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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3541/3865

3541話

 スタンピードを起こしたスノウオークキングの群れの全滅を確認すると、レイはセトに乗ってギルムに向かう。

 当然ながらヴィヘラはセトに乗れないので、セトの足に掴まっての移動だ。


(さて、スノウオークの生き残りはいるか?)


 まだ朝日はなく、時間的にも真夜中だ。

 しかし、それでも吹雪はおさまっているので、夜目の利き、更には常人よりも圧倒的に鋭い五感を持つレイにしてみれば、空を飛んでいるセトの背の上からでも地上をしっかりと見る事が出来た。

 もしスノウオークがいれば……レイの作った土壁を迂回して進んだスノウオークがいれば、その姿を発見することが出来る筈だった。

 だが、セトの背に乗っているレイの目からは、とてもではないがスノウオークの姿を見つけることは出来ない。

 恐らく壁を迂回しなかったか、迂回してもギルムに向かうのではなく別の方向に向かったのか。

 どちらが正しいのかはレイにも分からなかったが、例えスタンピードでもそれを行っているのが数匹のスノウオーク程度で、しかもギルムに向かっていないのなら、レイにとってそれは問題ではない。

 ……スノウオークが向かった先で別のモンスターの縄張りに入り、それによって大きな騒動が起きたりもするかもしれないが、それはモンスターの間での話である以上、レイには無関係だ。

 もっとも、そうした騒動が起きた影響でギルムに多数のモンスターがやって来るといった結果になったら、そのようなことも言ってはいられないだろうが。

 ともあれ、今は特に問題ない以上、レイとしては特に気にする必要はないという判断だった。


「見えてきたな」


 視線の先に、夜の闇に眠るギルムの姿がある。

 正門付近に幾つもの明かりがあるのは、スタンピード対策だろう。

 セトを有するレイにスタンピードの対処を要請したダスカーとワーカーだったが、領主とギルドマスターという立場上、もしレイ達がスタンピードの対処に失敗した場合の為の対処も必要と考えるのはおかしな話ではない。


「セト、直接領主の館に行くんじゃなくて、ギルムの前……あの明かりのある場所に一度降りてくれ。スタンピードは無事に解決したと、説明しておいた方がいいだろう」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトが分かったと喉を鳴らし、正門前に用意された明かりに向かって近付いていく。


「ヴィヘラ、正門前に降りる!」

「分かったわ!」


 セトの前足に掴まっているヴィヘラが、レイの言葉に即座に応じる。

 そうしてセトは地上に向かって降下していく。

 そんなセトの様子に気が付いたのか、地上では軽い混乱が起きているようにレイの目には見えた。

 これが日中であれば、飛んでくるのがセトだというのも容易に理解出来ただろう。

 だが、今はまだ夜中。

 それもスタンピードが起きるかもしれないということで呼び出された者達が正門前には集まっているのだ。

 そのような状況である以上、何かが空を飛んでギルムに向かって来ていると言われれば、それを敵であると判断してもおかしくはない。

 スタンピードを起こしたのがスノウオークであるという情報は当然のように行き渡っている筈であるが、それでもスタンピードである以上はスノウオーク以外にも空を飛ぶモンスターがいてもおかしくはない。

