3552話
「まぁ、こんなものか」
レイは宣言した通り、二十匹のスノウオークだけは特に解体するでもなく死体のままミスティリングに収納しておいたが、それ以外の全てのスノウオークは解体した。
とはいえ、その解体はドワイトナイフを使った解体だ。
レイにしてみれば、魔力を込めてドワイトナイフをスノウオークの死体に突き刺すだけだ。
そうすれば周囲に眩い光が輝き、光が消えると既に解体は終わっている。
……それでもミスティリングに収納していたスノウオークの死体の数を考えると、単純作業であるが故に、大変だったのだが。
実際に作業をしていた時間は、そう多くはない。
寧ろ素材となった諸々をミスティリングに収納する方が時間が掛かったくらいだ。
それでもその面倒な作業を終えたレイは、清々とした様子で空を見る。
時間的にまだ夕方にはちょっと早い時間。
今が冬であることを考えると、午後三時から四時くらいといったところか。
「腹が減ったな」
遅い朝食、あるいは早い昼食を領主の館で食べたものの、それから真っ直ぐギルドに行き、ワーカーとの約束通りスノウオークの死体をギルドに売った後は、すぐにこうしてスノウオークキングやスノウオークの解体の為にここまでやって来た。
それから解体や魔石を使ったりしていたので、レイは……いや、レイだけではなくヴィヘラやセトも昼食を食べないまま、この時間になってしまった。
それを思い出すと、それだけで空腹なのを自覚をする。
「ギルムに戻る前に軽く食事をしていかないか?」
「うーん……それもいいけど、どうせギルムに戻る時は真っ直ぐマリーナの家に降りるんでしょう? なら、マリーナにスノウオーク……いえ、スノウオークキングの肉を焼いて貰うというのはどう? せっかく普通のオークよりも美味しいお肉があるんだから、少しでも早くそれを食べたいんだけど」
「ヴィヘラの気持ちは分かるけど、マリーナが家にいるかどうかは微妙だぞ?」
レイが覚えている限り、精霊魔法を使える者を集めてトラペラ対策に風の精霊を使って探知網を張るという話になっていた。
午前中にレイ達と一緒に食事をしていたのを思えば、風の精霊魔を使った探知網についての打ち合わせといったことは、それから……午後になってからの話になる。
そのような打ち合わせが、もう終わっているのか。
もし終わっていなければ、マリーナはまだ家にいないだろう。
「あー……その件もあったわね。けど、もしかしたらいるかもしれないでしょう? そもそも、ここからギルムまで、セトならすぐなんだから。わざわざこんな危険な……いつモンスターが現れるのか分からない場所で食事をするよりも、そういう心配のないマリーナの家で食べた方がいいと思わない?」
戦闘を好むヴィヘラだが、それでも食事の時にモンスターに出て欲しいとは思わないらしい。
レイもどうしてもここで食事をしたい訳ではなかったので、ヴィヘラの言葉に頷くのだった。
「やっぱりまだマリーナはいないのか」
「うむ。トラペラの件でな」
ギルムにあるマリーナの家に戻ってきたレイだったが、エレーナとアーラはいたが、予想通りマリーナの姿はなかった。
なお、ビューネとイエロも戻ってきており、今はセトと一緒に遊んでいる。
「そっか、残念。……けど、それならやっぱりスノウオークの肉は今日の夕食の楽しみにして、今はちょっと小腹が空いたからサンドイッチか何か出してくれる?」
エレーナの言葉に残念そうにながらヴィヘラが言う。
レイは素直にミスティリングの中からサンドイッチを取り出す。
川魚を甘辛く煮付けた……レイの感想だと洋風の佃煮とでも呼ぶべき具材と葉野菜のサンドイッチ。
甘辛く煮付けた川魚は、骨も気にせず食べることが出来る柔らかさだ。
レイとヴィヘラ、そしてエレーナとアーラにも渡してそれを食べていると……
「ん!」
「キュ!」
「グルゥ!」
サンドイッチの香りが漂ったのだろう。ビューネ、イエロ、セトがやって来て、自分達も食べたいと態度で示す。
特に断ることもないので、レイは素直に追加のサンドイッチを出す。
先程懐中時計で確認したところ、今は午後四時近く。
マリーナが帰って来ればすぐに夕食の準備をすると考えると、今ここでサンドイッチを食べたら夕食が食べられなくなるのでは?
