3535話
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ダスカーから許可証……夜に正門を開けるのに必要な書類を受け取ったレイは、ヴィヘラと共にセトに乗って領主の館を出る。
真夜中ということもあり、街中を歩いている者は警備兵程度だ。
これが春から秋に掛けてなら、酔っ払いも多少はいるのだろうが。
今は冬……それもレイがミスティリングから取り出した懐中時計で確認すると、午前三時までもう少しといった時間だ。
それこそ普通なら熟睡しているのは間違いなかった。
それだけに、レイとヴィヘラはセトの背に乗って全速力……とまではいかないが、それでもかなりの速度で道を走る。
当然ながらそんなセトは普通ではないので、真夜中の見回りをしている警備兵達に声を掛けられる事もあったが、レイとしてはそこで時間を使っている余裕はない。
ダスカー様に聞いてくれと言い、ついでに効果があるかどうか分からないものの、正門を開ける許可証を見せてそれ以上は警備兵と話す暇もないとセトに正門に向かうよう指示をする。
幸いだったのは、警備兵達はレイのことを知っている者が多かった……いや、全員がレイについて知っていたということだろう。
その為、声を掛けはするものの、レイに後ろめたいことはないだろうと判断する。
ダスカーに聞くように言ったのも、影響してるだろうが。
そんな訳で、普通に歩く速度からは考えられない程に早く正門に到着する。
「ちょ……おい、レイ? どうしたんだ?」
正門の担当をしていた警備兵が、レイの姿を見て驚きながらも近付いてくる。
「スタンピードだ。ダスカー様からスタンピードに対処するように言われた。正門を開けてくれ。これが許可証だ」
「スタンピードって……おい、まさか報告にあった冒険者の!?」
「っ!? 許可証を見せてくれ」
レイの側に集まっていた警備兵達が、真剣な表情でレイから渡された許可証を見る。
……その中には、スタンピードという単語を聞くまでは娼婦か踊り子のように見える薄衣を身に纏ったヴィヘラの美貌と肢体に目を奪われていたのだが、それでもスタンピードという単語を聞けば、ヴィヘラだけを見ている訳にはいかない。
そして素早く許可証に目を通すと、警備兵達の表情は深刻なものになる。
辺境のギルムで警備兵をしている以上、スタンピードについては知っているし、そのうちの何人かは以前起こったスタンピードの対処に駆り出されたこともある。
それだけに、浮かべている表情には深刻なものと、何より恐怖があった。
「安心しろ。さっきも言ったが、俺がダスカー様からスタンピードの対処をするように言われている」
その言葉に、警備兵達は安堵する。
レイの力を知っているからこそ、スタンピードが起こってもどうにかなるのではないかと、そう思ったのだ。
「けど……本当に大丈夫か? スタンピードだぞ?」
警備兵の一人が心配そうにレイに言う。
以前スタンピードの対処に参加したことがあるだけに、幾らレイが強くても本当に大丈夫なのかと疑問に思ったのだろう。
「大丈夫よ。レイの強さは知ってるでしょう? それに何かあったら私がレイを助けるから、安心してちょうだい」
レイの後ろにいるヴィヘラの言葉は、それだけを聞けばレイを守る気が十分にあるといった様子だったものの、その表情に浮かぶ獰猛な笑みは自分がスタンピードを起こしたスノウオークと戦いたいと示している。
(これ、やっぱりヴィヘラが実際にスノウオーク……それも上位種と戦わないと駄目だな。オークキング……スノウオークキング? とにかくそういう上位種か、あるいはスノウオークジェネラル辺りがいたら嬉々として戦いを挑みそうだけど、そういう訳にもいかないしな)
今回レイが喜んでスタンピードの対処をするのは、スノウオークの肉が普通の肉よりも美味いというのもあるが、それ以上にスノウオークを、そしてスノウオークの上位種や希少種を倒し、魔石を手に入れることが目的だった。
数百匹の群れとなると、上位種の中にスノウオークキングがいるかどうかは微妙なところだろうとレイには思えた。
以前、レイはオークの集落を壊滅する為の作戦に参加した。