 もしくは、スタンピードとは関係なく、単純に空を飛ぶモンスターが夜の明かりに興味を持ってやって来たという可能性もあり……


「あ、やばい」


 レイの視線の先で、何人かが弓に矢を番えている。

 それを見たレイは、自分達を敵のモンスターかもしれないと判断していることに気が付く。


「おーい! 俺だ! レイだ! セトに乗ってる! モンスターじゃないから、攻撃するな!」


 地上に聞こえるように、大声でレイが叫ぶ。

 吹雪もおさまっていることもあってか、そのレイの声はきちんと地上に届いたらしい。

 矢を番えていた者達が、慌てて攻撃準備を止める。

 もしセトに攻撃しようものなら、セト好きの者達に一体どのような目に遭わされるのか、分からない。

 だからこそ、すぐに武器を下ろしたのだ。

 武器が下ろされたのを確認すると、レイはセトの首を軽く叩いて合図する。

 合図にセトは地上との距離を縮め……まずは地上に近付いたところでヴィヘラがセトの足から手を離して無事に着地。

 セトは一度翼を羽ばたかせて上空に戻ってから、再度地上に向かって降下していく。

 地面には雪が積もっているものの、四本の足を持つセトは滑ったりすることなく、無事に着地する。

 そんなセトの背から降りるレイ。


「レイ、ヴィヘラ、無事だったのね!」


 そう言い、真っ先にやって来たのはマリーナだ。

 真冬の深夜、それも煌々と明かりが灯る正門の外。

 ……普通に考えれば、このような光景でパーティドレスという格好はミスマッチだろう。

 しかし、それでもマリーナはパーティドレスを着慣れているということもあってか、この状況でもそこまで不自然な様子ではない。


「ああ、無事にスタンピードは鎮圧した。スノウオークの群れがギルムにやって来ることはない」


 レイが真っ先に口にしたのは、スタンピードの心配はいらないという情報。

 ここに集まっている者達が最も欲しい情報はこれだろうと判断してのことだ。

 実際、レイのその言葉を聞いて集まっていた者達は安堵している。


(警備兵が殆どか。……まぁ、俺の許可証が効果を発揮したといった感じか。冒険者の方は結構な強者もいるようだけど。……ヴィヘラ、大丈夫か?)


 スタンピードによる万が一の為に集まった戦力はその大半が警備兵ではあったが、中にはダスカーやワーカーからの要望によって集められたのだろう冒険者や騎士の姿もある。

 それらの人物は、レイから見ても十分な強さを持っていると確信出来るだけの者達だ。

 スノウオークキングとの戦いで満足したとはいえ、まだ戦闘欲そのものは完全に解消していないヴィヘラだけに、そのような相手に戦いを挑みたいと思ってもおかしくはない。

 ……いや、スノウオークキングとの戦いがあり、その興奮が完全に冷めた訳ではないからこそ、強者を前にヴィヘラの戦闘狂としての一面が出ないで欲しいとレイは思っていたのだが、幸いなことにそのヴィヘラはマリーナと話しており、安心する。


「悪いけど、まずは誰か領主の館にスタンピードは鎮圧したというのを知らせてきてくれないか?」

「分かった、じゃあ俺が行ってくる」


 そう言い、警備兵の一人が正門の中に入っていく。

 現在、領主の館にいるダスカーとワーカーは、スタンピードがどうなったのか心配しているだろう。

 その気持ちを少しでも安心させる為に、今は早く情報を知らせる必要があった。


「頼む。……それで、今の話を聞いていたなら分かると思うけど、スタンピードは鎮圧したから安心してくれ」


 レイの言葉に、話を聞いていた者達はざわめきつつ、安堵した様子を見せる。

 スタンピードというのは、辺境におけるギルムの中でも最悪に近い事態だ。

 ……それ以外にも同レベルの最悪な事態というのは、他にも幾つかあるのだが。


「それで、スノウオークというのはどういうモンスターだったんだ?」


 レイと顔見知りの警備兵の一人が、そうレイに尋ねてくる。

 どうするかと少し考えたレイだったが、取りあえず領主の館から先程の警備兵が戻ってくるまでは暇である以上、ここで少しスノウオークについて教えても構わないだろうと判断し、ミスティリングからスノウオークの死体を取り出す。

