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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3542/3865

3542話

 レイとヴィヘラ、マリーナが応接室に入ると、そこにはダスカーとワーカー、エレーナ、アーラ、ビューネといった面々の姿があった。

 レイがスタンピードに対処する為に出発した時にビューネの姿はなかったのだが、どうやらレイ達が出掛けている間に起きてきたらしい。

 自分で何かを感じて起きたのか、それとも誰かに起こされたのか。

 その辺はレイにも分からなかったが、現在応接室にビューネがいるのは間違いない。


「おお、ヴィヘラ殿。それにレイも。戻ってきたか。それで、スタンピードの対処は無事に出来たと聞いたが?」


 レイとヴィヘラを見て、ダスカーが嬉しそうにそう声を掛けてくる。

 ヴィヘラの名前が先に出たのは、ダスカーの立場として、出奔したとはいえベスティア帝国の皇女だったヴィヘラを優先する必要があったからだろう。

 レイはそんなダスカーの態度を特に気にした様子もない。

 ダスカーの立場としてそうする必要があるのは分かっているし、元々レイがその辺りについて気にする性格ではないというのも大きい。

 あからさまに侮られたり、馬鹿にしたり、無視をするといった態度を取られれば話は別だが、ダスカーはそのようなことをしていない。


「はい、無事に鎮圧しました。スタンピードしていた数百匹のスノウオーク、それとスノウオークを率いていた上位種のスノウオークキングと思しきモンスターの討伐は無事に完了しました。もしかしたら一匹二匹の取り逃しはあるかもしれませんが」

「その辺は仕方がないだろう。それにそのくらいの数なら他のモンスターに殺される可能性が高いし、もし何らかの理由でギルムにやって来ても、対処するのは難しくない。今回問題だったのは、あくまでも数百匹規模のスタンピードだったからだしな」


