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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3556/3865

3556話

「ねー、ねー、お兄ちゃん。その子と遊んでもいい?」


 そう声を掛けられたレイは、声のした方に視線を向け、次に下に視線を向ける。

 するとそこには、子供……人間だと五歳かそこらといったくらいのダークエルフの姿があった。


(ダークエルフって、子供の時は人間と同じように成長して、大きくなったら成長が止まる……んだったか?)


 以前マリーナからちょっと聞いたことがある内容を思い出しつつ、レイは頷く。


「セトとか? いいぞ。セトも子供と遊ぶのは好きだからな」

「ありがとう! ねぇ、皆! お兄ちゃんがその子……セトと一緒に遊んでもいいって!」


 その言葉に、十人程の子供達がやってくる。

 どうやらレイの側で寝転がっているセトを見て、一緒に遊んでみたいと思ったのだろう。

 これが中途半端に知識のある者なら、ランクAモンスターのグリフォンのセトと遊びたいとはそう簡単に言えることではない。

 だが、子供達は何も知らないが故に、レイの側にいるセトを見て、危なくないと判断したのだろう。

 それはレイにとっても心地良いことだった。

 少し離れた場所では、そんな子供達の様子を見てどうしたらいいのか分からないといった様子のエルフもいるが、それでもレイ達に近付いてくる様子はない。

 それは嫌悪感ではなく、畏怖や感謝……さすがに崇拝までは届いていないが、決して悪い感情からのものではなかった。

 これが普通の村であれば、それこそ怖がるだけになってもおかしくはない。

 しかし、このダークエルフの里においてはレイとセトは世界樹を救った恩人……それこそ救世主と呼ぶに相応しい存在なのだ。

 だからこそ、ここでレイやセトの存在を見ても怖がったりとか、そういうことはしない。

 ……セトとしては、出来れば話し掛けてきた子供達のように、一緒に遊んで欲しいと思うのだろうが。


「グルルルルゥ」

「あはははは、凄い、凄いよセト」

「あー、僕も乗せてよ!」

「あたしが先でしょ!」


 背中に子供を乗せたセトが、周囲を歩き回る。

 走っている訳でもないのだが、それでも十分に子供達は喜んでいた。

 そんな光景を眺めていたレイだったが、子供とセトのやり取りを見ていた少し年上の……レイ認識では十歳くらいに見えるダークエルフの子供達が近付いてくる。

 そのような者達が遊んでいるのを見て、もう少し年上の……といったように少しずつ人数が増えていき、気が付けば大人も普通にセトと遊んでいた。

 もっとも大人の場合はセトと遊ぶというよりは、セトを撫でるといった感じだったが。

 セトの愛らしさと、世界樹の件の両方から考えて、セトに乗ったりは出来ないが、撫でられるとセトが喜ぶというのを理解し、撫でている。

 ただ、集まってきた者達は最終的に結構な人数になってしまっており、それによって全員で撫でるというのは難しくなり、順番にセトを撫でるといった感じになっていたが。


「ねぇ、撫でてばかりじゃなくて、俺達にもセトと遊ばせてよ!」


 子供の一人が不満そうに言う。

 大人達がセトを撫でるのはいい。

 だがそうして撫でている為に、結果として子供達はいつの間にかセトに乗って遊ぶということが出来なくなってしまっていた。

 自分もセトと遊びたいと思う者は多く、どうしたものかとレイが考えていると……


「ほら、いい加減にしなさい。一体どれだけ集まってるのよ」


 多分に呆れの込められた声が周囲に響く。

 その声に、ビクリとする者多数。

 レイにとっては聞き慣れた声だったが、この里の住人にとって世界樹の巫女の言葉というのは大きな意味を持つ。

 慌ててセトから離れ、何人かは深々と頭を下げる。


「いいわよ、別にそこまで畏まられなくても。……それにしても、セトは随分と人気者になったらしいわね」


 そう言うマリーナの横には、微妙につまらなさそうな表情を浮かべたヴィヘラの姿があり、他にも五人のダークエルフの男女の姿がある。


(多分、ヴィヘラにとっては期待したような展開とかがなかったんだろうな)


 ヴィヘラにしてみれば、マリーナと一緒に長のところに行ったら何か……それこそ、力試しとか、もしくはダークエルフに絡まれるとか、そういうのがあると思っていたのだろう。

