3550話
「さて、この辺りでいいか」
レイはギルムからある程度離れた場所にある草原……冬の今は雪原だが、そこで呟く。
セトの足に掴まってここまで一緒にやって来たヴィヘラは、興味深そうに周囲の様子を眺める。
「ここで解体をするの? 周囲には木とかもないし、モンスターがいたら丸見えよ?」
「だろうな。けど、今日は風もそこまで強くないし、木のある場所とかに行くと何らかのモンスターが襲ってきそうなんだよな」
「あら、じゃあやっぱり木のある場所にいかないと」
「……ヴィヘラならそう言うと思ったけど、今回はあくまでもスノウオークの解体が目的だ。モンスターの襲撃とかがあった場合、すぐに分かるようにしておきたい」
これがいつもなら、レイもそこまで細かいことは気にしないだろう。
だが、昨夜のスタンピードやトラペラの件がある以上、レイであっても多少は慎重になる。
「しょうがないわね。なら、敵が来てくれることを祈りましょうか」
レイがここでやると決めた以上、何を言っても場所を移動しないだろうと判断したヴィヘラは、しょうがないと息を吐く。
「そう祈っていてくれ。……個人的には諸々が終わるまではモンスターに出て来て欲しくはないんだが」
「あら、それじゃあ解体とかが終わった後なら出て来てもいいの?」
「新しいスキルや、強化されたスキルを試すという意味では、悪くないと思う」
いつもであれば、適当にその辺にある木や岩、あるいは地面に使ってみるのだが、倒しても構わない敵がいるのなら、レイとしては歓迎出来る。
そしてスキルを試して倒したモンスターが未知のモンスターであれば、それは追加で新たな魔石を入手出来るという意味で悪くない。
そう説明すると、ヴィヘラは呆れの視線をレイに向ける。
一石二鳥を狙うということに、思うところがあるのだろう。
もっとも、レイとしてもヴィヘラが何の為にここにいるのかを考えれば、それこそ呆れの視線を向けてもおかしくはないのだが。
「ともあれ、解体を始める」
そう宣言すると、レイは最初にスノウオークキングの死体を取り出す。
普通に順番を考えた場合、スノウオークを解体してから最後にスノウオークキングの解体をするのが最善なのは間違いないだろう。
だが、収納されたスノウオークの死体の数を思えば、スノウオークキングの解体がいつになるのかは分からない。
そんな訳で、まずは今回の主目的である魔獣術によるスキルの習得や強化を行ってしまおうというのがレイの考えだった。
その件については特に反対するつもりもないのか、ヴィヘラはスノウオークキングの死体を見ても何も言わない。
ただ、自分が倒した相手だけに……それも十分強敵と呼ぶに相応しいだけの実力を持っていただけに、こうして死体を見ると昨夜の戦いを思い出したのか、その口が弧を描く。
それだけスノウオークキングとの戦いはヴィヘラにとって満足出来るものだったのだろう。
「いいか、やるぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトが喉を鳴らす。
それを確認してから、レイはミスティリングから取りだしたドワイトナイフに魔力を込める。
解体するのは、ランクAモンスターのスノウオークキングだ。
ドワイトナイフの効果として、込められた魔力によって解体の質が変わるというものがある。
例えば少ししか魔力を使わなければ、解体結果は雑なものとなる。
それとは違って十分な魔力が込められた状態であれば、きちんと解体される。
それだけではなく、解体された素材も多少ながら質が上がるという追加効果まである。
そのような効果を持つドワイトナイフだけに、ここでしっかりと魔力を込めるのはレイにとって当然のことだ。
折角のスノウオークキングの素材が、魔力不足によって適当な質になったらレイにとっては洒落にならないのだから。
十分に魔力が込められたのを確認すると、レイはドワイトナイフの切っ先をスノウオークキングの死体に突き立てる。
次の瞬間、スノウオークキングの死体は眩く輝く。
ドワイトナイフが上手く効果を発揮した証が、この光だ。
