3537話
デスサイズの地形操作が発動すると、スノウオーク達のいる地面が急激に隆起してくる。
ぐんぐんと、ぐんぐんと、急激に隆起していく地面。
その地面の上に立っているスノウオーク達は、身体が空中に浮き上がる……レイに分かりやすい感覚ではエレベーターによって身体が持ち上がるかのような感覚に戸惑った様子を見せる。
レイが見た限りでは、スノウオークはその多くが……いや、恐らく全てが暴走している。
だというのに、身体が持ち上げられる感覚はそんな暴走しているスノウオークの群れですら、戸惑わせるには十分だったらしい。
(暴走してるのは間違いないんだろうけど、その暴走度合いはそこまででもないのかもしれないな。少しの衝撃で我に返る的な感じで)
そんな風に思いつつ、レイは自分の側にいるセトに声を掛ける。
「セト」
短い一言。
しかし、その短い一言だけでレイが何を言いたいのか、セトにはすぐに理解出来た。
「グルルルルルゥ!」
地形操作を使った以上、当然ながらスノウオーク達のいた場所はレイ達が立っている壁の高さまで隆起してくる。
そしてスノウオークは今は身体を持ち上げられる感覚に戸惑っているが、目の前にレイ達がいると知れば攻撃してくるのは間違いない。
その為、その機先を制するようにレイはセトに頼んだのだ。
……名前を呼んだ一言だけで、レイのして欲しいことを全て分かるのは、それだけレイとセトの信頼度が高いという証だろう。
それ以外にもレイとセトがずっと一緒に行動しているので、レイが何をやって欲しいのか分かったというだけかもしれないが。
セトの口が開き、そこからファイアブレスが放たれる。
闇夜を一瞬にして明るく照らす光。
ただし、その光はスノウオークにとっては大きな被害をもたらす光だったが。
「ブヒィ!?」
地面が隆起することよって、レイの目の前に姿を現したスノウオークは、その瞬間に全身を炎で包まれる。
スノウオークにとって不運だったのは、セトが攻撃方法としてファイアブレスという、スノウオークにとっての弱点を突いたことだろう。
これが例えば斬撃系のスキルであれば、斬撃耐性を持つスノウオークは無傷……とまではいかずとも、そこまで大きなダメージを受けることはなかった筈だ。
だが、セトも当然レイからスノウオークについての情報は聞いている。
その為、斬撃……トルネードや霧の爪牙といった斬撃系になるスキルは使わず、ファイアブレスを使ったのだろう。
炎に包まれたスノウオークは、悲鳴を上げながら転げ回る。
当然ながら、ファイアブレスの効果範囲内にいたスノウオークは、その一匹だけではない。
十匹近いスノウオークがファイアブレスによって炎に包まれ、雪の地面を転がる。
ファイアブレスの効果範囲の外にいたスノウオーク達は、燃えている仲間を助けるよりも、本能的な恐怖に従ってレイから距離を取り……
「それを待っていた。地形操作」
炎に怯えたスノウオークが十分に離れたところで、レイは再度地形操作を使う。
まず最初にやったのは、レイとスノウオークの群れの間にあった地面を沈下させることだ。
それもただ戻すのではなく、元々の地面から更に十m沈下させる。
これによって、十mしか地形を操作出来ないのが隆起と沈下合わせて二十mの落差となる。
高ランクモンスターであれば、この程度の高さから落ちても特に問題はないだろうが、ランクCモンスターのスノウオークであれば……幸運に幸運が重なって死ななくても、重傷を負うのは間違いない。
沈下した部分には何匹かセトのファイアブレスで燃えていたスノウオークもいたのだが、十mの穴の中にいればまず逃げることは出来ない。
ファイアブレスによって死ねば、それはそれで構わない。
だが、スノウオークとの戦いが終わった時にまだ生き残っていれば、その時は改めて殺せばいいだけなのだから。
「これで準備は整ったな。……ヴィヘラ、セト、大丈夫だとは思うけど、向こう側からここまで跳び越えてくるような奴がいたら、迎撃して地上に落としてやれ」
「分かったわ」
「グルゥ!」
レイの言葉にヴィヘラとセトがそれぞれに声と鳴き声を上げる。
