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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3548/3865

3548話

 ざわざわと、レイ達……いや、正確にはレイを見て、多くの者がざわめいていた。

 今朝、ギルムの領主であるダスカーの名の下に、クリスタルドラゴンの件でレイに取引を申し込むのを禁止するという布告が行われた為だろう。


「やっぱり随分と目立ってるな」


 レイは隣を歩くセトを撫でながら、自分に視線を向けてくる者達についてそう感想を口にする。

 そんなレイに対し、ヴィヘラは呆れたように言う。


「当然でしょ。一般的に考えて、領主が一個人に対して取引を申し込まないように指示を出すなんて、よっぽどよ? それこそ今回はレイが希望したから問題なかったものの、これは場合によっては特定の個人に制裁を加えるというように思われてもおかしくないんだから」

「……そう言われるとそうかもしれないな」


 ヴィヘラの言葉に、レイは今回の件をダスカーに頼んだのは少し迂闊だったか? と思う。

 とはいえ、少し大袈裟なことかもしれないが、実際今回のようにしなければレイが街中を歩けないのも事実。

 正確にはドラゴンローブの隠蔽の効果で普通のローブのように見せ掛けてフードを被って顔を隠せば、レイをレイと認識出来ないので、街中で行動することは出来る。

 だが、そのような行動では当然ながらセトと一緒に行動することは出来ない。

 セトと一緒にいるのがレイであるというのは、既にギルムでは常識なのだから。

 あるいはセトではなくても、今回のようにヴィヘラと、もしくはマリーナと一緒に行動していてもレイだと認識されるだろう。

 エレーナと行動していた場合は、姫将軍の異名を持つエレーナだけにレイ以外の者と一緒にいると考える者も多いかもしれないが。

 そんな訳で、自分の正体を隠すようなことなく自分がレイだと周囲に見せつつも、自由に行動出来るようになったのは、レイにとっては大きな意味を持っていた。


「やっぱり駄目ね。今のところはレイに接触してくる相手はいないわ」


 周囲で様子を見ている者達を一瞥し、残念そうにヴィヘラは言う。

 ヴィヘラにしてみれば、ダスカーの布告があってもそれを本気にせず、クリスタルドラゴンの件で何らかの取引を求める者がいると思ったのだが、その予想が見事に外れた形だ。


「こうなると、春になるまで待つしかないのかしら」


 秋になったことで、多くの商人達はギルムを出て故郷なり、新しい商売先なりに向かった。

 そのような者達も、春になればまたギルムに戻ってくるだろう。

 そうして戻ってきた者の中には、ダスカーからの布告を知らず……あるいは知っていても本気にはせず、形だけのものだと勝手に判断してレイに接触する者が出てくる可能性がある。

 ……いや、ヴィヘラにしてみれば、可能性があるといったことではなく、絶対にそのような者が出てくるだろうという確信があったし、ヴィヘラの話を聞いていたレイもそれを否定は出来ない。否定は出来ないが、それとは別のことを口にする。


