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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3561/3865

3561話

 ギルムに自由に降下出来る許可については、ダスカーからの要望という点もあって結局そのままということになった。

 ダスカーにしてみれば、レイが自分の懐刀といった扱いにする為の行動の一つではある。

 しかし、レイはそれを知った上でもダスカーに感謝をしていた。

 自分が多少はいいように使われているというのは、レイも理解している。

 しかし、同時にダスカーから受けている恩恵はそのいいように使われている部分を含めて考えても、やはり利益が大きいという思いがあった為だ。

 そうして許可はそのままにということにして貰ったレイは、セトと一緒に領主の館を出て、マリーナの家に向かっていた。

 マリーナや五人のダークエルフは、冬ということもあって既に暗くなっているが、今から風の精霊による結界を張り、トラペラが入ってきたらすぐに察知出来るようにしておくとして、領主の館の前で残っている。

 ヴィヘラは、もしかしたら何か面白いこと……具体的には強敵と戦えるかもしれないと、マリーナの護衛をする為に残った。

 マリーナの護衛としては、ダスカーが用意した騎士もいるので、そう滅多なことは起こらないとレイは思っているのだが、それでもいつ何かが起きてもおかしくないのが、辺境にあるこのギルムなのだ。

 そういう意味では、ヴィヘラの判断は決して間違っている訳ではない。


「んー……それにしても、出来るだけ早く春になって欲しいんだけどな。セトもそう思わないか」

「グルゥ? ……グルルルルゥ」


 レイの隣を歩くセトが、レイの言葉に同意するように喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、冬は冬で面白い。

 新雪に足跡を付けるのも、新雪の上を寝転がるのも、どちらもセトにとっては面白い遊びなのだ。

 しかし、レイが言うように春になれば山菜を食べることも出来る。

 また、春になったらレイと一緒に迷宮都市に行くことになっているのも、セトはしっかりと覚えていた。

 そういう意味で、セトにとっては冬も春もどちらも楽しい。

 ただ、レイが早く春になって欲しいと言ったので、それに同意した形だ。

 そんなセトの思いに気が付いているのか、いないのか。

 レイはそんなセトを撫でながら街中を歩く。

 セトと一緒である以上、ドラゴンローブの隠蔽の効果があっても、それがレイだというのは多くの者に理解出来る。

 出来るのだが、ダスカーからの布告がされてからまだ数日である以上、クリスタルドラゴンの件でレイに交渉をしようとする者はいない。

 その為、レイはセトと共に誰かに煩わされることもなく、気分良く歩いていた。


「お、レイにセト。久しぶりだな。どうだ、ちょっと買っていかないか? 今日の串焼きは良い部位が入ったから、美味いぞ」


 暗くなっても道端でまだ串焼きの屋台を出していた店主が、レイとセトを見つけてそう声を掛ける。

 最近はクリスタルドラゴンの件もあり、正体を隠してギルムで行動することが多かったが、以前のレイは屋台で美味い料理があるとそれを大量に購入していた。

 それこそレイの好みに合う料理であれば、その日用意した料理を全て購入するといったことも珍しくなく、屋台の店主にしてみればレイはお得意さんだったのだ。

 しかしクリスタルドラゴンの件があってから、レイが屋台でそのように大量に購入することは出来なくなってしまう。

 ミスティリングを持つレイが屋台で大量に買い物をするというのは、ギルムではそれなりに知られている以上、セトを連れず、ドラゴンローブの隠蔽の効果で周囲からは一般人、あるいはせいぜいが初心者魔法使いに見えるようでも、そんなことをしていればレイがレイだとあっさりと知られてしまう。