 しかし、つまらなさそうな表情を浮かべているのを見れば、ヴィヘラが期待した流れはなかったということを意味している。


(その件については、ここで触れない方がいいか)


 もしここでヴィヘラに何かを言おうものなら、それこそ場合によっては今ここで模擬戦を行う……などということになってもおかしくはない。

 普通ならとてもではないが考えられないことだったが、ヴィヘラであればそのようなことをやっても不思議はないのだから。


「ほら、セトと遊びたいのは分かるけど、こっちもそこまで暇じゃないのよ。散ってちょうだい」


 マリーナの言葉に、残念そうにしながらもダークエルフ達はセトから離れていく。

 ただ……


「えー、何でだよ。もう少しセトと遊ばせてくれてもいいだろ」


 まさにガキ大将といった感じのダークエルフの子供が、不満そうな様子でマリーナに向かって言う。

 そんな子供の様子に、大人のうちの何人かが何かを言おうとするが、それよりも前にガキ大将は更に口を開く。


「ねぇ、おばさんってば」


 ピキリ、と。

 その言葉に、マリーナの額に血管が浮かぶ。

 もっともガキ大将の言葉は、決して間違っている訳ではない。

 人間の外見年齢的には二十代といったマリーナだが、生きてきた年月はかなりのものなのは間違いないのだから。

 ギルムに来たのも、ダスカーが子供の頃だったのだ。

 その前にも冒険者として活動していたことを思えば、年齢という点では反論は出来ない。

 出来ないが……だからといって反論しない訳ではないのも事実。


「へぇ……坊や、今なんて言ったのかしら? ちょっと聞こえなかったから、もう一回言って貰える?」

「ぴぃっ!」


 満面の笑みを浮かべたマリーナ。

 そこには凄絶なまでの女の艶があるが、今はそれだけではなく、見ている者を怯えさせる迫力を持ってもいた。

 ガキ大将も、ダークエルフとしての……いや、生き物としての本能でそれを察知したのか、自分でも気が付かないうちに妙な悲鳴が口から出る。

 そんなガキ大将に、一人のダークエルフが走り寄る。

 外見だけではマリーナとそう違いはない、そのダークエルフの女は、ガキ大将の側まで行くと、容赦なくその拳をガキ大将の頭に振るう。

 ごつっ、と。

 そんな痛そうな、それこそ聞いただけで思わず眉を顰めたくなるような音が周囲に響く。


「ぐげっ!」


 殴られたガキ大将はそんな一撃に抵抗出来ず、地面に倒れ込む。


「このお馬鹿! 世界樹の巫女のマリーナ様に何て口を利くのよ! ……申し訳ありません、マリーナ様。この子には後でたっぷりと言って聞かせますから」

「……そう、ミュージィの子供だったの」

「その、お久しぶりです」

「私達にしてみれば、このくらいの時間はそう大した時間じゃないでしょう。それより、随分と元気な子ね」

「一体誰に似たのか、腕白すぎて……」

「誰に似たって、ミュージィの子供だから、ミュージィに決まってるでしょう?」

「あ、あははは。えっと、それより何故マリーナ様は里に? 一緒に来た人達を見ると、ただの里帰りという訳でもないようですけど」


 あからさまに話題を変えるミュージィ。

 マリーナもミュージィの考えは当然のように理解出来ていたが、今はその点を突かなくてもいいだろうと判断したのか、頷いて口を開く。


「ちょっとギルムの方で精霊魔法を使える人手が必要になってね。この子達を連れていくことにしたの」


 そう言い、マリーナは少し後ろで待機していた五人のダークエルフに視線を向ける。

 なお、五人のダークエルフが後ろにいたのは、ガキ大将のおばさん発言があったからだ。

 それまではマリーナの隣……とまではいかないが、すぐ近くにいたのだが、おばさん発言を聞いた瞬間にマリーナから放たれた迫力に、自分達でも気が付かないうちに数歩後退ってしまったらしい。