 ダスカーの口から出た意見には、他の面々も反対はないのだろう。

 反論するでもなく、それぞれに頷く。


「それで、スノウオークというのはどのような強さを持っていた? やはり、ギルムまでやって来ると危険だったか?」


 ダスカーがそう聞いたのは、興味本位という部分もあるが、それ以上に実際にスノウオークがギルムに近付いた時、ギルムで対処出来るかどうかということだろう。

 いや、実際には対処出来るのは間違いない。

 ただ、スノウオークの強さを知らないと、具体的にどの程度の戦力を出せばいいのかという心配からの言葉だ。

 一応ギルドにはスノウオークの情報が残っていて、レイとヴィヘラもその情報を使ってスノウオークを倒したのは事実。

 だが、それでもギルドに残っていたのはかなり昔の情報だ。

 実際に戦って新鮮な情報を持っているレイとヴィヘラから、何か新しい情報を知ることが出来れば、それに越したことはないといったところなのだろう。

 だが……そんな期待の視線を向けるダスカーと、ギルドの方でもスノウオークの情報を更新出来ると期待しているワーカーに対し、レイは申し訳なさそうな様子で口を開く。


「実はまともに戦ったりはしなかったので、正確な強さは分かりません」


 そう言い、レイは自分がどうやってスノウオークを倒したのかを説明していく。

 地形操作と霧の音を使った攻撃について。

 炎の魔法を使った殲滅ではないことにダスカーやワーカーは驚くものの、それでも無事にスタンピードを起こしたスノウオークの群れを殲滅出来たのは事実。

 もしこれで炎の魔法を使わないでスタンピードを起こしたスノウオーク達を逃がしていたのなら、ダスカーも不満を口にしただろう。

 だが、炎の魔法を使わずとも、しっかりとスノウオークの群れを殲滅したのだ。

 それで文句を言うつもりはダスカーにはない。ないのだが……


「どうやってスノウオークの群れを殺したのかは分かった。だが聞かせてくれ。何故レイが得意としている炎の魔法ではなく、わざわざそんな手段で攻撃した?」


 それは咎める為に聞いた訳ではなく、ダスカーにとっての純粋な疑問。

 そんなダスカーの問いに、レイは答えにくそうにしながら、それでも答えない訳にもいかず、口を開く。


「その……俺の魔法でスノウオークを殺すと、炭になってしまう可能性が高いですから」

「……なるほど」


 レイの言葉の意味を理解したダスカーは、若干呆れながらも納得したといった様子でそう言う。

 美味い料理を食べるのをレイが趣味にしているのはダスカーも知っている。

 また、実際にレイの実力を知っているダスカーにしてみれば、もしレイが魔法で攻撃した場合、レイが言うようにスノウオークの大半が炭になっていたのは間違いない。

 スノウオークの肉を欲するのなら、レイの魔法では意味がないだろう。

 あるいはレイなら魔法の威力を調整して、炭にはしない程度の火力でスノウオークを焼き殺せるのではないかとも思うが、地形操作を使った方法を思いついていたのであれば、わざわざそのようなことをしなくてもいいと考えてもおかしくはなかった。

 これで、例えば地形操作を使った方法でスノウオークの群れを倒すのを失敗していた場合は、ダスカーも怒っただろう。

 だが、実際にレイは地形操作を使った攻撃でスタンピードを起こしたスノウオークの群れの殲滅という結果を出している。

 そうである以上、ダスカーがレイを責めるといったことはなかった。

 ……あるいは、近くに村や街があって、地形操作を使った影響でそこに大きな被害でも出ていれば話は別だっただろう。

 だが、ここは辺境だ。

 ギルム以外に街はない。


「レイ、スノウオークの死体を見せて貰える?」


 マリーナの言葉に、レイはダスカーに視線を向ける。

 ここがマリーナの家ならともかく、ここは領主の館だ。

 そうである以上、ダスカーの許可もなくそのようなことは出来ない。

 だが、ダスカーはレイの視線に頷きを返す。

 マリーナが自分の黒歴史を握っているというのもあるが、実際にダスカーもスノウオークという存在について自分の目で直接見てみたかったのだ。

 ギルムの領主であるダスカーは、当然ながらオークの死体を見たことがある。

 ……領主という立場ではなくても、若い頃は王都で騎士をしており、その時にオークと戦った経験もある。

 それだけに、スノウオークに興味を抱いたのだろう。

 それ以外にも、スタンピードを起こしてギルムに向かっていた相手だけに、どのようなモンスターなのか興味を抱くなという方が無理だった。


「分かった。けど……ここに出すのはちょっと不味くないか?」


 この応接室は領主の館にある応接室の中でも、上から数えた方がいいような、上質な部屋だ。

 床には見るからに高級品と思しき絨毯も敷かれている。

 ……そんな絨毯の上を、土足で移動してるのだが。

 それでも絨毯が高級品なのは間違いない以上、レイとしてはここにスノウオークの死体を出してもいいのかどうか迷う。

 正門の前であれば、外ということでスノウオークを出しても問題なかったのだが、ここだと損傷した場所から流れる血や体液が絨毯に零れる可能性があった。

 それだけに、レイとしてはそう簡単にここで出せない。

 ダスカーもそんなレイの様子から、すぐに事情を理解し……メイドを呼んで、布を用意させる。

 それならわざわざ応接室でやらなくても、外に出ればそういう用意もいらないのでは?

 そうレイは思ったが、今はまだ外は真っ暗だ。

 明かりを用意出来るが、外で用意する明かりよりも応接室にある明かりの方が明るいので、スノウオークの死体を見るにはそちらの方がいいと言われれば、レイもそういうものかと納得する。

 そうして用意された布、それも何重にも折り重なっており、スノウオークの血や体液が流れても絨毯に染みるようなことがないように準備が整えられてから、レイはミスティリングからスノウオークの死体を取り出す。

 ざわり、と。

 その死体を見た者達がざわめく。

 やはり白い体毛を持ち、明らかに普通のオークよりも大きなその姿は、例え死体であっても見る者を驚かせるには十分だったのだろう。


(キャーとか、そういう悲鳴はないんだな。当然だろうけど。分かっていたけど)