少しだけそんな風に思ったレイだったが、すぐにそれを否定する。
セトの身体の大きさを考えれば、サンドイッチの一個や二個で夕食が食べられなくなるということはないだろうし、ビューネもその外見からは信じられない程の量を食べる。
イエロのみがその身体の小ささから少し心配だったが、子供とはいえ仮にもドラゴンだから、心配はないだろうと。
そうしてサンドイッチを渡すと、レイは自分のサンドイッチを口に運ぶ。
「これ、少し珍しいサンドイッチではないか?」
「エレーナとかはあまり食べる機会はないかもしれないな。……とはいえ、それなりに高級品だと考えると、もしかしたら食べる機会はあるのかもしれないけど」
このサンドイッチが高価なのは、純粋に食材……いや、調味料の砂糖が相応に高額だからだ。
香辛料や調味料の類は緑人のお陰で安くなってきているが、それも最近になってからだ。
レイがこのサンドイッチを買った時の砂糖の値段は、まだかなり高額だった。
「ふむ、レイが言うのならそういう機会もあるかもしれないな。……実際、この川魚を煮込むのには砂糖以外にも多数の香辛料を使っているようだし」
サンドイッチを一瞥し、エレーナが呟く。
そうして全員でお茶……いや、軽食の時間を楽しんでいると、やがて夕方になり、日も沈む。
冬だけに、夕暮れ時間はどうしても短い。
急速に暗くなっていく空の様子を見ながら、レイはエレーナ、ヴィヘラ、アーラと話をしていた。
その話題は、当然のようにトラペラであったり、スノウオークについての話題が多い。
「なるほど、スノウオークキングの毛皮を使ってビューネの服かローブを。……いいのではないか? 私はビューネと一緒に行動することは少ないが、それでも心配だったのは間違いない」
「だろうな」
レイはエレーナの言葉に素直に頷く。
レイのパーティメンバーとして活動しているビューネと違い、エレーナはレイの仲間であるのは間違いないが、立場としてはあくまでも貴族派から派遣されているというものだ。
そうである以上、エレーナとビューネが一緒に行動することはない。
今のように、こうしてマリーナの家で遊んでいる時に一緒にいるということはあるが。
しかし、それでもビューネが戦いに参加しているのは知っていたしビューネと一緒に行動したこともあった。
「ただ、ヴィヘラと話していたけど、それでもちょっと問題なのはスノウオークキングの毛皮だけに、冬以外の季節はちょっと使いにくいと思うんだよな」
「それは……仕方がないのではないか? 冬になったら、その服を使えばいいだろう」
「ビューネの防御力を考えると、冬にしか使えないのはどうかと思うんだけどな」
基本的に冒険者として活動するのは、春から秋の間だ。
冬の間は他の冒険者と同じく冒険者として活動しない。
そうである以上、冬に使う防具や防具代わりの服を用意しても、あまり使い道がないのは事実だ。
……もっとも、レイのパーティは特殊で普通の冒険者と比べるのが間違っているのかもしれないが。
実際、レイは春になったら自分だけでミレアーナ王国の外にある国の迷宮都市に行くことになっている。
パーティの中で、レイだけがだ。
そして他の面々はギルムの増築工事に協力をする。
そういう意味では、パーティとして活動していないと見なされてもおかしくはなかった。
もっとも、レイ達はそれで問題ないと思っている。
何しろ一人一人が突出した実力の持ち主だ。
パーティの中で最弱のビューネですら、ギルムの冒険者として活動している盗賊の中では高い戦闘力を持っている程だ。
その辺の冒険者が外見から侮ってビューネを攻撃した場合、返り討ちにあってもおかしくはないだろう。
それだけの実力をビューネは持っているのだ。
……本人を見ても、とてもではないがそのようには思えないが。
そんな訳で、それぞれが各個に行動してもおかしくはない。
「ただいま」
周囲が暗くなった頃、それでも話をしていたレイ達の耳にそんな声が聞こえてくる。
声のした方に視線を向けると、そこには相変わらずパーティドレスに身を包んだマリーナの姿。
ただし、その顔には疲れの色がある。