「ヴィヘラは忘れてるようだけど、俺は春になったら迷宮都市にある冒険者養成校で教師……いや、教官か? とにかくそういうのをやるから、ギルムからいなくなるぞ」

「……あ」


 春になったらレイが迷宮都市に行くということを完全に忘れていたのか、ヴィヘラの口からそんな声が上がる。

 ヴィヘラにしてみれば、春になったらレイに取引を持ちかけてきた相手……正確にはその護衛と戦えるかもしれないと思っていただけに、その予想が完全に破綻した形だ。


「どうする? もう領主の館……というか、多分トラペラの一件も終わったと判断してもいいだろうし、マリーナの家に戻ってもいいと思うぞ?」

「いいえ、もしかしたら……本当にもしかしたらだけど、レイに取引を持ちかけてくる相手がいるかもしれないから、私は一緒に行くわ」

「まぁ、ヴィヘラがそれでいいのなら、俺は構わないけど」


 レイにしてみれば、ヴィヘラが自分と一緒に行動するのを止めるつもりはない。

 だが、街中の様子を見る限りでは、ダスカーの布告が十分に効果を発揮しているので、ヴィヘラの期待している展開はないだろうと思えたが。

 そうして周囲から妙な視線を向けられつつ、レイはセトとヴィヘラと共に街中を進み、やがてギルドに到着したのだが……


「ここでもか。まぁ、数が少ない分、視線は気にならないけど」


 セトをギルドの前に置いて、レイとヴィヘラは建物の中に入る。

 するとその瞬間、ギルドにいる冒険者達から視線が向けられた。

 ただし、現在の時刻は昼すぎだ。

 この時間のギルドにいる冒険者の数は決して多くない。

 もっとも、ギルドに併設されている酒場の方にはそれなりに客がいたが。


「ねぇ、レイ。酒場の方に行かない?」

「行かない」


 酒場で出される料理はそれなりに美味い。

 そういう意味ではレイも酒場に行ってもよかったのだが、ヴィヘラが期待しているのは料理ではなく、酒を飲んで酔っ払った相手がクリスタルドラゴンの件で取引を持ちかけてくるのを期待してのものだと理解した為だ。

 わざわざそんなトラブルを起こすつもりのないレイは、真っ直ぐカウンターに向かう。


「じゃあ、私はちょっと表でセトと一緒に待ってるから」


 このままギルドにいても、自分が期待する展開にはならないと判断してのことだろう。

 レイとしても、今からする話にはヴィヘラがいなくてもいいので、その言葉に頷く。

 ヴィヘラがギルドの外に向かうのを見ながら、レイはレノラに視線を向ける。

 カウンターでは、レノラが強い……それこそ物理的な力があったら穴が空くのではないかと思える程に強い視線をレイに向けていた。


(ケニーがいないのがせめてもの救いか)


 昼の休憩なのか、今日は休みなのか。

 それは分からないが、いつもケニーのいる場所には別の受付嬢がいる。

 受付嬢だけあり、顔立ちの整っているその女は仕事をしつつも興味深げに何度もレイの方を見ていた。

 それでもレイに声を掛けないのは、レノラの存在があるからだろう。

 うわぁ……という思いを抱きつつ、レイはレノラの前に行く。


「レイさん、一体何があったんですか?」


 色々と聞きたいことがあるが、具体的に何から聞いていいのか分からないといった様子のレノラ。

 そんなレノラに、レイはどう答えたものかと考え……


「昨夜……というか、夜中のスタンピードの件については聞いたか?」


 取りあえずその件から尋ねる。

 レイはレノラが具体的に何をどこまで知ってるのか、分からない。

 その辺りの情報の擦り合わせは必要だと思った為だ。


「聞いてますよ。まさか、こんな時にスタンピードがあるとは思いませんでした。……しかも、それをレイさんだけで鎮圧するなんて」

「正確には、俺だけじゃなくてセトやヴィヘラもいたんだけどな」

「それにしたって、二人と一匹でしょう。普通、スタンピードをそんな人数でどうにかしたりは出来ないんですよ」

「それが出来るから、俺はランクA冒険者で、異名持ちなんだけどな」


 元々、レイはベスティア帝国との戦争やベスティア帝国の内乱において、大量の相手を殺している。

 その結果として、広域殲滅魔法が得意という風に見られるようになっており、そういう意味ではスタンピードの対処に最適な人材ではある。

 それでも普通はレノラが言うように、少人数でスタンピードと対峙するというのは自殺行為でしかない。

 しかし、冬で多くの冒険者が酒を飲んで楽しんでいたりする為に、すぐにスタンピードに対処出来る人材が用意出来なかった。

 出来なかったのだが、昨夜領主の館にはレイ達が泊まっていたのは不幸中の幸いだったのだろう。

 その流れでレイにスタンピードの鎮圧が任されることになったのだ。

 とはいえ、ワーカーも本当にレイだけでスタンピードを鎮圧出来るとは考えていなかった。

 スタンピードに大きなダメージを与えることが出来るとは思っていたが、もしスタンピードの鎮圧に失敗しても、スタンピードを起こしたモンスターに大きなダメージを与えたのは間違いないので、対処もしやすくなるだろうと判断したのだ。

 とはいえ、結局スタンピードの鎮圧はレイ達だけで成功したのだが。


「そのスタンピードで倒したスノウオークの死体を売りに来たんだが……話は聞いてるか?」

「はい。その辺についての話は聞いています。倉庫に案内します」


 レノラはレイの説明に納得しつつ、それでも追加で何かを言おうとしつつも、それを言ってもどうにもならないと判断し、取りあえず上から命じられているモンスター……スノウオークという、非常に希少なモンスターの死体を受け取ることにする。