ファイアブレスを怖がって距離を開けたスノウオーク達のいる場所とレイ達のいる場所は、十五m程の距離がある。
日本……というか、地球における走り幅跳びの世界記録でも、十mに届かない。
普通に考えれば、十五mほどの距離があれば、助走を付けて跳んでも届かないだろう。
……とはいえ、相手はスノウオークだ。
人間では無理でも、モンスターであれば届く可能性はある。
その為、レイはヴィヘラとセトに頼んだのだ。
「後は……まずは半分……いや、七割くらいにするか。地形操作」
地形操作を使い、スノウオーク達のいる場所を分断するように沈下させる。
実は隆起も沈下も、その速度はそこまで速くはない。
一瞬にして地面が隆起したり沈下したりといったことは出来ず、それこそ一般的なエレベーターの倍、あるいはもう少し速いくらいか。
その為、もしタイミングを合わせれば沈下していく場所に跳び乗ることで地上に降りることは出来る。
……もっとも、その場合は沈下した結果として十mの穴に閉じ込めれられることになるのだが。
「次は、まず小さい方からだな」
三割程残した地面を、ランダムに沈下させていく。
スノウオーク達は自分達に一体何が起きてるのかが理解出来ず……
ぐしゃり、と。
沈下する場所に片足だけが乗っていたスノウオークの一匹が、突然バランスを崩されたことによって地面に落ちる。
「あ、落ちた」
それを見ていたヴィヘラが小さく呟く。
その言葉を始めとして、続けてもう数匹が落ちる。
この辺りは、レイの使った霧の音によって生み出された霧も影響しているのだろう。
ただ……ここまではレイにとっても予想通りだったが、そこからは落ちるスノウオークの数が減る。
「地形操作」
レイの言葉と共に地面が沈下していく。
その動きによって、再びスノウオークが数匹落ちる。
それから二十分程……地形操作を行っては、スノウオークを落としていく。
途中でその動きに慣れた個体もいたが、数m沈下したところで再び隆起させるといったような動きを適当に行う事によって、スノウオークを次々に落としていく。
「あ、レイ。あれが上位種じゃない? ……他に上位種っぽいのはいないけど」
繰り返し地形操作を使っていたレイは、ヴィヘラの言葉に視線を向ける。
霧によって完全に見渡すことは出来ないものの、ヴィヘラの示す方向には明らかに普通のスノウオークよりも大きな……身長が三m半ば程のスノウオークの個体が見えた。
「でかいな」
その一言がレイがスノウオークの上位種を見て抱いた感想だった。
「けど……上位種が一匹というのは少し疑問だな。以前戦ったオークの集落ではアーチャー、メイジ、ジェネラル……そんなオークの上位種がいたけど」
「それに比べると……あの一匹だけしかいないのは変ね。それがスノウオークとしての特性なのかしら?」
ヴィヘラの言葉に、なるほどと納得する。
同じオーク系のモンスターということで一緒にしたものの、集団の構成に種族による違いがあってもおかしくはない。
「とはいえ、スノウオークを倒すという意味では、悪くないかもしれないな」
オークキングを倒しても、その下にいる他の上位種族が指揮を引き継ぐ可能性はある。
実際にそれが出来るかどうかはレイにも分からなかったが。
だが、レイの視線の先に存在するスノウオークの群れは、スノウオークキングと思しき上位種が一匹と、それ以外は普通のスノウオークだけで構成されている。
そのような構成である以上、上位種を先に倒してしまえば他のスノウオークは組織的な行動をするのが難しくなる。
……もっとも、レイの罠に嵌まって今のような状況になっている以上、組織的な行動がどれだけ意味があるのかは微妙なところだったが。
「ともあれ、あの上位種をどうにかする必要があるか。……セト、頼めるか?」
「え? ちょっと、そこは私じゃないの?」
レイがセトに頼んだことに不満そうな様子のヴィヘラ。
ヴィヘラにしてみれば、スノウオーク……しかもその上位種と戦えるかもしれないのだ。
そうである以上、その絶好の機会を逃す訳にはいかないという思いがあったのだろう。
「この場合、空を飛べるセトが攻撃するのが一番効果的だ」
「それは……」