そんなマリーナを見たアーラは、すぐにお茶の用意を始めた。
疲れているマリーナを少しでも休ませようと考えたのだろう。
「おかえり。その様子だと苦戦したみたいね。やっぱり精霊魔法使いの数は少なかったのかしら?」
尋ねるヴィヘラに、椅子に座ったマリーナはアーラの淹れてくれた紅茶を飲みながら頷く。
「ええ。元々精霊魔法使いというのは、普通の魔法使いと比べても少ないでしょう? しかも冬ということで、地元に帰ってる冒険者もいるし」
だろうなと、レイはマリーナの説明に納得する。
冬になればいなくなるというのは、商人達が目立つ。
そして今は、増築工事に参加している者達か。
だが、そのような者達以外に冒険者も冬の間は地元に戻るなり、あるいは辺境のようにいつ高ランクモンスターが現れてもおかしくない場所ではなく、もっとゆっくり出来る場所に行くとか、そういうことを考える者も多い。
そしてレイがマリーナの様子を見た限り、精霊魔法の使い手もそのような者達の中に入っていたのだろう。
(元々、精霊魔法の使い手そのものが少ないしな)
マリーナの様子を見ながら、レイはそんな風に思う。
魔法使いの素質を持った者は少ない。
あるいは素質を持っていても魔法に関わる者がいなければ、その素質は眠ったままだ。
あるいは何らかの幸運によって魔法使いとなっても、魔法使いであるというだけで仕事に困ることはない。
一攫千金が狙えるが、命の危機がある冒険者ではなく、安全で給料も安定した仕事に就きたい、あるいは研究に集中したいという者がいてもおかしくはなかった。
つまり、魔法使いの冒険者というのはそういう意味でもかなり希少なのだ。
そして冒険者になった魔法使いでも、使える魔法はそれぞれ違う。
その中で精霊魔法使いとなると……砂漠に落ちた宝石を見つける程ではないにしろ、砂漠にあるオアシスくらいには数が少ないだろう。
それでもまだギルムは、辺境ということで多くの腕利きの冒険者が集まってくるので、それなりに魔法使いの割合も多いのだが。
しかし、そのような状況の中で精霊魔法使いを揃えるのは難しい。
あるいは精霊魔法使いであっても、使える属性の精霊は様々だ。
中には火の精霊を得意としており、今回のトラペラ対策として必要な風の精霊との相性が悪い精霊魔法使いもいるだろう。
そのような諸々を考えても、マリーナにとっては精霊魔法使いを揃えるのが難しいというのはレイを含めて話を聞いている者達にも十分に理解出来た。
「これが今の季節じゃないのなら、私の里から何人か精霊魔法使いを呼べるんだけど」
マリーナの故郷には多くのダークエルフがおり、精霊魔法を使える者も相応にいる。
それはレイも以前世界樹の件でマリーナの故郷に行ったことがあるので、十分に理解していた。
世界樹の巫女たるマリーナ程の使い手はいないにしろ、今回のように補助的な部分を担えるくらいの精霊魔法の使い手は多数いる。
だが……冬の今、マリーナの故郷に向かうのは自殺行為に等しい。
あくまでも普通に、一般的に考えればの話だが。
そしてここには、とてもではないが普通とは思えない者がいる。
「なら、俺がマリーナを連れていこうか? セト籠があるから、ダークエルフを連れてくるのは問題ないと思うけど」
「そう……ね。本当ならそこまでレイに頼りたくないんだけど、トラペラの存在を考えると今はそういうことを言っていられるような状況じゃないのも事実だし……お願い出来る?」
「ああ、構わない。今は特にやるべきことはないしな」
スノウオークのスタンピードの一件で、レイはギルムでも普通に行動出来るようになった。
妖精郷で寝泊まりをする必要もなくなったのだ。
……もっとも、妖精郷との関係を考えれば、そのまま放っておく訳にもいかないが。
以前までのように、ギルムで寝泊まりが出来ないという程ではないので、そのうちに妖精郷に顔を出そうとは思っているが。
「マリーナの準備が出来たら、明日か明後日にでも出発する。その代わり……今日はこれ、スノウオークキングの肉を使って、夕食を楽しむとしよう」
そう言い、レイは解体をしたスノウオークキングの肉をミスティリングから出すのだった。