3549話
「では、こちらがスノウオークの値段になります」
レノラから代金を受け取る。
予想していたよりも高額の値段だ。
スノウオークという存在が、そもそも非常に珍しいからというのもあるのだろう。
というか、本当に今更の話ではあるのだが、スノウオークという非常に珍しいモンスターが、何故急にスタンピードを起こしたんだと、そうレイは疑問に思う。
(やっぱり、トラペラが十匹以上現れたのと、何か関係があるのか?)
昨日その件について話した時、ワーカーからは恐らく偶然だろうと言われている。
実際、スタンピードを起こしたスノウオークとトラペラが一緒に行動していた訳でもないのを考えると、やはり偶然という可能性が高いのはレイにも理解出来た。
理解出来たが、同時にタイミングを考えると本当に偶然か? という思いがあるのも事実。
「レイさん? どうしました?」
「いや、何でもない。代金は確かに受け取った」
そう言い、レイはギルドから出ようと考え……
「その、レイさん。これからの予定はどうなっていますか?」
レノラの声に、改めて視線をそちらに向ける。
「予定というか、それこそ昨日倒したスノウオークの解体をある程度やらないといけないな」
ミスティリングに入れておけば、スノウオークの死体が腐るといったことはない。
また、解体そのものもドワイトナイフを使えばその辺については全く問題なく出来るので、そういう意味では別に今日スノウオークの解体を行わなくても、それこそ料理に使いたい時、食べたい時にドワイトナイフを使って解体をしてもいいだろう。
それはレイにも分かっているものの、それを考えた上でも今のうちに解体出来るのならしておいた方がいいだろうというのがレイの考えだった。
セトとデスサイズが使う分の魔石が二個必要である以上、最低でも二匹のスノウオークは解体する必要がある。
そしてレイの解体はドワイトナイフで行われるので、一匹でも二匹でも……十匹でも二十匹でも、手間はそう変わらない。
もっとも、解体して出来た素材や肉、魔石をそれぞれミスティリングに収納する手間は大変だろうが。
「そうですか。……解体は出来ればギルムの中でやって欲しいところですが、解体屋も現在はギガントタートルの解体で使われているので、難しいですね」
「今日も頑張ってくれてるようで何よりだ。……じゃあ、行ってくる」
そう言い、今度こそレイはギルドを出る。
するとギルドの外では、何人かがセトと一緒に遊んでいた。
レイはダスカー直々の布告があったので、誰でも話し掛けるといったことは出来なかったが、セトは別なのだろう。
もしくは、セト好きの者達にしてみれば、レイと接するのを恐れてセトと遊べないというのは有り得ないという考えなのか。
理由はともあれ、セト好きが十人程集まっているのは事実。
(ヴィヘラは……あっちか)
ギルドの中にいても暇だからということで、レイをギルドに残して外に出ていたヴィヘラ。
そのヴィヘラは、セトから少し離れた場所に立ってセトが遊んでいる光景を眺めていた。
ただし、その足下には二人の気絶した男がいる。
何がどうなってそうなったのか……それはレイにも容易に予想出来る。
娼婦や踊り子のような薄衣を身に纏ったヴィヘラの美貌に、思わず言い寄ってしまったのだろう。
いや、ただ言い寄っただけなら、ヴィヘラも手を出したりはしない。
だが一度断られても諦めず、しつこく言い寄り……それにより、ヴィヘラも実力行使にでたのだろうと。
(雪が降ってないとはいえ、冬の外でああいう服とも言えない服を着ている時点でおかしいと思わないのか?)
