘拐するといったことをしかねない。
あるいはそれで騒動になるのを嫌い、湖の生き物を奪っていくか。
そのようなことにならないようにする為に、ギルドでも能力だけではなく性格も優れた冒険者をリザードマンや生誕の塔の護衛として雇っているのだ。
妖精郷の護衛として雇うには、そのような冒険者達よりも更に優れた者達を選ぶ必要がある。
「レイ? どうしたの?」
「ああ、いや。何でもない。ただ、妖精郷の周辺にトレントがいたら便利なのは間違いないけど、俺やセトにも襲い掛かってくるかと思ってな」
狼達のように明確に妖精と協力関係にあるのなら、それはそれで問題ない。
だが、トレントを狼達と同じように使うのは無理があるだろう。
……それこそ、妖精の中に召喚魔法の使い手やテイマーがいれば話は別だが。
しかし、レイはそんな話を聞いたことはない。
もっともこの妖精郷に住んでいる妖精の数は多い。
霧の空間で行動している狼達のことを考えれば、召喚魔法の契約やテイマーの能力を持つ者がいてもおかしくはなかった。
「あ、これ知ってる」
妖精郷について考えていたレイだったが、聞こえてきたその声で我に返る。
レイと一緒にモンスター辞典を読んでいた妖精が、何故か興奮した様子を見せている。
一体なんだ?
そう疑問に思ったレイは、モンスター辞典に視線を向けると……
「ああ、リビングアーマーか。……知ってるのか?」
レイも以前戦ったことのあるモンスターだが、簡単に言えば鎧に死霊が宿ったモンスターだ。
普通のモンスターと違い、宿った死霊の強さや宿られた鎧の強さによってその総合的な強さは大きく変わる。
弱い死霊がその辺の動物の革で作った革鎧に宿った程度なら、低ランク冒険者でも倒すことが出来るだろう。
だが、強い死霊がマジックアイテムの鎧に宿ったりした場合、歴戦の冒険者であっても不覚を取ることは珍しくない。
そういう意味で厄介な存在なのだが、それだけに美味しい部分もある。
弱いリビングアーマーはともかく、強いリビングアーマーの場合、上手く鎧や武器を壊さず、内部にある魔石を奪うなり破壊するなりした場合、その鎧や武器はそのまま倒した者が貰えるのだから。
特に強いリビングアーマーの場合、鎧も武器もマジックアイテムとなっていることも珍しくはない。
マジックアイテムを集めているレイにしてみれば、それなりに美味しい相手だろう。
「けど、リビングアーマーは森とかにいるモンスターじゃないだろ? どこで会ったんだ?」
「えっとね。ここに来る前に途中で休んだ壊れた建物があって、そこで」
「あー……なるほど。その様子からすると、多分廃墟だな。それなら納得も出来るか」
廃墟であれば、何らかの理由でリビングアーマーを始めとしたアンデッドがいてもおかしくはない。
(いや、けど……考えてみれば、これは美味しかったりするのか?)
ふとレイはそんな風に思う。
普通のアンデッド……特にゾンビの類は臭いが非常に厄介だが、幸いにも今は冬だ。
夏に比べると、大分臭いは気にならない。
……もっとも、レイもセトも嗅覚が普通よりも鋭く、何よりセトは嗅覚上昇のスキルを使ったりもする。
そういう意味では、冬であっても悪臭に手こずることはそうおかしくはない。
「なぁ、その廃墟のあった場所ってここから遠いのか?」
「うーん……結構? あ、でもニールセンなら詳しいことを分かると思うけど」
「分かった」
よし、行こう。
特に何かをしたい訳ではない。
それこそトラペラやスノウオークのスタンピードの件があってすぐに、わざわざアンデッドのいる廃墟に行きたいと思う方がどうかしている。
それはレイも分かっていたが、何故か自分でも分からないくらい自然にその廃墟に行ってみたい……いや、行くべきだと、そう思うのだった。