レイの言葉にヴィヘラは反論出来ない。
実際に何かを言い返そうと思えば出来る。
だが、レイの言うように現状において一番有効なのがセトが空を飛びながら上空から攻撃することなのは間違いないのだから。
「分かったわ」
渋々……本当に渋々といった様子でレイの言葉を受け入れるヴィヘラ。
スノウオークの上位種、恐らくはスノウオークキングと思しき相手と戦えるのを楽しみにしていただけに、ヴィヘラにとって本当に渋々といった様子だった。
レイもそんなヴィヘラの葛藤は理解出来るものの、この状況で最善の行動はやはりセトによる攻撃だ。
……あるいはレイが直接スノウオークのいる場所まで移動して戦うという手段もあるが、上空からだと一方的に攻撃出来るのが大きい。
ヴィヘラが納得したのと同時にセトが飛び立つ。
残っていたスノウオーク達は、混乱し、そして霧と吹雪の存在もあってか、空を飛ぶセトの姿には全く気が付いた様子もない。
そんなスノウオークの群れに対し、セトは上空から大きく口を開け……再度ファイアブレスを放つ。
セトの持つスキルは色々あるのだが、その中で最初に使ったのと同じファイアブレスを使ったのは、やはり燃やされるというのがスノウオーク達の恐怖を煽るからだろう。
また、体毛が燃やされたスノウオークはそのまま黙っている訳にもいかず、何とか火を消そうとし……だが、今のいる場所ではそう簡単に火を消せる筈もない。
地面に身体を押し付け、転げ回ることで何とか火を消そうとするも……既に地形操作によって大分狭くなっている場所で、しかも複数匹がそのようなことをすればどうなるのか。
想像するのは難しくはない。
転げ回る仲間を踏まないようにした結果バランスを崩して二十mの高さを落ちていくスノウオーク。
転げ回った結果として立っている者の足にぶつかり、その勢いで足を踏み外して落ちていくスノウオーク。
あるいは転げ回っている者達同士でぶつかり合い、お互いに弾き飛ばされる形で吹き飛ばされるスノウオークもいた。
このままなら、今のファイアブレスでまだ生き残っているスノウオークの多くを殺せるのか?
そうレイは期待したのだが……
「ゴルラアアァァァァッ!」
そんな雄叫びと共に、スノウオークキングと思しき個体の口から氷混じりの冷気が放たれる。
「アイスブレス……そう言えば、ワーカーがスノウオークの上位種にはブレスを放つ個体がいるって言っていたな。取りあえずあの個体はスノウオークキングで決まりか? 違うかもしれないけど、取りあえずそう仮定しておくか。もし違っても、俺達がそう言ってるだけなら問題はないだろうし」
スノウオークキングと思しき個体から放たれたアイスブレスは、セトのファイアブレスによって身体をも燃やされていたスノウオーク達の炎を一気に消す。
……ただし、ブレスに混ざっていた氷の破片によって傷ついた個体も多かったが。
それでもスノウオーク達にしてみれば、このまま焼け死ぬよりはマシだったのだろう。
「やっぱりあのスノウオークキングが厄介ね。この状況でも全く動揺していないし」
今の光景はヴィヘラも見ていたのだろう。
アイスブレスを放ったスノウオークキングを見ながら、そう呟く。
「取りあえず、あのスノウオークキングについては最後だな。その前に他のスノウオークを倒してしまった方がいい。そうなれば、スノウオークキングとの戦いで邪魔をされないだろうし」
「そうね。戦いに邪魔が入るのは野暮だもの」
レイの言葉に頷くヴィへラだったが、そこにあるのは自分がスノウオークキングと戦うということを前提とした言葉だ。
そんなヴィへラだったが、不意に何かに気が付いたかのようにレイを見て口を開く。
「ねぇ、レイ。魔獣術で必要なのは、レイとセトが戦闘に参加するという過程なのよね?」
「いきなり何だ? その通りだけど」
「なら、今の状況……地形操作のスキルで隆起した地面にいるというだけで、戦闘に参加した扱いになるの? もっと具体的には、最初の方に落ちていったスノウオークの魔石でスキルを習得出来たり強化出来たりするの?」
「それは……」
ヴィへラのその問いには、レイもすぐには答えられなかった。