3545話
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正門に近付くにつれ、血の臭いが濃くなっていく。
鉄錆臭を嗅ぎながら、レイはセトの背の上で疑問を抱く。
(何だ? この血の臭いは一人や二人じゃない。もっとだ。けど、トラペラの性質を考えると、そういう事態はないと思うんだが)
レイが知っているトラペラの性質は、強者だけを襲って弱者は襲わないというものだ。
その辺りの判断が具体的にどのように線引きされているのかは、生憎とレイにも分からない。
ただ、それでも今までトラペラに襲われたのは相応の強者だけなのも事実。
だというのに、現在こうしてレイがヴィヘラやマリーナと共にセトに乗って走っている中で漂ってきたのは、一人や二人の血の臭いではない。
それこそ十人、二十人といった血の臭いが漂ってきてるのは間違いなかった。
具体的に何が起きているのかまでは分からない。
しかし、それでもレイ達が知っているトラペラの性質を考えると、何らかの異変が起きているのは間違いない。
「うおおおおっ!」
「そっちに行ったぞ! 気を付けろ!」
正門に近付くにつれて、そんな声が聞こえてくる。
その様子から、やはり強者ではない相手も狙われているのは間違いない。
「マリーナ、もう少しで戦場だ。この様子は普通じゃない。風の精霊で一匹ずつ捕らえるといったことはまず無理だろうから、とにかくトラペラを逃がさないように周辺を風の結界で周囲を覆ってくれ!」
「任せて」
レイの言葉にマリーナが答えたタイミングで、セトが正門前に到着する。
「やっぱりな」
正門前の光景に、レイは不愉快そうに呟きながらもセトの背から降りる。
そこでは多くの者が怪我をして地面に倒れている。
不幸中の幸いなのは、ざっとレイが見た限りでは血を流している者、骨の折れている者、地面に倒れている者といったように、多くの者が負傷しているものの、死人の類はいないように見えることか。
もっともそれは、しっかりと把握してのものではない。
中にはまだ生きているように見えるものの、実は死んでいる者がいる可能性も否定は出来なかった。
ここに集まっていたのが、警備兵であったり、あるいはレイが止めきれず、スタンピードによってやって来たスノウオークの群れを撃退する為に集まっていた者達……相応の実力者が多かったのが幸いしたのか、それぞれにトラペラと対峙していた。
……そう、それぞれにだ。
(この様子を見ると、トラペラは一匹や二匹じゃない? となると、もしかしたらギルムに侵入したトラペラの生き残りが全てここに集まってきてるのか?)
多数のトラペラがいると判断出来たのは、それこそ冒険者や警備兵が多数の見えない相手と戦っているのを理解した為だ。
さすがギルムの警備兵や冒険者と言うべきか、透明のトラペラを相手にしても、まだ何とか戦いになっていた。
ただ、それでも防戦一方で、トラペラの攻撃でも致命傷は受けないようにするのが精々といった様子だったが。
「行くわよ!」
レイが周囲の様子を確認している間に、マリーナは精霊魔法を発動させる。
その瞬間、正門周辺が風の結界に覆われ、トラペラが逃げることは出来なかった。
「じゃあ、行くわね!」
風の結界が張られたのを確認したヴィヘラが、トラペラに……正確にはトラペラがいると思しき方に向かって走り出す。
元々ヴィヘラはトラペラと戦いたくてレイと一緒に正門までやって来たのだ。
そうである以上、トラペラと戦うという行為を避けるつもりはない。
「マリーナ、風の結界を張った状態でトラペラを拘束出来るか? ……いや、その前にここにトラペラが全部で何匹いるのか確認出来ないか?」
「ちょっと待ってちょうだい」
レイの言葉にマリーナは自分の行動に集中する。
そんなマリーナを見ていたレイだったが、セトが自分に向かって頭を擦りつけてきたのに気が付くと、その頭を撫でる。
「グルルゥ?」
頭を撫でられて気持ちよさそうにしているセトだったが、その鳴き声には戦意が満ちていた。
それが何を意味するのかはレイにも十分に理解出来た。
「分かった、行ってくれ」