その光は、もし戦闘中に使われたら閃光弾のような使い方が出来るかもしれないと、そう思えてしまうような眩さを持っていた。
「ちょっ!」
ヴィヘラにとって、この光の眩さは完全に予想外だったのだろう。
思わずといった様子で声を出しながら目を覆う。
とはいえ、レイもまたそんなヴィヘラに負けず劣らず……いや、ドワイトナイフを実際に使ったのがレイだった以上、ある意味ではヴィヘラ以上に驚いていたのだが。
それでもレイは自分がドワイトナイフを使った結果の光だからというのを理解していたので、今回はそこまで取り乱さなかったが。
そしてセトは、眩しそうにしていたものの、レイのやったことだからとこちらも特に動揺はしていない。
数秒後、日中にも関わらず周囲を眩く照らした光が消えると、そこにはスノウオークキングの解体された素材が置かれていた。
最初にレイが視線を向けたのは、やはり魔石だろう。
魔獣術による成長には必須の存在だけに、魔石を重要視するのは当然の話だった。
そして次に、魔石の次に興味を持っていたスノウオークキングの肉。
身長三mオーバーという身体でありながら、それでもヴィヘラと互角に戦えるだけの動きを見せていたその身体を解体した結果残ったのは、百kg程の肉。
身長三m半ば程ということを考えれば少し少ないような気もしたレイだったが、それでもスノウオークキングの肉をそれなりの量入手出来たのはレイにとって決して悪いことではなかった。
スノウオークやスノウオークキングの肉はレイもまだ食べたことがないので、具体的にどのような味かは分からない。
だが、オーク系である以上は不味いということはないだろうし、何よりワーカーからのお墨付きもある。
モンスターの肉というのは、基本的に高ランクモンスターの肉程美味いのだが、何事にも例外がある。
高ランクモンスターでも食えない程度でしかないと思える程度の味の肉もあれば、オークのようにランク以上に美味いといった肉もある。
スノウオークキングはそんなオーク系の肉で、しかもランクAモンスターなのだから、一体どれだけ美味いのかレイが気になるのは当然のことだった。
「後は……へぇ、牙に眼球に、内臓が幾つかと……これだな」
各種内臓を一瞥し、最後にレイが視線を向けたのはスノウオークキングの毛皮。
もしレイがドワイトナイフではなく自分の手で解体をした場合、とてもではないが綺麗に毛皮を肉から剥がせるとは思えなかった。
間違いなく毛皮を破いたり、あるいは毛皮の方に肉や脂肪が付着したりということがあっただろう。
だが、ドワイトナイフ……それもレイがたっぷりと魔力を込めて使ったことにより、スノウオークキングの毛皮は非常に綺麗に剥がされていた。
それこそ解体屋のような本職の人間の目から見ても非常に上手い……あるいは上手すぎる解体の手際だと評するくらいに。
「スノウオークキングの毛皮ね。ローブとかにすると、強い防御力を持ちそうだけど」
実際に自分が戦った経験があるだけに、ヴィヘラは確信を込めて言う。
ヴィヘラの手甲の先端に生み出せる魔力の爪は、一流の武器と同等、あるいはそれ以上の鋭さを持っている。
そんな爪を使い、素人ではなく手甲を使い慣れているヴィヘラの爪による一撃であったにも関わらず、スノウオークキングの毛皮を斬り裂くことは出来なかった。
そのような毛皮だけに、きちんと処理をすれば高い防刃性能を持つローブなり、服なりといった防具を作ることが出来るだろう。
問題なのは、そのような防具を作っても使う者がいないということだ。
レイは防刃性能の他に様々な能力がある、それこそスノウオークキングの毛皮を使った防具の上位互換……それも多少ではなく圧倒的なまでの上位互換と呼ぶべきドラゴンローブがある。
ヴィヘラも防刃性能以外にドラゴンローブとは違うが、寒さを遮る効果を持つ薄衣を身に付けている。
エレーナの鎧も、レイははっきりと聞いてはいないがマジックアイテムであるのは間違いないし、何より姫将軍の異名がある以上、鎧の方がそれらしいだろう。
そうなると残るのはマリーナなのだが……マリーナはパーティドレスを着ている。
ただし、そのパーティドレスはマジックアイテムという訳ではなく、普通の――その全てが非常に高級品だが――パーティドレスだ。