 レノラの近くにいた受付嬢はレイとレノラの会話に興味津々といった様子だったが、レイとそこまで親しくはない自分がもう少し詳細に話して欲しいといったことを口にすることは出来ないので、結局黙っていたが。

 そんな受付嬢の様子を気にせず、レイとレノラは倉庫に向かう。

 途中で何人かの冒険者達から視線を向けられ……


「何だか落ち着きませんね」

「レノラなら、それなりに視線を集めることがあるんじゃないのか?」

「それでも、レイさんにクリスタルドラゴンについて取引を持ち掛けるのを禁止するというのは……ダスカー様もレイさんも、随分と思い切ったことだと思いますよ」


 思い切ったと口にしてはいるが、レノラの表情には若干の呆れもある。

 午前中に行われた布告については、レノラにとっても色々と思うところがあるのだろう。

 実際、今回の一件においてはかなりの大事なのは間違いないのだから。

 ……問題なのは、それをダスカーに要求したレイがその大事についてそこまで気にしていないということか。


「けど、それがなければ俺はそう簡単に街中を歩いたり出来ないしな。今は冬だから、フードで顔を隠してもそこまでおかしくはないけど、セトと一緒に行動出来ないのは残念だし」

「それは大変だと思いますけど、それにしてもやることが大胆すぎます」

「ちなみに冒険者の中でその辺についてはどうだった?」

「私が聞いた限りでは、そこまで気にしている人はいないようでしたよ」

「そうなのか? クリスタルドラゴンの素材はともかく、情報については聞きたいと思う奴も多いと思ったんだが」

「聞いても、挑める人はそういませんよ。それに……挑むにしても、そもそも見つけるのが難しいですし。レイさんは魔の森で倒したという話ですが、他のクリスタルドラゴンが魔の森にいるかどうかも分かりません。そもそも魔の森に行くにはダスカー様やギルドマスターの許可が必要ですし」

「それもそうか」


 レイが魔の森に行ったのは、あくまでもランクアップ試験……それもランクAへのランクアップ試験の為だ。

 ……実際には、レイの魂がこの世界にやって来て、ゼパイル一門が技術の粋をこらして作った今の身体に入った時、その身体があったのも魔の森だったのだが。

 実際、魔の森の中には結界に守られたレイの第二の生誕の地とも呼ぶべき場所があるのも事実。

 それをここで言う訳にはいかないが。


「とにかく、これで俺も色々と楽になったのは間違いないんだ。そういう意味では、今回のダスカー様の布告には感謝しかないけどな。……もっとも、その布告を破る商人や貴族がいて欲しいと願う者もいるけど」

「あー……」


 なるほど、と。

 レイが誰のことなのか具体的に言葉に出さずとも、レノラはすぐにヴィヘラについてだと理解したらしい。

 何だか微妙な表情で言葉を濁す。


「それで、レイさん。スノウオークの死体についてですが」


 ヴィヘラについて話すのは危険だと判断したのか、あるいは受付嬢としての仕事を優先したのか、レノラはこの倉庫に連れて来た本題に入る、

 レイはすぐに頷き、ミスティリングに収納されていたスノウオークの死体を一匹分取り出す。


「これでいいか?」

「……はい。それにしても、これがスノウオークですか。本当に毛の色が普通のオークとは違いますね。それに、身体も普通のオークと比べて大きいですし」


 床に置かれたスノウオークの死体を前に、レノラはじっと見つめる。

 ギルドの受付嬢として、それなりにオークの死体を見たことはあるが、そんなレノラから見てもスノウオークの死体は普通とは違っていた。


「そうだな。普通のオークとは違う。実際、ランクも普通のオークよりも一つ上だし」

「強さの方はどうなのですか?」


 レノラにしては、やはりギルド職員としてそこが気になるのだろう。

 だが……そんなレノラの質問に、レイはそっと視線を逸らす。


「……レイさん?」


 そんなレイを訝しげに見るレノラ。

 レノラにしてみれば、一体何故レイがそのように視線を逸らすのかは分からない。

 だが、レイにしてみれば、普通に戦った訳ではなく地形操作を使って二十mの高さから落とすといった方法で倒した相手である以上、キングではない普通のスノウオークについての強さを説明するのは難しかった。

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