ギルドがランク制限を設けなかったお陰でレイも参加出来たのだ。
その時、集落にいたオークの数も数百匹、あるいはもう少し多かったと認識している。
今回のスタンピードのスノウオークの中にキングがいるかどうかは、以前のことを考える限りは五分五分といったところか。
「とにかく、こうしている今もスタンピードしたモンスターがギルムに近付いて来ているらしい。その対処の為に俺が行くから、正門を開けてくれ」
「分かった、すぐに開ける。……おい!」
レイと話していた警備兵は、仲間に声を掛けるとすぐに正門を開ける準備に取り掛かる。
本来なら、夕方に閉めた正門は翌日まで開くということはない。
それこそ何か特別な場合でもない限り。
そう、今回のレイのように特別な許可証の類でもない限り。
(ん? だとすれば、スタンピードの報告を持ってきた冒険者はどうやってワーカーに報告をしたんだ? まさか、正門が閉まる前にギルムに戻ってきていたけど、ギルドでワーカーに報告するのが遅れたとか、そんな感じか? そうなると、それはそれで疑問だけど)
何故そこまで無駄に時間を使った。
その場合は、そう思う者も多いだろう。
(あるいは俺がダスカー様の許可証を貰っていたように、ワーカーから特別な許可書を貰っていたとか? ……それなら十分考えられるか。ワーカーがそういう許可証を渡しているということは、当然ながら有能な冒険者なんだろうし。だとすれば、スタンピードを知って急いで戻ってきたとしても頷ける。ああ。そう言えばさっき警備兵が冒険者が云々って言ってたのもそれか?)
冒険者について考えている間に、正門が少しずつ開いていく。
そんな正門の前では、警備兵が何が起きてもいいように迎撃の準備を行っていた。
夜に正門を開けるのだから、開いた正門からモンスターがギルムに侵入しようと考えてもおかしくはない。
そうなった時の為に、警備兵達は即座に対応出来る準備を行っていたのだが……正門が開いても、特にモンスターが突っ込んでくるようなことはなかった。
「何て言えばいいんだろうな、こういう時」
トラペラがギルムに侵入した件を知っているだけに、レイとしては警備兵達の様子を見て、どのように思えばいいのか迷う。
それでも警備兵達は一生懸命にやっている以上、それについてどうこう言うつもりはなかったが。
「レイ、行ってくれ!」
先程レイから許可証を受け取った警備兵が、ギルムの外の様子を警戒しつつ叫ぶ。
レイはその警備兵に特に何を言うでもなく、自分が乗っているセトに声を掛ける。
「セト」
「グルルルルゥ!」
レイの声にセトは走り出す。
一瞬にして警備兵達を追い越し、開いた正門から外に出る。
素早く走るセトの背の上で、レイは警備兵達に事情を話したら、別に正門を開かなくてもそこから飛んで外に出ても構わなかったのではと思う。
そうすれば、正門が開くのを待っていた時間も必要なかったので、多少は短縮になっただろう。
今更考えても仕方がないので、もう気にはしなかったが。
取りあえずダスカーがそのように指示したのだから、恐らく正門を開けることに何らかの意味があるのだろうと考えながら。
正門から出たレイ達だったが、ギルムからある程度離れたところでレイが合図をし、セトが足を止める。
「じゃあ、ヴィヘラ。ここからは飛んでいくけど……大丈夫なんだよな?」
「ええ、任せておいて。そもそも私がセトの足に掴まって飛ぶのは、これが初めてじゃないでしょう?」
「それもそうか。じゃあ、セト」
「グルルルゥ!」
ヴィヘラがセトの背から降りたのを確認すると、レイはセトに合図をする。
するとセトは鳴き声を上げつつ、数歩の助走で翼を羽ばたかせつつ空に舞い上がる。
冬の真夜中の風……それこそ冷風という表現が相応しい風に乗り、セトは翼を羽ばたかせながら地上に向かって降下していく。
そのまま雪が積もっている地面の数m上を飛び……ヴィヘラはセトが真上に来た瞬間に跳躍し、セトの前足に掴まるのだった。
「グルルゥ!」
空を飛び始め、十分程。
不意にセトが喉を鳴らす。
レイはセトの鳴き声から、その意味を知る。
「どうやら見つけたか」
ワーカーから、スタンピードの起きた場所については聞いていた。
