3538話
地形操作で隆起した地面から落ちて死んだスノウオークの魔石は魔獣術に使えるのか。
つまり、落下して死んだスノウオークはレイが攻撃に参加したという判定になるのか。
そう聞いていたヴィヘラだったが、レイはその問いにすぐには答えられない。
それでも三十秒程考えてから口を開く。
「多分だけど、それでも大丈夫だとは思う。落下した原因が隆起した地面から落ちたというのが理由なら、俺の攻撃として認識されるだろう。……されると思う。……されるといいなぁ」
「段々と自信がなくなってきてるわよ」
「そう言われてもな。俺にとっては完全に予想外の質問だったし、そこまで考えたことがなかったんだから仕方がないだろう」
そう言いつつ、レイは隆起した地面に視線を向ける。
隆起した大地は二つに分断されていたが、そのうちの小さい方……スノウオークキングのいない方には、既にスノウオークが残っていない。
レイとヴィヘラが話している間にもセトが攻撃をしており、特にファイアブレスが大きな効果を発揮した形だ。
大きな方に残っているスノウオークキングも離れた場所で燃えている仲間……あるいは部下に対しては、アイスブレスを放ったりはしなかったらしい。
攻撃範囲が短いのか、それとも一度使うと次に放つまでの時間……いわゆるクールタイムの類があるのか。
(個人的にはクールタイム説の方がありがたいんだけどな。そもそもオークがブレスを放つという時点で普通じゃないんだし。なら、そういう欠点があってもおかしくないと思う)
スノウオークキングを見つつ、レイはそんな風に思う。
「とにかく、あの隆起した地面に触れているという時点でスノウオーク達はレイが戦闘に参加したと判断してもいいの?」
「あー……多分? 実際、小石を投げつけた程度でも戦闘に参加したという判定になるし。そうなると、地形操作で隆起した地面にいるというのも十分戦闘に参加したという扱いになってもおかしくはないと思う。……ただ、それでも念の為、スノウオークキングと戦う場合は俺も戦闘に参加する」
レイの予想では、恐らく大丈夫だろうと思う。
だが、それはあくまでもレイがそう思っているだけで、実際に確認した訳ではない。
それなら万が一がないように、ここはしっかりとスノウオークキングとの戦闘に参加しておいた方がいい。
「そう、ね。……レイがそう言うのなら、私はそれで構わないわ。その代わり、レイが少し戦ったら、後は私に任せてくれる?」
「それで構わない。もっとも、その時にスノウオークキングがヴィヘラにとって戦うに相応しい状況だったりしたらだけどな」
「あそこから落ちて死ぬこともあると?」
「可能性としては十分にあるだろう?」
スノウオークキングが高ランクモンスターであっても、隆起した地面から落ちた場合……レイは念には念を入れて、隆起した地面の周囲は沈下させている。
十mの隆起と十mの沈下で、合計二十m。
普通ならそれだけの高度から落ちれば、死んでもおかしくはない。
とはいえ、それはあくまでも普通ならの話。
レイはスノウオークキングが具体的にどのくらいのランクのモンスターかは分からない。
ただ、スノウオークは一匹でランクC。群れるとランクBとなる以上、それを率いるスノウオークキングはランクAモンスターであってもおかしくはない。
そしてランクAモンスターともなれば、二十m程度の高さから落ちても死ぬとは限らない。
さすがに無傷ということはなく、多少の……あるいはそれなりに大きな怪我はするかもしれないが。
そうして怪我をすれば、ヴィヘラが希望するような戦いになるかどうかは微妙なところだろう。
(それこそ、最悪ヴィヘラはポーションか何かを渡してスノウオークキングの怪我を治療してから戦う……そんなことになる可能性も十分にあるな)
とはいえ、今の状況を考えればレイもそれを責めるようなことはしない。
スノウオークのスタンピードに関しては、壁を作って止めて、その大半が既に地面に落ちて、死ぬか重傷を負うかといった結末になっている。
それはつまり、この時点で既にスタンピードを止めたということなのだ。
もっとも最初にレイが地形操作を使った時、その範囲内から偶然逃れた個体がいないとも限らないが。