普通なら冬に外でヴィヘラのような薄衣を着ていれば、寒さからすぐにでもどこかの建物に入るなりなんなりするだろう。
しかし、ヴィヘラの薄衣はマジックアイテムだ。
レイのドラゴンローブに備わっている簡易エアコンのような機能とはまた別の方法で寒さを遮断している。
そんなマジックアイテムを身につけている者が、それこそただの娼婦や踊り子の筈もない。
そして何より、ギルムにおいてヴィヘラは有名人だ。
その美貌と女らしく起伏に富んだ肢体と、娼婦や踊り子のような薄衣といった外見もそうだが、外見に似合わないような戦闘狂であるという点や、何よりレイの仲間……いや、その美貌からレイの女の一人と外からは見られている。
そんな目立ちに目立つヴィヘラだ。
増築工事でやってきた者達ならともかく、冬となった今ギルムに残っているのは、その多くが以前からギルムに住んでいた者達だ。
そんな事情を知っている者達が、一体何故ヴィヘラに無理に言い寄るなどということをしたのか、レイは素直に疑問だった。
もっとも、ヴィヘラに近付けば地面に倒れて……人に踏まれたシャーベット状になった雪に塗れている二人の男からは、強烈なアルコールの臭いが漂ってくる。
つまり昼間から酔っ払っていたので、ヴィヘラを口説く……それも無理に言い寄るなどということをしたのだろうというのは容易に予想出来てしまう。
「あら、遅かったわね」
ヴィヘラは足下に倒れている二人については、全く気にした様子もなくレイに向かってそう言う。
レイはそんなヴィヘラにどう言葉を返せばいいのか迷いつつ、それでもすぐに口を開く。
「モンスターについての話をちょっとな」
「……ああ、なるほど」
ヴィヘラも昨日レイと一緒にスノウオークのスタンピードを鎮圧しに向かった。
当然ながら、スノウオークが普通のオークよりも明らかに強いのは知っている。
そしてワーカーから、スノウオークそのものが非常に珍しいモンスターであるというのも。
その件についてレノラと話していたのだろうと予想するのは、そうおかしなことではない。
「それで、ヴィヘラはこれからどうする? 俺とセトはスノウオークの解体に行くけど」
「ギルムの外で解体するんでしょ? なら、私も行くわよ」
ヴィヘラは、ダスカーの布告を破ってでもレイにクリスタルドラゴンの件で商談を持ち掛けてくる者がいるだろうと考えていた。
そのような者達の護衛を相手に出来るかと考えていたのだが、残念ながらそのようなことはなかった。
今日布告があったばかりなのだから、いきなり破る者はいないだろう。
これがもっと時間が経ってから……それが数日か、数十日か、数百日かはヴィヘラにも分からなかったが、とにかくある程度落ち着いた後でならクリスタルドラゴンの件でレイと接触しようと考える者がいてもおかしくはないのだが。
とにかく今日はそのような相手はいない。
だからこそヴィヘラは標的を別の相手に移す。
レイ達がギルムの外で解体をしているところを襲撃しようとするモンスターに。
セトがいるので、少し強いモンスター程度ではセトの存在を察知し、近付くようなことはないだろう。
だが、それはつまりセトがいるにも関わらず近付いてくるのは、セトと戦っても勝てる自信があるモンスターということになる。
……中にはゴブリンのように、敵の強さを全く理解出来ないような存在もいるのだが。
「今更止めるようなことはしないけど、モンスターが近付いてこない可能性も十分にあるぞ?」
「でしょうね。ただ、それならそれでいいわよ。レイの解体は見ているだけで面白いし」
「……それは否定しない」
普通に解体する場合は、それこそかなりの手間暇が掛かる。
それと比べてドワイトナイフを使った解体では、魔力を込めてドワイトナイフを発動させ、モンスターの死体に突き刺すだけだ。
それだけでもう解体が終わるのだから、見ている方としては物珍しいだろう。
……もっとも、物珍しいのは最初だけで、すぐに飽きてしまうのでは? とレイは思っているが。
「とにかく、それならさっさと行くか。……セト!」
「グルルルゥ!」
レイの呼び掛けに、セト好きと遊んでいたセトは鳴き声を上げてレイの方に近付いてくる。
セト好きの面々もレイがセトを呼んだ以上、セトをこれ以上引き留めるのは、無理だというのは理解しており、その行動を止めるようなことはしない。