 レイもそれが分かっているからこそ、屋台で以前のように購入することは出来なかったが……今は違う。

 ダスカーの布告のお陰で、こうして堂々とレイとして街中を歩けるのだ。


「分かった。じゃあ、取りあえず俺とセトの分を一本ずつくれ」

「毎度。美味いから、追加で買ってくれよ」


 そう言い、店主は代金を受け取ると串焼きを二本レイに渡す。

 レイはその串焼きをセトに渡し、自分でも一口食べる。


「へぇ、これは……」


 肉そのものは、オークの肉だ。

 スノウオークキングの肉を食べてからまだそんなに時間が経っていないレイにしてみれば、オークの肉の中でも良い部位なのかもしれないが、そこまで絶賛する程ではない。

 だが、肉の風味……串焼きに使われている香辛料が違う。

 緑人のお陰で、ギルム内ではそれなりに香辛料が出回るようになっている。

 本来ならもっと暑い地域でしか育たないような植物も、緑人の力があれば育てることが出来るというのが大きい。

 最初のうちはちょっと手を出すのは難しいと思えるくらいに高価だったが、ダスカーの施策によってギルムで使う分には出来る限り安値で出回るようにされている。

 ギルムの住人のことを思って……というのもあるが、ギルムが香辛料の一大産地となった場合、その香辛料の使い方、例えばどのように使えば美味い料理になるのかといったことをギルムの住人に周知する為のものだろう。

 香辛料の、それも数種類ではなく多種多様な香辛料の一大産地である以上、地元の人間が香辛料をどのように使えばいいのか分からないのでは、産地としての名折れだ。

 だからこそ、香辛料が出回って少し時間が経った今では、以前よりも求めやすい値段……普段使いするには少し躊躇うといったくらいの値段となっている。

 そのような理由から、このオーク肉の串焼きを売っている屋台の店主も香辛料を使ってみたのだろうが、オーク肉の持つ脂と共に焼かれた香辛料が口の中に不思議な香ばしさが広がったのだ。

 どこか食欲を刺激するようなその香ばしさは、一口、二口と串焼きを食べ進めるのと同時に、強くなっていく。


「美味いな、これ」

「へへっ、そうだろ。うちの秘伝の香辛料だしな」

「秘伝って……」


 香辛料が大量に出回り始めたのは最近だけに、そのような状況で秘伝と言われても、それはどうなんだ? とレイには疑問に思えてしまう。

 とはいえ、こうして食欲を刺激する香辛料の組み合わせは、店主が研究して辿り着いたものだ。

 そういう意味では秘伝という表現は決して間違っていないのだろう。


「取りあえず……五十本追加で頼む」

「はい、喜んで!」


 レイの言葉に、店主はしてやったりといった笑みを浮かべる。

 こうしてレイから大量の注文を受けたということは、自分の屋台の串焼きは美味いというお墨付きを得たようなものなのだから。

 とはいえ、別にレイは料理評論家の類ではない。

 今の身体になった影響で五感が鋭くなり、それはつまり味覚も鋭くなったということを意味しているが……元々の味覚がそこまで鋭くはない。

 端的に言えば、いわゆるお子様舌とでも呼ぶべき味覚なのだ。

 それを証明するように、酒の類は飲めるが、それを美味いとは思えない。

 そういう意味でも、レイは鋭い味覚があっても料理評論家としてやっていくのは難しいだろう。

 とはいえ、それでもギルムの屋台においてはレイの味覚はそれなりに影響力を持っている。

 それを示すように、レイの後ろには何人かの行列が出来ている。

 セトと一緒にいるだけに、レイの存在は周囲から目立っていたのだろう。


「ちょっと待ってくれよ。足りない分はすぐに焼くから」


 レイからの大量注文に店主は必死になって串焼きを焼く。

 香辛料の中には塩も入っているので、焼くすぐ前に掛けなければ、塩によって肉の旨みが出てしまう。

 その為、オーク肉は串に刺すまでは下処理としてやっていたが、香辛料は焼く直前に掛ける必要があった。

 屋台で串焼きを売ってる者の中には、面倒臭がって下処理をした時に肉に塩や香辛料を掛ける者もいるが、そのように手を抜いたりした場合、どうしても串焼きの味は落ちる。

 そしてギルムの屋台というのは非常に競争が激しく、手抜きをした料理を出すような屋台はすぐに売り上げが落ちてしまう。


(そういう意味では、この屋台は当たりだったよな)


