3544話
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「これだ」
ごと、という音と共に大剣が布の上に置かれる。
その布は、つい先程まではスノウオークキングの死体が乗っていた布だ。
既にその死体はミスティリングに収納されており、代わりに出されたのがスノウオークキングが使っていた、大剣の魔剣……正確にはその残骸と呼ぶべき物。
「これは……大きいな」
エレーナが残骸となった魔剣を見て、思わず呟く。
レイ達の仲間の中で、魔剣を使うのはエレーナだけだ。
実際にはアーラの斧やヴィヘラの手甲、レイのデスサイズや黄昏の槍、マリーナの矢筒といったようにマジックアイテムの武器はあるものの、純粋な魔剣となると使うのはエレーナだけだ。
それだけに、エレーナもスノウオークキングが使っていた魔剣には興味があったのだろう。
ワーカーから、直せるかどうか見てみたいので出して欲しいと言われてレイが出した魔剣だったが、それを見て最初に声を出したのはエレーナだったのだ。
他の面々も、そんな魔剣を見て目を奪われている。
何よりも、刀身が半ばで折られているにも関わらず、それでもなおその刀身が巨大だというのは、見る者を驚かせるには十分だった。
「直すのは……難しい、か」
ワーカーが魔剣を見てそう呟く。
ワーカーはマジックアイテムについてそれなりに……ギルドマスターとしての職務以上に知識を持っている。
何しろ若い頃は錬金術師を目指していたのだから。
結局才能が足りず、紆余曲折あってギルド職員になり、そこで頭角を現して出世していき最終的にはマリーナの後継者としてギルドマスターとなったという経歴の持ち主だ。
それだけに、本職には及ばなくてもそれなりにマジックアイテムについての知識はある。
そんなワーカーの目から見ても、この魔剣の修復が難しいのは間違いなかった。
「分かるのか?」
ワーカーの呟きを聞き取ったレイが、そう尋ねる。
ただし、その口調には残念そうな色が強い。
折れた魔剣をわざわざこうして持ってきたのは、もしかしたら修理出来るかもしれないという思いがあってのことだったが、それが見事に外れてしまった形なのだから。
「ああ、ここまで綺麗に破壊されていると修復するのは難しいだろう。あるいは本当に腕の立つ錬金術師なら直せるかもしれないが、もし無事に直すことが出来ても以前より明らかに性能は落ちる」
「そうか」
ワーカーの言葉に、レイは大きく息を吐く。
レイにしてみれば、一縷の希望が絶たれた形だ。
もっとも、こうして切断された時点で恐らくそのようになるだろうとは予想していたので、ショックなことはショックだが、それでも絶望的なショックとまではいかない。
あくまでもレイとしては、直ればラッキー程度の気持ちでこの魔剣を持ってきたのだから。
「そうか。それなら仕方がないな。……ああ、それとこの魔剣だが、スノウオークキングはどこから入手したのか分かるか? まさかスノウオークの中に鍛冶師とか錬金術師がいるとは思えないし。そうなると、この魔剣はどこからやってきたのかという話になる」
「基本的にモンスターの持つ武器の類は、冒険者から奪った物だが……」
そこで言葉を切ったワーカーは、壊れた魔剣に視線を向ける。
三m以上の身長のスノウオークキングが持ってすら、大剣と評することが出来る程の大きさの魔剣だ。
普通の冒険者であれば、到底使いこなせるような武器とは思えない。
レイが使うデスサイズのように、絶対にないとは言い切れないのだが。
このエルジィンという世界においては、質が量を凌駕するのは珍しいことではない。
そうである以上、このような大剣を使える冒険者がいても、おかしなことではないだろう。
「冒険者が持っているとは少し考えられない。だとすれば、ダンジョンで入手したという可能性が高いな。もしくは、モンスターの中にも社交性のある種類はいるから、そのようなモンスターと何らかの取引を行って入手したという可能性もある」
「それは……もしダンジョンだとしたら、羨ましいな」
ダンジョンにおいて見つかるマジックアイテムはピンキリだが、この魔剣は明らかにピンの方だろう。