元々、セトは何らかの方法……レイは恐らく魔力を感知する能力だと予想しているが、それによってトラペラの位置を把握出来る。
レイが初めてトラペラと遭遇した時も、遭遇する前にセトが鳴き声でトラペラの接近を教えてくれたし、レイがトラペラを倒した時にセトもトラペラを倒してその死体をレイの前まで持ってきた。
そう考えれば、セトにトラペラの相手を任せるのが最善なのかもしれない。
そのように思いつつ、レイは自分の言葉に従ってトラペラがいるだろう方向に駆け出すセトを眺めていた。
「これは……凄いわね。十三匹いるわ。ただ、これはあくまでも風の結界の内部にいる数よ。風の結界の外にもトラペラがいる可能性も否定は出来ないわ」
「十三匹って……それはまた……」
集中していたマリーナが、風の結界内部に取り込んだトラペラの数を教える。
その数は、レイにとっても予想外だった。
「俺とマリーナが今日……いや、もう昨日か? とにかく街中や、スラム街まで行ってトラペラを見つけては殺し回ったのに、まだこんなにいたんだな。それとも、俺達が倒した後で新たに追加された分も混ざってるのか?」
レイ達が倒したトラペラの数を思えば、ここにトラペラが十三匹も集まっているのは多すぎる。
そう思って尋ねるレイだったが、そんなレイの問いにマリーナは首を横に振る。
「その辺は分からないわ、もしかしたらその可能性はあると思うけど、それでも断言出来ない。風の結界でギルムを完全に覆うのは私だけでは無理だし」
「だからギルドに精霊魔法を使える人員についての情報提供を求めたんだったな。……とにかく、この状況を考えると、恐らくこの風の結界の内部にいるのが現在ギルムにいるトラペラの全てだと思ってもいい」
「……何でそう思うの?」
「それこそ勘だな。あるいは状況証拠か。わざわざここにこれだけのトラペラが集まっている以上、何らかの理由があって全てのトラペラが集まったと考える方が自然だ」
勿論、それはあくまでもレイの予想でしかなく、もしかしたらまだギルムの他の場所にトラペラがいる可能性は否定出来ない。
しかし、それを考えた上でも、レイは状況証拠的に自分の予想は間違っていないように思えた。
わざわざこうして大量のトラペラが集まっているのだから。
「だといいんだけどね。私もそうであることを願ってるわ。……さて、じゃあまずは風の結界内にいるトラペラを倒しましょうか。準備も出来たことだし」
そう言い、マリーナは風の精霊によってまずは数匹のトラペラを拘束する。
「風の集まっている場所にはトラペラが私の精霊魔法によって拘束されてるから、攻撃してちょうだい! ただし、トラペラは頑丈な鱗を持ってるから、見えないだろうけど頭部を狙って!」
マリーナの声が周囲に響く。
その声を聞いた者達は、トラペラ? といきなりの言葉に戸惑うも、元々がスタンピード対策で集められた者達だ。
すぐに風の集まっている場所……トラペラを拘束している場所に向かって攻撃を開始する。
だが、その攻撃の多くはトラペラにダメージを与えることが出来ない。
マリーナから頑丈な鱗を持っているという情報を貰っていても、トラペラは透明だ。
トラペラに向かって攻撃をしても、具体的にどの辺りに命中するのかは分からない。
また、トラペラがどのような外見をしているのか分からない以上、攻撃する者の勘によって攻撃する必要があった。
「やっぱりそう簡単にはいかないか。……俺も攻撃に回るけど、それでいいか?」
「ええ。何かあっても、ある程度は自衛出来るから安心してちょうだい。他のトラペラも順番に拘束していくから」
マリーナの言葉にレイは頷き、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。
そうしてまだトラペラに攻撃している者がいない場所に向かう。
「っと!」
近付いたところでトラペラの攻撃を察知し、咄嗟に回避する。
一瞬前までレイのいた空間を、トラペラの攻撃が貫く。
(結局この攻撃も、一体どうやって攻撃をしてるのか分からないんだよな。以前デスサイズで切断出来たことを考えれば、実体のある何かだけど……一体どういうのなんだろうな?)