 そんな風に思いつつ、レイは五十本分の料金を支払い、出来上がった串焼きを次々とミスティリングに収納していく。

 串焼きの肉そのものはそれなりの厚さがあるのだが、調理用の火がそれなりに勢いが強く、肉を焼くのにそう時間は掛からない。

 普通なら厚い肉を短時間で焼こうとすれば、表面だけが焼かれて中は生ということも珍しくはない。

 しかし、その辺は店主の技量によるものか、その肉はどれも中までしっかりと焼かれている。

 それでいながら、外はカリッと中はしっとりと焼かれていた。


「グルゥ」


 肉を焼いている様子を見ていたセトが、食べたいと喉を鳴らす。

 レイはそんなセトに、焼けたばかりの串焼きを一本渡す。

 それを嬉しそうに食べるセト。

 レイの後ろに並んでいる客達は、レイが五十本も頼んだので自分達が購入するまで時間が必要となる。

 それを不愉快に思う者もいるのだが、大半の客はセトが串焼きを食べる光景を見て癒やされていた。

 不満に思っている者も、他の者達が嬉しそうにしているのを見れば不満を口に出すようなことは出来ない。

 そうこうしているうちに、店主は五十本の串焼きを全て焼き終える。


「ほら、レイ。これが最後だ」

「悪いな」

「気にするな。こっちも商売なんだ。レイがこうして購入してくれるのは、俺にとって悪い話じゃないし」


 そうして満足出来る取引を終えると、レイとセトはその場から立ち去る。

 屋台の店主は五十本の串焼きを焼き終わってすぐに他の客の分も串焼きを焼くことになり、嬉しい悲鳴を上げるのだった。






「これは……素晴らしいな」


 マリーナの家に戻ってきたレイはエレーナと話をしていたのだが、その途中でようやく人目を気にすることなく街中を歩けるようになり、香辛料の使い方が上手い屋台で串焼きを買ってきたという話をした。

 それを聞いたエレーナが興味を持ち、アーラと共にレイの出した串焼きを食べたのだが、美食に慣れているエレーナにとっても、香辛料を上手く使ったその串焼きは十分に美味いと表現出来るものだったらしい。

 あるいは香辛料を上手い具合に使っているからこその感想だったかもしれないが。

 香辛料は大半が高価だとはいえ、貴族……それも公爵家ともなれば、それを購入するのは難しいことではない。

 そして公爵家が有する料理人なら、それらの香辛料をどのように使えば料理の味を引き立てられるのかを十分に知っている筈だった。

 だからこそ、そのような料理を食べる機会が多かったエレーナにしてみれば、香辛料の使い方に感心したのだろう。


「なるほど、これは確かに……レイ殿、この串焼きは屋台で売っていたのですよね?」


 エレーナに続き、ゆっくりと串焼きを味わっていたアーラまでもが味に感心し、レイに尋ねる。


「ああ、普通の……という表現が相応しいのかどうかはちょっと分からないが、とにかく特に変哲もない屋台で売っていた串焼きだ」

「普通の串焼きを売っている屋台でこのような味を出すとは、少し驚きですね。その屋台は本職の屋台なのでしょうか? それとも、冒険者が趣味で出している屋台なのでしょうか?」


 そうアーラが尋ねたのは、ギルムで出されている屋台の中には冒険者が趣味で出している屋台がある為だ。

 ただ、趣味だからといって馬鹿にしたものでもない。

 いや、寧ろ趣味だからこそ採算度外視で高級な食材を使ったり、あるいは自分で獲ってきた高ランクモンスターの肉を使った料理を売っていたりもする。

 そして趣味だからこそ、本職の料理人ならそこまではやらないといったところまで突き詰め、それによって本職の料理人よりも美味い料理を作ったりすることは珍しくない。

 何しろそのような者達はあくまでも趣味で料理をしているのだ。

 最悪、赤字になっても趣味である以上は構わないと認識している。

 だからこそ、商売として料理をしている者達にしてみればあくまでも利益を出さないといけない自分達とは違い、高級食材を使うのも珍しくはない趣味でやっている屋台は強力な商売敵でもある。

 もっとも、趣味でやっていて自分で獲ってきたモンスターの肉を使ったりすることも出来るものの、それはあくまでも趣味でしかないのも事実。

 調理技術という点では、基本的に趣味でやっている者は本職に劣る。

 だからこそ、本職の者達は食材の差を調理技術で何とかする。

 ……もっとも、趣味でやっている者の中には何故か本職顔負けの料理技術を持っている者もいるので、絶対に本職の方が料理技術が高いとは言い切れないのだが。

 ともあれ、多種多様な香辛料の登場で屋台の戦いはレイが知らない場所で激しくなっているのは間違いのない事実だった。

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[一言] 貴族街で屋台をやってる!?
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