何しろスノウオークキング自身の防御力があるとはいえ、それでもヴィヘラの浸魔掌を食らっても戦闘を続けられるだけの回復能力をもたらしたのだから。
その上、巨体のスノウオークキングが持つに相応しい大きさの武器でもある。
「もしくは、こういう魔剣を作れるモンスターがいるか。……もしそういうモンスターと接触して取引によってマジックアイテムを入手するのは、ギルド的に問題はないか?」
「ない。だが、出来ればその詳細について教えて欲しいとは思うが。上手くいけば、妖精達のように友好的な存在として取引出来るかもしれないしな」
「そうなったらいいんだけどな。それで……うん?」
レイは言葉を続けようとしたものの、不意にそれを止めて扉の方に視線を向ける。
するとレイに遅れて他の面々も扉に視線を向け……やがて、何者かが走ってくる音が聞こえてきた。
今のこの状況で走るというのは、あまり好ましいことではない。
一体何があったのか。
レイはそれを不安に思いつつ扉の方を見ていると、やがて扉が開いて騎士が一人姿を現す。
「ダスカー様、正門前にトラペラと思しき相手が現れたとのことです!」
「何ぃっ!?」
その報告は、ダスカーにとっても驚き以外のなにものでもない。
この状況で、まさかトラペラが現れるとは、全く思っていなかったのだろう。
実際、ダスカーだけではなくレイを含めた他の面々も完全に意表を突かれたかのような表情を浮かべていたのだから。
もっとも、昨日の日中にレイとマリーナで結構な数のトラペラを倒したとはいえ、相手は透明のモンスターだ。
マリーナによる風の精霊による探索も決して完全ではない以上、生き延びたトラペラがいてもおかしくはない。
それはレイにも分かっているが、それを考えた上でもこの状況でそのようなことになるというのが予想外だったのは間違いない。
「ダスカー様」
「ああ。行ってくれ。……マリーナも頼めるか?」
「仕方がないわね。相手がトラペラとなれば、精霊魔法を使える者が必要でしょうし」
マリーナもダスカーの言葉に、すぐに頷く。
ここで自分が行動するのが、トラペラの対処としては最善の結果となるのだから。
レイとマリーナは、その場から素早く行動を開始するが……
「おい?」
応接間を飛び出したレイとマリーナ。
だが、聞こえてくる足音は自分とマリーナだけのものではないと認識したレイが後ろを見ると、そこにはヴィヘラの姿がある。
「あら、いいでしょ? 何かあっても、対処出来る人材は多い方がいいんだし」
そう言ってはいるものの、ヴィヘラが何を考えて自分と一緒に来ているのかは、その性格を考えれば明らかだ。
「スノウオークキングと戦って、今日は満足したんじゃなかったのか?」
「それはそれ、これはこれよ」
「……言っておくけど、ヴィヘラが希望するような戦いにはならないと思うぞ」
ヴィヘラの返答から、ここで何を言っても話を聞くとは思わなかったので、そう言っておく。
実際、レイの言葉は間違っていない。
ヴィヘラが期待しているのは、自分だけで正面からトラペラと戦うというものだろう。
だが、レイとマリーナがトラペラと戦う際には、マリーナの精霊魔法を使い、風によってトラペラを拘束し、そこでレイが攻撃してトラペラを殺すだけだ。
それは戦いというよりは、一種の作業に近い。
それが分かっているからこそ、レイはヴィヘラに忠告したのだ。
「その辺はちょっとどうにかならない?」
「……どうにかって、例えば?」
本来なら、夜中……いや、もう朝方に近いだろうが、そんな時間に領主の館の通路を走るという行為をしながら話すことではない。
とはいえ、トラペラの一件を考えるとここで歩いて移動するというのはまず有り得ない選択肢だったが。
そうして通路を走りながら、ヴィヘラは少し考える。
どうにかならないかと口にしたものの、実際にどうするのか考えてヴィヘラも言った訳ではない。
だが同時に、ここでレイに有無を言わさないことが出来る要望をすれば、それは問題なく通るだろうという思いもそこにはあった。
「そうね。じゃあ……風の精霊でトラペラを拘束出来るのなら、風の精霊を使ってトラペラを一定の範囲内から出さないようにとかは出来る?」