もっともマリーナは弓と精霊魔法を武器とする典型的な後衛なので、防具にそこまで拘る必要はない。
それだけではなく、パーティドレスは精霊によって強化されている。
もしレイがそのことを説明するのなら、恒常的にバフの掛かっている防具と話すだろう。
アーラはエレーナの筆頭騎士という立場である以上、こちらもまたローブではなく鎧を装備する必要がある。
「となると……残るのはビューネか」
「うーん、でもこの毛皮……ちょっと重いわよ? だとすると、速度や身軽さを活かした戦闘方法のビューネにはちょっと相応しくないと思うけど」
「ビューネが問題なく着られるように、この毛皮を短く切ったらどうだ? ちょっと勿体ないけど、それならあまりビューネの速度を殺さないと思うけど」
一応、ビューネも最低限……本当に最低限防御力には気を配っている。
しかし、それはあくまでもビューネの持ち味である速度や身軽さを阻害しないものである以上、防具としての能力は高くない。
だからこそ、多少ではあってもこのスノウオークキングの毛皮を使ってローブなり服なりを作り、それによって防御力を高めたらいいのではないかというのがレイの考えだった。
「うーん、どうかしらね。……それともしビューネの防具にするとしても、誰が作るの? やっぱり、錬金術師? 鎧じゃないんだし、鍛冶師はこの場合ちょっと違うでしょう?」
「どうだろうな。やっぱり錬金術師だと思う。……幸い、錬金術師なら伝手がそれなりにあるし」
黄昏の槍を作ってくれた者もそうだし、最近ではトレントの森の木に魔法的な処理をする者達もいる。
特に後者は、珍しい素材がないのかと会う度に聞いてきた者達だ。
そのような者達にスノウオークキングの毛皮を見せれば、どうなるか。
それは当然ながら目を輝かせるだろう。
レイが金を払ってスノウオークキングの毛皮を加工する……のではなく、寧ろ自分達が金を払うからスノウオークキングの毛皮を加工させろと言ってきてもおかしくはない。
もしくは、スノウオークキングの素材……牙や眼球、内臓といった部位に興味を覚えるか。
どうなるのかは分からないが、取りあえずこのスノウオークキングの毛皮はビューネのローブなり服なりを作るのに使ってもいい。
……とはいえ、こうして見るからに毛皮となると、ローブでも服でも夏には暑くて着ていられないような気がするが。
「とにかく、この毛皮についてはこれでいいとして……内臓とかそういうのも、今は使い道がないから収納しておくか」
魔石以外の全てを収納するレイ。
内臓の類は錬金術師が使いたいと思うかもしれないが、今のところレイは錬金術師に何か頼む積もりはない。
それこそ頼むとしたらスノウオークキングの毛皮を使った服くらいだろう。
しかし、それも今すぐにどうこうということは考えていない以上、気にする必要はなかった。
(あ、討伐証明部位……まぁ、いいか)
そこまでしてから討伐証明部位を残すことを忘れていたレイだったが、討伐証明部位をギルドに渡しても金を貰えるだけなので、取りあえずそちらは置いておく。
そもそもスノウオークが非常に珍しいモンスターだ。
そのスノウオークの上位種であるスノウオークキングの討伐証明部位がどこなのかレイには分からない。
あるいは普通のオークと同じく右耳なのかどうかも分からないし、もし分かってもその討伐証明部位が幾らになるのか分からない。
それならギルドで相談して討伐証明部位を決めるよりも、いっそ討伐証明部位を渡さない方がいいだろう。
レイは別に金に困っている訳ではないのだから。
これが冒険者になったばかりの者であったり、金遣いが荒い者であれば、一体何を言っていると疑問に思うだろう。
だが、レイは違う。
マジックアイテム等を購入して相応に金を使うが、それ以上に金を稼げるのだから。
……それこそ、レイがその気になればクリスタルドラゴンの素材を売るといったことで多額の金が手に入る。
「さて、そうなるとこれだな」
呟いたレイが手にしたのは、スノウオークキングの魔石。
これをセトとデスサイズのどちらに使うかと考え……レイはセトに視線を向けるのだった。