 スノウオークキングではなく、あくまでも普通のスノウオークの死体だ。

 それでも普通のオークよりも明らかに大きく……


『おお』


 見ていた者達……それこそ警備兵以外の冒険者や騎士達も驚く。

 モンスターと戦闘する機会の多い冒険者ですら、スノウオークを見て驚きの声を上げたのだから、そのスノウオークという存在がどれだけ珍しいのかは分かりやすいだろう。


「白い体毛……」


 警備兵の一人が、スノウオークを見てそう呟く。

 普通のオークよりも大きく、体毛の色も違う。

 警備兵にしてみれば、それはまさに驚きだった。

 普通のオークというのは、ギルムではそこまで珍しいことではない。

 何しろギルムで売られている肉でオークの肉というのはかなりの割合になるのだから。

 辺境以外の場所では高価な肉に分類されるオークの肉だが、ギルムでは普通に食べられている。

 それだけに、警備兵達も普通のオークなら……それが生きているのではなく死体だが、見たことがある者は多い。

 しかし、スノウオークは明らかに普通のオークとは違うと、白い体毛や一回り大きいことから、すぐに分かる。


「レイ、このスノウオーク……頭が完全に潰れているけど、どうやって殺したんだ?」

「高い場所から落とした」

「……レイにそういう攻撃方法があるのか」


 レイの言葉に、しみじみといった様子で冒険者が呟く。

 一般的に知られているレイの攻撃方法というのは、それこそ炎の魔法、デスサイズや黄昏の槍による攻撃といったところだ。

 高い場所から落とすといった攻撃方法について聞いた冒険者は、セトに視線を向ける。

 その冒険者は、セトがスノウオークを捕まえて高い場所まで飛び、そこで掴んでいたオークを離したと考えたのだろう。

 実際、セトの攻撃方法の一つにそのようなものがあるのは事実なので、冒険者がそのように判断するのはそうおかしな話ではないだろう。


「やっぱり、このスノウオークの肉って美味いのか?」


 今度は騎士の一人がそう尋ねる。

 騎士が尋ねることか? と思ったレイだったが、騎士も人だ。

 ギルムで生活していれば、オーク肉を食べる機会はあり、だからこそスノウオークの肉の味が気になったのだろう。

 だがそう聞かれても、レイもまだスノウオークの肉を食べた訳ではないので、それに答えることは出来ない。


「分からないな。スノウオークを倒してから、すぐに戻ってきたし。向こうで解体して、スノウオークの肉を食べてから戻ってくればよかったかもしれないと今は思ってる」

「それは……出来れば止めて欲しい。すぐに戻ってきてくれて、俺は助かったと思っている」


 スノウオークの肉の味に興味津々の騎士だったが、それでもスノウオークの肉を食べる為に時間が経過し、それによってスタンピード鎮圧の知らせが遅くなっていたら……そう考えると、やはり騎士としては少しでも早く知らせて貰いたかったので、レイの行動は決して間違っていなかったと説明する。

 ……それはそれとして、スノウオークの肉の味が気になるのも間違いはなかったが。


「とにかく……ん?」


 騎士に向かって何かを言おうとしたレイだったが、誰かが走ってくるのを察知し、言葉を止める。

 どうした? と騎士がレイに疑問の視線を向けるが、レイはその視線の向きを変えることはない。

 騎士はマリーナにどういうことかと視線を向ける。

 騎士である以上、当然ながらマリーナとダスカーの関係については理解している。

 領主の館にそれなりに顔を出すことがあるのも知っていた。

 それだけに、騎士はマリーナと何度か話したことがあり、だからこその行動だったのだろう。


「報告に行ってた人が戻ってきたみたいね」

「ああ、なるほど」


 マリーナの言葉と同時に、領主の館に行った時は走っていったにも関わらず、戻ってくる時は馬に乗って戻ってきた男が姿を現す。


(意外と乗馬は上手いのかもしれないな)


 真冬の夜ということで、地面は凍っている。

 下手に馬を走らせれば、例え四本足の馬であっても氷で滑ることはある。

 これが日中なら、太陽の光や人に踏まれたことで、ある程度歩きやすくなっているのだが。

 もっとも日中なら日中で、シャーベット状になった雪で滑るという可能性は十分にあったが。

 とにかく、やって来た男は馬を滑らせることなく走らせているのは間違いない。

 その男はレイから少し離れた場所で馬から降りると、すぐにレイの方にやってくる。


「レイ、ダスカー様とワーカー様がスタンピードの詳細について聞きたいとのことだから、すぐに領主の館に来て欲しいと言っている」


 伝言はそんなにおかしなものではない。

 ダスカーやワーカーにしてみれば、スタンピードを鎮圧したという話を聞いたのだから、少しでも早く事情を聞きたいと思うのはおかしな話ではない。


「分かった。じゃあ、そういう訳で俺は領主の館に向かうよ」


 そう言い、レイは地面に置いてあったスノウオークの死体をミスティリングに収納する。

 伝言を持ってきた男は、地面にあったスノウオークの死体について興味深そうにしていたが……今はまず少しでも早くレイを領主の館に連れていく必要があるからと、黙ってそれを見ているのだった。 

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