期待に満ちた視線をマリーナに向けるヴィヘラ。
そのような視線を向けられたマリーナは、どうする? とレイに視線を向ける。
そんなマリーナの態度が、既に風の結界によって一定範囲内からトラペラを出さないように出来ると示していた。
迂闊な行動……という訳ではなく、マリーナはそれが知られるのは承知の上で、レイにどうするのかと視線で尋ねたのだろう。
このパーティのリーダーは、レイだ。
そうである以上、レイの判断によってマリーナ達の行動は決まる。
勿論、その行動が悪手でしかないのならマリーナも止めるが、今回はそこまで悪手という訳ではない。
最善の一手という訳でもないが。
「出来るわ。……レイ、いいのね?」
「トラペラを倒すのが優先であって、別にどうしても俺が倒さないといけない訳でもないしな。ヴィヘラが倒したいのなら、任せる。それに……今回出たトラペラ以外に、まだ他のトラペラが残っているかもしれない。ヴィヘラが最初に出たトラペラの対処をするのなら、俺はそっちを警戒する。だが……」
「何? 何か気になるの?」
レイの言葉の様子から疑問に思ったのだろう。
ヴィヘラが尋ねる。
ここでマリーナではなくヴィヘラが尋ねたのは、レイの様子から何かを感じたからだろう。
レイの持つ勘は鋭い。
この状況でその勘が何かを知らせたということは、場合によってはヴィヘラがトラペラと戦うのに何らかの問題が起きるのではないかという思いがあったからこその反応。
ヴィヘラの様子から、何を心配してるのか分かったレイはヴィヘラに対して首を横に振る。
……ちょうどそのタイミングで領主の屋敷から出たので、扉に当たりそうになって微妙に危なかったのだが。
何とか無事に扉から外に出たレイは、ヴィヘラに言葉を返すよりも前に叫ぶ。
「セト!」
その叫びが、イエロと一緒に庭にいるセトに届いたのかどうかは確信がない。
だがそれでも、セトなら自分の声に応えてくれるという確信がレイにはあった。
そうして正門の前にいる警備兵達にも向かって叫ぶ。
「門を開けろ!」
本来なら、幾ら顔見知りであっても門番がレイの指示に従う必要はない。
だが、今現在何が起きているのかの詳細までは分からずとも、先程緊急の連絡をダスカーにすると騎士が急いでいたのは事実。
そのすぐ後にこのような状況であると考えれば、ここで扉を開けるという選択を門番達がしたのは、おかしな話ではない。
「気を付けろよ!」
何があったのかまでは分からない門番達だったが、レイとマリーナ、ヴィヘラといった面々が真剣な表情で走っているのを見れば、応援の声を発するのは間違いない。
そうして門から出たところで、レイはセトが自分に向かって走ってくるのを感じながら、先程のヴィヘラの疑問に言葉を返す。
「さっきの件だけど、俺が気になったのはこのタイミングでトラペラがまた行動したことだ。偶然なのかもしれないけど、それでもスノウオークの件に続いてトラペラ……いや、トラペラの件に続いてスノウオークの件があって、それに続いてトラペラの件? とにかく高ランクモンスターの騒動が続けて起こるというのは、ちょっと疑問がないか?」
「それは……」
実際にスノウオークキングと戦って倒しているヴィヘラだけに、レイの言葉にはある程度の説得力を感じる。
だからといって、具体的に何がどうなってそのようになったのかというのは分からなかったが。
「じゃあ、これから行く正門前では、何か予想外のことが起こるとでも?」
「どうだろうな。もしかしたら本当に偶然という可能性もあるし」
レイにも一連の事態に何らかの繋がりがあるという確信はない。
ただ、それでも万が一を考えるとその可能性を否定出来ないのも事実。
「まずは行ってみるしかないでしょう。正門前に行けば、レイの不安が正しいのかどうかは分かるでしょうし」
マリーナのその言葉に、レイはそれもそうかと納得する。
こうして離れた場所で色々と考えても、実際に正門前に行けば、ある程度の事情が判明するかもしれないのだから。
トラペラと戦うつもりのヴィヘラもその言葉には異論はなく、素直に頷き……
「グルルルルゥ!」
そのタイミングで、領主の館を飛び出したセトがレイ達に追いつくのだった。