それでもレイは自分とセトが微妙に方向音痴気味だというのを渋々……本当に渋々だが理解しており、だからこそ目的の場所に飛んでも到着しないかも? という思いが微妙にあった。
とはいえ、セトの足に掴まっているヴィヘラも一緒である以上、もしセトの向かう方向が違っていた場合、教えてくれただろう。
ヴィヘラがレイ達と一緒に行きたいと言ったのは、自分もスノウオークと戦いたいという思いがあったのだろうが、同時にレイ達があらぬ方向に行ってしまうのを阻止する為というのも理由だった。
スノウオークによるスタンピードに対し、有効な戦力であるレイ。
そのレイとセトが迷子になり、結局スノウオークが完全な状態でギルムに来るというのは、最悪の出来事なのだから。
しかもその理由が迷子となれば、ギルムにしてみれば洒落にならない。
そういう意味でも、無事にレイ達がスタンピードを起こしているオーク達を発見出来たのは、悪い話ではなかった。
「とはいえ……吹雪が邪魔だな」
ギルムから離れたから……という訳ではないだろうが、吹雪に近い天気になっており、レイ達の視線の先にいるスノウオークの群れの存在を確認は出来るものの、その全てを把握することは出来ない。
真冬の夜の吹雪という、普通に考えれば凍死を心配しなければならない事態ではあるが、レイとヴィヘラはマジックアイテムで寒さをしのぎ、セトはグリフォンである以上はこの程度の吹雪で寒さに凍えることはない。
こうして寒さという意味では問題ないのだが、吹雪いている以上はどうしても雪によって視界を遮られる。
その吹雪によって、現在スノウオークの姿を完全に把握することは出来なかった。
「とにかく、今は敵のいる場所を把握してから纏めて地形操作で落とせばいいか。……二十mの高さから落ちれば、スノウオークが普通のオークより強くても対処は出来ないだろうし」
「グルゥ」
レイの言葉に同意するようにセトが喉を鳴らす。
そんなセトの鳴き声を聞きつつ、取りあえずスノウオークの集団からある程度離れた場所に降りるように指示を出す。
最初に地面に降りたのは、セトの足に掴まっていたヴィヘラ。
無事に地上に着地すると、セトは一度上空に戻り、そこから再び地上に向かって降下していく。
そうして無事に着地したセトの背から降りたレイは、スノウオークの集団がいる方向に視線を向ける。
吹雪の為に、まだスノウオークの姿は見えない。
だが……気配からして、確実にスノウオークが近付いて来ているのは間違いなかった。
「レイ、どうするの?」
「予定通り、俺が地形操作を使って一網打尽にする。……ヴィヘラには悪いが、スノウオークと戦うのはまず無理だと思った方がいいぞ」
「それは残念ね。……ただ、スノウオークの上位種がいれば、レイの地形操作でも生き残る可能性はあるんじゃない?」
「否定はしない。その時は……取りあえず俺かセトが軽く攻撃した後でヴィヘラと戦って貰おうと思う」
「仕方がないわね」
ヴィヘラもレイの状況は知っている。
それはつまり、レイやセトが軽くでも……それこそ石、いや今の状況では雪玉だろうが、それを投げてぶつけ、多少なりとも戦闘に参加をすれば、魔獣術でその魔石を使えるようになるのだ。
ヴィヘラにとっては、自分が戦っているところにちょっかいを掛けられるのはあまり好ましくはないものの、それくらいならヴィヘラも仕方がないと受け入れる。
「悪いな」
「いいわよ、そのくらいは。元々私が無理を言ってレイと一緒に来たんだから。……とはいえ、レイの地形操作でどうなるのかは分からないけど」
「出来れば地形操作で全滅してくれると嬉しいんだけどな。……出来れば魔法はあまり使いたくない」
「でも、別に魔法を使っても表面を焼くだけならいいんじゃない?」
「まぁ、肉の質にはあまり影響はなさそうではあるけどな。ただ、表面……皮膚を焼いただけだと、スノウオークを殺せるとは思えないな。それこそ敵を倒すという点ではあまり効果がないと思う。いや、ダメージを与えるとか、嫌がらせをするという意味ではありかもしれないけど」
そう言うレイの言葉に、ヴィヘラはどう反応したらいいのか分からない、微妙な表情を浮かべるのだった。