 普通の女なら、いきなり目の前にスノウオークの死体……それも頭部が潰れているものが現れれば、それを見て悲鳴を上げるくらいはするだろう。

 だが、ここにいるエレーナ達は、誰もが普通の女ではない。

 エレーナはエンシェントドラゴンの魔石を継承し、マリーナはダークエルフにして世界樹の巫女、ヴィヘラはアンブリスというモンスターを吸収している。

 そういう意味では、アーラとビューネの二人のみが普通の人間という括りにはいるのだろう。


「白い体毛……本当に白いわね。しかも、体毛という割にはかなり固くて、金属に近い触感ね。斬撃耐性があるというのも、これを見れば納得だわ」


 マリーナがスノウオークの死体に触れながら、感心と驚きと共にそう言う。

 他の者達もそんなマリーナの言葉に、白い体毛に手を伸ばす。


「レイ、倒したスノウオークの数や、魔法を使わずに倒したということを考えると、スノウオークの死体は他にも多数あると考えてもいいのかな?」


 ワーカーの言葉にレイは頷く。

 この状況でワーカーが何を言いたいのかは、レイにも十分に理解出来た為、突然のその問いに驚いた様子はない。


「ああ。数百匹分はあるな。……で、ワーカーの希望としては、この死体を売って欲しいということでいいか?」


 ギルドが持っているスノウオークの情報は少ない。

 とはいえ、斬撃耐性を持つ体毛や、上位種はブレスを使うといった情報はスノウオークの群れと戦う上でそれなりに役に立っていたが。

 だが、ワーカーとしては、情報の少ないスノウオークの死体を何とか手に入れ、それを解析することでより詳細なスノウオークの情報が欲しいと思ったのだろう。

 今回はレイが相性も何もない、強引な力業で無理矢理スノウオークのスタンピードを止めたが、将来的にまたスノウオークが出た場合、それを対処する際の詳細な情報を欲しがるのは、ギルドとしては当然だった。

 レイもそれは分かっていたので、ワーカーがスノウオークの死体を売って欲しいと言うのなら、売ってもいいと思う。

 勿論、ただで寄越せといったように言ったりした場合は話が別だが。

 あくまでもそれなりの値段を出すのならの話だ。

 ……これが、スノウオークの死体が数匹程度しかないのなら、レイもワーカーの要望にここまで素直に従わなかっただろう。

 だが、ミスティリングの中に入っているスノウオークの死体は、数百匹分にもなる。

 その中の一匹程度であれば、売って欲しいという要望に特に断るつもりはなかった。


「そうだ。助かる。勿論、相応の金額で買い取らせて貰いたい。……問題なのは、その相応の金額というのが分からないことだが、その辺はギルドの方で調べて、レイが満足出来る値段にするから安心して欲しい」

「分かった。それでいい」


 そうして短いがしっかりと交渉は纏まる。

 交渉が纏まれば、次に行うのはやはりスノウオークの調査だろう。

 ……レイとワーカーが交渉をしている間にも、他の面々はスノウオークの調査をしていたのだが。


「ヴィヘラはスノウオークと戦ったの?」

「残念だけど、スノウオークとは戦えなかったわね。スノウオークキングとは戦ったけど」

「強かった?」

「ええ。大剣の魔剣を使っていたこともあったし、それを抜きにしても十分に強かったわ」


 そう言い、うっとりとした艶のある笑みを浮かべるヴィヘラ。

 スノウオークキングとの戦いを思い出してのものなのは明らかだ。

 女から見てもゾクリとするような、妖艶な笑み。

 それだけヴィヘラにとってスノウオークキングとの戦いは満足出来るものだったのだろう。


「魔剣? ……モンスターがどうやって魔剣を手に入れたのかしらね。冒険者から奪ったとか?」

「多分違うと思うわ。スノウオークキングはスノウオークよりも大きかったし、そのスノウオークキングが持っていても大剣だと認識出来るような大きさだったし。普通の冒険者には……そうね。ちょっと使うのは難しいと思うわ。レイなら使えるとは思うけど」


 ヴィヘラの言葉に、それを聞いていた者達は驚く。

 それは単純にそんな巨大な魔剣があったということもそうだが、同時にそれはスノウオークキングの為に何者かが専用に作ったということを意味していた。

 あるいは……本当にあるいはの話だが、スノウオークキングと同じ大きさのモンスターが使っていた魔剣を奪うなり、譲って貰うなり、引き継いだなり……そういう可能性もあるが、その可能性が決して多くないのは、その場にいる全員が理解していることだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 金属のように固い体毛だと・・・!それを練り合わせて一本の糸にして鋼糸が生まれそれを戦闘に使う職が生まれるまでは想像しなかった。
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