ただ、それでもその一匹、あるいは数匹程度の数でギルムに向かっても、スタンピードの報告を受けた者達が迎撃の準備を整えている以上、そこまで心配はいらない。
つまり、後はどうやってスノウオークキングを倒すかというだけになっている訳で、強敵と戦いたいという理由でレイについてきたヴィヘラに最後の仕上げを任せても、レイとしては構わない。
魔石さえ貰えれば、誰がスノウオークキングを倒しても構わないのだから。
「グルルルルゥ!」
レイがヴィヘラと話していると、不意にセトの雄叫びが聞こえてくる。
勝利の雄叫びとは少し違うが、それでもしっかりとやりきったといった、雄叫び。
その雄叫びを聞いたレイが隆起した地面に視線を向けると、そこに残っているのは既にスノウオークキング一匹だけ。
レイ達にとって最良の結果……いや、その一歩手前といった感じになっていた。
「これなら……」
レイは霧の音をミスティリングに収納し、黄昏の槍を取り出そうとし……途中でそれを止めて、以前使っていた壊れかけの、使い捨てに出来る槍を取り出す。
黄昏の槍を取り出してスノウオークキングを攻撃することは可能だ。
だがそうなると、黄昏の槍の威力からしてスノウオークキングを相手にしても相応のダメージを与えることになりかねない。
普通に考えれば、敵に大きなダメージを与えるというのは、歓迎すべきことだろう。
だが、今回はヴィヘラがスノウオークキングと戦うのを楽しみにしている以上、出来ればその邪魔をしたくはなかった。
その為、穂先が欠けている槍を取り出し……そして利き手の右手ではなく左手で投擲する。
ただし、利き手ではない手による投擲とはいえ、それでもレイの身体能力を考えると十分な威力を持った一撃だ。
それだけに、普通のモンスターならその一撃でも十分致命傷の一撃となる。
だが……
「ブルラァァッ!」
スノウオークキングは自分に向かって来た槍を、手にした大剣を使ってあっさりと叩き落とす。
普通ならこういう時は斬り落とすという表現が相応しいのだろうが、スノウオークキングが持つ大剣の一撃は、それこそ叩き落とすといった表現が相応しい一撃だった。
それでいながら、モンスター特有の技量も何もない力任せの一撃……一番分かりやすいのは、ゴブリンが長剣や短剣を使って放つ一撃か。そのような一撃ではなく、そこにはれっきとした技があった。
そんなオークキングの様子を見て、ヴィヘラは満面の笑みを浮かべる。
ヴィヘラにしてみれば、今のスノウオークキングの様子を見ただけで、強者であると認識出来たのだろう。
「レイ、お願い。もう我慢をしなくてもいいわよね?」
「……分かった」
今のヴィヘラを見れば、これ以上止めることは出来ないと判断したレイは、デスサイズの石突きを地面について口を開く。
「地形操作」
その言葉と共にスキルが発動し、隆起していた地面が沈下していく。
同時に、隆起していた場所の周囲で沈下していた部分も隆起していく。
最終的に、レイが最初に地形操作を使う前と同じ地形を再現する。
……もっとも、当然ながら全く同じという訳ではない。
隆起した影響で積もっていた雪が崩れたり、元に戻ったように見えても実際には微妙に違う状態になっていたりしていた。
突然地面が動いたことに、スノウオークキングは周囲の様子を見て警戒している。
スノウオークキングにしてみれば、先程も同じ感覚と同時に地面が隆起したのだから、警戒するなという方が無理なのだろう。
もっとも、正確には隆起するのと沈下するのとでは浮遊感と落下感という違いはあるのだが。
しかし、そのスノウオークキングも自分の立っている場所が沈下していく……元の地面に戻っているのを確認したのか、その視線を上空を飛ぶセトに向ける。
直前に槍の投擲で攻撃したレイではなく上空を飛ぶセトに視線を向けた……警戒したのは、隆起した地面にいたスノウオークの多くを地上に落としたのがセトだったからだろう。
だが、スノウオークキングに視線を向けられているセトは、そんなことなど関係ないといった具合に空を飛んでいる。