「精霊魔法を? ……ああ、なるほど」


 ミュージィがその五人を見て納得する。

 レイは分からなかったが、この五人はマリーナのように突出した精霊魔法使いではない。

 マリーナは色々な意味で例外なので比べる方が間違っているのかもしれないが、この里にいる精霊魔法を使えるダークエルフの中でも、決して腕利きという訳ではなかった

 五人のうち、一番腕の良い者であっても里の精霊魔法使いの中では中の上といったところ。

 そして一番腕の悪い者は、下の上といったところだろう。

 そんな面々であったが、ミュージィがマリーナの言葉に納得したのは、この五人が外に出てみたいと以前から思っていたのを知っていたからだ。

 ダークエルフの中でも好奇心が高く、それでいてまだ若い。

 後者の件についてはガキ大将の件もあってミュージィも口にする訳にはいかなかったが、とにかくこの五人がマリーナと一緒に行くというのはミュージィにも理解出来た。


「けど、いいの?」

「住む場所とかは……今は問題ないわ。宿屋もあるしね」


 これが春から秋に掛けてなら、増築工事に参加する者達で宿という宿は埋まり、いわゆる民泊に近い者達も限界まで客を受け入れ、それでも足りず、最終的には簡単な小屋を作ることになってしまった。

 しかし、冬の今は宿も空いているので、泊まる場所に困ることはない。


「あるいは、どこかに家を借りるなり、買うなりして五人で一緒に生活してもいいかもしれないな」


 二人の会話を聞いていたレイは、そう話に割り込む。

 レイが思い浮かべたのは、ベスティア帝国の内乱でレイの指揮する遊撃隊として活動していたが、そのレイと敵対したくないということでギルムにやって来た者達……そんな中でも、屈指のセト好きで、ギルムに来た遊撃隊の面々のリーダー格のヨハンナだった。

 ヨハンナは元遊撃隊の面々や、その家族、恋人といった者達を纏めて住まわせる為に、大きな屋敷を購入した。

 これはヨハンナの家が大きな商会だからこそ出来たことだったが。

 ヨハンナが買ったような大きな屋敷ではなく、普通の一軒家であってもダークエルフ五人が住むのなら、何の問題もない。

 そう思っての、レイの言葉だった。


「……なるほど。家を買うのはちょっと難しいでしょうけど、借りるのなら何とかなりそうね」


 実際には、元ギルドマスターのマリーナの伝手を使えば、家を買うといったことも出来るだろう。

 だが、ギルムに行く五人は冒険者として活動することを希望している以上、マリーナが力を貸しすぎるのはどうかと思ったのだろう。

 ただし、それなりに精霊魔法使いとしての腕がある以上、ギルムで冒険者として活動する上で困ることはないのは明らかだった。

 多くの冒険者があつまるギルムであっても、決して魔法使いの数は十分にいる訳ではないのだから。

 ましてや、五人のダークエルフは全員が相応に美形と呼ぶべき者達だ。

 そういう意味でも、男女問わず多くの者に言い寄られることになるだろう。


(本人達にそういう自覚があるのかどうかは分からないけどな)


 レイが見た限り、ダークエルフというのは基本的に全員顔立ちが整っている。

 それだけに、この里から出たことがない者であれば、自分達が美形であるという認識があるかどうかは微妙なところだった。


「さて、じゃあそろそろ準備をしてきてちょうだい」


 ミュージィとの会話が一段落したところで、マリーナが五人のダークエルフに向かってそう言う。

 そんなマリーナの言葉に、五人のダークエルフはそれぞれに頷いてその場から立ち去る。


「あまり時間は掛けられないわよ」


 そんな五人の背に向かい、マリーナがそう言う。

 ギルムに行く準備に具体的にどのくらいの時間が必要なのかは、レイにも分からない。

 一体何を持っていくのかで、その辺りも決まるだろう。

 ただし、レイのようにミスティリングがある訳でもない以上、持っていく荷物はどうしてもそこまで多くは出来ない。

 それこそ冒険者として活動する上での装備と、宝石や現金といった当座の活動資金、少数の着替え……といったところか。


「さて、どういう荷物を持ってくるのかしらね」


 マリーナもレイと同じことを思っていたのか、少し嬉しそうに笑う。

 意地が悪い。

 そうレイは思ったが、マリーナは元ギルドマスターとして、五人がこれから冒険者としてやっていく第一歩と思っての行動なのだろう。

 レイはそんなマリーナの様子を見て、何か言ったりはしない。

 ここで何かを言っても、恐らくマリーナがあの五人に対しての指導とも訓練とも呼ぶべき行動を止めるとは思わなかった為だ。

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[一言] >「ねぇ、おばさんってば」 ある意味勇者ですね、女性に年齢の話題をふるのは自殺行為ですよ。
[一言] ガキ大将よ、それは女性には言ってはいけない単語のひとつだw
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