あるいはセト好きでも自分勝手な者ならそのようなことをしてもおかしくはないが、この場にそのような者はいない。
セトがもう遊ぶのが終わりだと判断したのなら、後はもうセトの好きにさせるしかないと判断したのだろう。
「じゃあ、行きましょうか。……今日は正門から行く?」
「ああ、そうするよ。正門がどうなったのかも見たいし」
昨日のトラペラとの戦いで、正門前の地面はかなり荒らされた。
戦いの場になった以上、そのようなことになるのは仕方がない。
だが、正門というのはギルムの顔とでも呼ぶべきものだ。
そうである以上、出来る限り早く荒れた地面を修繕する必要があった。
ただし、問題なのは今が冬だということ。
レイがトラペラと戦った時から昼までにも多少の雪は降ったらしく、地面には雪が積もっていたり、通行人によって踏まれてシャーベット状になってもいる。
そのような中で地面の修繕を行うのは、そう簡単な話ではない。
だからこそ、正門は今どうなっているのか見たいとレイは思い、それにヴィヘラやセトも異論はなく、ギルドの前から正門に向かって進む。
(見られてるな。とはいえ、接触してくる気配はなしか)
正門に向かう途中、幾つかの視線をレイは感じた。
だが視線を感じると同時に、その視線の主が自分に接触してくるようなことはないのも、何となく理解出来た。
そんな訳で、レイは視線を感じても特に何か派手に動くようなことはせず、そのまま進み続ける。
やがて正門前に到着し……
「おお」
そこにはいつもと変わらない……昨夜の戦闘などなかったと思わせるような、そんな光景が広がっていた。
「あら、昨日の今日で随分と早く修繕出来たのね」
ヴィヘラもレイの驚きに同意するように呟く。
冬ということもあってか、正門の前には誰もいない。
……いや、正確には警備兵はいるのだが、正門の外に出る手続きをしている者はいない。
これが朝なら、まだ冬越えの資金が足りなくなった冒険者が依頼をこなす為にギルムから出るといったこともあったり、夕方になったら依頼をこなしてきた冒険者が戻ってくるということもあるのかもしれないが……今はまだ日中だ。
結果として、レイ達だけが正門の前にいた。
そしてレイ達だけがここにいれば、その姿に警備兵はすぐに気が付く。
昨夜のスタンピードやトラペラの一件もあるのだから、いつもより注意深く周囲を警戒しているので、ただでさえ目立つレイ達の姿に気が付かない筈もなかったが。
「レイ、どうしたんだ? 昨夜の話は聞いたけど、それでどうなったのか見に来たのか?」
どうやらレイに声を掛けた警備兵は、昨日の戦いには参加していなかったらしい。
昨日の戦いに参加した者達は疲れて休んでいるので、今ここにいる警備兵が昨日の戦いに参加していないのは当然かもしれないが。
「それもあるけど、ちょっと外に出る用事があってな」
「外に? 昨日の今日でか? まぁ、レイなら心配いらないと思うし、ヴィヘラさんやセトがいるなら心配はいらないと思うけど」
何でヴィヘラはさん付けなんだ?
そう突っ込みたくなったレイだったが、ヴィヘラの存在感を考えればそのようなことになってもおかしくはないだろうと思い直す。
「だろう? そんな訳で、外に出る手続きを頼む。戻ってくる時は、多分直接上空から戻ってくると思うから、セトの分の従魔の首飾りはそのままにしてくれると助かる」
「分かったよ。……それより、昨日は本当に大変だったらしいな。幸い、俺は家にいなかったから呼び出されることもなかったけど、聞いた話だと俺はいなくてよかったと思う」
家にいないでどこにいたのか少し気になったレイだったが、恐らく酒場か娼館といったところだろうと思い、それ以上は突っ込まないでおく。
「よし、これでいいぞ。繰り返すようだが、くれぐれも気を付けろよ。……特にレイの場合は、トラブルに巻き込まれることが多いんだし」
「ぐ……」
何気なく言われた警備兵の言葉は、レイにとっても心当たりがある……いや、ありすぎるだけに反論出来ない。
ましてや、昨日の今日だ。
スノウオークの生き残りがいるかもしれないし、トラペラ関連で何かあるかもしれない。
今日の朝食兼昼食の時にマリーナから聞いた話によると、今のところトラペラ関係の騒動は起きていないという話だったが。
「大丈夫。何かあっても、自力で解決出来るし」
半ば負け惜しみ的にそう告げると、レイはギルムの外に向かうのだった。