まるで自分を相手にしていないかのようなセトの態度は、スノウオークキングにとって決して許せるものではない。
苛立ちも露わに挑発の雄叫びを上げるが……セトはそんなスノウオークキングの様子をまるで気にせず空を飛び続けていた。
しかし、セトも今のままという訳にはいかないと判断したのだろう。
地上に向かって降下してくる。
ただし、降下する場所はスノウオークキングの側ではなく、レイとヴィヘラのすぐ近く。
「グルゥ」
「ありがとな。よくやってくれた」
どう? 頑張ったよ。
そう喉を鳴らすセトを、レイは撫でる。
そんな一人と一匹を見ていたヴィヘラは、小さく笑みを浮かべてから口を開く。
「じゃあ、あのスノウオークキングは私が貰うわね」
それは最後の確認。
ただし、自分の言葉にレイが否と言うとは全く思っていないかのような、そんな態度だ。
そしてレイもそんなヴィヘラの言葉に否とは言わず、ただ頷く。
「分かった。スノウオークキングについては任せる。介入はしないから、思う存分戦ってこい。恐らくランクAモンスターだろうし。俺はまだ生きているスノウオークを仕留めていく」
二十mの高さから落ちたスノウオーク達は、大半が死んでいる。
地面に叩き付けられた衝撃で首の骨を折ったり、あるいはその衝撃で心臓が破壊されたり、魔石が破壊されたり、頭部が砕かれたり……それ以外にも幾つかの方法で。
しかし、それでも中には幸運にも落ちた時の姿勢であったり、単純に頑丈であったり、高い身体能力があったり……といった具合で、まだ死んでいない個体も多少はいた。
もっともそれは、あくまでもまだ死んでいないというだけであって、これから戦うスノウオークキングの援軍になることは勿論不可能だし、自分を殺そうとするレイやセトにも対抗出来ないのだが。
「ええ、お願い」
レイの言葉はヴィヘラにとっても悪い話ではない。
まず大丈夫だとは思うが、中には本当に偶然の結果として、まだ動けるスノウオークもいるかもしれない。
そんな相手に戦いの邪魔をされるのは、ヴィヘラにとっても決して好ましいことではなかった。
二十mの高さから落ちたということを考えれば、そんな心配はまずない。
まずないのだが、それでもやはり万が一ということはある。
その万が一を心配しなくてもいいのは、ヴィヘラにとってありがたいことだったのだから。
「俺が言うまでもないと思うけど、相手は強い。気を付けろよ」
最後にレイの言葉に頷き、ヴィヘラはスノウオークキングに向かって歩き出す。
スノウオークキングも、大剣を手にヴィヘラを待ち受ける。
モンスターとしての本能……というよりも、他のスノウオークを率いる物として、自分の相手がヴィヘラだと察したのだろう。
威嚇するように、大剣を……身長三m程もあるスノウオークキングが持って、それでも大剣と評するのに相応しい大剣を振るう。
それはもはや、大剣ではなく鉄塊と呼んでも決して間違ってはいないだろう。
そのような重量物が片手で振るわれるのだから、スノウオークキングの膂力が一体どれだけのものか想像するのは難しくない。
(というか……あの大剣は見るからに業物だよな?)
レイは大剣を振るって自分に近付いてくるヴィヘラを威嚇しているスノウオークキングを見ながら考える。
レイは決して武器を見る目がある訳ではない。
寧ろ趣味としてマジックアイテムを集めているだけに、そちらの方がまだ見る目があるだろう。
武器としては、槍に対してそれなりに見る目があるといった程度か。
そんなレイの目から見ても、スノウオークキングが持つ大剣は業物だと一目で分かる。
スノウオークキングが一体そのような大剣をどうやって入手したのか、それがレイにとって疑問だった。
これが例えば、どこかの冒険者を倒して奪ったというのなら、納得も出来る。
だが、スノウオークキングが持っている大剣の大きさを考えると、普通の冒険者にはとてもではないが使えるとは思えない。
……実際には、レイのように外見からは想像出来ない膂力を持つ者もいるので、絶対という訳ではないが。
ただ、あれだけの大剣ともなれば、例え持てても大きさから扱いにくい。
だからこそ、レイはスノウオークキングの大剣はどのようなものなのか気になったのだった。