それについて疑問に思いつつ、レイはデスサイズを振るう。
「パワースラッシュ!」
スキルを発動し、トラペラの一部が砕け散る。
黄昏の槍の一撃ですら、身体を貫いたところでそれ以上の動きが止まる強固な鱗だ。
しかし、その鱗があってもデスサイズのスキル、パワースラッシュを防ぐことは出来ず、一撃で砕かれてしまう。
唯一の難点としては、見えない状態でトラペラの身体を砕くので、魔石や素材となる部位も砕いたり、あるいは吹き飛ばしたりといったことをしかねないことだろう。
とはいえ、既にトラペラの魔石は使っているので、レイとしては魔石や素材がどうなろうとも、特に気にしたりはしないのだが。
不満があるとすれば、それこそトラペラの死体を調べ、どういう性質を持つモンスターなのかの情報を欲しているギルドの者達だろう。
ただ、トラペラの数は多いので、レイがその身体を砕いた以外の個体でその辺は調べればいいだけなのだが。
「うおっ!」
そんなレイの一撃を見ていた冒険者の一人が、驚きの声を上げる。
トラペラは透明なので、具体的にレイが何をしたのかというのははっきりとは分からないだろう。
だが、それでもレイの動きから何かをしたというのは分かったのだろう。
この辺はスタンピード対策として集められた冒険者の実力があってこそだろう。
もしその辺の低ランク冒険者であれば、トラペラが透明なだけにレイが空中に向かってデスサイズを振るい、スキルを発動しているようにしか見えなくてもおかしくはなかった。
そしてこの状況で一体何をやっているのかと、怒ってもおかしくはない。
そういう面倒なことがなかったのは、レイにとっても快適だった。
ただ、驚いた冒険者に対してはレイも特に何かを言うようなことはなかったが。
今は悠長に説明をしているような時間はないのだから。
冒険者も現在の状況は理解しており、長々と話をしている暇はないと理解している。
レイの攻撃に驚きつつも、すぐに他のトラペラを倒しに向かう。
「さて、そうなると次は……向こうか」
風が集まっているが、冒険者のいない場所。
そこを見つけては、レイはデスサイズと黄昏の槍を使った攻撃でそこにいるトラペラを殺していく。
トラペラという存在は、透明であったり、高い防御力の鱗を持っていたりと非常に厄介な存在ではあるが、マリーナの精霊魔法によって動けなくされており、透明であってもそこにいると分かる。
また、頑丈な鱗も普通の武器では対処するのが難しいものの、レイの持つデスサイズや黄昏の槍があれば対処出来ない訳でもない。
何よりも、レイ以外にもここには多くの冒険者や警備兵がいる。
レイのように一人であっさりとトラペラを殺すということは出来ずとも、複数人で……それも何度も攻撃をして、鱗に覆われていない部位、眼球や口の中といった場所を攻撃すれば、いずれ命中する。
トラペラも一方的にやられるだけではない。
冒険者や警備兵達の攻撃の隙間を縫うように反撃し、相応のダメージを与えている。
そんな中で、他と違う戦いを行っているのは、ヴィヘラだった。
ヴィヘラの戦うトラペラだけは、風の精霊による拘束が行われていない。
これは勿論、マリーナの手が回らなかった……ということではなく、意図的なもの。
ヴィヘラが何を望んでいるのか理解しているからこその行動。
そしてヴィヘラはトラペラとの戦いに満足して……はいなかった。
(強いとは思うけど……)
幾ら美味い料理であっても、その料理を食べる前により美味い料理を食べればどうなるか。
二番目に食べる料理は美味いことは美味いだろうが、それでも最初に食べた極上の料理と比べればどうしても味が落ちる。
ヴィヘラにとって、最初に食べた極上の料理がスノウオークキングで、それなりに美味い料理がトラペラだった。
それだけヴィヘラにとってスノウオークキングとの戦いが充実していたのだろう。
とはいえ、それでもヴィヘラがトラペラとの戦いを止めることはない。
あまり気乗りがしなくても、強敵との戦いだけにある程度楽しめているのは事実なのだから。
また、トラペラと戦いたいと言ったのは自分なのに、それを投げ捨てる訳にもいかないだろう。
そう考え……ヴィヘラは浸魔掌を使い、強靱な鱗をものともせずにトラペラに致命傷を与えるのだった。